『君のためなら世界だって壊してあげる』
ACT 78 『飼育天使−5−』
「・・・・・・・・・」
美しい、けれど冷たい光を放つ紫色の隻眼を向けられた途端。
ナナシは、その視線に確かな痛みを感じた。
比喩(ひゆ)では無い・・・実際、彼の視線を浴びているだろう箇所へ、一瞬だが熱線でも放射されたかのように現実的な痛みを感じたのだ。
「・・・・・・・・・・」
良く磨き込まれた水晶玉のような紫色の瞳は、まるで透明な水を内包しているかの如くに不可思議な光の揺らめきをその虹彩(こうさい)に宿しながら、長髪の青年の姿を映している。
その、猫みたいな針状の黒い瞳孔を備えている特徴的な眼を。
ナナシは、やっとの思いで見返していた。
「・・・・っ」
――――・・・悪魔の眼だ、と思う。
実際に悪魔が存在したなら、絶対にこんな眼をしているに違いない。
そう思わせる見つめているだけで、魂ごと凍らされてしまいそうな冷たい瞳。
その眼が、じっとナナシを見つめている。
喘息の大発作を起こし、しかも吐血までしたアルヴィスが心配で、つい居ても立っても居られず中へ入ってきてしまったが・・・・・やはりそれは、許されないことだったらしい。
―――――――・・・アルヴィス君に近寄ったり手を出したりしたら・・・死、あるのみだ。
―――――――・・・絶対、殺すから。
ナナシの脳裏に、つい先日の言葉が蘇り。
今がまさに『その状況』に当てはまりかねないのだと気付いて、愕然とする。
「・・・・誤解や!」
咄嗟に、そんな言葉が口を突いて出た。
緊張で喉は渇き切り、カラカラになって張り付くようだったが構っては居られない。
ここできちんと、『状況説明』をしておかなければ――――――ナナシ自身は勿論のこと、自分の周囲にまで危害が及びかねなかった。
何せ自分の目の前に居る男は、人間(ひと)1人の命を奪うことなど虫を殺すにも等しいとしか感じないだろう、性格破綻者(はたんしゃ)である。
「あんさんが邪推しとるよぉなコトはな〜んも、あらへん!!」
「・・・・・・・・・・」
「皆で遊ぶー、言う話やから自分は来ただけ。アルちゃんが来るいうなんて、自分は聞いとらんかった!」
何とか誤解を解いて状況を分かって貰わないと、後で大変な事態となるのは必至。
彼が『殺す』と口にしたら、それは喩えでも何でも無く――――――そのままのストレートな意味なのだ。
「・・・・・・・・・・」
ファントムは表情を変えず、ただ此方を見据えている。
ナナシの声は確かに届いている筈なのだが、・・・・果たしてちゃんと聞いているのか、怪しいものである。
「・・・せやからココへ一緒に来たんも自分のせいや無いし、今ここで一緒に居るのもアルちゃんが崖で足滑らせてもうたからであって、・・・」
「・・・・・・・・・・・」
ナナシの説明に、銀髪の青年は何も言わなかった。
相変わらず、じっとナナシを凝視している。
その冷たい視線だけで、本当に身体が凍り付いてしまいそうな錯覚に陥(おちい)り―――――――ナナシは無意識に身震いした。
感情の伺えない、ただ鏡の如くに己の姿を映す紫の眼が・・・悪魔にも、どう猛な猫科の肉食獣のようにも見える。
ナナシの背を、冷たい汗が伝った。
「・・・・・・・・・・・・、」
獣は、人間(ひと)では無いゆえに――――――・・・こちら側の道理など、理解はしない。
ナナシが身の潔白を訴えたところで、どれほどの効果が見込めるというのか。
説明途中で前触れ無く襲いかかってきて、ナナシの喉元にブツリと鋭い牙を突き立ててきてもおかしくない。
彼らにとって人の言葉は、意味を成さない雑音である。
――――――悪魔だとしても、それは同じで人間の道理が通るとは思えない。
言葉を理解しても、人間の魂を刈り取ることへの躊躇(ためら)いなど、彼らに一片たりともあるはずが無いのだから。
「・・・不可抗力っちゅーモンや。・・・どうしよも無かったねん」
それでも、ナナシは尚も言い募った。
ここで自ら諦めたら、己の非が理不尽にも決定してしまう気がしたのだ。
「自分がココに居るんは、色んな偶然が重なったからや! アルちゃんに接触しよう思うて、近づいたとかや無いで!?」
「・・・・・・・・・」
しかし銀髪の青年は、何も言わない。
僅かに眼を細め、ナナシの話に満足していないことを示すかのように、少し首を傾げただけである。
「・・・・・・・・・・・」
弁明が尽きて、ナナシは押し黙った。
ナナシが口を閉ざしたことで、辺りには沈黙が訪れる。
さほど広くない洞窟内では、相変わらずファントムの手がアルヴィスの髪を梳く時と、パウゼが手にした黒いラグビーボールのような袋状のモノ―――恐らくアルヴィスの呼吸を助ける為の用具なのだろう―――を、押し潰す押される時に生じる音が僅かに聞こえるのみだ。
傍に控えているパウゼともう1人の男は差し出がましいとでも考えているのか、ナナシとファントムの間に口を出してくる気配は無い。
「・・・・・・・・・・・」
ファントムの視線は、未だにナナシへと固定されたまま。
けれど、その唇は言葉を紡ごうとはせずに依然、引き結ばれている。
「・・・・・・・・・・、」
これはもう、悪魔の制裁は決定しているということなのだろうか?
――――――・・・絶対、殺すから。
魔法のように取り出された、黒光りする冷たい凶器を向けられた時の光景が眼前に浮かぶ。
「・・・・・・・っ、・・・!!」
ザアーッと。
ナナシは、自分の頭から血が下がっていく音を聞いた気がした。
「・・・・・・・・・、」
何も考えられない。
思考が真っ白になって、ただひたすらに、焦る感情だけがグルグルグルグルと行き場も無いままに胸の中を暴れ回る。
「―――――――・・・」
ナナシが今まで必死に説明した内容は、ほぼ真実だ。
一部端折(はしょ)ってはいるものの、説明内容は大体が本当であり、ナナシが責められる謂われは無い筈なのである。
確かに衝動に駆られて、1度はアルヴィスに告白しようとはしたが――――――未遂に終わっているのだし敢えてそれを正直に、この悪魔に報告する必要は無いだろう。
アルヴィスに、想いが伝わってすらいない状態なのに悪魔の制裁が発動するなんて、理不尽にも程がある。
どうせ執行されるというのなら、アルヴィスに想いを告白し本懐(ほんかい)を遂げてからにして貰いたいところだ。
というかそもそも、アルヴィスという存在はアルヴィス個人のモノであり、彼自身の意志が最優先されるべき筈だからして。
アルヴィスに誰が話しかけようが近づこうが、・・・・アルヴィス本人の意志によって受け入れるも否も決めるべきであり――――――そこには何ら、悪魔・・・いやファントムが介在する謂われは無い筈なのであるけれど。
「・・・・・・・・・・」
元より納得などしていなかった理不尽な『約束』の内容を思い起こす度に、ナナシはいつも胸が焼き付くような激しい憤りを覚えていた。
――――――・・・そう、アルヴィス。
彼のことを想えば、ナナシは、自分の命を失うかも知れないという危機感さえ退いていく気がした。
「・・・何なんや・・・ワレ、・・・何が気に入らない言うねん・・・?」
向こうが此方の言い分を一切聞かない気なら、自分も言いたいことは言わせて貰う。
言おうが言うまいが、どうせ結果は一緒だ・・・そんな想いが頭をもたげ、ナナシは口を開いた。
「要らんこと聞いてきおって、人がそれでも答えてやったっちゅーに、黙(だんま)りかい!」
窮鼠(きゅうそ)猫を噛む―――――・・・所謂(いわゆる)、『逆ギレ』状態だ。
「ワレ一体、何が気に喰わんのや・・・!!」
氷の彫像の如く押し黙ったままの青年の、異常なくらい整った顔をしっかり見据え。
臆することなく、ナナシは怒鳴った。
見れば見るほど、本当に隙無く整った・・・まさしく人間とは思えない悪魔のように美しい顔だが、以前に相対した時のようには気圧されない。
「大体、今、そんなん問題にしとる場合やあらへんやろ!??」
今ナナシの胸を満たしているのは、自分の身に降りかかる危機より、アルヴィスの命の安否である。
―――――――あんなに血を吐いて、大丈夫だろうか?
崖からの滑落時に肋骨でも折って、内臓に刺さっているのであれば大事(おおごと)だ。
それでなくとも、彼は既に喘息の発作を起こし息も絶え絶えだったというのに。
あれ程に血を吐いたら、それだけで失血死してしまいそうな気がする。
「あんな血ぃ吐いとったんやで!? 今はアルちゃんが何より優先やん!!」
ナナシの脳裏から、先程アルヴィスが苦しそうに何度も血を吐いていた姿がこびり付いて離れない。
あんなに大量に吐くなんて、尋常(じんじょう)じゃないだろう。
寝かされたアルヴィスは、グッタリとして動かない。
口に管を押し込まれ、何か袋状のモノで空気を送り込まれたり、点滴を腕にされているようだが、それだけ。
顔色は相変わらず蒼白なままで、とても状態が回復したとは思えない状況だ。
もしかすると、もう既に手遅れで打つ手無しなのでは?
「・・・・っ!?」
そう思い至った瞬間、ナナシは噛み付くような勢いで叫んでいた。
「は、早よ治療しい!! アルちゃん死んだら、どないすんねん!!?」
死という言葉を口にすれば、余計にそれが『事実』としてのし掛かってくる気がする。
「今、こない暢気(のんき)にくっちゃべっとる場合あらへんやろ!」
今にも、アルヴィスが本当に儚い存在になってしまいそうで。
「四の五の言わずに、さっさとアルちゃん治療せんかい!!」
激昂(げっこう)するまま、ナナシは後先を考えずにがなり立てた。
眼前の青年にそのような態度を取ることは、破滅を望むのと同意義の行為だと頭にチラリと過(よ)ぎったが、激情に任せてそれを無視する。
―――――――大切なのは、悪魔が愛でている青いバラ。
それが今、温室から連れ出されたせいで・・・・枯れようとしているのだ。
凍えているのなら、無数の棘に突き刺されようともこの身体で抱き締めて。
水分を欲しているのなら、腕を切り裂き血液を分け与えてでも。
柔らかな土が必要ならば、爪が剥がれ指先の肉が削れようとも、大地を耕し手に入れる。
奇跡の青いバラが萎れずに済むのなら、ナナシは何だってしてやりたいと思う。
「ワレ医者なら早よ何とかしい!! 何でボサッとアルちゃん眺めてるだけやねん!!」
けれど、青いバラが助かる術(すべ)は多分たった1つで―――――――・・・それが出来るのは、持ち主である悪魔だけ。
アルヴィスが助かるのなら何だってしてやりたいと思うナナシだが、悲しいかな、その術を自分は持っていないのだ。
この場でアルヴィスを助けられる可能性があるとするなら、それは医学生であり海外でなら医師の資格を持つという、ファントムしか居ない。
アルヴィスの命は、この悪魔に委(ゆだ)ねられているのだ。
「何やすることあんねやろ!!?」
「・・・おい、・・ファントム様に何て無礼な・・・!!」
剣呑な表情で、パウゼが制止の声を掛けてくるのを視界の隅に映しつつ・・・ナナシは激情に任せて言葉を続ける。
「早よ治療しいや!!」
パウゼがナイフで斬りかかってくる気なら、そうすればいいと思う。
こっちだってアッサリと刺されてやる気は無い。
さっきは予想外の事態に動揺して全く反応出来なかったが、ナナシだってナイフだとかそういった凶器に全然縁がないワケでは無いのだ。
あの時のように、悪魔が銃口でも向けてきたら――――――流石に、ズドンと撃たれてしまうだろうけれど。
「アルちゃんが死んでもええ言うんか・・・!!?」
不思議と今は、怖くない。
とにかく今、ナナシは自分の命に構っている余裕は無かった。
願うのは、アルヴィスの容態が少しでも改善されること、彼の命が救われること・・・それだけである。
「・・・・・・・・・・・」
しかしナナシの視線の先で、銀髪の青年は先程から表情筋ひとつ動かすこともせず、ただ静かに此方を眺めているのみだった。
その様は、さながらリクライニングチェアにでも凭(もた)れつつ、リビングで映画でも鑑賞しているかのようで・・・・優雅ですらある。
映画の内容がどんなに危険と波乱に満ちていて、息つく暇も無いほどの急展開が続いていたとしても所詮(しょせん)は、テレビ画面の向こう側の世界――――――そう思い込んでいるかのような、ファントムの態度であった。
喚(わめ)いていたナナシの言葉も、自分に向けられたモノとは思っていないのか、反応らしき反応は皆無だ。
「お前な!!」
代わりにパウゼが、憤懣(ふんまん)やるかたない!といった様子で、ナナシに向かって立ち上がりたそうな素振りを示す。
けれど、手にした呼吸補助用具を放り出す決心は付かないらしく、ナナシと用具を交互に見やって迷うように眉を寄せる。
「・・・いいよ、パウゼ」
その時にようやく、銀髪の青年がナナシから視線を外し言葉を発した。
「キミはそのまま、手を動かしていて」
相変わらず、彼の正体が悪魔だと知らぬ者が聞けば、何と甘くて優しい声音だろうとウットリするに違いない美声だ。
声だけでは無く、整いすぎている容姿といい、存在の全てが人間離れした『特別性』を持つ男である。
しかし、その神々しい美しさを持つ天使のような外見と声は、見る者を誘惑し陥落させ、地獄へと突き落とす為に備わっている彼の『武器』であり――――――その正体は、天使は天使でも、堕天した天使・・・悪魔だ。
「・・・・・さて、もう気は済んだのかなナナシ?」
再びナナシへと視線を固定し、ファントムは唇の両端をキューッと吊り上げて笑った。
とても美しいが冷たくて、酷く残忍さが滲み出た微笑。
恐らくアルヴィスには、1度だって見せたことなど無い顔だろう。
「あれだけ大声で品無く叫んだら、気は済むに決まってるか」
口調も表情も一見、天使のように無邪気な愛らしさを湛(たた)えているが・・・・ナナシを映す、磨かれた珠のようなアメシスト色の瞳が、一切笑っていない。
「・・・でもさあ、五月蠅(うるさ)いからそろそろ静かにしてくれる? じゃないとその口、僕が縫い合わせちゃうよ」
「・・・・・・・!」
「ああ、舌を切り取っちゃってもイイよね・・・いや、そんなのより喉元切り裂いちゃう方が手っ取り早いかな」
口元の笑みを消して、そんな物騒なセリフを言われれば、もう何処から見ても美しき悪魔だ。
「・・・ねえ、どれがいい?」
チラ、と上目遣いに此方を見やり。
再びその形良い唇に薄く笑みを浮かべたファントムは、彼の正体を知っているナナシですらゾッとするほど凄みがあった。
「キミに、方法選ばせてあげてもいいけど」
ゲームの種類でも取り決めるかのような、軽い口調。
けれど言っている内容は酷く物騒で、・・・しかも決して冗談で口にしているのでは無いと感じる。
「・・・・・・・・・・、」
「ようやく静かになったね。じゃあ、答えてあげる」
押し黙ったナナシを見て、ファントムがその紫の瞳を細めた。
獲物を前に、品定めをする豹か何かのような残酷な眼つきである。
「・・・キミがさっき喚(わめ)いてた内容は、どうでもいいかな。・・・アルヴィス誘ったのはギンタだって分かってるしね、僕が言いたいのはソコじゃないよ」
ゆったりと紡がれる言葉にも、いつでも噛み殺せる距離に置いた獲物を軽くいたぶっているかのような、酷薄さが透けて見える。
「なんで、アルヴィスの傍を歩いてたの?」
「・・・・・・・・・・・」
視線を合わせ続ければ魂が吸い取られ、命を奪われてしまいそうな不可思議な色合いの眼。
その紫色の魔眼に見据えられては、取り繕うことなど不可能だ。
「近くに居なかったなら、一緒に落ちるとか無理だよね」
「・・・・・・・・・・・」
否定することも、誤魔化すことも考えられなくなる。
「2人きりで登山してたんじゃないんだし、離れる方法なら沢山あった筈なのに、そうしないでアルヴィスの傍に居たのは何故?」
それってつまり、僕との約束を破ったってことになるよね・・・・そこまで言って、ファントムはナナシの方を伺うように小首を傾げた。
表情も柔らかく、ともすれば天使のような見た目から無邪気にさえ映る仕草だが、蠱惑(こわく)的な光を宿す紫の瞳は、ナナシの全てを見透かすように此方を見つめ続けている。
「それから、アルヴィス君のここでやれる治療はもう終わってる」
此方をずっと見据えたまま、ファントムはサラリと先程ナナシが責めた内容に対しての『回答』を口にした。
「この僕がアルヴィス君の体調より、他を優先させるワケが無いじゃない。ここから動かしてないのは、彼の容態が安定するのを待ってるだけ」
「・・・・・・・・・」
「キミが言うように、何もしないでボサッと彼を眺めていたワケじゃない」
「・・・・・・・・・」
「止血剤が効く前に動かして、再喀血させたくないからね」
「・・・・・・・・・」
アルヴィスの髪を優しく撫でつつ、そう説明されてしまってはナナシとしては何も言えなくなる。
ファントムの説明は至極もっともで、何ら批難すべきことでは無かった。
「そんなことも分からないのに、口なんか出さないで欲しいんだけど」
「・・・アルちゃんは、・・・アルちゃんは平気なんか!? 命とかに別状は無いん!!?」
だが、ちゃんと治療は行われていたのは良かったが、肝心なのはアルヴィスの容態である。
何よりもアルヴィスを大切にしている筈の悪魔が、こうして落ち着いている所を見れば恐らく大丈夫なのだろうが――――――・・・やはり、専門家(ファントム)の言葉を聞くまでは安心出来ない。
如何に冷たくあしらわれようとも、ナナシはアルヴィスの容態だけは聞かずに居られなかった。
しかし、ナナシがそう聞いた途端にファントムの顔から再び笑みが消える。
「――――・・・そんなの、キミには関係無いでしょう? アルヴィスがどうなろうと、キミには一切関係ないことだ」
「・・・・・・・・・・」
彼の周囲の気温が、スウッと下がったような気がした。
「やはり、・・・アルヴィスを大学へ行かせていたのは間違いだった。悪い虫ばかりが集(たか)って、彼が蝕まれてしまう・・・・そろそろ、対処しないとかな」
嘆かわしそうに言って、ファントムはナナシから眼を離し、傍らに横たわるアルヴィスを見つめる。
「ねえアルヴィス君。キミは、お家の中だけで暮らしてた方が幸せだよ・・・?
帰ったら、キミが気に入るようなお部屋を新しく作ってあげるから・・・・僕が外から帰ってくるまでは、そこで過ごそうね。
だってアルヴィス君には、僕さえ居たらいいんだもの・・・それが一番幸せな形だよね?」
「・・・・・・・・・・・・」
意識のないアルヴィスに語られるファントムの言葉は、聞いているナナシの方がゾッとするような、束縛の内容だった。
見た目は銀髪の天使の如くに美しく、表情も口調も、それを呟く形良い唇から零れ出る声音も、砂糖菓子か蜂蜜のように甘いのに――――――・・・・ファントムが言っている内容は、恐ろしいまでの執着と独占欲が込められた束縛だ。
「―――――・・・アルちゃんを、閉じ込めるつもりなんか?」
知らず、ナナシは悪魔に向かって口を開いていた。
逆らってはならない。
逆らったら、・・・待っているのは破滅。
そう分かっていたのに、――――――問わずには居られなかった。
「そうだと言ったら?」
ゆっくり、ナナシの方へ銀髪の悪魔が視線を戻す。
「大切なモノは、誰にも奪われたり傷つけられたりしないよう、大事にしまっておく主義なんだ」
アルヴィスへ向けていた時と打って変わった、物憂げで冷たい表情を浮かべている。
「!! アルちゃんはアルちゃんや!! 誰のモンとか、そう言うことや無いやろ!!?」
「アルヴィスは僕のだよ。・・・もう彼は、外に出さない」
「アルちゃんは人間や! ワレのモン扱いはおかしいやろ!?? 籠の鳥みたいに囲うのは、アルちゃんが可哀想や・・・・!!!」
「ふぅん・・・?」
アルヴィスをまるで単なる所有物のように言うのが許せなくて、ナナシが激昂して怒鳴れば、ファントムは何か面白いものでも見つけたかの如く、唇の両端を吊り上げた。
「ああそうか。キミはアルヴィスと逢えなくなると思って、そんなに怒ってるの?」
「!! ・・・・そうやなくて・・・・っ、・・・」
一瞬言葉に詰まるが、けれどそれだけでは無い。
確かにアルヴィスの姿を見ることが出来なくなるなら、ナナシにとって酷く辛いことだ。
だが今、ナナシが言いたいのはそれでは無い。
「アルちゃんの自由は、アルちゃんのモンやろ・・・っ!??」
大切だから、大事だと思うから―――――好きな子には、幸せで居て欲しいと思う。
たとえ自分が傍に居られないとしても、彼には幸せで居て欲しい。
「籠の鳥なんて、ただ餌与えられて飼われるだけの可哀想なモンや・・・ワレは、そないにアルちゃんを可哀想にしたいんか!??」
籠の中から外を眺める小鳥じゃなく、アルヴィスには持てる翼で空を自由に飛び回っていて欲しいのだ。
「それに、そないなことしたらアルちゃん、えらいショック受けるやろ・・・・!」
アルヴィスが、この白い悪魔を好いているのは知っている。
ファントムの本性も知らず、懐いているのは充分身に染みて分かっているつもりだ。
だから、アルヴィスがこの悪魔の真実を知らないままに好きだというなら、―――――――その信じたままの姿をファントムには演じていて欲しい。
閉じ込めるなどして彼に真実を晒し、アルヴィスを傷つけて欲しく無いのだ。
きっと、それこそ、・・・・天地がひっくり返るような衝撃を受ける羽目になる。
そのダメージは恐らく、悔しいがナナシやギンタなどが慰めようが何をしようが、きっと絶対に回復出来ない域だろう。
アルヴィスのファントムに向ける感情は、何よりも強い。
「なあ、アルちゃんのことホンマに大切思うなら、そない可哀想なことするのは・・・・・」
「――――――キミは、アルヴィスの何を分かっていると言うんだい・・・・?」
ナナシが尚も言い募ろうとした時、今まで黙っていたファントムがようやくと口を開く。
その顔は薄く微笑を浮かべていたが、ナナシが見た今までのどの笑みとも違う、何とも形容しがたい表情だった。
視線の先の人物を嘲(あざけ)っているように見えるのに、自らに絶望しているようにも自棄になっているようにも見える不思議な笑み。
ただ1つ言えるのは、決して楽しさなどから浮かべる笑みでは無いだろうことだ。
「彼はね、―――――籠で飼われる運命に生まれて来たんだよ」
「そんなん、・・・!!」
「そういう運命なんだ。・・・喩えじゃないよ、本当さ」
余りの言いように、ナナシが即座に反論しようとするのを遮りファントムは強く言い切る。
「Hermaphroditus−ヘルマプロディートス−・・・彼は、そう生まれついた」
「・・・・・へるまぷ、・・・?」
突然言われた謎の言葉に、ナナシは眉を寄せた。
全く聞いたことのない言葉だが、何かの医学用語なのだろうか?
てっきりファントムの勝手極まる独占欲と嫉妬深さから飛び出た、理不尽なる言い分なのかと思ったのだが、少し違うらしい。
「キミは、アルヴィスの身体の秘密を知らないでしょう・・・?」
再びアルヴィスの髪を愛しげに撫でながら、ファントムは眼を細めてナナシを見やり。
そして、厳かにも思える口調で言い放つ。
――――――・・・アルヴィスはね、・・・僕の手が無ければ生きていけないんだ。
そう言うファントムの眼は、ジッと此方を見据えたままで。
ナナシは、そんなのは詭弁(きべん)で、ファントムの手など無くてもちゃんとアルヴィスは生きていける・・・と、頭の中では反論しているのに何故か声が出せなかった。
ファントムの言う内容が、引っかかる。
「・・・・・・・それは、一体どういう意味や・・・・?」
ナナシの問いに、眼前の美しい悪魔は意味深に微笑して見せた――――――――――。
NEXT 79
++++++++++++++++++++
言い訳。
うあー長くなってスミマセン(汗)
2回に分けようかと思ったんですけど、話の?がり考えると一気にアップしてしまった方がいいかと・・・・・。
多分あと、2〜3回でこの話は終われると思います(爆)
次回こそ、ようやくアルヴィスの秘密が明かされる・・・筈っ☆←
|