『君のためなら世界だって壊してあげる』
ACT 81 『飼育天使−8−』
凝った金糸の刺繍が施された、分厚いカーテン。
そのカーテンが掛けられている大きな窓からは、雪のように白い優雅な曲線を描いたデザインのバルコニーが見えている。
窓際に置かれた、アルヴィスが身体を丸めれば全身が乗りそうなガラスの丸テーブルには、薄紫とクリーム色の薔薇がどっさりと飾られ、他にも如何にも高価そうな調度品がそこかしこに設置されていた。
白と薄いゴールドを基調としたデザインの、贅(ぜい)を凝らした室内である。
「・・・・・・・・・・」
アルヴィスも数ヶ月前、最初にこの寝室を目にした時は何処の大金持ちの部屋に迷い込んだのかと思ったものだ。
知らない内に運び込まれ、全く状況が分からないままにこの場で意識を取り戻した為、酷く取り乱したことも、今となっては懐かしい想い出である。
「・・・・・・・・・」
今や、ファントムと共に此処―――彼が長期で1フロアごと借りているホテル―――――に住むようになってからは、縦よりも横幅の方がやたらに広いキングサイズの柔らかなベッドに横たわり、幾つもの絹張りのクッションに背を凭(もた)れ掛けさせながら、部屋の内装や窓のガラス越しに外を眺めるのも当たり前の状態となってしまった。
その状態は、ハッキリ言って退屈だ。
幾らアンティーク物やインテリアなどのマニアが見れば垂涎(すいぜん)の的であろう品々に囲まれていても、見慣れてしまえば退屈しのぎの足しにもならない。
当初は物珍しさも手伝って、それら調度品の緻密な細工を眺めたり、怖々触れてみたりしたものだが――――――・・・元々、そういったものに余り関心が無いアルヴィスは、すぐに興味を失ってしまったのである。
「・・・・・・・・・・」
だから。
こうしてベッドでじっとして過ごしている現状は、アルヴィスにとって苦痛以外のなにものでも無かった。
今すぐにでも飛び起き、寝間着では無く普通に服を着て、とりあえず一般的な日常生活を送りたい。
要するに、夜、眠る時以外はベッドから離れた生活を送りたいのだ。
別に子供のように、飛び跳ねたり走り回りたいワケでは無いし、静かに読書をしたり物思いにふけることだって嫌いでは無い。
ただ、何と言えばいいのか・・・アルヴィスは有意義に時間を使いたいのだ。
就寝時以外にベッドに横たわり、何もせずにただ時間を無駄に過ごすということが、アルヴィスにしてみれば我慢がならないのである。
しかし。
アルヴィスが自分の意志を通すためには、大きな壁が立ちはだかっていた。
即ち、――――――。
「なあ、・・・ファントム」
アルヴィスは思い切ってベッド横に立つ年上の恋人と目線を合わせるために、顔を上げ口を開いた。
もちろん、自分の要望を通すに至り、唯一にして最大の難関である彼に訴えるためだ。
意を決した割に口調がどうしても遠慮がちになってしまうのは、この際、致し方ないだろう。
こうなった元の原因が、不可抗力だったとはいえアルヴィスに無いとは言い切れないから、・・・どうしても強気にはなれないのである。
それに、最近のファントムは何だか怖い。
ジッと此方を見ている紫の瞳を見返すだけで、気持ちが揺らぐのを感じる。
「・・・俺もう、いい加減に部屋から出ても良いだろう・・・?」
けれど、こうしているのも、もう限界で。
アルヴィスは、ついに何日間も言おう言おうと考え続け、先程も言いかけようとしていた言葉を口にした。
「もう苦しくないし、足だって痛くない・・・! こんな風に寝て無くても平気だ!!」
ベッド脇に立つ青年へ向かって、そう必死に訴える。
アルヴィスは、ここ1ヶ月余りの日々を、ずっとベッドの上で過ごしていた。
半月ほどの入院を経て、病院から自宅へ・・・つまりファントムが長期契約でフロアごと借りているホテルの一室である、この寝室だが・・・と場所は変われど、ベッドで1日の大半を過ごしている状況は変わっていない。
『あの日』を境に、退院した時の僅かな移動時間を除けば、アルヴィスはまだ1度も外へ出ていない状態だった。
発作で削り取られた体力がまだ回復しておらず、足の怪我が治りきっていない状態でのことなら、そうやって禁じられるのはアルヴィスも理解出来る。
だがもうアルヴィスの体調は、ほぼ元通りで足だって治ったし、顔や腕など至る所にあった外傷も殆ど消えてきた段階であるのに。
ファントムは未だ、アルヴィスを寝室から出してくれない。
そもそも、ベッドから出ることすら余りイイ顔をしないのだ。
しかも、疲労は良く無いからと言って、ファントムは読書すらアルヴィスに禁じたのである。
これが1番、アルヴィスには堪えた。
「寝てばっかりだったから、俺、全然レポート仕上げられてないし・・・!」
資料すらを読めない状況では、出されている課題に一切、手が付けられないのである。
「・・・もう、ホント時間的にギリギリだと思うんだ・・・!!」
大学生の夏休みはかなり長期とはいえ、1ヶ月以上を丸々ベッドで過ごしてしまった為、後2週間ほどしか残っていないというのに、アルヴィスは出された課題を殆ど消化できていない状態で。
これ以上、無駄に時間を過ごしてしまえば絶対に間に合わない。
いや、自分でテーマから決めなければならない課題が数点ある時点で、既に提出期限までに全てを終えるのはもう不可能に近いかも知れない状態なのだ。
「だからもう、・・・いいだろファントム? 俺、課題が気になって・・・!!」
口にしてしまえば焦りが余計に募り、アルヴィスは返事も聞かずにベッドから降りて足を床に付けようとした。
もう、今すぐ課題に取りかかりたい気持ちで一杯なのだ。
ファントムに遠慮して、こうして暢気(のんき)に寝てなんていられない。
早く通常生活に戻って、バリバリと寝食忘れてレポートに励まなければ到底終わらせられないのだから。
「まあまあ、落ち着いてアルヴィス君」
それをファントムが、やんわりとした手つきで押し戻してくる。
「でももう俺・・・っ!」
だが、ここで負けたら事態は何も変わらない。
アルヴィスは必死に、ファントムの手から逃れようと藻掻いた。
「ダメだよ、そんな暴れたら疲れちゃうでしょう」
けれどもファントムは、優しい手つきはそのままに、有無を言わせないチカラで押さえ付けてくる。
それどころか器用にアルヴィスの膝裏を腕ですくい、抱き上げるようにしてベッドへ再び横たえさせてしまった。
しかもアルヴィスが起き上がる隙を与えずに、自分までベッドに乗り上がって来る。
「離せよ・・・! もう調子なんて悪くないっ、・・・!!」
「急に立ったら、気分悪くなっちゃうよ」
「・・・・・・・・・・」
「この前だって急に立ち上がったから、ふらついて。僕が支えなかったら、アルヴィス君転倒してるとこだったんだからね」
「・・・・う、」
「ね、大人しく寝ていて?」
「・・・・・・・・・・」
アルヴィスが本気で藻掻いても、ファントムに力では敵わない。
だから今度は、自分を組み敷く青年に向かって頼んでみる。
「・・・頼むファントム・・・俺、ホントにもう・・・困るんだ・・・」
本心だから、声にも表情にも自然と必死さが滲んだ。
「タダでさえ学校休みがちで授業出れていないから、・・・・単位が本当に危ないんだよ。これで課題が期日までに提出出来なかったら、俺・・・・っ!!」
既にギリギリな、計算するのも恐ろしい必須単位数の教科が幾つも脳裏に浮かび、アルヴィスの表情は自然と引き攣ってくる。
身体のことなど、構ってはいられない。
最優先なのは、単位を取ることであり―――――・・・課題だ。
「よしよし、良い子だから落ち着いて」
けれどアルヴィスの上に乗ったまま、ファントムは相変わらず穏やかにそう言い聞かせてくるのみである。
「だからっ、・・・俺はもう落ち着いてる場合じゃっ、・・・!!」
「うんうん、平気だから落ち着こうね」
そう言われて、幼い子をあやすように頭を撫でられても、アルヴィスとしては聞き分けられるワケが無い。
「平気じゃないから俺は―――――・・・んむっ!?」
ファントムの態度に余計に苛立ちが募り、アルヴィスが声を張り上げようとした途端、いつものように白い優美な手がぺたりと口を塞いでくる。
「・・・・・・・・」
「はいはい、分かってるから。いつも言ってるけど、騒ぐと咳出るよ・・・自重しようね」
「・・・・・・・・」
全然平気じゃないし、ちっとも分かってないくせに―――――!!
憤りは募る一方で、怒鳴り散らして訴えたいことも沢山あるのに口を封じられ。
せめてもの意趣返しに、アルヴィスは思い切り間近にある顔を睨み付けた。
そんなに強く塞がれているわけでは無いし両手だって自由だから、アルヴィスがその気になれば口元の手などはすぐ払い除けられる。
けれどもファントムの言うとおり、叫んで咳き込むのはやはり怖かった。
だがやっぱりそれすらも、今のアルヴィスにしてみればファントムの言うなりになってるようで癪に障るのだ。
「・・・あーもう、険しい顔しちゃって」
そんなアルヴィスを見て、ファントムが苦笑を浮かべる。
そして、口を塞いでいた手を外し、また宥めるように頭を撫でてきた。
「そういう顔も可愛いけど、そんな眉間にシワ寄せて怒らなくても大丈夫。課題のことは、僕に任せて」
「?」
任せる、とはどういう意味か。
ファントムの言わんとすることが分からず、アルヴィスは先程とは別意味で銀髪の青年を見つめた。
「任せて、って・・・・お前がやるって言うのかファントム?」
確かに、彼の一般人を軽く凌駕する明晰な頭脳であれば、アルヴィスが抱える課題程度をこなすのは造作もないことかも知れない。
ましてアルヴィスはまだ大学1年・・・専門分野での教科はまだ取っていないから、一般教養部門での課題しか無いのだ。
けれどそれでは、提出期限は守れたとしてもアルヴィス自身は何もしないこととなる。
それはきっと、・・・・提出が守れないことより遙かに恥じなければならない行為だ。
「あー・・・うん、まあそうしてあげてもいいんだけど。アルヴィス君はどうせ、自分でやりたいって言うでしょ」
「・・・・・・・・、」
予想に反し自分の意向に添うようなファントムの言葉に、アルヴィスは一瞬呆けて真上にある恋人の顔を見つめた。
いつ見たって、ウットリしてしまうくらいにキレイな顔だ。
僕、実は人間じゃなくて天使なんだよね・・・そう言われたら、やっぱりそうだったのかとアッサリ納得してしまいそうになるくらいの、神々しい美貌。
こんな心境で、こんな状況でなければ、・・・そのサラサラとした銀髪に触れて、心ゆくまで甘く蕩けるような紫の瞳を眺め、彼の耳触りの良い声に酔うことが出来るのに。
なのに、天使みたいに美しい顔の青年は時としてトンデモナイことを宣(のたま)い、アルヴィスの中にある彼のイメージを、決してその憧れの域へと置いたままにしてくれない――――――。
「だから、提出期限を延ばそうよ。そうしたら、アルヴィス君もゆっくりレポート仕上げられるでしょ?」
「・・・・・は?」
今度こそ意味が分からず、アルヴィスは顔をしかめてファントムを見た。
「今時点で出来てない課題全部、提出期限を延ばしちゃおう。それだったら、アルヴィス君もおとなしく寝ててくれるよね」
「・・・・・・・・・・」
言うまでもないが、ファントムはアルヴィスとは違う大学に通っており、アルヴィスの大学との接点は一切無い。
一介の医大生・・・いや、A国では既に医師であり専門分野ではそれなりに有名らしい研究者という話だけれど・・・それにしたって、全く無関係な大学の教授に、何かを指示できるような権限がある筈も無い。
ついでに言えば、アルヴィスだけを特別扱いしろと言わんばかりな内容であり、・・・そんなものがまかり通るのも有り得ない話だ。
「・・・提出期限を決めるのは教授で、お前じゃないだろファントム・・・」
呆れ口調でそれだけを言えば、ファントムは形良い唇の両端を吊り上げて微笑する。
「そうだね。だから教授が延ばす、って決めたらOKでしょ?」
「そんなこと、あり得る筈が・・・」
「大丈夫だよ、アルヴィス君。OKしてくれる方法ならね、沢山あるんだから」
そう言って笑うファントムは、子供のように無邪気で楽しそうだ。
けれど、どことなく不穏(ふおん)なモノを感じさせるのは何故だろうか。
馬鹿馬鹿しい提案だと思うのに、戯言だと斬り捨てられないような何かを感じる。
「沢山って・・・・どうやって?」
「ふふっ、・・・だから色々」
「色々って、何するんだよ・・・・??」
「まあ、いいから。とにかくアルヴィス君は、課題なんて気にしないで安静にしていてよ。期限は絶対、僕が何とかするからね」
「・・・・ファントム・・・・?」
無茶苦茶だ。
出来るワケが無い。
そんなことが可能である筈が無いのに―――――ファントムの顔を見ていると、本当にやってのけてしまいそうで、アルヴィスは急に不安になってきた。
だって、期限を延ばす・・・そんなことが可能になる方法などアルヴィスには到底思いつけない。
「・・・・お前、・・・まさか何か悪いこと・・・・」
一体、何をどうするつもりなのか。
時折、冗談だが物騒なことを口にする彼だから、つい不吉な方法を想像してしまう。
最近のファントムは、何故か別人のように、とても怖い雰囲気をまとっていることがあるから―――――――そういう時の彼なら、何かやらかしてしまうのも有りな気がして、背筋が寒くなる。
「・・・・・・・・・・・」
課題で焦っていたことも、いつの間にか脳裏から消え失せ。
替わりに降って湧いてきた強烈な不安感に、アルヴィスは眼前にあるファントムの顔をジッと見つめた――――――――。
NEXT 82
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言い訳。
ぶっちゃけアルヴィス監禁話(笑)
ホントは、コレと同じくらいの量がまだ残ってるんですけど←
長過ぎて話がダラダラ続いてるので、いったん此処で切ります。
実は残してある部分、要るような要らないよーな、微妙な感じでしt(爆)
いっそのことボツにして、ラスト部分へ一気に向かってしまおうかという気もしてます。
どーしよっかなー。
ラストに向かうにはナナシさんをもう一回登場させないとなのですが、ボツにしない状態だと後2話くらいトム様が出ばってなかなかナナシさん出せなさそう・・・・(笑)
うーん、悩みます〜。
あ、でもどのみち後1話は間違いなくトム様が出ばります☆
『君ため』はファンアルだから、いいのかn・・・?(笑)
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