『君のためなら世界だって壊してあげる』




ACT 89 『モノクロのkiss−6−』



 

 留学時代のファントムは、一体どんな様子だったのか。



 アルヴィスの問いに、オーブは緑の目を細め唇の両端を吊り上げた。


「ファントムとの付き合いは、とあるパーティーで出会ったのがキッカケだ」


 そう言って、楽しげにアルヴィスを見やり言葉を続ける。


「驚いたぞ。当時、最年少でHMS・・・ああ、H大の医師専門大学院の略称のことだ・・・に入った者が居る、という噂は耳にしていたのだが」


 まさかその本人といきなり顔合わせするとは思わなかった、とオーブは昔を懐かしむような表情を浮かべる。


「当時はかなり噂になっていたからな・・・天才少年の顔を拝めて幸運だと思ったぞ」

「・・・・・・」


 ファントムが14歳の時に大学院へ進んだということは、アルヴィスも聞いているから知っていた。

 H大がA国でも最高峰の大学であり、ましてその大学院ともなれば超が付くエリートばかりを続々と排出するだろう機関であることも知っている。
 そこに、たった14歳で入学したファントムは並大抵の優秀さではない。

 だが、そういうオーブだって、ファントムの4歳上と言っていたから当時18歳だったのでは無いだろうか。


「でも、オーブさ・・・オーブも、18歳で入ったんですよね? それって、普通だと・・・」


 アルヴィスはA国の進学システムに詳しくないが、大体こちらN国と同様に18歳で大学へ進むのが通常だったと思う。

 A国にはスキップ制度があり、学年を能力に応じて飛ばすことが可能だから、優秀な者はどんどん上の学年へ進級するシステムなので、オーブは通常なら大学へ入る年齢で大学院に進んだことになる。


「敬語じゃなくていい」


 そうアルヴィスを窘(たしな)めてから、オーブは軽く頷いた。


「ああ、22歳以降だろうな。私はI国から14歳の時に留学し、直ぐに大学入学試験を受け、そのまま大学に入った。
 だからそのままストレートに進めば、18歳で大学院に入るのは普通であろう?」

「え、いや・・・普通じゃ・・・」


 こともなげにオーブはそう言うが、14歳でA国に来ていきなり大学入学試験を受けて、入れるという時点で普通では無い。

 しかも、天下のH大である。


「私はファントムと違いHMSでは無くて、HBSの方だが」

「HBS?」

「ああ失礼。経営大学院のことだ・・・私はそこでMBA(経営学修士)を取ったからな」

「・・・・・・・・」


 何というかまあ、聞けば聞くほどに輝かしい学歴だ。

 あのファントムの『親友』という立場の人間なのだから、これくらいは普通なのかも知れないけれど。


「ともかく。ファントムとはA国に留学していた時代に、とあるパーティー会場で知り合った。
 中身はアレだったが、今と変わりなく外見だけはそれはもう天使のような美しさだったぞ」

「・・・中身はアレって、・・・」

「アイツの外見の美しさは世界の宝だな。性格は少々難ありだが」

「・・・・・・・・」

「あんな天使みたいな顔をして、苛めるのが大好きだからなファントムは。
 うちの屋敷に来ても、私の可愛いペットを脅すものだから、可哀想にヤツを見るとすっかり怯える始末で」

「あー、うん・・・」


 言い当てられているだけに、アルヴィスとしてもこれはフォローが出来ない部分だ。

 ファントムは確かに、見かけだけはウットリする程にキレイだが、―――――性格は見た目通り、とはいかない。
 天使もかくや、という容姿とは裏腹に、毒舌家だし我が儘だし勝手な自分ルールを持ち出す傾向があるし・・・・とかく、問題行動が多い人間だ。

 まあそれでも、物騒なのは物言いだけで、それに行動までは伴っていないのがアルヴィスとしては救いだと思っているけれど。


「物騒なこと言うの、得意だからな・・・ファントム。でも、そんな悪気は無いって言うか・・・言うだけで実際にはやらないし・・・」

「ハハハ、そうだな、ヤツに悪気は無い。可愛いものだ」


 アルヴィスの精一杯の援護に、オーブはアッサリと頷いてくれた。

 流石、ファントムの親友。
 ちゃんとファントムのことを理解していてくれているようだ・・・というか、あのファントムを可愛いと言ってしまう辺りがスゴ過ぎる。


「だが、その悪気の無い可愛い言動のせいで、留学時代は結構に手を焼かされたぞ。ああ、・・・手を焼くのは今も余り変わりないか」


 そう言って、オーブは意味深に言葉を切った。


「――――だが、まあ・・・そこを全て話してしまっては、私とファントムの友情が壊れてしまうやも知れないからな・・・」


 そしてオーブは、ニヤニヤとアルヴィスを見つめる。

 そんな風に言われては、逆に気になってしまうのが人の常と言うものだ。
 アルヴィスもご多分に漏れず、オーブを少し不服げに見つめ返した。


「そんなこと言われたら、余計気になるんだけど・・・」

「聞きたいか?」


 楽しげに問われ、からかわれているのだろうかと感じつつも、素直に頷く。


「そうか、お前の望みとあらば仕方が無いな」


 勿体付けた割に、ファントムの親友である男は、何の躊躇いも見せず応と言った。


「ファントムとの友情より、私はお前を優先しよう――――アルヴィス」

「え、いや、それは・・・・いいのか?」


 何を教えてくれるのかは知らないが、アルヴィスに告げたことによりオーブとファントムとの友情が壊れてしまうのならば、それは一大事である。


「私はお前と仲良くしたい」

「・・・・えー・・・と、」

「そのお前の望みならば、ヤツのことはまあ・・・後でどうにかすると約束しよう」

「うー・・・ん、・・・」


 ここは『ありがとう』と言うべきなのか、『じゃあやめときます』と言うべきなのか非常に迷う。

 自分の好奇心と、恋人の数少ないというか希少な『親友』との関係を秤に掛けて、アルヴィスは悩んだ。


「ファントムはな、留学時代は良く―――――」


 けれど。

 アルヴィスが躊躇っている間に、オーブが話し始めてしまった。

 早く止めないと、アルヴィスは友情を壊してしまうかもしれないエピソードとやらを聞いてしまうことになる。
 聞いてしまうことになるのだが、・・・そこで『やっぱりいいです!』とアルヴィスは言えなかった。

 だって、好きな相手のことなら何でも知りたいのが本音。

 今まで余り考えたことは無かったが、やっぱりファントムの恋愛遍歴とかも知りたかった。

 あれだけ美しい顔をしているのだから、過去に付き合った相手が居なかったとは考えられないし、出来ればそういうことも聞いてみたい。

 ファントム本人に聞くのは何となく躊躇われるし、第一、彼は留学時代のことを殆ど語ろうとしないから―――――聞くチャンスは今しか無い気もした。


「・・・・・・・・」


 だから。

 アルヴィスは結局、制止の言葉を何も言えないまま、向かいのソファに腰掛けた金髪青年の声に耳を傾けたのである――――――――。

 

 

 

 

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言い訳。
興味なさげな態度を取っていても、やはり好きな相手のことはアルヴィスだって気になるんです(笑)
それを聞けるチャンスがあったら、そりゃあやっぱり聞きたくなりますよねーww
ただトム様の場合は、アルヴィスが聞きたかったのと大分違うエピソードばかりがてんこ盛りになってしまう気がしますが。
次回、ようやく3人が鉢合わせします☆