『君のためなら世界だって壊してあげる−inリゾート−1』





 白い砂浜。エメラルドグリーンの海。

 常夏の楽園・・・・H。

 一度くらいは、行ってみたいとは思っていた。
 今だと下手すれば国内旅行より安く上がる、とかいう話だし。
 いつかその内、お金が出来て機会があれば―――――─行ってみたいなとは思っていた。




 キレイだろうな、碧い海。

 素敵だろうな、白い砂浜。


―――――憧れてはいたけれど。






「海か、・・・・」

 テレビに映っていた海水浴客を見て。
 アルヴィスがポツリと呟いたのは、別に行きたいとかそんなアピールでは決して無かった。
 カラフルな水着で楽しそうに海の家の前でポーズを取ったり、泳ぎながらはしゃいでいる姿を見て、もうそんな季節なのだと思っただけだ。
 春先から何だかんだと体調を崩し、余り外に出ないまま過ごしていたアルヴィスには季節感覚というものが希薄になっている。
 何となくまだ春が続いているような気がして、こうして真夏の風物詩的な海の光景などを見ると違和感があった。間違っているのは、アルヴィスの方なのだろうが。

 だから。

 アルヴィスの呟きには、もう夏なんだな・・・という驚きが含まれてはいたものの、別段『行きたい』と思っていた訳では無かったのだ―――――──決して。





 それなのに。






 それから約三週間後。

 アルヴィスは憧れ?だった南国の島・Hに居た。

 島屈指の高級ホテルのプールサイドで白いパラソルの下、やっぱり白に揃えられたデッキチェアに寝転がった体勢で、ボンヤリと。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」





 一昨日。
 アルヴィスはいきなりに、学校の帰りにパスポートセンターに連れて行かれパスポートの受け取りをさせられた。
 強引な手段を執った張本人は、『申請とかは代行で行政書士の人にお願い出来るんだけど、受け取りだけは本人なんだよねー』などと訳の分からない事をツラッと言い。
 呆然としているアルヴィスをそのまま空港へと連行して―――――──生まれ育った国と、何の前触れも無くおさらばさせた。

 何事かと騒いだら、まるでアルヴィスがそれを強請ったかのような口ぶりで『海行きたいんでしょ。僕、国内の海嫌いだから別のとこ行こうね』などと言ってニッコリされ。

 彼の予測の付かない破天荒で常識を逸脱した行動はいつもの事だったので、アルヴィスも返す言葉が見つからず―――――─そのまま10時間近い空の旅を体験させられて。









 ・・・・・・そして、今に至る訳なのだが。





「・・・・・・・・・・・・・・」

 アルヴィスの隣には、同じようにデッキチェアの上で怠惰そうに足を組み、寝転がった青年が居る。
 陽光に煌めくサラサラとした銀色の髪にアメジストを思わせる柔らかな紫色の瞳した、彫像みたいに整った横顔の彼は勿論、アルヴィスを強引に連れてきた張本人のファントムだ。
 パラソルや木陰があるとはいえ暑い昼間のプールサイドで、汗ひとつかかずに涼しげな顔で推理小説らしき洋書を片手に読んでいる。
 その本を支える指、手、手首に繋がる肘から上腕に掛けて、キレイに付いているファントムのしなやかな筋肉が白い肌に薄く浮かび上がり―――――日中の陽射しの中濃い影を作って精悍な印象を与えていた。

 手足が長くモデルのような細身の体型である彼だが、貧弱という印象は全く無い。
 体質的なものなのか目立たないけれど、実はどちらかと言えば筋肉質なのをアルヴィスは知っていた。胸筋だって腹筋だって、意外ときっちりあったりする。
 アルヴィスがどんなに藻掻いたって暴れたって、簡単に力負けして押し倒される原因もそこらだろう。

「・・・・・・・・・・・・・・」

 アルヴィスが賞賛半分不満半分にジッと見つめていると、不意にファントムは本から目を離し此方の方に顔を傾けた。
 裸の胸元に下げられた高価そうな銀のネックレス――――妖しげな、仮面舞踏会に付けるような目鼻を覆うマスクを象ったペンダントヘッドが付いている―――――が弾みで肩を滑り、首下へ流れる。

「喉でも渇いた? ・・・飲み物でも頼む?」

 にっこりと屈託のない笑顔でそう言われるが、アルヴィスは首を横に振り。

「・・・・・暑い」

 思い切り仏頂面を作って、自分の現状を訴えた。


 そう、とても耐え難く暑いのだ。

 うっかり恋人の顔や身体に見惚れている場合じゃない。


「そりゃあ、ここ・・・南国だからねえ」

 けれども銀髪の青年は笑ったまま、サラリと当たり前の事を答えただけだった。

「・・・そう、じゃなくて・・・・っ、」

 苛立ちながらもう一度訴えようとしたアルヴィスを遮り、再度ファントムが口を開く。

「暑いの我慢出来ないなら、部屋戻る? それとも、・・・そこのプールかホテル前のビーチに出て泳ごうか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 それは、それ自体の申し出は、アルヴィスにとって歓迎すべき選択肢だ。
 せっかく、海外の定番リゾート地に来ているのだ―――――部屋に戻るのは論外だが、キレイな海や砂浜には出てみたい。このホテルのプールも何だか有名らしいので、それはそれで泳いでみたい・・・・・のだけれど。
 アルヴィスの保護者であり一緒に住んでいる間柄であり主治医でもあり、しかも恋人である彼は、やはり言葉の続きをこう締めくくる。

「―――――ただし、そのままの格好でね?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 そのままの格好。

 アルヴィスもファントムと同じく、泳ぐ準備万端に水着を着用している。
 それは別にいいのだが・・・・・今現在、アルヴィスは青っぽいグリーンのTシャツも着用させられた状態なのだ。水着だけでは無く。

「何度も言ってるけど、こっちは陽射し強いからね? さっき日焼け止め塗ったけど多分、アルヴィス君焼けちゃうから。・・・・大人しくソレ着たまま泳ごうね」

「・・・・・・・・・・」





 女の子じゃあるまいし、焼けたからって何なんだ。
 多少痛いだろうし、赤くなるだろうけど黒くなる訳でも無いし・・・なっても別に構わないし。
 それより何より、Tシャツが濡れて肌に貼り付く感じが嫌だし泳ぐのに邪魔な気がする。

 だから脱ぎたい。

 というか。せめてプールサイドにこうしてる間ぐらい脱いだっていいじゃないか・・・・・・!

 そもそもお前だって焼けない体質っぽいクセに脱いでるし!!





 それがアルヴィスの言い分なのだが、残念な事にアルヴィスは恋人を言い負かせるだけの語彙を持たない。
 アレコレと理由付けをされて、言いくるめられるのがオチだった。
 言い負かされるのも腹立たしいし、言い分も通らないのだから言うだけ無駄である。

「・・・・・・・・・・・・・・・」


 だからアルヴィスは泳ぎたい気持ちを抑えて、ここで過ごしていた。


 Tシャツが脱げない→でも、シャツが濡れるのは嫌だ→じゃあ海もプールも泳げない→部屋へ戻る?→だけどせっかくのリゾート地。部屋で寝るのは勿体ない→ならせめて、プールサイドで寝ていよう・・・・暑いけど。


―――――─そんな様々な葛藤を乗り越え、最低限の満足を叶える為に。



 しかし、やっぱり暑いのだ。
 空調の効いた室内で涼んでるのとは違い、ここは外。
 しかも、南国の外。
 水着だけで過ごしてたって、水に入らなければ暑いだろうに、・・・・・Tシャツなんか着込んでいたら暑すぎるに決まっている。





「・・・・・・・・いい、もう少しここに居る」

 それでも、ムッとしながらアルヴィスはそう言った。
 泳ぎたいのは山々だし、暑くて堪らないのだが、・・・・それでも服が濡れて肌に貼り付く感覚がアルヴィスはどうしても生理的に受け付けられない。
 どちらの不快感を我慢するかと言われたら、アルヴィスは前者を取る。

「そう? ならいいけど」

 アルヴィスの返事にアッサリとファントムは頷き、また本に顔を戻した。

「・・・・・・・・・・・・・」

 憎たらしいくらい涼しげに見える、秀麗な横顔。
 その意外な程長い睫毛や、綺麗な線を描く高い鼻や唇、顎のライン、額に掛かる銀糸の髪。
 そして左の耳珠―――輪郭沿いの、耳の軟骨である三角の突起部分――――に穿たれた小さな青い石のピアスをじっと眺めつつ。
 アルヴィスは額の汗を拭った。


「・・・・・・・・・・・・・・・」



―――――─暑い。

 せめて、シャツを脱ぎたい。

 脱いだから何だというのだ―――――というか、ここだったら別にパラソルで日よけになるのだから脱いだって構わないじゃないか。・・・・そういう気になってくる。



「・・・・・・・・・・・・・・」

 目と鼻の先には、プールが涼しげに誘っているし。

「・・・・・・・・・・・・・・」

 その先には、いつか行きたいと憧れていたエメラルドグリーンの海と白い砂浜。
 実際に今、その地に立っているというのに。




 なんで、こんな暑い思いをして汗をかきながら眺めているんだろうか。

 そもそも、何で、こんなに素直にファントムの言うことを聞いているんだろう。

 強引に連れてこられたんだから、せめて泳ぐくらいの自由は欲しい。

 水にザブンと飛び込んで。

 思い切りバシャバシャしたいッッ!!



 暑 す ぎ て 変 に な る ! ! 





「・・・・・・・・・もうだめだ」

 我慢の限界が来て。
 アルヴィスはデッキチェアから起き上がった。勢いの良さに、下に敷いていたタオルが床にずり落ちる。

「アルヴィス君?」

 本を手にしたまま、此方を見上げる紫の瞳をアルヴィスは毅然とした態度で見つめ返した。


 怒られたって構うものか。

 だって、物凄く暑いんだ―――――───!!



「・・・・泳ぐ。暑い。もう我慢できない」

 一息に、余裕無く言い放ち。
 止められないうちにと、グイッとシャツの裾を掴み一気に脱いだ。
 アルヴィスの上半身に爽快感が走り篭もっていた熱が逃げていく。・・・気持ちいい。

「泳ぐから、」

 短く言い置いて、アルヴィスはプールの方へと走ろうとした―――――─が。

「駄目だよ」

 アルヴィスの手首を、素早く自分より一回り大きな手がガッチリ捕まえる。

「!?」

 次の瞬間、アルヴィスは抗いがたい強さの力で、後方へと思い切り引っ張られた。
 体勢が取れず、よろけた。



 視界が回る――――倒れる――――背中から。



「―――――・・・・っ、!?」

 衝撃の強さを思い、ギュッと両目を閉じて・・・。

「・・・・・・・・・?」

 思ったより随分と柔らかい衝撃に目を開けば、アルヴィスの眼前には、至近距離で笑っているファントムの顔があった。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

 何度か瞬きを繰り返して、状況を把握する。

 二人して、デッキチェアの上で抱き合っている形になっているのだ。
 要は、ファントムがアルヴィスの手首を掴んで、自分のいるチェアに引っ張り込んだらしい。器用にも、ちゃんと自分の胸に引き寄せた形で。

「・・・・・・・・・・・・・・・」

 自分が陥った状況のまずさに、アルヴィスは背筋に先程とは質が違う、冷たい汗が流れるのを感じた。
 思わず身を引こうと上体を起こしかけ―――――だがそれは、素肌を晒した背にファントムの腕ががっしりと回る事で阻止される。

「―――――悪い子だねアルヴィス君」

 間近にある紫の瞳が、三日月のような弧を描いて細められた。

「駄目って言ってるのに・・・・これは、お仕置きが必要かな・・・?」

 言いながらファントムは、傍らに丸まった・・・先程アルヴィスが立ち上がる時に落としたものだ・・・・タオルをそっと拾い上げる。

 そして、ふわりと自分たちの上に掛けながら、身動き出来ない程にホールドされているアルヴィスの唇に、そっと口付けをしたのだった―――――───。










Next 2

++++++++++++++++++++

言い訳。
・・・拍手SSです。
長いですけど。 続きますけど(殴)
もう、どのみちあんまり短いの書けない体質なので、短くしようという努力は捨て去りましt(爆)
これの続きは多分、本番はしないでしょうけどエロモードになりますね。
拍手SSでだけはエッチにはしないという気持ちがあったんですが、何かもう良くなって来ました(死)
人間、書きたいモノ我慢するのは良くないですよね。
つかもう、それが本質(←でもそれは微妙に嫌かな・・・!/笑)なら仕方ないですヨ。
ちなみに、この南国はもちろんモデルはハ○イです(笑) ホテルはハレ○ラニ辺りで(笑)