『君のためなら世界だって壊してあげる』




ACT 74 『飼育天使−1−』



 

 




 ――――――・・・これ以上、具合が悪くならなければいい。

 そんなナナシの願いも虚しく、アルヴィスの状態は悪化する一方だった。
 口から血の塊(かたまり)でも吐き出すかのような重い咳を、アルヴィスはその細い身体で何度も何度も繰り返し・・・今は精根尽き果てた様子で、グッタリとナナシに身体を預けている。


「・・・アルちゃん・・・」


 呼べば微かに笑ってくれたさっきまでと違い、今はもう呼びかけにも殆ど応えず、疲れ切った表情で目を閉じたままだ。
 額に触れてみれば、未(いま)だ火のように熱く・・・・・・状態は、悪化の一途(いっと)を辿っている。


「・・・アカンな・・・」


 少しでも身体が冷えないようにと、アルヴィスを抱き締めてやってはいるが、充分な暖など取れる状況では無い。

 薬も無く、適切な治療を施して貰える場所へと駆け込むことも不可能な現状に、ナナシは途方に暮れた。


「・・・・・・・・・・」


 腕の中で、アルヴィスが刻一刻と弱っていくのが分かるのに――――――・・・ただそれを、手をこまねいて見ていることしか出来ないのだ。





 ――――――・・・ホンマに、喘息だけやろか・・・?

 肺炎とかになんて、なっとらんやろな・・・・・?







「・・・・・・・・・」


 あんまり、アルヴィスの呼吸が苦しそうで。
 別の不安も頭を過ぎり始める。

 高い熱に酷い咳・・・ズブ濡れ状態で何時間も、この日が落ちて気温が下がってきた穴蔵(あなぐら)で過ごしていたら、肺炎になってもおかしくない気がした。

 喘息の発作から、肺炎を引き起こすこともある・・・と耳にした覚えもあり、ナナシは不安が急激に膨らんでいくのを感じた。


「・・・・・・・・・・」


 冷えた外気のせいでは無い、冷たい汗がナナシの背筋を流れる。

 すぐ傍から聞こえる、肺からの異音と弱々しいが繰り返されている咳・・・・そして、咳き込む都度にアルヴィスの身体を通じて此方まで伝わってくる振動が、ナナシを更に追い詰めた。

 こんなに咳き込んでいては、体力が持たないだろう。

 咳は、酷く体力を奪う。
 熱もあるし、ただでさえ体力が削れた状態なのに、こんなに咳き込み続けていたら命に関わるかも知れない。

 そう考えたら、何としても咳を止めなければならないと気は焦るが・・・手段は何も無いのである。


「・・・・・・・・・」


 ―――――――ナナシが今、出来るのは。


「・・・・・・・・・・」


 自分に身体を預け苦しそうな顔で目を閉じているアルヴィスに、ナナシはそっと声を掛けた。


「アルちゃん・・ちょお、・・・我慢してな?」


 回していた自分の腕を細い肩から外し、支えたまま1度、アルヴィスから身を離す。
 それから立ち上がって、ナナシはアルヴィスの背が焚き火に当たるように向きを変えてから、彼と向き合う位置へと座り直した。


「ほら、・・・こうした方が少しは楽になるんよね?」


 アルヴィスの頭が己の肩口に乗るように調整し、身体を支える余力など既に無いだろう彼を自分の方へと引き寄せた。

 喘息の発作が酷い時、患者は身体を起こしていなければ呼吸がますます苦しくなってしまう。
 だから足を開いてその間に両手を置いたりして、頭を俯かせている姿勢が楽である――――と、以前に医者から説明されたことがあったからだ。

 とはいえ発作で衰弱しているアルヴィスには、自分でその姿勢を保つのは辛いだろう。
 それでナナシは体勢を入れ替え、向かい合わせにアルヴィスを支える状態にしたのである。

 これくらいのことで、どれほどの効果があるのかは、ナナシ本人が喘息など患ったことがない為に分からないが――――――・・・ほんの少しでも、アルヴィスを楽にしてやりたかった。

 この細い身体で、血の塊でも吐きそうな重たい咳を繰り返す彼を、ほんのちょっとだけでも休ませてやりたかったのだ。


「・・・ゴホ・・・ッ、・・ごめ・・・」

「・・・ええから、じっとしとき。喋んの辛いやろ?」


 肩に凭(もた)れたままアルヴィスが謝ろうとするのを遮り、ナナシは宥めるように頭を撫でてやる。


「なーんも気にせんでエエから、ゆっくり休も? ・・・なっ?」

「ごほっ、・・う、・・」

「よしよし、ええ子やね。んな一杯イッパイなっとる時に、喋らんでええよ・・・」


 ナナシが引き取った子供もそうだが、発作を起こすと何故かその当人は、自分の苦しさよりも周りのことを酷く気に掛ける。
 心配を掛けているんじゃないかとか、迷惑なんじゃないかとか、周囲の顔色を窺うのだ。

 まるで発作を起こすのが、罪悪だと考えているかのような反応を示すのである。


「・・・ッゴホゴホッ、・・ヒューーッ・・・ナナ、・・・」


 確かに発作を起こされると、ナナシなど周りの者は例外なく慌てる羽目となるし、薬だ病院だと大騒ぎになるのは確実だ。


「・・・ええって。頼むから、喋らんといて? 聞いてるこっちが、アルちゃん可哀想で堪らんようなるから」

「・・・・・ゴホッ」


 けれども、喘息発作を起こしている本人たちだって、そうしたくてなっているワケでは無い。
 一番大変で、苦しんでいるのは、発作を起こしている張本人なのだから。


「発作は、不可抗力や。アルちゃんやって、なりとうてなっとるワケやないんやし」

「・・・・・・・・・・」

「ちゃんと普段から、予防の薬だって使うてるんよね。それならもう、どうしよもないやん!」

「・・・・・・・・・・」

「今日の場合は、落としてもうたんやからしゃーないで?」


 だから仕方がないことだと、言い聞かせようとしたナナシに、何故かアルヴィスが困ったような表情を浮かべる。
 苦しそうな顔付きとは違う、ばつの悪そうな顔だ。


「・・・ご、・・めん、ゴホッ、・・・今日はまだ、・・・・」

「へ? ・・・・まさか今日は、使うてへんかったん!?」


 驚くナナシに、アルヴィスは頷くだけで肯定してみせる。

 こんな酷い発作を起こす状態なら、普段から予防薬は欠かせないだろう。
 それを使用してなかったということならば、―――――――そりゃあ、こんな事態を引き起こすのも当然と言えた。


「・・・・吸うと手、・・・とか足・・・・震え・・るから、・・・・ゴホッ、いや・・・で、・・・ゴホッゴホ・・・・!!」

「アルちゃん・・・・」


 けれど、途切れ途切れに理由を言うアルヴィスに、合点がいく。

 強い喘息薬は副作用で、手足の指先がブルブル震えることがあるのだと聞いたことがある。
 震えが酷いと、文字が書けなかったり満足に歩けなくなったりすることもあるそうだ。

 出来るだけ、健常者と同じ扱いを受けたいと願っているアルヴィスのことだ―――――――そんな、眼に見えて分かる症状など、周囲に知られたくなかったのだろう。

 そう思ったら、アルヴィスが小さな子供のように思えて、酷く愛しい気持ちになった。


「よしよし。・・・そんでも、アルちゃんは悪ないよ?」


 家で子供達にするみたいに、ナナシはアルヴィスの頭をグシャッと撫で。
 そのまま視線を合わせて、ニカッと笑ってやる。


「発作起きるんは、アルちゃんのせいやない!」

「・・・・・・・・・」

「なぁーんも悪うないんよ。・・・やから、気に病まんといて?」

「・・・・・・・・・・」


 アルヴィスは苦しそうな呼吸をしながら、ナナシを黙って見つめていたが――――――その言葉に、表情がほんの僅かに和らいだ気がした。


「大丈夫やで。・・・もうチョイしたら、発作も段々ラクになる思うし・・・・あと少しの我慢や」


 その表情に、ナナシこそが内心で励まされつつ、必死にアルヴィスを励ます言葉を言い続ける。

 喘息の発作は、患者が不安になればなるほど酷くなるのを経験上知っていたからだ。

 もしかしたらこの発作も、大部分は身体を冷やしたり山へ登ったことで負荷が掛かりすぎたからだとは思うが、・・・・遭難してしまったという精神的ショックも、起因の1つになったのかも知れない。
 夏とはいえ、何の準備も無しに登った山から帰れなくなる――――――・・・という衝撃と不安は、かなりのストレスをアルヴィスに与えただろう。

 加えて予防薬も吸引していなかったとなると、これはもう発作を起こして下さいと言わんばかりの状態だった筈だ。


「夜が明け次第、山も降りるしアルちゃんは何の心配もいらんで・・・?」


 しかし、今はこうして抱き寄せて体温の低下を防ぎ、励ますことしか出来ない。


「大丈夫や。大丈夫やから・・・」


 ナナシは、自らの希望的観測をかなり交えながら、アルヴィスを励ます言葉を囁き続けた。











「・・・・・・・・・・」


 けれど。

 腕の中でアルヴィスが、徐々に反応を示さなくなってくる。

 それまでは苦しそうながらも、ナナシの言葉に時折は笑みを浮かべていたのが、グッタリ目を閉じて、何を話しかけても応えなくなってきたのだ。

 顔色も、白いのを通り越して青白くなり・・・唇に至っては青紫色になってきている。
 咳き込むのは幾分治まってきたようだが、全然状態が改善されたようには思えない。


「―――――・・・アルちゃん・・・?」


 不意に、支えていたアルヴィスの身体の重みが増したような気がして。
 胸を押し潰すかのような不安に苛(さいな)まれながら、ナナシはそっとアルヴィスの名を呼んだ。


「・・・・・・・・・」


 アルヴィスは、応えない。


「・・・アルちゃん・・・?」


 アルヴィスは、微動だにしなかった。

 ピクリとも、―――――咳どころか、息づかいの気配すらも感じられない。


「アルちゃん!?」


 ナナシは焦って、アルヴィスの肩を引き寄せて激しく揺すった。


「アルちゃんっ!??」

「・・・・・・・・・」


 アルヴィスの頭が白い喉元を晒しながら、ゆっくりと傾(かし)ぐ。

 だが、命の宿らぬ人形のように激しく揺らされるのに任せたままだ。


「お・・おいっ・・アルちゃ・・・!??」

「・・・・・・・・・・・」


 スーーッと、ナナシは全身の血が凍り付くのを感じていた。






 ―――――・・喘息ハ、死ヌコトモアル病気デスヨ。






 いつか聞いた、医師の言葉を思い出してゾッとする。


「・・い、息! 息しとるよね!? 呼吸せなアカンで!!?」


 ナナシは慌てて揺するのをやめ、アルヴィスの口元へと顔を寄せた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・息しとる・・・」


 微かにだが、アルヴィスの唇から空気が漏れ出ているのが感じられる。

















「・・・・よかった、・・・・」


 知らず強張っていた身体から力を抜き、ナナシがゆっくり溜息を付こうとした――――――その時。


「っ!??」


 前触れもなく何者かの手が、有無を言わさぬ強い力でナナシの肩を掴んだ。

 そしてそのまま、物凄い勢いで後ろへと引っ張られ、不意を突かれたナナシは為す術もなく、背中から倒れて転がった。


「――――・・・な、・・!?」


 咄嗟のことで何の構えも出来なかったナナシは、しこたま後頭部から背中に掛けて、固い地面へと打ち付ける羽目になり・・・・顔をしかめながら上体を起こす。

 だが。

 アルヴィスが落下する時に庇ったせいで、強(したた)かに打っていた箇所を再び激しく打ち付けてしまい、痛みに身体を起こすのがやっとで、立ち上がれない。


「・・・・・・・!?」


 それでも何とかかんとか、顔を先程まで自分が座っていた場所へと向け―――――・・・ナナシは、そこに認めた姿を見て呆然とした。

 意外すぎて、一瞬、声も出ない。


「・・・・・・・・・・・」


 黒の防水仕様のウェアに身を包んだ、小柄な後ろ姿には見覚えがあった。

 特徴のある金髪ボブ頭が、ナナシの知り合いであることを告げている。


「パウ、・・ゼ?!」


 名を呼ぶ声が、驚きの余りひっくり返った。

 たった今までナナシが居た場所を占拠して、代わりにアルヴィスを抱えているのは、最近知り合いになり割と行動を共にすることも多い青年だったのである。
 振り返らずとも、小柄な体躯と特徴的な髪型のせいで、見間違いようもない。

 大学での遊び仲間の、パウゼだ。


「・・・・・・・・・・・・・」


 知った顔だから、得体の知れない人間が突如現れるよりはマシな展開と言えるのかも知れない――――――・・・のだが。


「なっ、・・・なんでや!?」


 思わずナナシは叫んだ。


「なんでお前が、此処に居るん?!」


 ここは、普段に連(つる)んでいる場所から越県してやってきた山中で。
 しかも今回のメンバーに、パウゼは含まれていなかった。

 それに、ナナシとアルヴィスは今、遭難したも同然の状況なのである。


「おかしいやろ!? なんでお前が此処に居るのや・・・!!」


 その場に、彼が現れるのは甚(はなは)だ不自然だ。


「・・・・・・・・・・」


 しかし、ナナシの怒声が聞こえていないかのように、小柄な青年・・・パウゼは無反応だった。

 ナナシと入れ替わりにアルヴィスを抱き支えたまま、ゴソゴソと背を向けて何かしている。
 ナナシのことなど、まるで眼中にない様子だ。


「ワレ、何シカトこいてんじゃコラァ・・・・!?」


 その態度に、彼が忽然(こつぜん)と現れた不気味さも忘れ、ナナシは激昂した。

 傷めた箇所を更に打ち付けたせいで、痛みに軋む身体を無視して立ち上がり、パウゼへと歩み寄る。


「ヒトが聞いとんのやから、返事ぐらいせんかい!!?」


 怒りのままにパウゼの肩を掴み、勢いよく自分の方へ引こうと力を込めた。

 その、次の一瞬。


「っ!?」


 ヒュッ、と鼻先の空気が薙(な)いで、ナナシは動きを止める。

 ナナシは咄嗟に背を仰け反らせ、『それ』を回避した。


「・・・・・・・・、?」


 何かが、右目の至近距離にある。

 近すぎて、それが何なのかは定かでは無かった――――が、瞬(まばた)きすれば睫毛が触れるくらいの、眼球すれすれの近さに何かが突き付けられている。

 その『何か』の奥に、底光りのする暗い水色の眼が見えた。


「・・・なん、」

「うるせェーよ、今こっちは取り込んでんだ」


 ゾッとして、事態の把握が出来ないまま口を開き掛けたナナシを遮るように、低い声が発せられる。


「ちっと、黙っててくんね? いまアンタに構ってるヒマねーの」

「・・・・・・・・・・・・」


 声と同時に、突き付けられていた物が僅かに遠ざかり。
 ようやくナナシは、それが鋭利なナイフであったことを理解した。


「――――・・・ワレ、・・・何モンや?」


 警戒心を強め、ナナシは青年と距離を取る為に後ずさる。

 相手の纏う、ただならぬ気配に本能的に危険だと感じたのだ。


「始末されたくねェーなら、邪魔すんな」


 ナナシが退いたことで満足したのか、青年は質問には答えないままそう言い捨て、再びアルヴィスの方へと顔を向ける。

 だが依然、青年はナイフを手にしており、ナナシは今にもアルヴィスへとその切っ先が突き立てられるのではと、背に冷たい汗が流れるのを感じていた。
 いざとなれば、身を挺してでもアルヴィスを守る覚悟はあるが―――――丸腰な上に、パウゼがアルヴィスを抱えている体勢のため、庇うにしても分が悪い。


「・・・・・・・・・・、」


 身動き出来ないまま、ナナシはじっと目の前の光景を凝視した。


 頭の中が、混乱してグチャグチャだ。

 パウゼが突如現れてから、―――――思考の整理が付いていかない。





 ―――――・・・何なんや、一体!?






 アルヴィスを抱える青年は、確かにナナシが良く見知った姿をしていた。

 小柄で一見、大学生とは思えない子供のような姿の、・・・けれど妙に肌色が悪く、昏(くら)い瞳をした青年。
 幼くさえ見える姿とは裏腹な、やんちゃ坊主じみた言動の端々にやたら大人びた思考を垣間見せる、掴み所のない男だ。

 それでも、話しかければそれなりにノリ良く応えてくれるし、遊び仲間として不足は無いヤツで。
 今回だって、急に遠出が決まったから誘ってなかっただけであり、別にあの場に居合わせていたらパウゼも当然誘っていた程度には、親しくしている面子(めんつ)のつもりだ。

 良く、・・・知っている筈の人間だ。


 しかし、今の彼は、――――――ナナシの知るパウゼという青年では、有り得なかった。

 凶器を構えチラリと時おり此方へと青年が向ける眼は、仲間を見るそれとは到底思えないほどに冷たい。
 普段から、何処か危険な臭いがする人間だと薄々思ってはいたが、こうしてナイフを手にした姿を目の当たりにすればハッキリと感じる。


「・・・・・・・・・・・」


 彼は、テキストや書物片手にペンを持つような単なる大学生では無く。
 今、手にしているナイフのような―――――・・・命を殺(あや)めるための得物を持つことこそが相応しい、『そういう世界』に属する人間なのだ・・・と。


「ちっ、・・・やっぱ発作じゃねーか・・・言わんこっちゃねえ」


 険しい顔で自分を見るナナシを余所に、小柄な青年・・・パウゼはそう独りごちてナイフを無造作に傍らへと置く。

 そしてアルヴィスを抱えたまま、レインジャケットのポケットから小さなスプレー缶のような物を取りだした。


「・・・・・それ、・・・!?」


 その物体を見て、ナナシが眼を見開く。

 噴霧(ふんむ)部分を除きスプレー本体が手の平に収まる程の大きさの『それ』は、紛れもなくMDI−定量噴霧式吸入器−だ。

 驚くナナシを尻目に、パウゼはMDIの噴霧部分をアルヴィスの口元へと近づける。






「ほら、クスリだよ。・・・・・アルヴィス様、口開けて?」

「・・・・・・・・・・・」

「アルヴィス様? あー・・やっぱ無理か、聞こえてねーよな〜〜〜」


 しかし、ほぼ意識が無いらしいアルヴィスは、パウゼの声掛けにも反応しなかった。


「少しくらい、ぺちぺちってしても怒られねェーかな? ・・・いやでもそれはやっぱマズイか・・・」

「・・・・・・・・・・・」

「アルヴィス様、苦しいなら頑張って吸わねーと! アルヴィス様? おーい、・・・聞こえますかー??」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・駄目だ。やっぱ、軽くペチッとくらいは刺激した方が――――――・・・ああでもなあ、軽くでも叩くなんてのは・・!」


 目を閉じ相変わらずグッタリしたままのアルヴィスの、白い頬に手を掛けて。
 パウゼは、逡巡(しゅんじゅん)した様子だ。


「けどこのまま酷くしたら、それはそれで怒られんだよ絶対。やっぱペチッと・・・!」

「・・・・・・・・・」

「いや、けど仮にも・・・・。うーん、やっぱり畏れ多いよなァ・・・?」

「・・・・・・・・・・」

「アルヴィス様? アルヴィス様、起きてくださーい? ク・ス・リ、ちゃんと吸わないと苦しいまんまですよ〜〜アルヴィスさま〜〜〜〜?」

「・・・・・・・・・・・」

「てか、マジ頼んますって! このままじゃ俺が怒られんの決定だから!! 起きて、アルヴィス様。・・・起きろ!!」

「・・・・・・・・・・・」

「・・・ってコレで起きてくれんなら、苦労しねェーよなァ。いや完全に起きて貰っても困るんだけど・・・」






 ナナシは、目の前の展開が信じられず、呆然と見守るしかない。


 ――――――さっきから、驚くことばかりの連続である。

 パウゼが突然現れたことも驚きなら、態度の豹変ぶりも驚愕で、更に何故アルヴィスの薬を、彼が携帯しているのかも謎であり・・・トドメが、アルヴィスを『様』付けで呼んだ。

 大学の仲間内で遊んでいる時には、彼は確かに、『アルヴィス』と呼んでいたのに。
 聞き間違いようも無く、何度も様づけで呼んでいる。

 まるで、アルヴィスが、自分が傅(かしず)くべく主(あるじ)だとでもいうように。



「・・・・・・・・・・、」



 一体、何がどうなっているのか?

 考えれば考えるほど、説明の付かないことばかりで、混乱する一方だ。



「・・・・・・・・・・・」



 脈絡もなく現れ、しかも現れた途端にいきなり凶悪化した大学の友人が、今また態度を豹変させ、コミカルにさえ見えるほどワタワタしつつアルヴィスを介抱しようとしている光景と。
 先程、自分の眼にあわや突き立てられる所だったナイフの鋭利な刃を、その眼に映しながら。

 ナナシは微動だにできないまま、ただただ、その場に佇(たたず)み続けるのだった―――――――。







 

 

 

 NEXT 75

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言い訳。
今回から、サブタイトル変わります。<飼育天使
よーやっとパウゼが出せました(笑)
ここからは、割と急展開でイケルかなって気がしております・・・多分。←
ナナアル(関西弁で四苦八苦してますが・・・!!)書くの楽しかったので、ついついズルズル書いちゃいましたけど、大体ここらで甘い展開は終わりかな・・・(笑)
そろそろ徐々に、ファンアルへとシフトしていこうと思います。
『君ため』は、ファンアルですしね!(笑)
次回は多分、パウゼ君視点でお送りします。
トム様登場するところまで、書き進められたらいいんですが・・・!