『君のためなら世界だって壊してあげる』




ACT 70 『真夏の雨−9−』



 

 

 『・・・あの、・・・さっきは・・・ありがとう。・・・助けてくれて』


 シャツの裾が、クイッと引っ張られたと思ったら。
 元から傍にあった、人形のように整った可憐な顔が更に近くへと寄せられて・・・・・・・大きな2つの瞳が、真っ直ぐにナナシを射る。

 けれどそのキレイな青い瞳には、不安そうな色が揺れていた。
 ナナシの反応を怖がっているような、そんな色。


「・・・・・・・っ」


 アルヴィスが浮かべる表情に、ナナシは胸の奥がズキリと痛むのを感じた。

 誰だって、アルヴィスのような滅多にお目にかかれないレベルの美人が不安そうに自分を見上げていれば、保護欲やら庇護欲ほか、その他諸々な欲が込み上げてきて放っておけない気持ちになってしまうに違いない。

 けれどもナナシの場合は、そういう衝動的に引き出される感情で胸が痛む訳では無かった。


「・・・・・・・・」


 何故なら、―――――アルヴィスがそんな目で自分を見上げる理由こそが、ナナシに他ならない。

 謂わば、アルヴィスを不安にしている元凶こそが、ナナシ本人である。
 アルヴィスはナナシが彼に取る態度から、自分を嫌っているのだと思ってしまったようであり・・・・だからどんな態度を取ればこれ以上、ナナシの気持ちを逆撫でしないかと窺(うかが)っている節があった。

 ナナシが、アルヴィスを嫌っている―――――――もちろんそんなのは、完全なアルヴィスの誤解だ。

 けれど、そう思われても仕方のない態度をナナシは確かに取っていて。
 アルヴィスが誤解をするのは当たり前であり、ナナシに対するアルヴィスの様子が何処か遠慮がちであるのも致し方のないことである。


「・・・・・・・・・・・」


 それは分かっている・・・分かっているのだが。

 ナナシの方が、嫌なのだ。
 アルヴィスに―――――・・・アルヴィスを嫌っているなんて、思われたくない。

 好きな子に嫌っているなどと、事実に反することを思わせて・・・傷つけるなんてことはしたくなかった。


「・・・・・・・・・・・」


 だが、しかし。
 互いの鼻先が、触れ合えるほど近くに居ると言うのに―――――・・・ナナシとアルヴィスの間には、それこそ海より深い亀裂が存在する。

 決して乗り越えられない・・・いや、越えてはならない一線があるのだ。

















 ―――――・・・アルヴィスに近づくのを禁じる。

 アルヴィス君に近寄ったり手を出したりしたら・・・死、あるのみだ。



 ナナシの脳裏に、傲岸不遜(ごうがんふそん)に言い放つ、銀髪の男の姿が浮かぶ。



 ――――――絶対、殺すから。



 目にした誰もが陶然としてしまうような美貌の持ち主は、獲物をいたぶるヒョウの如く残忍な笑みを浮かべながら、甘く優しい声音でそう告げた。

 そして、冷たく黒光りする凶器を此方に突き付けてみせたのだ。
 引き金に指さえ掛けて、・・・・ナナシの心臓を狙うように。



 ――――――フフ・・・大丈夫だよ、今は撃たない。

 けれど、その頭にいつ風穴が開くかは分からないから、・・・気をつける事だ。



 薄く形良い唇の両端をキューッと吊り上げ微笑する、銀髪の悪魔の冷たい視線を浴びた時。
 ナナシは、身体の芯から凍り付くような戦慄(せんりつ)を覚えたのである。

 危機的状況なのだと判断し勝手に防衛本能が働いたのか、身体が硬直し肺が収縮して・・・息が詰まった。

 瞬(まばた)きすら出来ず、けれどそれによる目の渇きすらも完治出来ないまま。
 ただ、時間は過ぎていき―――――視界は焦点を失い、頭の中にも霞(かすみ)が掛かっていく。




 ――――――約束だよ?




 ナナシは、念を押すように言われた言葉を遠のく意識の中で聞いたのだ・・・・。














「・・・・・・・・・・」


 すぐ、傍に。
 ほんの少し手を伸ばしさえすれば、簡単に触れ合える距離にいるというのに。

 アルヴィスに触れることは、叶わない。
 触れたら最後、身の毛もよだつ『悪魔の制裁』が、ナナシもろとも仲間をも襲うこととなるだろう。

 自分だけがその罪を負うのなら―――――柄ではないが、愛に殉じるというのも有りな気はする。
 命を賭す相手がアルヴィスなら不足は無いし、それはそれで純愛を貫いたようでロマンチックな想いで、死んでいけるような気さえする。

 だが、実際はそうならない。

 ナナシがその禁忌を犯せば、ナナシ本人は勿論、周囲全てが地獄へと落とされる仕組みだ。
 ナナシに好意的な周囲の人間全て、そしてアルヴィスさえもが、―――――甚大(じんだい)なるダメージを与えられる羽目となる。

 悪魔の報復措置は、一介の人間のそれとは比較にならないほど無慈悲で残酷で、徹底的に闇へと突き落とすものと決まっているのだから。


「・・・・・・・・・・」


 それなのに――――自分の服を掴む、細い指が。

 不安そうに、自分を見つめるキレイな顔が。

 惹かれて止まない、鮮やかな青色の瞳が・・・・・・・・・ナナシの固い決意を、あっけなく打ち崩してしまうのだ。


 ナナシの片手サイズで隠せてしまうだろう、白くて小さなアルヴィスの顔。

 その顔を飾る、少し眦(まなじり)が吊った猫を思わせる大きな瞳と、高すぎもせず低すぎもしない絶妙なバランスを保つ通った形良い鼻梁(びりょう)、可憐な印象を与える薄い唇――――――細く整った眉の角度や、瞬(まばた)きの度にバサバサ音を立てそうな睫毛の長さ、そして深く鮮やかな瞳の青色まで・・・・全てが、ナナシの理想以上の造形で。

 今ここに、この姿で生きて存在しているのが、奇跡のように思えてしまう。
 神話か何かで、どこかの王様が自分の理想を全て注ぎ込んで作った石像に、本気で恋をしてしまう―――――そんな話を聞いたことがあったけれど、ナナシにはその気持ちが分かるような気がする。


 人形のように整った顔で、可憐に此方を見つめてくるアルヴィス。

 それは、想像を絶する破壊力だ。
 この状態で、衝動を堪えられる人間が居るならば、是非ともお目に掛かりたい。

 しかも、この極上な容姿を持つ青年は、性格だって可愛いのだ。

 せめて、この外見でもすこぶる性格が悪ければ。
 箸にも棒にもかからないほど、どうしようもないくらい底意地が悪いなら。

 ほんの少しでも、自称・彼の保護者であるあの悪魔の素質の欠片でも持っていてくれたなら・・・・・・・惹かれる気持ちを、抑えられたかもしれないのだが。





 ――――――あーもう、耐えられへん。

 こんな可愛えぇ顔見せられて、避ける態度なんか取られへん・・・・!!





「・・・・・・・・・」


 ぐらつく気持ちを、ナナシは必死な想いで引き締めた。

 途端、表情を変えたつもりは無かったのだが、わずかに顔をしかめてしまったのだろうか。


『俺の、せいで・・・いろいろ迷惑かけて・・・・ごめん・・でも、感謝してる・・・』


 人形めいた面立ちに相応しい、小さく形良い唇で遠慮がちにそれだけ言って。
 アルヴィスは、ナナシの反応を怖がるかのように長い睫毛を伏せてしまった。

 まるで自分の行動が、ナナシに嫌がられたのだと誤解してしまったかのように。


「アル・・・ちゃん・・・!!」


 瞬間、ナナシの手は勝手に動いた。

 細い肩を掴み、そのまま華奢な身体を自分の方へと引き寄せる。


「・・・・ナナシ?」


 アルヴィスが不思議そうに自分の名を呼んだが、それには応えずナナシは更に腕の力を強めた。

 アルヴィスが身じろいでも、離さない。
 再度、アルヴィスがどうしたのかと聞いてきても、何も言わず抱き締めたままで居た。

 いや、・・・・離せなかった。

 1度、抱き締めたら―――――・・・色々な気持ちが溢れてきて、本当に掛け替えのない存在だと痛感してしまって、・・・・離せなくなってしまった。


「・・・・おい、・・・ナナシ・・・?」

「・・・・・・・・・」


 どうしたんだ、と耳元で繰り返される声すらもが、堪らなく感情を高ぶらせて・・・ナナシはアルヴィスの首元に顔を埋める。


「・・・・・・・・・」


 アルヴィスをこうして抱き締めるのは、滑落した時、咄嗟に助けようと抱き込んだのを除けば、さきほど気絶していた彼を介抱した時と今で2度目だ。

 正確に言えば、大学で再会した時にも抱き締めているから3度目になるけれど―――――――アレは挨拶程度だったから、数には入らないだろう。
 介抱してる時だって、アルヴィスが心配でそんな気持ちなど抱いている余裕は無かったから、こうして想いが溢れてつい、・・・なんて状態で抱き締めているのは今回が初めてだと言ってもいい。

 いや、本来なら1度もしてはならない筈だった。


「・・・・・・・・・・・」


 けれど密着した部分から伝わる、薄い肉とその下にある細い骨の感触、そして彼の低い体温が心地よくて――――――・・・抱き締める腕が外せない。

 見た目の印象通りの、・・・いやそれよりも華奢さを感じるアルヴィスの身体。
 ナナシの心を捉えて離さず、惹かれて止まない存在が、今、自分の腕の中にいるのだ。


「・・・・・・」


 このままではいられない。

 すぐ、この身体を解放しなければならない。

 それは分かっているのだけれど。


 アルヴィスがあんまり可愛くて、―――――手が離せない。


「・・・・・・・っ、」


 ギリ、とナナシは奥歯を強く噛みしめる。


「ナナシ? どこか痛むのか・・・!?」


 それをアルヴィスは、ナナシが怪我で痛みを堪えていると思ったらしい。
 慌てたように、そう聞いてくる。


「おい、ナナシ・・・どうなんだ!? 痛いのか!??」


 何も答えないナナシに余計心配を募らせたのか、藻掻いて此方の様子を見ようとしてきた。
 そんなに動いたら、アルヴィスだってアチコチ打ち身を作っている筈なのだし、身体に痛みが走るだろうに。


「・・・・・・・・ちゃうよ、何処も痛くあらへん」


 アルヴィスの傷に響くと思い、ナナシは抱き締めていた腕から力を抜いた。
 あれ程、離そうと思って離せなかった身体に絡めた腕から、今度は簡単に力が抜ける。


「本当か? だって今・・・・」


 抱き締め方が緩くなったため、アルヴィスが少し身体を離してナナシを見上げてきた。

 心配そうな表情を浮かべた顔は、相変わらずキレイで可憐だ。
 その美しさは、雨に濡れ土で汚れていても、少しも遜色(そんしょく)は無い。

 ただ、滑らかな頬の所々にある、細かな切り傷や擦り傷が痛々しくて可哀想に思う。
 だがそれすらも、倒錯的というか加虐趣味がある輩にならば、堪らない魅力に映るだろう趣(おもむき)だ。

 要はまあ、キレイで可愛い子ならば、どんな状態だってそれなりということである。


「ホンマやって。どっこも痛いとこなんてあらへんねん」


 大丈夫だと言ってるのに、尚も心配そうに此方を見るアルヴィスが、本当に可愛かった。

 実際、ナナシはアルヴィスがする表情や行動なら何だって可愛いと思うだろう。





 ―――――・・・かわええ。ホンマに、かわええな・・・・。





 けれど、この可愛いという感情は。
 恐らくアルヴィスの外見からのみ、引き起こされるモノでは無いということをナナシは自覚していた。

 アルヴィスだから。

 あのキレイな身体に入っている魂が、『アルヴィス』だから。

 彼だからこそ、ナナシは強くアルヴィスに惹き付けられる。


「・・・・・・・・・・」


 決して手にしてはならない、奇跡の青いバラ。

 悪魔が温室で愛でる、その場でしか生きられない貴重な花。

 どんなに欲しいと願っても―――――手に入れたいと思っても、手折ればアッと言う間にその儚い命を散らしてしまうだろう青いバラ。

 だが今、そのバラがすぐ傍にある。


「・・・・・・・・・・・」


 手にしてはいけない。

 手にすることは、許されない。

 許されないのだが―――――・・・・・。










 ―――――――誰だって、生まれる場所や育った環境なんて選べないけど。

 人生がみんな生まれた時は平等だなんて、俺だって思わないけど。




 アルヴィスと初めて出逢った時の、彼の言葉が思い出される。

 金持ちだと踏んでナンパを仕掛けようとしていたナナシに、アルヴィスはとても真剣な顔でそう諭(さと)して来たのである。
 人形みたいに整った可憐な容姿で、見るからに育ちの良さそうな身なりの青年は、そこらの学校の教師が言いそうな説教じみたセリフを懇々(こんこん)とナナシに語ってきた。

 いつもだったら反感を覚えるようなその内容に、アルヴィスの容姿の見栄えの良さのせいか何なのか、不思議とそれらは覚えず。
 ナナシの心に、彼の話はスッと染み通っていったのだ。

 話自体は、多少何故か所帯じみてるというか、やたらに庶民臭い内容が入り交じってはいたけれど、苦労知らずのお坊ちゃまが好んで振りかざしそうな『正論』で。
 その通りに生きていくことなど、厳しい世間で揉まれている者には難しいなんて考えもしないんだろうな、という甘さに満ちたものだったのに。

 どうしてか、ナナシはアルヴィスにそう反論する気になれなかった。

 世界は良きものと信じているらしい彼に、その真実を突き付ける気になれなかったのだ。
 この青年を傷つけたくない・・・・そんな感情が、既に存在していたのかも知れない。




 ―――――――――・・・でも、真面目に頑張っていれば絶対、ささやかでも幸せに暮らせる筈なんだ!




 そう言って、笑いかけられた時には。

 ナナシはきっと、・・・・もう恋に落ちていたのだ。




 真面目に頑張れば、ささやかでも幸せに暮らせる――――――そんな約束は、何処にも無い。

 真面目に必死に頑張って、報われずに喘いでいる人間など幾らでも存在する。

 不真面目に遊び暮らし、何の苦労もせずに日々を楽しく過ごしている輩だって掃いて捨てる程いるだろう。


 けれども・・・・アルヴィスが言うのなら、それを信じてもイイと思った。

 誰が信じなくても、自分が信じる。

 他の誰がそれを叶えられなくても、自分が頑張り証明する。

 アルヴィスの望む通り、彼が信じる通りのことを・・・・実現したいと思った。








 ――――――・・・何だってやれるよ。

 自分の傍らに、アルヴィスが居てくれるんやったら。








「でも今・・・」

「・・・・なあアルちゃん、」


 まだ心配そうに此方を見るアルヴィスに、ナナシは視線を合わせて溢れる思いのままに口を開いた。


「アルちゃん、・・・自分な・・・」


 言ってはならないと、頭の片隅で警鐘(けいしょう)が鳴る。

 口にしたら駄目だと分かっているのに―――――止まらなかった。


「自分、アルちゃんのこと――――・・・・」


 知って欲しい。

 誤解されていたくない。

 嫌ってるなんて思われたくない。

 だって、こんなに。
 こんなに、・・・・・・・・好きなのに。


「・・・・・ナナシ?」


 こんなにキレイで、可愛くて、・・・・・触れたくて堪らない存在が傍にあるのに。

 何故、伝えたら駄目なんだろう。
 どうして、触れたらいけないんだろう。

 誰もいない、山の中で2人きり。
 周囲には自分たち以外、誰の目があるわけでもない。

 ここでどうなろうと、―――――・・・誰に知られる訳でも無く、秘密は守られる。

 それどころか、もしかするとこのまま救助されることもなく、アルヴィスと2人、ここで息絶えることだって考えられる状況だ。

 けれどそれすら恐怖では無く、いっそ酷くロマンチックな甘い想いが込み上げてくる辺りが、重傷だと自分でも思う。

 何もかも、他の大切なもの全部を放り投げて。
 何も関係無しに・・・心置きなく、ただ1つ失いたくないと思う存在にだけ命を賭けて良いのなら。

 自分なんてどうなっても構わないから、ただひたすらにアルヴィスと共に居たい。






 ――――――このまま、一緒に死ねるんやったら本望や。

 そないなこと思うてる言うたら、アルちゃんなんて言うやろか・・・・?






「・・・アルちゃん・・・」


 キレイな青い瞳と見つめ合ったら、我慢出来なくなって。

 至近距離にある細い身体を引き寄せ、ナナシは再び抱き締めてしまう。


 ああ、・・・本当に。
 この青いバラを最初に見つけたのが、自分だったら良かったのにと心底思った。


 それだったら、何としたって彼を守り抜いたのに。


 温室がないなら、自分の手で温めて続けてでも。

 沢山の肥料が必要だというのなら、どんな手を使ってでも集めて。

 何としても、この青いバラを生かし続けたのに。


「・・・・・・・・・」


 もう、遅いだろうか。

 全てはもう、諦めざるを得ないだろうか。

 手折れば死ぬと、・・・・・既に運命は決まってしまっているんだろうか。



 もしかしたら。

 温室じゃなくても頑張れば、もしかすると。

 ひょっとしたら、――――――植え替えした鉢ででも、生きていてくれないだろうか。


 このまま浚(さら)って逃げたら、・・・・青いバラは自分の傍で、咲いていてくれはしないだろうか。



「ナナシ・・・?」


 何度も呼ばれる自分の名前すら、アルヴィスの唇を通せば・・・魅惑(チャーム)の魔力を秘めた何かの呪文のように耳に心地よい。


「・・・・・・・・・」


 どうしようもなく惹かれてしまう、アルヴィスの大きな青い瞳が間近。

 無垢で穢れない――――・・・澄んだ瞳が、鏡のようにナナシを映している。


「・・・・・・・・・・」


 本当にキレイな色。
 今まで見た色で、1番澄んでいて・・・最も美しい希有な青だ。

 ふと、その瞳が柔らかく細められた。

 花が綻ぶかのような、可愛い笑顔付きで。


「・・・そっか、こうしてたら確かにもっと温かいよな・・・」

「へ?」


 そうして言われたセリフに、ナナシはついマヌケな返事をしてしまう。

 つい自分の思考に埋没(まいぼつ)してしまい、意識が飛んでいたせいで、アルヴィスの言葉を掴み損ねてしまった。


「こうやってたら、少しは暖が採れるよな。凍えてる時は人肌が1番暖まるって聞くし・・・流石だな、ナナシは」


 続けて言われた言葉で、ようやくその意味を理解する。


「あ、あー・・・まあ、そ、・・・そう・・・やねん!」

「これから夜になって、どんどん気温下がるもんな・・・でもこうやってたら流石に凍死することは無さそうだ。助かった」


 俺、考えつかなかったよと感心したように言うアルヴィスは、思わず頬ずりしたくなるような可愛さなのだが。


「・・・・・・・・・・」


 もちろん、ナナシはそんな意図を持って彼を抱き締めたわけではなかった。


 距離感ゼロで、こんな風に身体を密着させた状態なのに。

 1つ間違ったら、押し倒される可能性だってある体勢だというのに。

 アルヴィスは全く、意識していない様子だった。
 ナナシが、体温が奪われるのを防ぐために、こうして抱き締めてきたのだと思い込んでいる。


「・・・・ギンタ達、どうしてるだろう。そろそろ、俺達居ないの分かってるよな・・・?」

「・・・せやね。いい加減時間経っとるし、気付いてもエエ頃や」

「早く見つけて欲しいけど、・・・あんまり大袈裟にされるのは嫌だな・・・」


 アルヴィスの心は、この抱き合うというシチュエーションなんかよりも、遭難している事実の方が大きく占められているのだろう。
 それが当たり前で、アルヴィスに気を取られているナナシの方がおかしいのかも知れないが。


「・・・あんまり大がかりなことになったら、すごい怒られるだろうな・・・・あ〜〜〜アイツにバレる前に帰るはずだったのに!!」


 ナナシに抱き締められながら、アルヴィスが嘆いてガックリと項垂れた。


「・・・・・・・・・・・」


 アルヴィスの心の大半を占めているのは、遭難したことより、あの白い悪魔のことかも知れない。


「なあ、アルちゃん・・・」


 そう思ったら、自然アルヴィスを抱き締める腕に力が籠もる。


「アルちゃんは、・・・あの白いオニーサンの何処がそんな好きなん・・・?」

「え?」


 突飛な質問だとは思ったが、気付いた時には言葉はもう口を突いて出てしまっていた。


「付き合うとるんやろ? やから、あのオニーサンのどこら辺が好きなんかなー思うて」

「・・・えっ、な、・・・何だよ突然? ・・・そんなの・・・、分からない・・!」


 アルヴィスの白かった顔が、瞬時に赤く染まる。

 少し狼狽えた、何とも言えず可愛らしい表情だ。
 この表情を引き出しているのは、―――――――あの白い悪魔。


「! ・・・っ、・・分からない言うなら・・・・・」


 その顔を目にした瞬間、ナナシの中で何かが弾けた。

 抱き締めていた身体の両肩を掴み、強引にアルヴィスと見つめ合う。


「・・・・ナナ、シ・・・?」

「分からない、言うなら―――――・・・自分と」


 言いながら、吐息が触れ合うほどの距離まで、自分の唇をアルヴィスのそれに近づけて。

 ナナシは、間近にあるアルヴィスの瞳を見つめたまま、低く囁く。


「自分と、・・・・・・付き合うて?」

「!?」


 瞬間、アルヴィスの瞳が大きく見開かれる。

 見開いた瞳に炎の灯りが映えて、神秘的な青が複雑な色味を帯びるのがキレイだった。

 それをうっとりと眺めながら、ナナシは強張った身体をしっかりと抱き締めて。


「・・・・好きや」


 そう耳元で、短く言葉を紡ぐ。

 低くて小さい、呟きのような声だったが――――――アルヴィスの鼓膜を通し、それは確かに、彼に届いた筈であった・・・。







 

 

 

 NEXT 71

++++++++++++++++++++
言い訳。
思いの外、長くなっちゃいました。
今回書こうと思ってたのは、このシーンじゃなくてもうチョイ先の部分だったんですけど(笑)
ナナシさんの心の葛藤書こうと思ったら、やたら長くなってしまった・・・☆
2人がほのぼの?しながら話してるシーンを書きたかったんですけどね−^^;
次回こそ。
次回こそ、2人が仲良く?話してる場面を書くぞー!(多分)。
さりげにナナシさんが告ってますけど、相手は鈍さでは定評のあるアルヴィスですからねえ(爆)
ちゃんと伝わるのかどうか・・・??(笑)