『君のためなら世界だって壊してあげる』
ACT 88 『モノクロのkiss−5−』
「Impossible・・・!!(あり得ない・・・!!)」
吐き捨てるようにそう叫ぶと同時に、銀髪の青年が持っていた携帯電話を床へと叩き付ける。
「No way!(何なんだよもうっ!)」
だが携帯を床に投げつけた位では気が済まなかったらしく、青年はイライラした様子で頭を振り不機嫌そうに顔を歪める。
「I'm really fuming!!(ホントに頭に来るんだけど・・・!!)」
だが、青年の顔はそうして歪めていてさえ、美しかった。
サラサラとした銀糸の髪に白い肌、甘い輝きを放つアメシスト色の瞳。
理想的なカーヴを描いた輪郭に、大きなアーモンド型の眼と鼻筋の通った高い鼻梁、形良い唇―――――柔らかな印象を与える、けれど女々しさは感じさせない中性的に整った美貌である。
中性的、というより『天使的』と評した方が言い得ているのかも知れない。
何故なら、青年の容貌は際立ったレベルのものであり、他に埋没することなく常に浮いてしまう異端の存在だろうからだ。
実際、青年は派手なアクションをした直後であることを差し引いても、周囲から無遠慮な程の視線をその前から浴びていた。
際立って美しい容姿と、それに相応しい高貴で優雅なオーラを纏わせた様子は、それだけで華やかであり人目を引いてしまう。
この場が高級ホテルのロビーであり、その場に居合わせた人々もそれに似合いの客層であり、礼儀やマナーなどは心得ている人間達ばかりなのにも関わらず、注目を集めてしまうのは偏(ひとえ)に青年の美貌ゆえだろう。
そんな中で、その注目対象である存在が声を荒げて電話をし、挙げ句にその携帯をフロアに投げつけてしまっては―――――――余計に関心の的となるのは当然だった。
彼の一挙手一投足に周囲の視線は集中し、ざわめきが発生する。
「I'm deeply upset!!(もうサイテーの気分!!)」
もっとも、当の本人は自分に向けられる好奇の視線など、全く頓着していない様ではあったが。
「・・・・・・・・」
尚も怒りを募らせる主の様子を伺いつつ、ペタはそっと床に転がった携帯電話を拾い上げた。
フロアには幸い、分厚いカーペットが敷き詰められており、携帯電話は鈍い音を立てて転がっただけで、破損には至らなかったことを安堵する。
会話内容が気に入らず、携帯電話本体をへし折ったり握り壊したり。
はたまた手近にあった凶器として、相手に投げつけ破損させたりなど。
ペタの主、ファントムが癇癪(かんしゃく)を起こす度に彼の携帯電話がその被害に遭うことは少なからず有るのだが、用意する手間を考えると壊れないでくれるのは素直に有り難かった。
正直、これからこんな状態のファントムを宥めなければならないことを考えると、新しい携帯電話の手配などしている余裕はペタには無い。
「Aube is the last person I will forgive after he embarrassed me.(オーブのヤツ・・・僕にこんなことするなんて、絶対許せない!!)」
普段、ファントムは出来るだけ日本語を好んで使いたがる傾向があった。
独り言ですら、主に日本語を使う徹底ぶりで、こうして海外に来た時以外その殆どを日本語で通している程だ。
ファントムにとっての、正に掌中の珠(たま)・アルヴィスの使用言語が日本語で、彼と同じ言葉を共有していたいというという単純な理由からなのだが、その拘りは相当なものである。
日常会話からスラングに至るまで余りに自在に使いこなしているため、元々彼は日本語がネイティブなのでは無いかと錯覚してしまう位だ。
だがそんな彼も、言葉が英語に戻ってしまう時がある。
―――――酷く怒ったり驚いたりしてしまった時など・・・感情が、高ぶった時がそれだった。
やはりファントムにとっての母語は英語なのだなと、ペタが実感するのはそんな時である。
そして、今。
憤慨しながら口走るのは、やはり英語で。
ファントムが言葉を気にする余裕も無いほどに機嫌を損ねていることを、ペタはヒシヒシと感じていた。
「―――Calm down.(―――落ち着いて下さい)」
とりあえずそう声を掛けつつペタが拾い上げた電話を手渡そうとすれば、銀髪の青年は不機嫌そうに更に表情を歪める。
「Nope! Not really.(ダメ! 無理!!)」
声高に叫んでくるのもやはり英語で、相当にファントムが憤っているのは明確だった。
「・・・・・・・・」
まあ、言ったところで宥められるとは、ペタも最初から思ってはいない。
電話での会話内容を憶測するに、ファントムの電話相手が彼の『逆鱗』に触れたことは、間違いないだろうからだ。
そもそも、その電話相手との待ち合わせ場所である筈の、このホテルのロビーに相手の姿が見えない時点で雲行きは非常に怪しかった。
相手の出迎えが無い時点でファントムは既に機嫌を損ねてしまい、ペタはそれを宥め賺(すか)してアポイントの確認をし、それが存在しないと判明した時には内心かなり頭を抱えたのである。
ペタの主であるファントムは、基本、感情を抑えるとか時と場所をわきまえるとか、要は我慢などが全然出来ない性格だ。
無邪気で天真爛漫・・・天衣無縫などと言えば聞こえは良いが、単に自分のやりたい放題し放題で、無責任に色々と困ったことをやり散らかしてしまう性格なのである。
だから今ここで、アポイント自体が存在しません・・・と言ってしまっただけの罪の無いフロント係の喉元を、怒ったファントムが掴みあげて握り潰そうとしたとしても、ペタは一向に驚かない。
驚かないが、―――――それをやられてしまっては、ファントムが罪に問われたりおかしな噂の的とならぬよう工作しなければならない事後処理が非常に面倒である。
殺人などの法律に触れるような行為に関しては、なるべく、用意してある安全な環境の元で行って欲しい。
よって、彼が公共の場でそんな行動に出ないよう、補佐役であるペタとしては最善の策を練る必要があった。
だが実際に、待ち合わせ相手がこの場に居ないとなると、どう言い繕うともファントムの不興を買うのは免れそうも無い。
何せ既に、ファントムは機嫌を損ねかけており、今の状態から機嫌を戻すだけでも骨折りだろうとペタは踏んでいた。
それなのに。
そこへ追い打ちを掛けるように、ペタの携帯が鳴った。
掛かってきたのは日本に残っているメイド頭のサラからで、待ち合わせ相手がこともあろうに此方に訪ねてきているがどうしたら良いか?という伺いの、吉報ならぬ最悪の連絡だった。
待たされるのも、自分から出向くのも余りしないファントムが、待ち合わせを指定してきた相手にすっぽかされたのである―――――これで激高しない筈がない。
行き違いになってしまった理由が、悪気無い不可抗力なものだったのか、故意によるものなのかは、この際関係無かった。
ファントムがわざわざ出向いた場所に、居るべきだった相手が居ない―――――それだけが真実である。
しかも、ずっと招くことを渋っていた自宅への来訪。
ついでに言えば、今回すっぽかされた相手・・・もとい、待ち合わせ相手は、ファントムの数少ない(というか事実上そう称しても良い、たった1人の存在だろう)友人・オーブは、恐れ多くも彼の機嫌を逆撫ですることを面白がるような酔狂な人物である。
連絡内容を聞いた瞬間、ペタはファントムを宥める術(すべ)を天を仰いで諦めた。
この場でファントムが暴れたら、さてどうやって収拾を付けようか。
これはやはり、この事態を引き起こすキッカケを作ってくれた、世界的薬品会社のオーナー兼マフィアの有力者でもあるオーブ氏に尽力して頂くべきかも知れない・・・そんなことを考え始めたペタである。
だが、事態はペタの思わぬ方向へとシフトした。
ペタからの報告を聞き、顔色を変えたファントムが自らの携帯で電話を始め、文句を言い始めたのだが―――――その会話を、何故かアルヴィスが聞いていたらしいのである。
メイド頭のサラには、アルヴィスを客間に近づけさせぬようにきつく言及してあった。
もちろん、ファントムがアルヴィスと客人との接触を嫌がると分かっていたからこその指示だ。
けれどそのアルヴィスが、ファントムとその友人であるオーブの会話を聞いている状態であったらしい。
そこから、ファントムの口調が激変した。
言わずもがな、ファントムは自分の本性をアルヴィスには隠している。
ペタから見て、それはもう、彼なりに涙ぐましいほどの努力をして、アルヴィスにはその本性をひた隠しにしているのだ。
ペタには残念でならないが、神に愛されこの世を統べることを許された存在であるファントムの世界は、どうしてかアルヴィスで回っている。
「えっ? いや、あの・・・え、でも、だってっ、・・・」
アルヴィスが聞いていると分かった途端、それまでの怒りにまかせての罵りはピタリと止み、打って変わって困惑した表情を浮かべたファントムである。
恐らく、日本語に切り替わった後に言ったオーブへの言葉を、咎められたのだろう。
「That's crazy!(おかしいでしょ、そんなの!)」
だが再び英語になってファントムが声を荒げた様子を見るに、会話相手はすぐにオーブに戻ったようだった。
「No way! Don't lay a finger on my Alviss.(あり得ないよ! 僕のアルヴィス君に指1本でも触れたら許さないからね!?)
I'll kill you・・・!!(殺すよ・・・!!)」
一息にそう言い切り。
「Impossible・・・!!(あり得ない・・・!!)」
そして、フロアの床へ向かって携帯電話を投げつけた―――――のが、今さっきからの状況である。
「・・・What am I supposed to do?(・・・私は何をすべきですか?)」
「帰る。今すぐだ」
叫んだ後に押し黙ってしまったファントムの機嫌を伺うようにペタが問えば、ようやくファントムが深く息を吐き、気を落ち着かせる風な仕草を見せた。
日本語に戻ったことを考えれば、少しは気分が治まったのだろうかとペタは安堵する。
いや、怒りの矛先を周囲に向けて八つ当たりするより、直接その元凶の人物にぶつけることを選択しただけかも知れないが。
「では、直ぐに手配を、・・・」
「一般機じゃ待てない。今すぐ離陸できるのチャーターして!」
「しかし交渉するのも時間が掛かりますし、一般機でのフライト時間で1番早いのを選べばさして差は無いかと・・・」
「いいから、今すぐ飛ぶヤツにしてよ! 1分でも1秒でも早く帰りたいんだから!!
じゃないと僕のアルヴィス君に、オーブのヤツがどんな酷いことするか分かったモンじゃない!!!」
「オーブ様がファントム以外に、そうそう興味を持たれるとは思えませんが?」
類は友を呼ぶ、とは良く言ったもので。
ファントムの親友というポジションにあるオーブという人間もまた、あらゆる意味で常人離れした存在である。
ファントムと並んで遜色無い容姿という時点で既に一般人とは一線を画しているが、その能力的にも気性的にも、ファントムに最も近い存在だろう。
高みに座する者は、やはり同じ高さに在る者しか眼に入らないし認めない。
故に彼もまた、自分と同等の存在だと認めているファントム以外にさして興味を示すとは思えなかった。
ついでに言及すれば、彼はファントムより4歳上なだけあって分別が有り、ファントムほどには破天荒な行動を好まない。
それにオーブはアルヴィスを親友の恋人だと知っている筈であり、そこら辺の常識も弁えている筈だった。
「何言ってんのペタ! だってアルヴィス君だよ!?
あんな可愛い子が近くに居て、あの野獣が手を出さない保証なんか何処にも無いよっ!!」
しかしファントムにしてみれば、オーブのそういった性格は全く安心材料にならないらしい。
「では。とりあえずサラに言いつけて、アルヴィスをオーブ様から遠ざけておいて貰いましょう」
「No!(ダメだ!) あのオーブが使用人如きの言うことなんて聞くと思う!?
てゆーかそもそも、家に入れちゃった時点でダメじゃないか。僕、許可無しに自宅には爺ぃだって入れないんだからね!?」
まあ、ファントムの言うことは正論である。
ファントムと同格の存在に対し、意見など出来る勇気ある人間は早々居やしないだろう。
「・・・・っ、こんなこと話してる場合じゃないよ、ペタ早く飛行機チャーターして!
じゃないと僕のアルヴィス君がオーブの毒牙に掛かっちゃうでしょ―――――!!!」
「・・・分かりました」
恐らくファントムの心配は無用なのだろうが、ここで諭したところで却って機嫌を損ねるだけだと知っているペタは黙って頭を下げる。
ファントムの我が儘は今に始まったことでは無いので、この程度のことであれば慣れているのだ。
ここは、この場でファントムが暴れ出さなかっただけでも良しとしよう。
そう思いながら、ペタは手配をすべく自分の主へと背を向けたのだった―――――。
NEXT 89
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言い訳。
あら? ついにアルヴィスとトム様とオーブさんの3人が同じ場に!?的な展開になる筈だったんですが・・・??
その前にトム様側はどうだったのかを書いておこうかと思ったら、例の如く長くなりまして1話終わっちゃいましt(爆)
次回こそ、息切らして乗り込んでくるトム様が書けるかと思います・・・☆
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