『Your voice is dedicated only to me.2』





「・・・・・・・・・・・・・・・」


 ディスプレイを見つめる、整った横顔から。
 アルヴィスは、自分の目が吸い寄せられ離せなくなるのを感じた。

 スッキリと高い鼻梁から薄めの形良い唇、そして顎から首へのラインがとても繊細でキレイな横顔だ。

 見慣れている筈なのに、目が離せない。

 マイクを構えるファントムは、それ自体が雑誌の表紙を飾っているモデルかのように決まっている。




 やがて、曲が始まり。

 ファントムが、歌詞を曲に乗せて歌い始め――――――――――。



「―――――――――」


 アルヴィスは、その一声を耳にした途端、視線どころか思考すらも停止しそうになる自分を感じた。

 巧い。

 声がイイとか、そんなレベルじゃなくて、これはもうプロ並みだ。

 発声自体の、レベルが違う。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 引き寄せられる。
 歌う声にも、姿にも・・・・・・目も耳も、全身が引き寄せられて、離れられない。


「――――――――――」


 ただ、ディスプレイを見つめ、表示されている歌詞を歌っているだけなのに。
 立つこともなく、座ったまま。
 テーブルに肘さえ付いて、自然なポーズで歌っているだけなのに。

 時折、細められる長い睫に縁取られた瞳。
 リズムを取るように、身体を軽く揺らす仕草。
 喋る時よりも、大きく動かされる形良い唇・・・・・・・身体の動きに合わせて、サラサラと煌めく銀色の髪。


 何もかもが、キレイだと思った。

 テレビに出ている、歌手達と比べたって全く遜色がない。
 いや、それ以上だろう。
 何たって、顔も声も、・・・・・・・・・極上なのだから。


 そして、何よりも――――――――ファントムの歌声が直接、心に響く。

 それが、とても快い。

 甘さを含んだ優しい声に、心が柔らかくくるまれて、そのまま目を閉じて眠り込んでしまいたくなるような―――――――心地よさ。




「・・・・・・・・・・・」



 こんな、・・・・・うまかったんだ・・・・。




 瞬きすら惜しむように隣の青年を見つめたまま、アルヴィスは素直にそう思う。

 知らなかった。

 カラオケなんて歌うのは、彼のイメージには無かったから・・・・・・本当に驚きだ。

 けれど実際、プロなんじゃないかと疑わしくなるくらいにウマイし、歌っている姿も様になっている。





「・・・・久しぶりに聞きましたよ、ファントムの本気歌」

「だな。・・・ていうか、ホント何してもウマイけど、歌もプロだよな」

「当たり前よう! ファントムだものーvv」

「でも、滅多に歌ってくれないんですよねえ・・・皆の聞くばっかりで」

「せいぜい、たまーに一緒にハモってくれるだけなんですよね〜〜普段は」





 口々に言われる声にようやく間奏に入ったのを気付いたくらい、アルヴィスは歌に聴き入ってしまっていた。

 再び歌が始まり、ファントムが時折アルヴィスを見つめ返しても、笑い返すことも出来ないほどに。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ファントムが選曲した歌は、かなりロマンチックな歌詞で。

 歌詞の1つひとつが、聞いているとまるで愛を告白されているような気がして。

 目が合うと、少しだけ顔が赤く視線を逸らしたい気分になってしまう。

 アメジスト色の瞳に見つめられ、少しだけ笑いかけられれば、その都度胸がきゅうっと締め付けられるみたいに苦しくなって・・・・・ドキドキした。








 ――――――――君を傍で見つめていたい・・・・・・・






 自分だけに、歌われている訳じゃないのに。







 ――――――――いつも傍で感じていたい・・・・・・・・







 これは歌であり、・・・自分に言われている言葉ではないというのに。




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ・・・・・・・皆が聴いている、声で言葉だ。


 目の前で、歌うファントムは。
 まるで夢みたいに、キレイだし。
 顔も髪も、目の色も。
 歌声だって、仕草だって―――――――――全部キレイだ。


 それをこんな間近で見られるのは、とても幸せなことだと思うのに。




「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 ―――――どうしてだろう。

 それが酷く不愉快にも感じて、・・・・・胸がまた苦しくなった。




「――――――・・・・・アルヴィス君・・・?」



 ふと、歌が途絶えた。


「あ、・・・・え?・・・」


 我に返って、状況を把握してみれば。

 マイクを構えたまま、ファントムが心配そうな顔でアルヴィスを見つめている。


「どうしたの・・・・?」

「・・・・・・え?」


 何がどうしたの?なのかが分からず、アルヴィスは困惑した。
 水を打ったように静かになった室内に、歌詞のない曲だけがそれでも美しい旋律で流れている。


「だって、・・・・泣きそうな顔してる・・・・・」


 困惑しているアルヴィスには構わず、ファントムがつ・・と手を伸ばしてきて宥めるように頭を撫でてきた。


「えっ、・・・俺べつにそんな泣きそうなんて、・・・・・・・っ!?」


 頭を撫でながら予想外の言葉を言われ、アルヴィスは面食らう。
 何を言っているのかと、困惑した。
 けれど、瞬きをした拍子にボロッと涙が一粒零れ出て来て、慌てて手で擦る。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、」


 泣きそうになっていたなんて、・・・・まるで自覚が無かった。
 自分でも、何が何だか分からない。

 アルヴィスは、軽い混乱状態に陥ってしまった。


「・・・・っ、俺・・・・俺は・・・・、っ・・・・・」


 何とかその場を取り繕おうと、とりあえず声をあげるが何を言えばいいのか分からず押し黙ってしまう。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 そのアルヴィスの身体を、ファントムがぎゅうっと抱き締めてきた。


「ああ、よしよし。僕の歌声に感動し過ぎちゃったんだね!」

「・・・・・えっ、・・・」


 想像もしないファントムの言葉に、アルヴィスは否定も肯定も出来ないまま固まってしまった。


「でも、いつもより涙脆くなってるって事は体調もあんまり良くないって事だから・・・・そろそろ僕たちは帰ろうか!!」

「・・・ファ・・・ファントム・・・・・」


 抱き締められたまま呆然としているアルヴィスを余所に、年上の恋人はさっさと勝手にいとまを告げる。


「――――――って訳だから。みんな、僕たちもう帰るね? 支払いは僕にツケておいていいからさ、みんなはまだ遊んで行けばいい」


 そして、握っていたマイクをぽいっとその場に放り投げ。
 ファントムはアルヴィスを抱えるようにして、立ち上がった。

 見た目には大して力が籠もっていないような抱え方だが、アルヴィスが驚いて抵抗しようとしても身動きが殆ど取れないくらいに見事なホールド状態だ。


「え〜〜〜ファントムもう帰っちゃうの〜〜〜〜」

「ファ、ファントムが帰られるのでしたら、僕も・・・・」

「うん、ごめんね。アルヴィス君疲れちゃってると思うし、早く休ませてあげたいから」


 帰ると言った途端に一斉に喚き始めたメンツに、ファントムはあっさりと頷いて見せる。


「そんなファントムぅ〜〜せっかくのクリスマスパーティーなのに〜〜〜」

「つかファントムが、イヴとクリスマス当日は駄目だからイヴイヴな今日にしてって言ったんじゃん〜〜〜」

「ファントムが居ないとツマラナイです!」

「んー、でも僕は帰るから。ツマラナイならみんなも帰ればいいんじゃない?」

「ファントム〜〜〜〜!!」


 ファントムの態度には、申し訳なさなど欠片もない。

 かえって、アルヴィスの方が申し訳なさを感じてファントムに口を開いた。
 ファントムだけなら、きっとまだ帰ろうとはしていないだろう。
 やはり自分のせいで、友人達との付き合いがないがしろにされてしまうのは気が引ける。

 しかもイヴ前日とはいえ、今日はクリスマスパーティーなのだから。


「ファントム、・・・俺は平気だから・・・・・」

「・・・疲れた顔してるよ? 早く帰ろうね」


 けれどファントムはそれを聞き入れず、アルヴィスを支えたまま器用に自分の毛皮コートとアルヴィスのコートを片手に持った。


「じゃあね、みんな。また今度集まろうね!」


 そしてにっこり笑ってそう言うと、渋るアルヴィスを連れてその場を後にする。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 幼なじみに殆ど抱え上げられるような体勢で、室外へと引っ張り出されたアルヴィスは。
 その瞬間、ファントムの遠縁だという青年のルビーみたいな瞳が、自分を見て眇(すが)められるのを視界の隅に捉えていた──────────――。








NEXT 3