『君のためなら世界だって壊してあげる』




ACT 79 『飼育天使−6−』



 

 




「この子が、生まれついての天使だから・・・というのが、その理由かな」


 どういう意味か、と問われ。
 ファントムは、ゆっくりと声を発した。


「・・・・・・・・?」


 途端、目の前の男が全く納得した様子も無く眉を寄せる。

 彼には、ファントムの言わんとする内容が分からなかったのだろう。
 とは言っても、たったこれだけの暗喩(あんゆ)でその意味を理解出来たら、それはそれで驚嘆に値する。

 ファントムの言葉は明らかに説明不足であり、まして、医学的知識など何ら持ち合わせていないだろうナナシに、導き出せる答えなんて有りはしない。


「天使は、この穢れに満ちた世界でそのまま生きていくことは出来ない。この世界で生きようと思ったら、『特別に用意した環境』が必要なのさ」


 けれどファントムは、構わずに言葉を続ける。


「ほら、熱帯魚なんかと一緒だよ。彼らは、適応した場所で飼ってやらないとアッサリ死んじゃうでしょ?」


 ナナシが理解しようとしまいと、知ったことでは無い。

 今こうして話しているのはナナシの為ではなく、あくまでファントムの気が向いたからで。
 話す内容をナナシが分かろうと分からなかろうと、ファントム的にはどうでも良かったのである。

 会話を続けるのは、1度優しく忠告してやったのに、性懲りもなくアルヴィスに近づいてきた浅ましい野良犬に、それが如何に分不相応であるかを知らしめてやろうと思っただけで、他意は無い。

 さっさと始末しても良かったのだが、その前に徹底的に精神を痛めつけ、完全にアルヴィスを諦めさせるのも面白そうだと思いついたせいもある。


「この子は天使だから。・・・僕が用意してあげた環境じゃないと、生きていけないんだよ」


 ファントムはただ、そう言葉を繰り返した。

 言外に、お前にはその環境を誂(あつら)えることなど不可能だろう? という意味を込めて。


「・・・そんなんは、ワレが勝手に思うてる事やろ? 勝手にアルちゃん、天使に仕立てとるだけや!!」


 どうせ理解しないだろうと思っていたが、案の定、ナナシはファントムの言葉に納得しなかったらしい。


「アルちゃん自身は、自分が天使なんて思うとらんわ!! 天使なんて呼び方だけ取り繕うても、騙されんで!? ワレのアルちゃんへの態度は、ペットに対するそれと同じや!!」


 苛立ちを抑えられないかのように頭を振り、抗議してきた。


「アルちゃんは天使ちゃう! そない呼ばれて可愛がられるだけのペットとは違うのや・・・・!!」

「・・・・・・・・・・」


 こう煩(うるさ)いと、いたぶる前に良く動く口を縫い合わせてやりたくなるな・・・・そんなことを思いながら、ファントムは眼を細める。


「――――――キミだって勝手に、アルヴィスが天使じゃないって決めつけてるよ」


 少し、会話に飽きてきて。
 ファントムは気怠い表情を隠そうともせず、投げやりに言葉を返した。


「彼が天使じゃないって、どうして分かるの・・・?」

「っ!? ・・・そんなん、判るに決まっとるわ!! 天使なんて、ホントは居るワケあらへんやろ!!? 大体アルちゃんのどこに羽が生えとる言うねん!!」


 それはまあ、分かりきった事実だ。

 アルヴィスの背に翼などは生えていないし、そんな姿の人間などは何処にも存在しないだろう。
 仮に存在したとして、それはもはや生物学的に『人間−Homo sapiens sapiens−』とは決して呼べないシロモノだ。

 もちろんファントムが言いたいのは、『そういう意味』での天使では無い。


「――――――・・・僕だって、別に『そっちの天使』なんかのこと、言ってるつもりは無いんだけどね」


 とはいえナナシがどう思っていようがファントムにはどうでもいいので、誤解は解かない。

 どのみち、彼との会話はアルヴィスの容態が落ち着くまでの、暇つぶしな余興である。
 話したいことだけ喋りたいし、分かるように順序立てての説明などは面倒臭くて真っ平だ。


「? だったら、何や言うねん・・・??」

「言葉通りの意味だよ。キミに理解を求めるつもりは無いから、分かんないならいいや」


 ナナシが『天使』の意味を、アルヴィスの外見イメージによる喩(たと)えと思っているのならそれで構わなかった。

 アルヴィスは通常の人間と異なり、特殊な環境でなければ生きていけない―――――・・・そしてその環境を調えてやれるのは、限られた者のみ。
 それさえナナシに伝わるなら、後はどうでも良かった。


「ああでも、・・・・そうだね・・・特別に、話しておいてあげようかな?」


 けれど、不意に気が変わる。

 逐一(ちくいち)説明してやるのは面倒だし御免だが、かい摘んで教えてやる程度なら・・・と、また気紛れに考え直したのだ。

 今この場には、自分とナナシ、ペタとパウゼ・・・そして意識を失ったアルヴィスしかいない。
 ペタとパウゼはファントムの『味方』であるし、アルヴィスは話を耳に出来る状態では無いから、今ここで秘めた内容を明かしても――――――支障は出ないだろう。



 忌々(いまいま)しいことだが、アルヴィスがナナシを『友達』として認識している以上・・・それなりな計画を練った上でなければ、ナナシを始末することは避けたいとファントムは考えている。

 ナナシ自身を消しても、肝心なアルヴィスの心に『ナナシへの感情』が残るようでは意味が無いからだ。
 下手をすれば、余計にアルヴィスの中にこの男の記憶を残す羽目となりかねない。

 現時点で、ナナシを処分するのは危険である。

 だが、逆に『アルヴィスの事情』をナナシに教えてやることは、今後の彼の行動を制限するのに役立つ筈であった。




「アルヴィス君はね、単に喘息を患ってるだけじゃないんだ」

「・・・・・・・・・・」


 だからファントムは、自らが知り得たアルヴィスに関する情報を、少しだけ打ち明けてやることにする。

 数年前、アルヴィスの行方が掴めず、四方八方手を尽くして探している時に偶然手に入れた――――――アルヴィス本人にすら知らせていない『調査結果』を、思い出しながら。























−6年前−






「へぇ・・・そっか、アルヴィス君の母親ってマナート家の生まれだったのか」


 長身の男から渡された書類に眼を通し、銀髪の少年・・・ファントムはそう独りごちる。


 アルヴィスの行方を捜すヒントになればと、彼の血縁を調べさせていたら、予想外の真実が明らかとなった。

 アルヴィスと出逢った時、彼の両親が既に亡いことをファントムは聞いて知っていたのだが、アルヴィスが預けられていた叔父夫婦と彼の間に、そもそも全く血縁関係が無かったとは流石に思いもしなかったのである。



 最初、1歳にもならない幼いアルヴィスを育てていたのは、70過ぎの年老いた女だったという。

 彼女が何処からアルヴィスを連れてきたのかはハッキリしなかったが、とにかく彼女には潤沢な資産があり、暮らしは困らなかったらしい。

 けれどその後、子供の噂を聞きつけた彼女の親戚達が、奪い合うようにアルヴィスの養育権を争い、老女はその渦中に巻き込まれ―――――――結局、幼いアルヴィスを手放す羽目となってしまったようなのだ。

 そこから、アルヴィスは彼女の親戚たちの間で、たらい回しにされながら育てられたらしく、・・・ファントムが幼い彼と出会ったのは、丁度その辺りだと思われた。


 老女の身内が目の色を変えるほどの資金を授けたのは、誰なのか。

 その人物こそが、アルヴィスの本当の両親なのか。

 今現在のアルヴィスの行方を知るヒントにはならないだろう、・・・そう思いつつ更に調査をさせていたら―――――――思いがけない真実が、更に浮上してきたワケである。



「マナート家・・・旧華族で、いくつもの事業を手広くやってた一族・・・だったんだっけ? リアルには見たことも聞いたことも、無い気がするけど」

「ええ。ですが、・・・今となっては、それより代々の当主がやたらに短命だったことの方が知られてますね。現在、本家はとうに血が絶え、断絶しております」


 ファントムの言葉に、長身の男・・・ペタが肯定の意を示して頷く。


「記述されてある通り、セレネ・マナート・・・彼女が最後のマナート家当主で、21歳で死亡しています」

「確かに、コレ見る限り全員早死にだよね。・・・・殆ど、二十歳前半で死んでる。遺伝かなあ・・・」


 呟きながら、ファントムは秀麗な顔をしかめた。

 知らなかったアルヴィスの情報を手に入れられたのは良かったが、内容が芳(かんば)しくない。

 アルヴィスの母親と思われる女の家系が、これほどに短命の一族だと言うならば、アルヴィスがその体質を受け継いでいる可能性も高くなる。
 一族の身体データなどを分析しなければハッキリとは判断出来ないものの、アルヴィスの寿命に対して不安要素が生じたのは確かだ。


「セレネ・マナートは15歳で両親が共に他界し、その後を海外で過ごすのですが1年後に行方不明となってしまいます。
 海外へ行く前に、親戚たちに大半の資産を分与してますね――――――・・・まだ15歳の少女では、財産を狙う狡猾(こうかつ)な大人達に太刀打ちなど出来なかったのでしょう。
 彼女の残りの財産を狙った殺人事件ではと、当時は警察も随分調べたようですが、セレネの行方は掴めず、生死不明のまま4年経過した模様です」

「・・・・・・・・・・・・・」


 黙り込んだファントムに、ペタが淡々と書類内容を報告してくる。


「ですがその更に1年後、二十歳になったセレネが突然に帰国します。そして彼女は数ヶ月後に男児を産みました・・・・・」

「――――・・・それがアルヴィス君、ってワケだね・・・」


 マナート家はそれなりの名家だったようだから、アルヴィスがその家出身というのは、血筋を尊ぶファントムの祖父セルシウスのことを考えれば、今後自分たちの関係を認めさせやすくなる可能性があるので、ある意味、ラッキーだ。


「アルヴィス・マナート・・・これが本来の、彼のフルネームか・・・」


 しかしマナート家にまつわる、呪いとも言うべき短命ぶりを考えると、ファントムは調査結果が手違いであったらいいとすら思う。

 報告にミスなどあってはならないが、アルヴィスが本当はマナートの血縁者で無ければいいと考えてしまうのは、どうしようもなかった。


「・・・・・・・今、アルヴィス君は12歳・・・・」


 もしも、アルヴィスが彼の母親と同じ体質を受け継いでいたとしたら。


「・・・・・早く、彼を見つけないと・・・・!!」


 気ばかりが焦る。

 彼がもし二十歳前後で死ぬような病に罹(かか)る、もしくは既に罹っているのだとしたら、一刻も早く見つけて治療を開始しなければならない。

 それでなくとも、アルヴィスは重度の気管支喘息である。
 その上に、そんな生き死にに関わるような病を併発したら、一溜まりも無いだろう。




 それまでだって、一日千秋の想いでアルヴィスとの再会を待ち望んでいたファントムだが、この時から彼への想いは焼き付くほどの焦燥に駆られた、酷く重苦しいモノへと変化していったのであった。

 

 

 

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言い訳。
今回だけでは、アルヴィスの秘密は明かせませんでしたー(爆)
ていうか、次回分も書き終わってるんですけども、長いので今回のと2つに分けたんです(苦笑)
説明ばっかでクソ面白くない話ですが、もう1話だけこんな感じのが続いてしまいますゴメンなさい〜〜。


「染色体って、知ってるよね? 細胞の核の中に入ってて、DNAを含んでるアレのこと」

 唐突に、ファントムは話を切り出す。

「遺伝子を含む構造体で、人間なら23対の染色体を持っている。その内の2本が性染色体、っていうヤツなんだけど―――――・・・」

 分かる? と言外に問えば、金髪の男は困惑した顔で頷いた。


↑って感じで、七面倒くさい話なんですけど、もう1話だけご容赦ください><
次々回は、きっとラブラブな話になるんじゃないかと・・・!!(笑)