『君のためなら世界だって壊してあげる』
ACT 83 『−Prologue−』
―――――今日は、本当に運が悪い。
「・・・・・、」
心の中でそう嘆息し、男は眼前に広がる光景を睨み付けた。
男の左手は、自らの右肩をきつく掴んでいる。
その指の合間からは赤い筋が幾本も伝い流れ、手の甲から手首、そして肘の方へと流れ落ちていた。
「ちっ、・・・しくじったな・・・」
肩から手を離して、ジャケットを掠めて肉ごと抉られた傷を確認し、男は小さく舌打ちする。
数メートル先の距離から打ち込まれた銃の弾道を、避けたつもりだったがやはり完全に回避することは不可能だったらしい。
銃弾は彼のジャケットの肩部分を掠め、背後にいた人物の顔面に着弾した。
当然その人物は即死してフロアに倒れ込んだのだが、今のこの状況下では、それに頓着する者は殆ど居ない。
何故ならこの場所は今、その人物のように倒れ伏した者と、まさにこれからそうなるだろう者達、そしてそれらを生み出そうとしている者達で構成されているからである。
もちろん、最初からこの場にそんな血腥(ちなまぐさ)いセッティングがされていたわけでは無く、本来は親交を深めるためのちょっとしたパーティーが催されていたのだが―――――突如として殺人鬼と化した一部の人間により、会場は逃げ惑う者達と既に死体となってしまった者達で構成される、地獄絵図が完成してしまったのだ。
「・・・・本当に、ついていない・・・」
嘆かわしげに頭を振って、男は溜息混じりの1人ごちる。
それから、忌々(いまいま)しそうに血に濡れた手で金髪に黒のメッシュが入った特徴的な前髪を掻き上げた。
露わになった顔はギリシャ彫刻の男神のように整っており、今この場が地獄さながらの殺伐とした混乱状態に陥っていなければ、周囲の関心の的になっていたことだろう。
精悍な印象を与える少し吊った形良い眉に、高い鼻梁。
切れ長で眼光鋭いエメラルド色のの双眸に、どことなく舌なめずりする大型肉食獣を連想させるような、口元。
パーツの1つひとつが、くっきりとしていて大きい。
だが、そのどれもの形が秀麗で、かつ配置も完璧なバランスを保っているから、精悍な印象は与えても決して粗野で無く、洗練された美しさを醸し出す造りの顔立ちだ。
一部のみに黒のメッシュが入った金髪を額から掻き上げる仕草や表情は酷く大人びていたが、まだどことなく甘さが残っているところを見ると、男と称するよりも、まだ青年の方が相応しいのかも知れない。
「・・・・・・・・」
緑の目を眇(すが)め、男・・・青年は、ゆっくりと辺りを見回した。
周囲は蜂の巣を突いたような騒ぎで、未だ銃声と悲鳴とグラスや皿が割れる音が響いており、事態が全く収束していないことを示している。
ここが英語圏であるA国にも関わらず、悲鳴や怨嗟(えんさ)の言葉がほぼイタリア語であるのは、このパーティーがI国出身者・・・要はI国系マフィアの有力者を招いての交流会だからだろう。
けれどそんな中で、青年の態度は機嫌こそ決して良くないものの、酷く落ち着いたものだった。
それは、偏(ひとえ)に言ってしまえば『場慣れ』しているからに他ならない。
マフィアのボスの跡取り息子として生まれ、父親も幼い頃に目の前で暗殺され、跡目相続やら何やらの関係で、抗争に巻き込まれることは日常茶飯事だったのである。
命を狙われることなど、珍しくも無かった。
こんな風にパーティーに招待された時などは、まさに命を奪うのには打って付けの機会だからして、―――――彼にしてみれば、『ああ、またか』というような気分になる。
ただし、今日は少々、いつもと勝手が違っていた。
「オウビットめ・・・、帰ったら只では済まさん」
低い声で部下の名を呟き、青年は不機嫌そうに眉をひそめる。
「・・・アイツの親には恩があるが、転職を勧めた方が良さそうだな」
先日、長らく彼のガードを担当していた男が殉職して、息子と世代交代した。
息子といっても、青年よりずいぶんと年上の男ではあったが・・・その息子は父親の後を継ぎ、彼の身辺警護及び所持品の管理などを任されることとなった。
だが、息子は殉職した彼の父と違い、まだ不慣れであることを差し引いても愚鈍で、すること為すこと殆どを上手くこなすことが出来ない。
要は※coglione(-コリオーネ-※イタリア語で睾丸を指すが『アホで間抜け』等の意味)なのだが――――交代して間もなく、というか今日なのだが・・・ついに大失態をやらかしてくれたのである。
今日参加したパーティーはマフィア関連の者の言わば交流会であるから、当然のごとく会場内へは武器は不所持であることが義務づけられていた。
うわべは親しげに接しているものの、各ファミリーにはそれぞれの確執があり、パワーバランスというものがある為、それらを万が一にも崩すわけにはいかないからセキュリティは徹底されているのだ。
会場内には、如何なる者も武器を所持できない取り決めである―――――あくまで表向きは、であるが。
招待客は、各ファミリーへの信頼を示すために武器は持ち込まない。
けれど、部下達は別。
部下達はそれぞれ会場には入らず外で待機しているのが掟(おきて)だが、武器は装備しているのが常識だ。
ところが青年の部下は、武器を携帯するのを忘れてしまったのである。
突如鳴り響いた銃声に、慌てて駆けつけてくれたことだけは評価出来るものの―――――彼は、肝心の武器を持っていなかった。
真っ青な顔で、持ってくる筈の鞄を間違えましたと言われても、後の祭りである。
果たして、銃弾飛び交うパーティー会場で、青年は丸腰で窮地(きゅうち)に立ち向かわねばならなくなってしまった。
突如発砲を始めた輩は、幸いにして彼を狙う組織の人間では無かったが、この場に便乗して命を狙ってくる組織もごまんといる。
余り嬉しくないことだが、彼の組織はマフィア内でも1,2を争う有力グループであったから、それを潰せるチャンスを喜ぶ奴らは幾らでも居るのだ。
自分を狙ってくる奴から、どうにかこうにか拳銃をもぎ取り、ようやく丸腰状態から解放されるも、肩を負傷してしまい痛みに狙いが外れて苦戦してしまう。
未だ流れ出る血のせいで、銃を握りしめる指にもチカラが入らず、万事休すだ。
早くこの会場内の騒ぎが収まってくれなければ、流石に命の危険を感じる。
「・・・くそ、」
悪態をついて、今まさに自分を撃とうとしている人間に銃を向け、青年は狙いを定めようとした。
その時。
視線の先に、フワリと白い影が降り立った。
「・・・・・・・」
一瞬、白い天使が舞い降りたかのような錯覚に陥る。
白い髪をした少年が、青年の視線の先に現れたのだ。
月の光を思わせるサラサラとした銀髪が少年の顔の半分を覆っており、右側は覗(うかが)うことが出来ない。
年の頃は、恐らく十代半ばといったところだろうか。
「――――・・・Can I help you?(手伝おうか?)」
少年は無邪気な笑みを浮かべて、そう声を掛けてくる。
イタリア語では無く英語だ、・・・ということすら暫く気づけないまま、青年は呆然と少年を見つめた。
敵か、味方か。
この緊迫した状況下では、それを最優先に考えねばならないというのに―――――余りに現実味の無い登場の仕方をされてしまったせいで、正常な判断が働かなかった。
「・・・・・・・・」
少年の、アーモンド型の大きな瞳は透き通るようなアメシスト色で、その目をゆっくり細め此方を見下ろしてくる様は、何処となく怠惰(たいだ)な猫を想像させた。
長い前髪のせいで左側だけ露わにされているその顔立ちは、それまでに見たどんな『美』も霞んでしまうほど美しい。
宗教画を描く者達が見れば、これこそが天使の麗しき姿だ描かせてくれと土下座して懇願することだろう。
身につけているのはスタンドカラーのドレスシャツに黒のタイ、同色のベストとジャケット―――この場に居る招待客及び青年と同じ、ごく普通のタキシードだというのに、その背に真っ白な翼が生えていないのが不思議に思えるほどだ。
けれど。
その天使が佇んでいる場所は、決して神の住まう天上でも、神をたたえる絢爛豪華(けんらんごうか)な教会でも無く―――――・・・阿鼻叫喚(あびきょうかん)と化したパーティー会場なのである。
逃げ惑う招待客、折り重なるように倒れている夥しい数の人間、そこかしこで鳴り響く銃声とつんざくような悲鳴――――硝煙と血の臭いが充満するフロア内で。
何か面白い物を期待するかのような興味津々の様子で此方を見つめながら、銀髪の天使が傍らの屈強な男を軽々と片手で押さえ込んでいる。
―――――異様な光景だった。
少年と男が立っているのは、オードブルやワイン、そしてそれらを乗せていた皿やグラスなどの破片が無残に飛び散る、テーブルの上。
少年よりも二回り以上大きい屈強な男が、何とか拳銃を握った手ごと抑えこまれた自分の手の自由を取り戻そうと躍起になっている。
少年・・・というよりもほぼ男のせいだが、散乱した料理や食器の破片、零れたワインなどで真っ白だったテーブルクロスは踏みにじられて散々な有様だ。
そんな場所で。
そのほっそりとした身体の何処にそんな怪力があるのか、男を片手で押さえつけている少年の方は、涼しい顔で此方に笑いかけている。
邪気のない、まさに天使のような笑顔。
ただしそれは、堕天使の笑みだ。
その美しい顔も髪も、そして身につけた衣服も全てが―――――他者の命によって、所々朱(あけ)に染められているのだから。
「Can I help you?(手伝おうか?)」
血に濡れた天使が、再び英語で声を掛けてくる。
容姿に相応しい、甘く蠱惑的な声だ。
「You look confused.(なんか、困ってるみたいだし)」
形良い唇の両端を、キュウッと吊り上げた微笑が魔性の者めいていて美しい。
―――――Friends help each other.(困った時はお互い様だよ)
そう言って堕天使は掴んでいた手を無造作に、傍らで暴れている男の頭へと突きつける。
男の手ごと、男が掴んでいた拳銃の銃口を彼本人へと向けたのだ。
何の迷いも感じられない・・・・とても滑らかな動作だった。
「・・・・!?」
男が、恐怖に引き攣った顔で、悲鳴を上げようと大きく口を開くのが見えた。
次の瞬間、パンッと空気が破裂するような音がして、男の頭の銃口を突きつけられたのと逆側が吹き飛ぶ。
銃弾が脳を貫通し、逆サイドの頭蓋骨内側へと着弾して爆発したのだ。
スイカか何かの果物が爆ぜるように、男の頭部は血と脳漿(のうしょう)、そして肉片を飛び散らせながら砕け散る。
それから少年は、ついでのような仕草で周囲で撃ち合いをしていた者達に銃口を向ける。
周囲はまだ少年の存在に気付いておらず、互いの攻防に必死だ。
「You are annoying.(お前達、ウザイよ・・・)」
低く呟くと、少年は何ら気負う様子も見せずに引き金を引いた。
顔色ひとつ変えず頭部ばかりを狙って、まるで指を差し数を数えるかのような気軽さで、リズミカルに発砲していく。
銃声が、キレイに周囲の人数分鳴り響いて、その数と等しく赤い花が咲き乱れる。
周囲の者を片付けてもまだ物足りないのか、少年は逃げ惑う人々にまで銃を乱射していく。
マガジン(弾倉)を入れ替えての弾の交換も、発砲の反動も感じさせない、とても滑らかな動作だった。
まさに地獄絵図。
耐性が無ければ、この場で恐怖に狂ってしまっても仕方が無いだろうと言うほどの凄惨な光景である。
「That's does it.(あー、スッキリした!)」
やがて、流石に弾が尽きたのか。
少年はそう口にして、手にしていた銃を血の海へと放り投げる。
ゴトリ、と重々しい金属の音が慎ましやかにフロアに響き―――――それを最後に周囲に完全な静寂が訪れた。
今、この場に居る生者は恐らく、この少年と青年だけだろう。
「Nice meeting you,Mr.Aube. (逢えて嬉しいよ、オーブさん)」
クルリと向きを変え、少年が再び青年の顔を見つめる。
親しげな笑みだった。
名を呼ばれたことを考えれば、少年の方は青年を知っているのだろうか。
「・・・May I ask your name?(誰だ?)」
「I'm Phantom.(僕はファントム)」
青年の問いに、少年はアッサリと名乗ってくる。
だがやはり、名前に聞き覚えは無い。
「・・・Do I know you from somewhere?(私と何処かで逢ったことが?)」
「No.(ううん、無いよ)」
「I'll say.(そうだろうな)」
少年の短い答えを聞くまでも無く、逢ったことが無いと青年は確信していた。
これほど美しい顔立ちをしている人間を見て、記憶に残っていなければ不自然だ。
ふと。少年が、少しだけ表情を変えてじっと此方を見つめてくる。
「―――I need a fabor to ask you.(―――貴方に、お願い事があるんだけれど)」
小首を傾げるように親しげにそう言ってくるその顔は、まさに天使と言うか、どんな無理難題でも叶えてやりたくなるような可憐な美しさだ。
ただし全身が血まみれで、死の天使と呼ぶほうが相応しい凄惨さに満ち満ちている姿ではあるが。
「What is it?(願いごと?)」
少年の言葉に、青年は用心深く口を開いた。
躊躇(ちゅうちょ)無く多数の人間を撃ち殺したところを見るに、少年は見目に依らず相当な場数を踏んでいるのだろう。
この場に集うのは裏では殺人なども取り扱うマフィアのファミリーばかりで、単なる殺し程度は珍しくもないが、それと比較するにしても、少々彼のやり方は浮いていた。
通常は、殺し合いに発展しても撃ち合いが精々で、私刑でも無ければわざわざ酷たらしい殺し方は選ばないものだ。
肝が据わっているとか、そういう問題では無く・・・彼が他者の命を奪う行為自体に、何の感慨も持っていないだろうことが窺(うかが)える。
―――――得体が知れない。
ただ、この少年が青年に対して、敵意を持っていないことだけは確かだ。
敵意があるなら、この少年ならばとっくに問答無用で、彼に銃口を向け発射していることだろう。
「・・・Depends on what it is.(・・・その内容にもよるな)」
取りあえず、少年の話を聞くしか術は無いと青年は判断した。
ここでNonと言えば、今すぐ頭を打ち抜かれかねない。
この距離では躱すことは難しいし、そもそも、次々と逃げ惑う者達の頭部を撃ち抜いた少年の腕前を見るに、躱そうと考えること自体が愚かしい。
ついでに言えば、少年が何者なのか、そして目的は何なのかが知りたかった。
今此処で、彼との会話を終わらせてしまうのは惜しい。
「I'm waiting.(話を続けろ)」
「OK.」
青年の言葉を応と取ったのか、少年は笑みを深くして口を開いた。
「To tell you the truth,・・・・(実はね・・・・)」
死者が累々と倒れ伏す横たわる、血臭と硝煙に満ちたフロア内で。
少年は、ようやく『お願いごと』を口にする。
果たしてその内容は、青年にとって酷く予想外のモノであった―――――――。
NEXT 84
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言い訳。
『君ため』シリーズの新章スタートです。
ようやく前々から設定だけはあったんですが、トム様の親友であるオーブさんが出てきました(笑)
原作でもアニメルでも、オーブって要は単なる珠(邪悪なオーブって呼称でしたっけ?/笑)なので、勝手に擬人化イメージで書いてます。
キングの正体が、オーブが乗り移ったダンナさんだったので、こっちのオーブさんも髪と眼の色だけ借りて金髪緑瞳。此方は長髪イメージですけど。
とりあえず、やりたい放題過ぎるトム様に唯一、アルヴィス以外で言い返せる相手が欲しいとこだったので登場させてしまいました。
彼には何とか、ファンアルを引っかき回す役回りをさせてあげたいと思います(笑)
この続きも結構書いてあるので、次回の更新は割と早めかも・・・♪
誰得でもない俺得な内容ではありますが、宜しかったら是非また読んでやってくださいませ〜〜
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