『Your voice is dedicated only to me.3』
「・・・・全くね。あいつら医学生なんだから、何人かはアルヴィス君の体調に気付いてくれたっていいのにさー!」
エレベーターの中。
ごめんね、引っ張り回しちゃって・・・・そう謝りながらファントムはアルヴィスをようやく腕からおろして、コートを着せてくる。
「僕ももう少し早めに帰ろうとは思ってたんだけど。ごめんね?」
「・・・・・・・・・・・・・・」
再び謝られるが、アルヴィスとしてはそこで頷ける心境では無かった。
却って、申し訳なさがいっぱいで、つい遠慮がちに聞いてしまう。
「・・・・・いいのか? 帰って来ちゃって・・・・」
帰りたかったのは本音だが、ファントム達のパーティーの雰囲気を壊してまで帰りたいと思っていた訳では無い。
自分はともかく、ファントムが帰ってきてしまうのは彼らの楽しみを台無しにしてしまったのでは無いだろうか。
「俺はべつに、1人で帰ったっていいし。・・・・なんならファントムは残ってた方が・・・・・」
「えっ、何で? アルヴィス君いないのに、僕が残ってる必要無いでしょ?」
迎えの車を呼ぶ為に携帯を手にしつつ、ファントムはきょとんとした顔をした。
そしてすぐに、優しく笑って言葉を続ける。
「いいんだよ、アルヴィス君は余計な気は回さなくて! 僕が勝手に決めて、僕がそうしたんだから気になんかしなくていいんだ」
大体、あいつらは僕が居なくたって騒いでるから平気だよ・・・・と言ってアルヴィスの頭を撫でてきた。
この調子では、アルヴィスが幾ら言ったところで自分だけ仲間の元へ戻ることはしないだろうことは容易に想像出来る。
「そんなことより、・・・・まだもう少し歩けるかな・・・・?」
「? ・・・・うん・・・」
問われて素直に頷けば、ファントムはアルヴィスの肩に腕を回しエスコートするような仕草で抱き寄せてきた。
「じゃあ、少しだけ。・・・・・僕に付き合ってくれる?」
そして、エレベーターのドアが開く前の絶妙なタイミングで、かすめるような口付けをしてくる。
アルヴィスが避ける間もない、素早いキスだった。
「・・・ファ・・・・!!?」
「はい、・・・歩いて。フロア通るから、みんな見てるよ・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・、」
真っ赤になって抗議しかけたアルヴィスだが、ファントムのその言葉に仕方なく口を閉じる。
確かに、スーツを着た店員達が並び控えているゲート付近を、ぎゃーぎゃー喚いて通り過ぎるなんて恥ずかしすぎだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・アルヴィス君、かわいい・・・!」
耳まで赤くして、黙り込んでいるアルヴィスを見て。
隣をエスコートするように歩きながら、ファントムがクスクスと笑い小さく肩をふるわせる。
そして堪えきれなくなったのか、笑ったままいきなりぎゅーっと抱き締めてきた。
「こ、こら・・・!!?」
慌ててつい、大声を上げてしまったがファントムはアルヴィスを放さない。
それどころか、アルヴィスをまた抱え上げて歩き始める始末である。
「!!? ファントム、・・・おい、放せよ何考えて・・・・・っ、・・・・!!!」
赤面してジタバタするが一向に動じた様子も無く、ファントムは傍らに居たスタッフらしきスーツ姿の男に何やら言付け。
アルヴィスを抱えたまま、外へと通じるドアをくぐる。
アルヴィスが藻掻こうが喚こうが、お構いなしにガッチリとホールドし。
前を留めず袖を通しただけの、ゴージャスな毛皮のコートを翻しながら。
吐く息が白くなる肌寒い街中を、ファントムはアルヴィスを抱いた状態のまま早い足取りで歩き続けた――――――――――。
「ファントムっ!! 下ろせ、何考えてんだ!! 皆見てるだろ・・・・・っ、・・・・!!!!」
「・・・・・・・・・・・・・」
堪らずに、すでに何度目かになる大声を張り上げたアルヴィスに、ようやくファントムは足を止めた。
「ダメだよ、そんな叫んじゃ。喘息出ちゃうでしょう・・・・?」
街中の、ひとけの無い少し奥まった暗い公園のような場所でアルヴィスを下ろし。
ファントムは言い聞かせるように、おっとりと言ってくる。
「・・・・誰のせいだ・・・・!」
そんなこと言われたら、余計に大声を張り上げたい気がしたが。
それで本当に発作が起きるのは嫌すぎるので、アルヴィスは小さく不満を訴えた。
「空気冷たいから、あんまり歩かせたら気管に良くないと思って抱っこしてあげただけだよ?」
「・・・だからって、・・・・・」
街中で、いい年の男が抱き上げられて歩いているのを、他の通行人はどう思うだろう。
しかも、こんな派手な毛皮姿の、人目を引く美形な男に。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
だが、そこら辺の恥ずかしさは。
いくら説明しても、目の前の恋人には理解されないらしいことをアルヴィスはもう悟っていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
言うべきことを失い。
アルヴィスは悔しい顔のままで、口をつぐむ。
どんなに、恥ずかしくても。
どれだけ、アルヴィスの男としてのプライドが保てなかったとしても。
そこはこの4つ上の幼なじみであり恋人であり、そして主治医でもある彼に幾ら説明した所で―――――――理解して貰える術は無いのだ。
「ねえねえアルヴィス君、」
「・・・・・・・・・・・・なんだよ」
やっぱり反省のかけらもなく、アルヴィスの言いたいことなど全く汲んでくれなかったらしい、のほほんとした声で名を呼ばれ。
アルヴィスはむっつりと、返事をした。
もう、今日は人前で抱え上げられたりキスされたり、その他諸々、恥ずかしいと思うことを散々されてしまったから。
これ以上何をされても、狼狽えだけはしなくて済むだろう―――――――そんな事を思いながら身構えてファントムを見返す。
アルヴィスの予想通り。
いつ見たって、うっかりそのまま視線を奪われてしまうような秀麗な顔は、この上もなく嬉しそうに笑っていた。
「見てて。一足早いけどアルヴィス君に、僕からのクリスマスプレゼントっぽいものあげるから」
「・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「だって明日は、アルヴィス君のお誕生日お祝いしないとでしょ。クリスマスイヴって言うよりはバースデー・パーティーしないとだから」
確かに明日は、アルヴィスの19歳の誕生日ではあるのだが。
「だから今日、1日早いけどクリスマスのお祝いしちゃおうね! 僕からのクリスマスプレゼントっぽいモノあげるよ」
「・・・・・・・・・・・・・??」
だがファントムは、手に何も持ってはいない。
それに、クリスマスプレゼント「っぽいモノ」とは何なのか。
「・・・・・・・・・ファントム・・・・・?」
怪訝な顔で、アルヴィスが見守る中。
ファントムがその白い指先を魔術師のように持ち上げて、ぱちりと鳴らす。
その刹那。
「!??」
―――――――アルヴィスは、無数に青く光る星空の中に立っていた。
青と白の・・・・・・夥しい数で点在する、光たち。
足下も、そして周りも―――――――――アルヴィスとファントムを無数の星たちが包み込んでいた。
それにアルヴィスが驚いている間もなく、今度は巨大な光のツリーが現れ、白い光で形取られたトナカイや赤い光のサンタクロース、そしてオレンジ色のソリまでが出現し、辺りは目映い光に包まれる。
先ほどまでは薄暗いただの公園のようだったのに、なんという変わり様だろうか。
「――――――気に入ってくれた?」
目の前で、良く見知っている端正な顔が笑みを浮かべる。
色とりどりのライトに照らされ、その銀髪自体がボウッと発光しているかのように輝き。
ファントム自身がまるで、この星の海の化身であるかのようにアルヴィスには見えた。
「・・・・・・・こ・・・れ・・・・、」
「キレイでしょ? この時期だけココ、ライトアップされるんだよね」
「ファントムがしたのか・・・?」
指を鳴らした途端の光の洪水に、まるで魔法のようだと思いながら聞けば銀髪の青年は、まさか!と苦笑して首を横に振る。
「いや、僕はこの時間からライトアップされるのを知っていただけ。・・・意外と穴場でさ、あんまり知られてないから見に来るヒトも少ないし。だからちょっと今年だけお願いして少しの間、場所を貸し切ったんだ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「だから、10分間だけなんだけどね・・・ココの眺めを僕たちで独占出来るのは」
指を鳴らしたのは単に、演出―――――――と笑う幼なじみに、アルヴィスは返す言葉も無かった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
だって、つまり。
さきほど、帰るときはアルヴィスの体調にかこつけてはいたけれど。
どのみちファントムは、この時間に帰ることを計画していたという事になる。
ファントムに悪いと思って、少なからず気にしていたのに。
自分だけ帰れれば良かったのに、なんて後悔しきりだったというのに。
キレイな光景に目を奪われながらも、そのことが引っかかったアルヴィスはつい唇を尖らせる。
「10分しか独り占め出来ないから、今のウチにたっぷり見てね?」
「・・・・・・・・・・・・・・・ぅん・・」
けれど、ファントムがあんまり嬉しそうに話しかけてくるから、つい頷いてしまった。
幼い頃から、アルヴィスはこの幼なじみの笑顔に弱い。
狡いと思っても、理不尽だと憤慨してむくれても・・・・・結局は、長続きさせられない。
つい、絆されてしまうのだ。
「良かった。アルヴィス君に、ここのイルミネーション見せたかったんだよね! きっと喜ぶだろうなって思ったから」
いっそ無邪気に見えるほどの笑みを、天与の美貌に貼り付けて。
光の中で笑う、キレイな顔につい笑い返してしまう。
この、天使みたいにキレイな顔の恋人が。
とても冷たくて残酷な悪魔でもあることを、今はもう知ってはいるけれど。
―――――――いつだって、アルヴィスの幸せを守ろうとしてくれる『天使』なのは確かだから。
イルミネーションを貸し切るなんて、どれくらい大変なのかも想像つかないけれど・・・・それでも自分の為にとしてくれたのだと思えば・・・・いつまでもむくれてなどいられない。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
アルヴィスに向ける、ファントムの笑顔はいつだって本物なのを知っているから。
「こうやって、昔みたいに手を繋いで。キレイな所歩くのってなんか良くない・・・・?」
ファントムは、ウキウキとした様子で。
先ほどのように、抱き締めてくるでも肩を抱くのでもなく。
アルヴィスと自分の手の指を絡めて――――――――――人工の光で形作られた星の海を歩き始める。
先を歩くファントムの、銀の髪が青い光に煌めいてとてもキレイだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
全てが発光しキラキラとした輝きに包まれた世界は、まるきり現実味が無くて。
アルヴィスは、夢の世界へ入り込んでしまったかのような錯覚を覚える。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
アルヴィスの手を引くのは、異世界の王族のように尊大な笑みを浮かべる、美しい恋人。
光の中、アメジスト色の瞳を優しく細め。
アルヴィスの手を取る彼は、まるで自分をそのまま異世界へと連れ去ってしまいそうな危うい雰囲気を醸し出していた。
纏っている毛皮のロングコートといい、今この場で自分は闇の魔王であり生け贄としてお前を連れに来た―――――――――などと言われたらそのまま信じてしまいそうな気がする。
闇に映える銀色の髪が、青白い光に照らされてキラキラと輝き。
紫色の瞳が、星の光を映して妖しく揺らぐような光を宿す。
その眼差しに、見据えられてしまったらきっと―――――――――・・・もう逃れることは出来ない。
白い手で、此方へ来いと差し招かれてしまったら。
生け贄だろうと何だろうと、後に待つのが悲惨な運命だとしても・・・・・・・・・・結ばれた糸をたぐり寄せられるかのように、この身を捧げてしまうだろう。
欲しいのは、ファントムだけ。
だから、あげる。
望まれるモノ、全て。
全部ぜんぶ、・・・・ファントムだけに捧げるから。
だからファントムの心は―――――――・・・・誰にもひとかけらも、俺以外にあげないで。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
目の前を歩く、恋人を見つめながら。
アルヴィスは、己の手を引いている青年に魅入ってしまった。
――――――連れて行ってくれても、構わないのに・・・・・・・・。
頭身の高い、優美な後ろ姿を眺めつつ。
ファントムを自分をさらう悪魔に例え、アルヴィスは埒もないことを考える。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
けれどもし、そういう事が可能なら。
そうすれば彼は・・・・・アルヴィスだけのモノで居てくれるのだろうか。
誰もいない場所に。
ファントムと、自分だけ。
そうすれば、ファントムはアルヴィスだけの存在で居てくれるだろうか。
アルヴィスだけに、――――――歌ってくれるだろうか。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
自然、繋いでいた手に力が籠もった。
それに気付いたのか、ファントムが歩くのを止めてアルヴィスに向き直る。
「・・・・・・・・・・・歌って」
キレイなアーモンド型の瞳と目が合った瞬間、アルヴィスは思わずそう口に出していた。
言わずには、いられなかった。
だって、あんな楽しそうに。
あんなに、上手に。
あんな、甘い声で。
皆がうっとりしてしまうくらい、・・・・・ロマンチックな歌詞を歌われたら。
皆が聴いている場所で、歌われてしまったら。
自分以外の全員の耳を、塞いでしまいたくなる。
アルヴィスの手は、2本しか無いというのに。
誰にだって耳は、2つずつあるというのに。
―――――――塞ぎきれない。
「歌ってくれよ・・・・・さっきの」
アルヴィスは繰り返す。
突飛な願いだというのは、分かっていた。
いきなりこんな場所で何を言い出すんだと、言い返されても仕方ないだろうお願いだ。
でも、どうしても嫌だった。
この顔で。
この声で。
あんなに上手に。
あんな歌を、皆の前で歌うのは。
たとえ歌詞だろうと、何だろうと。
―――――――愛を語る言葉は、自分だけに囁いて欲しい。
「・・・・・・・・俺だけに」
目の前で、ファントムがクスリと小さく笑った。
そして次の瞬間、ぎゅーっとアルヴィスを抱き締めてくる。
「よろこんで」
恋人の甘く耳触りの良い声は、アルヴィスの耳元で聞こえた。
「僕の歌聴くのはアルヴィス君が初めてじゃあないけど―――――――こうやって、僕が抱き締めながら一番近い場所で聴くのは君が最初で最後だよ・・・」
時間無いから、1フレーズだけね? そう言って歌い始める恋人の胸に顔を埋めながら。
アルヴィスは更に2人が密着するように、ファントムの背に回した腕に力を込める。
「――――――――、」
自分の耳のすぐ傍で聞こえる、甘い声。
アルヴィスは恋人の鼓動を感じながら、耳で身体で心で・・・・・・自分だけに捧げられる歌を聴いた。
青や白に光る無数の星空に包まれ、幻想的な光景の中―――――――アルヴィスだけの為の歌声を。
1フレーズだけの、僅かな時間だったがアルヴィスが望んだ言葉を、確かにファントムは歌い上げてくれた・・・・・・・・・。
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