『Your voice is dedicated only to me.1』 「次は、ダレ歌います?」 「はいはーい! じゃあワタシ・・・・」 「キャンディスはさっき歌ったばっかじゃん・・・!」 「じゃあ俺っちが・・・」 何度目かになるマイクの奪い合いを、視界の片隅に納めながら。 「・・・・・・・・・・・・・・」 アルヴィスは興味なさげに、映像と歌詞が映し出されるディスプレイを見つめていた。 照明を薄暗く落とされた、広い室内には座り心地の良い革張りのソファがズラリと並べられ。 その前にあるガラステーブルには、様々な種類のカットフルーツが盛られた皿やチキンやその他のオードブルが並べられた皿が所狭しと置かれている。 ―――――――まるで高級なホテルのラウンジのような光景だが、ソファと逆側に設置された巨大スクリーンやテーブルに何本も用意されているマイクがそうでは無い事を物語っていた。 「・・・・・・・・・・・・・」 かなり豪華ではあるが、ここはれっきとしたカラオケボックスなのである。 高い天井からは、巨大なミラーボールがキラキラとした七色の光を室内に投げかけて幻想的な雰囲気を演出し。 更に四方全ての壁に内臓されているらしいスピーカーの効果で、音の洪水に現実感覚を失いトリップさせる効果も満点な、高級カラオケボックス。 広々とした室内には、アルヴィスを含めた数人の男女。 何となくSMの女王様を彷彿とさせるような、派手なパンク系の衣服に身を包んだ黒髪の女や、人の良さそうな落ち着いた雰囲気の男、柄が悪くて騒がしそうなタイプの男も居れば、黙っていれば顔もいいし思慮分別がありそうなのに、やたらテンションの高い男などなど―――――――・・・様相も性別も、全然統一性の無い人間たちがアルヴィスを含め11名。 その内で、アルヴィスが素性を知っているのは、自分を抜かせばたった1人しかいない。 「ねえファントム! ファントムも歌ってよvv」 「うーん、・・今は気分じゃないから、また後でね」 派手なパンク女に甘ったるく声を掛けられ、アルヴィスの隣でそれを断っている銀髪の青年。 4歳上の幼なじみで、現時点でアルヴィスの保護者であり恋人の、ファントムただ1人だけだ。 今日は、ファントムの大学関係の友人達との集まりなのである。 ―――――――僕のアルヴィス君をね、大学の友人達に紹介したいと思うんだけど・・・・。 そんなことを言われ、ファントムに連れ出された。 一緒にご飯でも食べながら、紹介するね・・・・そういう話でレストランへ行き。 そのまま食べ終わったら帰れるのかと思いきや、ダーツやらビリヤード、はたまたゲーセンやらへと散々連れ回される羽目となってしまった。 それが終わり、ようやく帰れるのかと思ったら、・・・・今度はカラオケボックスだ。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 内心、アルヴィスはかなり不機嫌だった。 連れ回されるのも好きじゃなければ、連れて行かれる所も余り好まない場所ばかりで。 すっかり、辟易(へきえき)してしまっていたのである。 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 更に、自慢ではないがアルヴィスは人見知りする性格だ。 紹介されたからって、見知らぬ人間とすぐにアッサリ打ち解けたりなど出来ないタイプなのである。 話すのだってそう得意では無いし、共通の話題を探したりするのも苦手。 まして、ここにいるような面々と共通な話題などは思いつける気もしない。 それなのに長時間、そんなメンバーと一緒に過ごすのはアルヴィスにしてみれば苦痛以外の何物でもなかった。 多少ファントムが気を遣ったのか、アルヴィスを一番端の席に座らせて自分が隣に座ってくれたので幾分かマシではあったけれど。 ―――――帰りたいな・・・・。 もう紹介とやらは済んだんだから、俺だけ帰るとかはダメなんだろうか・・・・? 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 心中でこっそりと、何度目かの嘆息をする。 今、周りで騒いでいる彼らはアルヴィスが友人として選ぶ為の基準から程遠い人物ばかりだ。 中にはまともそうな人物もちらほら居るが、・・・・・・かなり問題がありそうなタイプばかりが揃っている気がする。 最初は紹介された全員が、彼と同じ医大に通う『未来の医者』なのかと思い、この国の行く末を危ぶんでしまったアルヴィスである。 不本意ながら、患者としての立場を謳歌(おうか)してしまっているアルヴィスから見れば。 ―――――――絶対に診察して貰いたくないと感じる輩が多数、混ざっているように思われたからだ。 (まあそこら辺の危惧は、疑わしいとアルヴィスが思っていた輩の殆どを、ファントムが医大つながりでは無い関係の友達だと説明してくれたので取りあえずは払拭されたのだが) それにしても、一貫性があるような無いような・・・・・とにかく個性的な面々ではある。 自分の恋人であるファントムの性格が性格なので・・・・・・選ぶ友人達だってさもありなん、と納得出来はするのだけれど。 納得はしても、ファントムの恋人ということで興味津々に眺められ、口々に色々と質問されたり何故か睨み付けられたりと、弄り回されるのは勘弁だった。 この中で一番年下だというのをさっ引いても、子供扱いされた上に珍しい動物を見るかのように構われるのには閉口してしまう。 ついでに言うと、変にからかわれる度に。 ファントムが友人達に見せつけるように、街中でキスだのハグだのしてきてベタベタくっついてくるのもアルヴィスの機嫌の悪さを助長させていた。 すれ違う人たちが思わず振り返ってしまうほど、キレイな顔の恋人は。 ただでさえ、目立つ存在だ。 それなのに、足首まである深い焦げ茶色した毛皮コート(ロシアンセーブル・・・黒テンの毛皮なのだと説明してくれた)を纏い、どこかのコレクションに出たばかりのモデルのような派手な出で立ちでアルヴィスにじゃれついてくる。 サラサラした銀髪にアメジスト色の瞳した白皙の美貌を見つめる、沢山の目があるというのに―――――――そんなのは全く頓着しないそぶりで、アルヴィスに懐いてくるのだ。 夥しい数の視線が絡まる中、ファントムは平気な様子でアルヴィスに抱きつき髪に触れ、そして所構わずキスをけしかけてくる。 生まれつき、人の視線を感じることが多く。 それには慣れている筈のアルヴィスだが、ファントムと一緒だと更にその傾向が強い気がして流石に居心地が悪い。 なんでこんなのが、一緒にいるんだろう・・? とか、そこら辺の理由で視線が余計に集まっているのだろうけれど。 分かっては居ても、やっぱり気分は良くないのだ。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 アルヴィスは誰と会話を交わすこともなく、ただ視界の先にある巨大ディスプレイとその横にある豪華な飾り付けをされたクリスマス・ツリーをその目に映し。 人形のようにおとなしく、その場に座り続けていた。 その顔が、全く楽しそうで無いことは仕方がないだろう。 アルヴィスは歌が得意ではないし、その得意ではない歌を他人の前で披露することなどは考えられない。 そして、別に見知らぬ人間達の歌もそう聴きたい訳では無いからして―――――――・・・どうしたって、仏頂面になってしまうのだ。 楽しくないのに笑えるほど人生経験だって積んでないし、また笑わなくてはいけないとも思わない。 それに。 自分の知らない人間達と、ファントムが楽しそうにしているのを見ると。 なぜだかとても、・・・・・彼が遠くにいるような気がして寂しい気持ちになってしまう。 浮かべる笑顔も口調も、同じようでいてどこか違うような。 知らない顔に知らない声、知らない話題・・・・・・楽しそうに友人達と会話しているファントムは、アルヴィスがよく知っている彼のようであり、彼では無いような気がして。 笑えるような気分には、少しもならなかった。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 もう、・・・帰りたいな。 心の中で、幾度目かになる言葉を呟き。 アルヴィスはそっと、溜息をついた。 「・・・アルヴィス君、もしかして具合悪い?」 黙り込んでいるアルヴィスを気遣い、隣のファントムが顔を覗き込んでくる。 「結構引っ張り回しちゃったから、疲れたかな? ・・・なんならもう、帰る・・?」 心配そうに言われて、アルヴィスは咄嗟に首を横に振った。 「・・・いや、平気だ」 帰りたいのは山々だが、ファントムだって友人達と遊んでいたいだろうし自分のせいで早く帰ることになるのは避けたい。 このメンバーに参加したい気持ちはサラサラ無いアルヴィスだが、ファントムと友人達との楽しい雰囲気を壊すことを、何とも思わないほど無神経では無いつもりだ。 「ちゃんと、・・・楽しんでる。平気・・・・」 ボソボソ答え、場を繕うように目の前のテーブルに手を伸ばした。 クリスマスイヴの前日だからなのか人形型やツリー型のジンジャー・クッキー、それに巨大なクグロフ型で堅そうなケーキみたいなイメージの、クリスマス・プディング。 中央にプラム・ジャムを飾った星形の焼き菓子・・・クリスマス・パイなどが置かれている。 アルヴィス的には、もっと砕けた―――――たとえばポテトチップスだとかチョコポッキー、それからキスチョコなんかが食べたいのだが見あたらないので、台座付の銀のプレートに乗ったチョコレートを摘んだ。 「さっきも言ったけど、ここに居るヒト達は気の置けない奴らばかりだから。遠慮なんかしなくていいんだからね?」 「・・・・・う・・・ん」 尚も気遣うように言うファントムに、アルヴィスはチョコレートを口に放り込みながら生返事をする。 遠慮しなくていいと言われても、はいそうですかと簡単に頷ける訳もない。 「なんか歌いたいのある? 入れてあげるよ」 そんなアルヴィスの様子を、疲れていないのなら退屈していると思ったのか。 ファントムがそう言って、リモコン片手に聞いてきた。 「・・・・だから俺は、・・・・・」 「ああ、・・・うん。アルヴィス君は恥ずかしがり屋さんだものね・・・・じゃあ今度いつか、僕の前でだけ歌ってね?」 歌うかと問われ、気まずそうに口を開いたアルヴィスに、ファントムは心得ているといった様子で頷く。 いつだって、強引に事を進めるのが大好きな彼だが、こういう肝心なところではちゃんとアルヴィスの希望を聞いてくれる。 アルヴィスが本当に歌が苦手な事は、理解してくれているのだ。 「歌、・・・・下手なの知ってるだろ・・・・?」 微かに頬を赤らめて、ぶっきらぼうに答えれば。 ファントムは、そのキレイな顔を柔らかく綻ばせサラリと言い切った。 「アルヴィス君は、声が可愛いから全然大丈夫だよ。僕はいつまでだって聴いていたいと思うけど」 「・・・・・・・・・・よく言う・・・・・」 「ホントだよ? アルヴィス君の声、僕は大好きだからね」 一番端に座らせたアルヴィスが取りやすいように、テーブルの上の菓子皿やオードブルの皿の一部をずらしながらファントムが更に肯定する。 そんな彼は、移動した皿から食べ物を取ろうとしている友人達のことなどまるで目に入っていない様子だ。 ファントムは良く、アルヴィス以外の人間にこういう態度を取る事がある。 「ファントム、それまだ私が食べ・・・・」 「なあにガリアン、お菓子なんて食べる年じゃないでしょキミは。そっちの生ガキでも食べてれば? グリコーゲン入ってるから脳の活性化で今度は留年しなくて良くなるかもだし!」 「ファントム、俺べつにそんなには・・・・」 遠慮がちに抗議しかけた黒髪の男へ、ぴしゃりと失礼な事を言い放つファントムに、却ってアルヴィスの方が気を遣ってしまう。 「いいんだよアルヴィス君は気にしなくて! それとも他のがいい? 何なら、他のお菓子取り寄せようか?」 「いや、・・・・それはいらない・・・けど・・」 けれどファントムは全く気にする気配も無く、やりたい放題である。 「・・・・あ、コウガ! 今日は煙草ダメだって言ってるでしょ、アルヴィス君いるんだから吸ったら殺すよ・・・?」 見るからに柄の悪そうな男が咥えた煙草を目ざとく見つけ、手にしたアイスピックを先ほどやったダーツのように構える姿が恐ろしい。 大して狙っている風にも見えないのに、宣言した通りの場所へダーツの矢を自在に打ち込んでいたファントム。 彼が本当にその気になったら、この場でピックで目当ての場所を射貫くことは可能だろう。 「わ、分かってるさファントム・・・・!」 「そうだよねえ? ・・・・もしそんなフザケた事するつもりだったら僕、コウガのその分厚い唇このピックで縫い合わせてやるとこだったよ?」 くすくす笑い、冗談めかして言ってはいるがファントムならやりかねない気がする。 彼の性格をよく知っているだろう、煙草男が青ざめた所を見るに限りなく本気に近い言葉なのだ。 なんでコイツらは、ファントムがこんな物騒な性格なのに友達付き合いを続けているんだ・・・? アルヴィスの胸中に、呆れ半分にそんな疑問が過ぎったが。 そこはアルヴィスにとって、永遠に解けない謎になるような気がした。 自分の恋人は、こんな性格だというのにカリスマ性というのか・・・・結構憧れる人間が多いのだ。 それも、キレイな外見だけでは決して無く。 きっと、アルヴィスが知らないファントムの魅力的な部分とやらがあるのだろう。 自分の前ではこういった物騒な言動が多い彼だけれど、恐らくそうじゃないイイ部分がきっとあるのだ。 頭もイイし、何だって器用にこなすし、口調も甘く穏やかで・・・・更にそういった魅力があるのだったら、惹かれる気持ちも分かる気がする。 だから、きっと。 この一見バラバラで、統一性がまるでない友人達もファントムの事が大好きなのだ。 「ファントムはもう、アルヴィスさんの事しか見えてないですよねえ・・・・」 ただ、何となく。 アルヴィスは、薄茶の髪をした少女のようにキレイな顔立ちの青年が時折刺すような目で此方を見ているのが気になった。 一見、とても穏やかで口調も丁寧だし。 その他の割と派手でお近づきになりたくない面々の中では、かなりまともに見える人物なのだが・・・・・・・彼にアルヴィスは、何かしてしまったのだろうか。 確かロラン・・・って言うんだっけ? 紹介された時の記憶を掘り起こし、名を心の中で反芻する。 ファントムと大学で同じクラスの、・・・しかも遠縁でもあるとかいう青年の筈だ。 けれどアルヴィスは、ロランと今日が初対面の筈だし、ロクに会話だってしてはいない。 彼の、敵意を買う理由は無い筈なのだが。 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 アルヴィスが見つめる前で、ロランが人懐こそうな笑みを浮かべファントムに声を掛ける。 「ファントム! ファントムも歌ってください・・・・!!」 「そうよぉvv ファントムまだ1曲も歌ってないじゃない〜〜」 彼に続き。 ファントムが曲を送信するためのリモコンを手にしているのを、目ざとく見つけた彼の友人達も口々に叫んだ。 ファントム的にはアルヴィスに歌うかと聞いたときにリモコンを掴んで、そのまま持っていただけなのだろうが。 「うーん、最近の曲、あんまり覚えてないんだよねぇ・・・」 柔らかく答えたファントムは、それでも友人達の求めに応じてリモコンの液晶画面を指先で何度かつついた。 歌う曲を選ぶ気になったらしい。 「・・・・・・・・・・・・・・」 それをアルヴィスは、不思議な心地で見守ってしまう。 そういえば、考えてみたらファントムが歌うところなど、アルヴィスは見たことが無かった。 たまに鼻歌らしき、何かを口ずさんでいるのは聞いたことがあるが、それくらいだ。 甘く優しい、イイ声だと思うし。 ピアノやヴァイオリンを弾いてる姿は目にしたことがあるので、音感が無いとも思えないから、歌だって下手では無いだろう。 何でも器用にこなす彼だから、きっとそれなりなんだとは思うのだが。 ファントムが歌うのって、・・・・・あんまりイメージじゃないな・・・・・・・? 想像が付かない。 何となく、クラシック畑の人のようなイメージがあるし、こういうカラオケボックスで歌うのはそぐわない気がする。 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 実は、・・・・音痴だったりして? うっかりそんなことを想像して、思わず吹き出しそうになってしまった。 可能性はゼロでは無い・・・・だろう。 でも、もしホントにそうだったら。 すごい、・・・・・それは・・・・・見たい、かも。 何でも、人並み以上にしてしまう彼だから。 たまにそんな、弱点があったっていい気がする。 いやむしろ、・・・・あってくれ。 見る限り、外見上は全く欠点の見あたらない彼が。 音の外れた調子で歌ったら、・・・・・絶対に可愛らしい。 顔がキレイで声も良くて、歌ってる姿は様になってるのに―――――――でもヘタクソ。 それはとても、・・・・微笑ましくて可愛らしい気がする。 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 アルヴィスはつい、期待した瞳で隣のファントムを見つめてしまった。 その視線に気付いたのか、ファントムが少し照れたように苦笑して此方を見る。 「・・・なに、アルヴィス君・・・・?」 「・・・・ファントムの歌、・・・・・・・聞きたいなって・・・・・」 「僕の歌? ・・・・・そう? 聞きたい・・・・・?」 切れ長の瞳を僅かに丸くして問われ、アルヴィスはコクリと頷いた。 「・・・・参ったなァ・・・それじゃ歌わない訳いかないじゃない・・・・」 目の前のキレイな顔が、珍しく躊躇うように笑った。 「最近、全然歌ってないんだよね・・・・・」 「ファントムの声、俺好きだし。・・・・平気だろ?」 先ほどファントムに言われた言葉と似たセリフを返したら。 年上の幼なじみは、敵わないなという風に肩をすくめる。 「お姫さまのご要望とあらば、仕方ない。・・・・じゃあ、コレ歌おうかな!」 そう言って、マイクを受け取り。 ファントムはディスプレイにリモコンを向け、選曲を送信した――――――――。 NEXT 2 |