『君のためなら世界だって壊してあげる』
ACT 87 『モノクロのkiss−4−』
『ていうかさー、何なの!? 何でキミが、そっちに居るのさ??』
アルヴィスが聞き慣れている筈の、けれどいつものソレとは全く印象に違うファントムの声は、耳から遠ざけ気味にオーブが手にした携帯電話から途切れることなく聞こえてくる。
『僕、キミを家に招いた覚え無いんだけど!!』
普段は声を荒げることのない彼の口調から、ファントムが酷く怒っているらしいことはアルヴィスにも伝わっていた。
しかし、その怒りをぶつけられている筈のオーブは、上機嫌な様子で微笑んだまま、笑みを崩さない。
「ああ、悪かった。同じ名前のホテルだから、勘違いしてしまったのだな」
アルヴィス達が現在住居として使用しているこのRCホテルは、確か各国に展開されている高級ホテルの筈である。
「上海では無く、N国というつもりで私は言ったのだが・・・」
つまりは、同名のホテルで彼らは待ち合わせをしていたのに、場所というか国を間違えてしまったということなのだろう。
セレブな人間の友人は、やはりセレブ。
待ち合わせ場所の勘違いぶりも、スケールが違う。
『よくも白々しく!! あの話の流れなら、上海だって思うに決まってるでしょ!?』
「だから、悪かったと言っている」
激高した口調で怒鳴るファントムに、オーブは相変わらず余裕綽々(しゃくしゃく)とした態度で応じていた。
そして、何故か更に受話器を自分から遠ざける。
『Sorry isn't enough!!(謝れば良いってモンじゃないよ!!)』
途端に、間髪入れず一際大きいファントムの怒声が周囲にこだまして、自分が浴びせられたワケでは無いというのにアルヴィスの方が身を竦ませてしまった。
直前の奇妙に思えたオーブの行動は、ファントムが声を張り上げるだろうと予測してのことらしい。
『Stop messing around.(ふざけないでよね)』
「まあ、少し落ち着いたらどうだ? ファントム」
『Get off my back!!(煩い!!)』
早口で紡がれるファントム側の言葉は、いつの間にか英語に変わっている。
『I'm still very very angry!!(僕すっごい怒ってるんだから!!)』
ファントムは感情が高ぶると自然と英語に戻ってしまう癖があるから、本当に、相当に彼が怒っている証拠だろう。
携帯電話からの漏れ聞こえな上に、余りに早口だから、アルヴィスには殆どファントムの言う内容は掴めなかった。
「やれやれ・・・」
携帯電話を遠ざけて持ったまま、オーブが大仰な溜息をつく。
堂々とした体躯の美丈夫だから、そんな些細な仕草でさえ絵になる光景だ。
「―――――Io non lo facevo apposta.(―――――わざとじゃない)」
低い美声で、何事か話している姿も様になっている。
その言葉は、やはり先ほどのルベウスやシェンヂュア達が話す言葉と同様に、アルヴィスには聞き慣れない発音だ。
ファントムの言葉と聞き比べれば、英語では無いことがハッキリと分かる。
「Non gridi a me piaccia quello.(そう怒鳴るな)」
『You made me!!(キミのせいなんだけど!!)』
すぐさま返ってくる、ファントムの憤った声。
お互いに、喋り慣れている言葉で会話しているのだろうが、英語と別の言葉が交互に発せられるのを耳にするのは、傍らで聞いているアルヴィスとしては微妙だ。
どちらも流暢過ぎて、意味などさっぱり分からないのだが(というよりオーブが話している言葉は、そもそも何語なのかすら分からない状態である)、聞いているだけで頭が混乱してきそうだった。
―――――ファントムとオーブさんは、お互い喋ってて混乱しないのか・・・??
会話が成り立っているということは、少なくとも相手の言語を聞き取れているということで。
それならば、どちらかが相手に合わせて英語なり違う言葉の方なりに合わせて話せばいいだろうにとアルヴィスは思う。
少なくともファントムは、数カ国語は話せると言っていた気がするし、同じ言葉で会話することは可能だろう。
何せ彼らは、『親友』の間柄である筈なのだから。
「Raffreddi fuori, Phantom.(まあ落ち着け、ファントム)」
『How can I!?(どうやって落ち着けって言うのさ!?)』
だが、親友だという彼の説得?も空しく、ファントムの口調が和らぐ傾向は一切うかがえない。
所々聞き取れるファントムの言葉から、ファントムがオーブの何かしらの提案に『出来るもんか!!』と突っぱねているらしいことしか分からないけれども、この様子ではとても彼の気が早々に静まるとは思えなかった。
ましてファントムの方が歩み寄り、話す言語を統一するなどと言う考えには全く持って及ばないのに違いない。
とはいえ、相変わらずオーブの表情は楽しげに固定されたままで、ファントムの怒声を浴びつつにこやかに会話を続けている。
異なる言語同士でも、不自由は感じていないらしい。
彼らにしてみれば、言語が統一されていないことなど取るに足らないのかも知れなかった。
「Lei si sveglio sul lato sbagliato del letto.(そう駄々をこねるな)
・・・Oh il mio dio, Lei e tale bambino.(・・・それでは幼い子供と同じだぞ)」
『What!? Baby!? ・・・What are you trying to tell me?(はァ? 子供だって!? ・・・何言ってんのか、意味分かんない)』
オーブがことさら楽しそうな声音で何事か言った途端、ファントムの声が一層低くなる。
『Why don't you ask yourself?(僕の機嫌の悪い理由なんて分かりきってんでしょ、自分の胸に聞いてみなよ)』
「Bene, io non volli dire.(いや、私はお前を怒らせたいなどと思ってはいないが?)」
オーブの話す様子と、携帯から聞こえてくる声の温度差が著しい。
何か、更にファントムの機嫌を損ねるような言葉を、オーブが口にしたのだろう。
「Non sia sconvolto.Per favore mi perdoni.(悪気は無いんだ。許せ)」
だが、会話が完全に日本語以外に切り替わってしまったため、アルヴィスには彼らが何を言っているのかもうサッパリ分からない。
このまま聞いていても、頭の中に『?』マークが沢山浮かんで混乱するだけだし、そろそろこの場を立ち去るべきだろうか―――――などとアルヴィスが考え始めた、その時。
『You really get on my nerves・・・!!(キミってホントに僕をイライラさせてくれるよね・・・!!) 』
電話越しに、今までで1番大きいファントムの声が響いた。
やはり意味は良く理解出来なかったが、アルヴィスなどは聞いた瞬間にビクッと身体が跳ねそうになった程、不機嫌そうな声である。
何せアルヴィスは、こんな風にファントムが荒げた声を上げるのを聞いたことが無い。
いつだって甘く優しい、あの声音によく似合う静かな口調で話すのがアルヴィスの中での、ファントムの声のイメージだ。
こんな鋭い、キツイ口調で何かを怒鳴るファントムの声など聞いたことが無かった。
『Shut up! Zip your mouth! ・・・Do you know who I am?(その軽口、いい加減に閉じなよ。・・・僕が誰だか、分かっている?)』
「A dell'estensione.(ある程度ならな)」
それを耳にして、オーブがふう、と溜息を吐くのが見えた。
剛胆そうに見える彼も、流石にそろそろ危険だと感じたのかと思ったが、口元に浮かんだニヤニヤ笑いは消えていない。
「ところでファントム。――――いいのか? 言葉が英語に戻っているようだが」
とても楽しそうに、彼は日本語でそう口にした。
『・・・・!!』
オーブがそう言った途端に、携帯電話の向こうでファントムが押し黙る気配を感じる。
「・・・私たちの間では、日本語のみを使用するという取り決めがあった筈だろう」
『・・・・・・』
「いや、別に私は構わないがな? お前が日本語は難しいから英語にしたいというのなら、私は構わないぞ」
『・・・・・・』
それまでの激高ぶりは、何処へやら。
急に黙り込んだファントムを相手に、そう言葉を続けるオーブはとても楽しそうである。
どうやら2人の間では、『日本語』を使うのが決まりであったらしい。
まあ確かに、互いの母語を使用しての会話より、どちらとも異なる国の言語を使用した方が、お互いに公平ではあるだろう。
ただし、新たな言語を使いこなせるほど能力が高ければ、という前提ではあるけれど。
まあ、セレクトした言語が何故に『日本語』だったのかは謎だが、それを母語としているアルヴィスとしては有り難い。
「私はコレまで通り、お前には日本語で通させて貰うが」
『―――・・・ほんと、ムカツク!!』
オーブに言われた言葉が気に障ったのか、ファントムが次に発したのは日本語だった。
『やっぱキミ、嫌なヤツだよね・・・大嫌いだよ!』
けれども、その内容が頂けない。
いくら腹が立っているとは言え、口にして良いことと悪いことがある。
待ち合わせ場所の指定が不十分で、すれ違ったことでファントムが機嫌を損ねているのは分かるが、間違ったのはわざとでは無い筈なのだし、大嫌いとまで言ってしまうのは言い過ぎだ。
それに、オーブは貴重な彼の『親友』なのだからして、―――――こんなことで仲違いさせてしまうのは絶対に避けたいとアルヴィスは思った。
「久しぶりに聞くな、その言葉」
オーブはファントムの口の悪さに慣れているのか、さほど気分を害している様子は無いが、ファントムを黙らせておくに越したことは無い。
『ていうかさ、僕、こんな気分でキミになんか逢いたくないから、僕がそっち戻る前にさっさと帰ってくれない?』
そうこうアルヴィスが考えている内にも、ファントムの暴言は滑らかに続いている。
「おやおや、せっかくお前に逢いに来たのに追い返す気かファントム?」
『当たり前だよ! 歓迎なんかするわけ無いじゃない。さっさと帰―――――』
「ファントム!!」
電話の向こうの彼に皆まで言わせず、アルヴィスは携帯電話に向かって名を叫んだ。
「お前、なんてこと言ってるんだよ・・・!!」
『・・・・』
携帯電話が、暫しの間沈黙する。
『え? アルヴィス・・・君!?』
次に聞こえたのは、動揺しているのかひっくり返った声だった。
「せっかくお前に遠くから逢いに来てくれてるのに、帰れなんて失礼なこと言ったらダメだろ!?」
『えっ? いや、あの・・・え、でも、だってっ、・・・てゆーかなんでアルヴィス君・・・』
問いかけには応じず、たたみ掛けるように小言を言ったら、しどろもどろな言葉が返ってくる。
「―――――ああ、言うのを忘れていたが、此処には今アルヴィスも居るんだ。お前と私の会話も丸聞こえだったぞ」
それに応えたのは、ようやく携帯を耳傍へと近づけたオーブだ。
「フフ、そうだな。・・・先ほどのお前の怒りっぷりも筒抜けだったぞ。まあ大半は英語になっていたから、彼には聞き取れなかっただろうが」
今度はもう、ファントムの声は聞こえない。
「ん? ・・・それは約束出来ないな・・・私だとて興味がある」
聞こえるのは、今までに輪を掛けて楽しそうな客人の声のみだ。
先ほど英語で言っていた内容を、今度は日本語で言い直してでもいるのだろうか・・・声のボリュームも大分下げた状態らしく、ファントムの声は聞き取ることが出来なかった。
「せっかくの機会だからな。チャンスは有効に使わねば――――」
ふと、オーブの声が不自然に途切れる。
「おや、・・・切れてしまった」
相変わらず、一方的に電話を切るヤツだ――――と小さく言って、オーブが携帯電話を懐へとしまう。
ファントムとの会話は、終わったようだ。
「・・・今の電話って、・・・」
「ああ、ファントムとは此処で逢う予定だったのだが。説明不足で別場所のホテルと勘違いしてしまったようだ」
まあ、4時間もあれば此方に戻れるだろうし、ヤツならば意地で3時間ほどで戻ってきそうだな、などとアルヴィスの言葉にオーブは軽い口調で説明してくる。
「なんか、結構怒ってたみたいだけど・・・?」
ファントムの性格から考えて、彼がアッサリ許すとアルヴィスにはどうしても思えなかった。
ファントムは自分の過ちは軽く流すくせに、他人の失態にはネチネチと文句を言う、困った苛めっ子体質だからである。
「そのようだな。興奮して途中から英語に切り替わっていたしな・・・本気で怒った時の、アレの癖だ」
けれどファントムの親友だというオーブの態度は、相変わらず余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)たるものだ。
「――――・・・ファントムは怒ると、結構大人げないこと平気でやるぞ・・・?」
以前の出来事を思い出し、忠告の意味でアルヴィスは言葉を続ける。
夏休み前アルヴィスは、たまたま高校の『弓道地区選抜大会』が開催されている会場を見つけた。
高校時代は今と違い喘息も殆ど起きない状態で、弓道にいそしんでいたこともあり、懐かしさから観戦することにしたのだが―――――そこで事件が起こった。
大会にはアルヴィスの2年後輩だった人物が参加していて、その後輩は大会で準優勝を飾るほどの活躍をし、自分のことのように嬉しくなったアルヴィスは彼を大いに誉めたワケなのだけれど。
それが、一緒にくっついてきたファントムには面白くなかったらしい。
盛大に、後輩の腕前を貶(けな)し始めてしまった。
それでその後輩がまた、負けん気が強かったのも災いして、素人が何を勝手なことを言ってると食って掛かった為に2人で勝負することとなり・・・・。
結果、弓道をやるのは初めてだったくせにファントムがズバズバ的を射るという圧勝に終わり、後輩のプライドを粉々に打ち砕いたばかりか、土下座までさせるというアルヴィス的には何とも後味の悪い出来事となってしまったのである。
実際、弓道をやるのは初めてで、見よう見まねで射たくせに的を中(あ)てまくった腕前にはアルヴィスも舌を巻いたし、後輩のことを大したことないと言うだけのレベルではあった。あったけれども。
―――――相手はまだ高校生で、自分よりかなり下の年齢である。
そんな年下相手の矜恃(きょうじ)を挫(くじ)かせ、尚かつ土下座までさせるのは如何なモノだろうかとアルヴィスは思う。
大人げない。大人げなさ過ぎる。
そもそも先にファントムが後輩に向かってケンカを売り、後輩は半ば無理矢理にそれを買わされただけだったのだから。
「口で言うほどは物騒なことしないけど、土下座して謝らせるとか、してたことあるし・・・」
オーブはファントムの怒りをさしたることでは無いように考えているようだが、ファントムの性格を思うとアルヴィスは不安を覚えずにはいられなかった。
絶対、何かしでかす。
報復措置を考えている。
ファントムが、待ち合わせ場所をすっぽかされて(と彼は思っているんだろう)そのままおとなしく納得するとは考えられない。
「土下座?」
「そう。ホントに土下座させて謝らないと許さないことがあった」
だから気をつけた方がいい、とそういう意味でアルヴィスは頷いたのだが。
「ほう、土下座で許したのか? それは寛大だな」
対するオーブの言葉は、アルヴィスが予想したものとは全く違っていた。
「え、・・・?」
意味が分からず、アルヴィスは自分より大分高い位置にある男の顔を見上げる。
端正な顔立ちをした男は、悠然と口元に笑みを浮かべたままアルヴィスを眺めている。
そして、再びアルヴィスの頭に手を伸ばし、宥めるように撫でてきた。
「大丈夫だ。ファントムが怒っていたとして、問題無い」
「でも、・・・」
「まあ、多少は私が困るようなことをしでかす可能性はあるがな。そんなのには慣れている」
たいしたことでは無い、と金髪の美丈夫は余裕の態度を崩さなかった。
「でもアイツ、気に入らないことがあると悪気は無いんだけどホントえげつない・・・」
「分かっていると言っただろう? それに今回は恐らく、そんな悪巧みを考えている余裕も無く戻ってくるだろうし、平気だ」
「だけど・・・」
「いいから、気を楽にして待つがいい。恐らく、滅多に見られぬような面白いモノが見られるぞ?」
どんな自信があるのか、アルヴィスがいくら気をつけるように言い募ろうとしても、オーブは一向に聞き入れる様子を見せなかった。
それどころか踵(きびす)を返し、再び長い足を組んでソファに腰掛けながら、アルヴィスにも向かいのソファへ座るようにと手で合図する。
豪奢なソファの背にゆったりと凭(もた)れ、顎を少し上向かせるように此方を見る様は、やはりどこかの王族のような威厳に満ちており、確かにそんな彼ならば恐れる存在など無いのだろうと思わせる尊大さだ。
緩くウェーブが掛かった長い髪と、鋭い光を放つ切れ長の瞳の取り合わせが黄金とエメラルドを彷彿とさせて、先ほどから思っていたことだが、やたらと豪華な印象を与える人物だとアルヴィスは思う。
華のある端正な顔立ちをしているから、泰然として足を組むその姿のゴージャスさは、いや増すばかりだ。
ソファの背後で、左右に並び立ち控えている赤毛と黒髪の青年が、その威光を更に引き立てている。
「―――――ファントムは私にとって、やんちゃな弟のようなものだからな」
即され、気の向かないままソファへ腰を下ろしたアルヴィスに、向かいのソファからオーブがサラッととんでもないことを言ってきた。
「・・・や・・!?」
アルヴィスは一瞬、流暢な日本語を使っているオーブが、言葉を間違えたのかと疑った。
今更に言及する必要も無いことだが、ファントムの破天荒な言動は『やんちゃ』で済ませられるような可愛いモノでは無い。
物騒過ぎる発言ほどには、流石に行動までは伴わずに済んでくれているようだけれど、少なくとも『やんちゃ』で片付けられる程、他愛ないものではあり得ないのに。
しかも、『弟』。
確かにオーブはファントムよりはいくつか年上のように見受けられるけれども、彼を年下扱いする人間に、アルヴィスは終(つい)ぞ出会ったことが無かった。
頭の回転が恐ろしく速いし、知識も豊富で、悪魔みたいな利口さを誇るファントム相手に、年齢差などは通用しないのだと、何度となくそういう場面に居合わせたアルヴィスは知っていた。
―――――そのファントムを、このオーブという男は『弟扱い』したのである。
「ああ、やんちゃな弟だな」
「・・・・・おと・・ぉと、・・・」
意味のある言葉を返す余裕も無く、アルヴィスはただオウム返しに『弟』という単語を復唱した。
「弟というものは、兄を良く困らせるものだろう?」
「・・・・・・・・」
「まあそれも、また一興。次は何をしでかすのか、予想するのも面白い」
なあアルヴィス? と同意を求められても、どう反応すべきか判断に迷う。
「・・・え・・・と、・・・?」
ファントムの仕返しは、そんな可愛いモノじゃない、とか。
楽しみに出来るような、そんなのじゃなくてもっとえげつない仕返しをしてくると思う、とか。
『やんちゃ』なんて言葉で表現できるような人間じゃないんだ、とか。
遊園地でお化け屋敷に入って、脅かそうとしてきた幽霊役の人間の顔面にいきなり裏拳をかますような、悪気はないけどとんでもなく危険なヤツなんだ、とか。
ファントムの恋人として、前もって色々と弁解し被害を最小限に留めておきたいアルヴィスとしては、言いたいことが山ほどあったのだけれど。
「――――とりあえず、ヤツのことは放っておこう。そんなことより、せっかく邪魔者が居ないのだ・・・
私とゆっくり、話でもしようじゃないかアルヴィス。そうだな、・・・・」
オーブが、何処か悪戯っぽい表情で此方を見ながら口を開き。
「私がA国に留学していた頃の、ファントムとの思い出話でもしてやろうか?」
「え、ファントムとの・・・!?」
「そうだ。ヤツと逢ったのは大学院に入学した年で・・・私が18歳の時からの付き合いなのだが、当時からヤツは面白い男だったぞ」
「・・・・・・・・・」
「アイツは私の4歳下だから、14歳だったか・・・学部は違うが同じH大の院生だと知った時は、流石に驚いたものだ」
「・・・・・14歳のファントム・・・・」
そんな魅力的な案を提示してきたせいで、言おうとしていたことはアッサリ頭の片隅へと追いやられてしまった。
「私はI国出身で、もちろん母語はイタリア語なのだが、ヤツが会話を全て英語で通してきたのは懐かしい思い出だよ」
「イタリア語・・・あ、じゃあさっきの電話の時の言葉って・・・?」
耳慣れない響きの言葉を思い出しアルヴィスが問えば、オーブは鷹揚に頷いてみせた。
「A国は英語圏だし、英語で話すのが普通ではあるんだがな。
私としては、母国を懐かしみたい気持ちもあって、出来ればイタリア語の響きを耳にしたかったのだが。
ヤツはイタリア語も堪能なくせに、決して私に合わそうとはしてくれなかったのだ」
「それは、・・・意地悪だよな。ファントムも、話せるなら話せばいいのに」
「まあ、当時からファントムは私を困らせるのが大好きだったからな。
それで先ほどの電話も、英語とイタリア語という奇妙な会話になったというワケだ」
昔と変わらず、屈折したところのある可愛い弟だよ、とクツクツ笑うオーブの話に、アルヴィスは益々心引かれるモノを感じた。
「・・・・・・・・・・」
ファントムがアルヴィスの傍を去り、留学してしまった時の悲しい記憶は今も尚、鮮明であるし。
彼が学年を可能な限りスキップし、考えられない程の早さでドクター課程を修了したことも、卒業したのがA国で最高峰の大学院・H大であることも聞いている。
けれどアルヴィスが知るのは、基本それだけだ。
たまに大学傍のレストランの何々が不味かっただの、住んでいた部屋の調度品が気に食わなかったから全部変えさせただの、そういった内容を口にするのを聞いたことはあるけれど、ファントムが留学時代の話をすることは殆ど無かった。
離れていた間、アルヴィスがどうしていたかは事細かく聞きたがり、アルヴィスが嫌がっても食い下がって聞いて来たくせに、自分のこととなると殆ど話そうとしなかった。
向こうでの暮らしぶりも、学校やクラスメイト、そして教授達のことも、何ひとつ訪ねても明確な話は一切しなかった。
別に普通だよ・・・言葉短く、苦笑してそう言うだけで。
ファントムは、アルヴィスに詳しいことは何も教えてくれなかったのである。
だから、勝手にファントムは留学時代に色々と辛い目にでも遭ったのだろうかと想像していた。
留学してすぐに僅か10歳で大学に入り、20歳の時には大学院を卒業して既に研修も終え、医師免許を取得するという快挙を成した彼である―――――天才肌のファントムとは言え、並々ならぬ苦労をしたとしてもおかしくない。
自分が率先して苛めこそすれ、おとなしく虐められるようなタマでは無いと思うけれど、それでも何か辛い目に遭わなかったとは言い切れないだろう。
思い出したくないような辛い過去だから言いたがらないのかと思ったら、それからはファントムに何も聞けなくなったアルヴィスである。
だがしかし、聞けなくなっただけあって、気にならないワケでは決して無い。
好きな相手の情報は、知ることが出来るのならば知りたいのが本音である。
「留学時代のファントムって、どんなだったんだ・・・?!」
好奇心を抑えられず、アルヴィスは向かいのソファに座る相手へ乗り出すようにして、そう問いかけたのだった――――――――――。
NEXT 88
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言い訳。
今回でアルヴィスとトム様、そしてオーブさんの3人を顔合わせ出来るかと思ったんですが、ボリューム的な意味合いで終了です(爆)
セリフ多いので、話がどうしても長くなっちゃうんですよね・・・。
次回はきっと、レアなトム様をお送り出来るかと思います(笑)
いつでも余裕ぶっこいて優雅に毒舌振りまいてるファントムが、次回は―――――・・・!!
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