『君のためなら世界だって壊してあげる』
ACT 67 『真夏の雨−6−』
「だァからー、不可抗力だったんだって!」
車のシートを倒して寝転び、行儀悪くハンドルの方へ投げ出した靴先を眺めつつ、青年は手にした携帯電話に向かってそう繰り返した。
「まさか、いきなり車乗るなんて思わないだろ?
慌てて俺も車に戻って追いかけたけどさあー、今日は連休だから道路が混んでて、追いつかなかったんだっつーの!!」
それに対し、電話の向こうから何かまた言われたのだろう。
青年は、その、元から目つきの良く無い暗水色の瞳を不機嫌そうに細めた。
その様子は、彼の小柄で中学生にも間違われてしまいそうな姿と相まって、一見、親からお小言を言われ、むくれている子供のようだ。
顔は取り立てて童顔という訳では無いから、妙にオトナっぽい中学生といった印象である。
「・・・あ? だからァー、んな予測は立たなかったから、こっちもすぐ車使えなかったんであって。ヘリなんてチャーターしてるヒマなんざ無ェよ!」
老け顔の中学生・・・もとい、今は現役大学生だと名乗っている28歳の青年は、そう言い捨てて耳から携帯を遠ざけ、通話中と表示された画面を睨む。
―――――それで、今は居場所は掴めてるんだろうな?
携帯からは、抑揚のない低い声が漏れてきていた。
耳に当てているよりは勿論聞き取りづらいが、会話が聞こえないほどでは無い。
電話機の側面にあるスピーカーホンのボタンを押せば、余計に音はクリアになった。
「んー、掴めてるというか、そうじゃねえと言うべきか。
取りあえず、ターゲットの車の場所は突き止めたんだけどよー・・ってか、今そこに俺は居るんだが」
青年は、少しだけ身体を起こして携帯を助手席の方に放り投げてから、手を伸ばしメーター横に取り付けられているナビシステムの画面を弄る。
「GPSの発信源を見るに、どうやらここらにある山に登ってるっぽいんだよなー」
―――――・・・山だと?
電話の声に、少し咎めるような響きが篭もる。
「ああ、GPSの反応が近くの山にあるからな。間違い無いと思うぜ?」
―――――・・・暢気(のんき)にしている場合じゃないだろう、お前は何故そこで悠長に喋っている・・・?
青年が、画面上に点滅しているポイントを確かめながらそう肯定すれば、携帯電話から発せられる声が、更に低く押し殺すような色を帯びた。
――――――・・・パウゼ、お前だって知っているだろう。アルヴィスは・・・
「はいはい、分かってるって。喘息で激しい運動はNGだっつーんだろ?」
この後に叱責の言葉が続くだろうことは予測していたから、青年・・・パウゼは投げやりな口調で言葉の接ぎ穂を奪う。
「だから、さっきから不可抗力だったって言ってんだよ。俺だって、むざむざ山登りなんざさせる気無かったんだって!
第一、俺も登んなきゃなんねェーなんてウゼェーだけだし」
言い訳しながら、本当にどうしようも無かったんだ、とパウゼは内心で溜息を吐いた。
話している口調ほどには、パウゼは仕事をおざなりにしている訳では無い。
むしろ、今の仕事はパウゼが神とも崇めている『主』からの直々の任務であり―――――・・・彼に失望されない為にも、何としても遂行したいと思っている役目である。
けれど今日は、色々と邪魔が入りすぎたのだ。
パウゼの仕事は、本人にそれと気付かれぬようにアルヴィスを護衛し、あらゆる危険から遠ざけることなのだが・・・・・・・今日はそれが、ことごとく上手くいかなかったのである。
そもそも、今日は1日自宅で過ごす予定である筈のアルヴィスが、いきなり出掛けたのが想定外だった。
昨日確かめたスケジュールでは、出掛けるのは主であるファントムだけで、アルヴィスは家に残るという話だったのである。
パウゼが言い付かっている任務は、アルヴィスが大学にいる時と彼が単身で出掛けている時の監視&護衛であり――――――ファントムが連れ歩く時と在宅時は除外される。
だから本来通りであれば今日は、パウゼの出番は無い筈だった。
そう言うわけで、今日は個人的な用事を済ませようと気を抜いていたパウゼである。
それなのに。
昼前になって急に、アルヴィスが自宅を出たという通知のアラームがパウゼの腕時計に表示された。
アルヴィスの奥歯と携帯に密かに仕掛けられているGPS装置とパウゼの腕時計は連動しており、アルヴィスが自宅を出ると、画面上に表示されアラームで知らせるシステムになっているのだ。
慌てて自宅のアパートから車で駆けつけ、途中から目立たぬように徒歩でアルヴィスを尾行して後を付けてみれば――――――・・・彼は河原で、大学の友人達数人と待ち合わせをしていた。
人目が多いから姿を見られるのを恐れ、それを避けるために遠くで監視をする羽目となり、距離を置いて様子を伺っていたら・・・・・何とアルヴィスは、いきなり現れた大型ワゴン車に皆で乗り込んでしまったのである。
てっきり、このまま河原で何かして遊ぶのだろうと思っていたら、予想外の展開だった。
一応パウゼだって大学生と称して、彼らと顔見知りにはなっていたのだから、さっさと声を掛けて自分も仲間に入れて貰えば問題は無かったのだろうが―――――――・・・やはり、実年齢は20代の後半だということもあって、出来れば影でこっそり監視をしてラクをしたいと思ったのが裏目に出てしまったようである。
大急ぎで自分の車に引き返し、GPSの表示を頼りに彼らの車を追いかけては来たのだが・・連休の渋滞に巻き込まれたせいで、結局、車が目的地に着き止まるまで追いつけなかったのだ。
そしてようやっと、パウゼが目当ての車を発見した時には、既にアルヴィスどころか誰も姿を見つけることは出来なかったという訳なのである。
ディスプレイに表示されている、アルヴィスの現在地を確かめて・・・パウゼは天を仰ぎたい気分になった。
ディスプレイ上には、黒い▲と某(なにがし)山という名称が表示されていて、そのすぐ傍にアルヴィスの所在地を示す光が点滅している。
明らかに山の中にいるということは分かるのだが、・・・・山のどこら辺に居るかまではマップに表示されない。
渓流沿いの河原から臨む、余り標高が高くなさそうな山―――――――典型的な裏山だから、マップでの表示も適当なものである。
メインは河原にある、バーベキュー場を兼ねたキャンプ場なのだろうから、それも仕方ないのだろうが。
もちろん、裏山だからして道路なんかが整備されているとは考えられず・・・・車で登ることなど期待出来ない。
何にせよ、地図の詳細が表示されるには、山自体に入る必要があった。
つまり、パウゼが実際に山中に入り、ようやく細かに表示されるだろうマップを手掛かりに歩き回って、GPSの反応を調べなければならないということである・・・・最悪だ。
ついでに言えば、アルヴィスは身体が弱い。
パウゼが護衛に付くようになってまだそう経ってはいないのだが、体調を崩して、もう数回は大学を休んでいる。
激しい運動はおろか、下校途中の寄り道すらも基本は禁じられているし、とにかく身体に負担を掛けるような事柄は一切がNGだとパウゼは聞いていた。
それが登山するなどとは、『以ての外(もってのほか)』だろう。
喘息の発作など起こされれば一大事だし、一刻も早く連れ戻さなければ『主』のパウゼへの評価がダダ下がりになるのは間違いなかった。
つい、思わず。
――――――身体弱いくせに何してやがんだ、このお嬢ちゃん。
体育の授業だって見学で、行き帰りだって送り迎えされてて、それでも頻繁に体調崩して学校休んでるような状態なのに、山登りなんてふざけてんのか?
無理に決まってんだろ、無理むりMURIムリィィィィィ・・・・!!!
身の程を知れ、身の程を。
アンタの身体じゃ、山登りなんざ夢のまた夢なんだよォォォォォ・・・・・!!!!
――――――と、アルヴィスのあの細い首根っこを引っ掴まえて、耳元で激しくがなり立てたくなったことは、パウゼの心の奥底の秘密の箱へと厳重に押し込めてしまう。
どんなに、自分の体調に無鉄砲で無頓着で無自覚な手間掛かりな困ったちゃんであろうとも、アルヴィスは、パウゼが『神』とも崇める『主』の大切なお姫様。
その姫君を罵倒(ばとう)するなんて、恐れ多くて出来はしないし、してしまった日には『主』の反応が怖い。
いつも、その神々しいほどに美しい顔に、とても優しげで柔らかな笑みを貼り付けている『主』だが――――・・・その実、かなり苛烈(かれつ)で無慈悲な一面を持つことをパウゼは知っている。
彼は、道端に生えている雑草を抜く程度の気軽さで、いとも簡単に他人の命を奪い、またそれを躊躇(ためら)わない。
当然だ・・・『神』にとって、この世の人間などは所詮は虫けらも同然なのである。
生かすも殺すも、神次第。
一介の人間に、選択の余地などあるはずが無いのだ。
そんな『神』が掌中の珠として、愛でる存在・・・・それがアルヴィス。
だからして、そんなアルヴィスにパウゼ如きが文句などを言える筈も無い。
チョロチョロと、身の程わきまえず歩き回って・・・こっそり護衛してる俺の身にもなりやがれってんだ―――――・・・という言い分も、もちろん見張っているのはアルヴィスに内緒だから、言える訳が無い。
アルヴィスの行くところ、パウゼも付き従うしか無いのである。
心境としては、『生類憐れみの令』により、本能のまま好き勝手に歩き回ってるお犬様の世話をしているような感覚だ。
パウゼの『主』は、犬将軍と称された某お殿様とは比べるべくも無い尊く崇高な存在であり、アルヴィスは犬というより、猫といった印象ではあるけれど。
ともかくも『神』の大切な、お犬様ならぬ『お猫様』がチョロチョロする以上、パウゼはその後を付いて歩かねばならない。
それ故、山登りなど全く気が進まないながらパウゼは速やかに、アルヴィスを連れ戻すべくGPSの足跡を辿ろうと思ったのだ。
――――――・・・なるべく、『主』や側近のペタに知れない内に。
だが、それを行動に移す前にペタから先に連絡が来てしまった。
パウゼだけでは無く、もちろん主側もアルヴィスの行動は把握済みだから、たまたまチェックした時に、有り得ない場所に反応を見つけて不審に思ったのだろう。
あと少し連絡が遅ければ、山中で電波が通じなかったのにと思うが、繋がってしまったのだから仕方がない。
ペタが掛けてくる電話番号は、極めて稀(まれ)にではあるが『主』が直々に声を掛けてくれる場合もあり――――――それを思うと着信無視をする気にもなれず、掛かってきた以上は出る羽目となる。
携帯画面に表示されるのは同じ番号だから、おいそれと出ない振りを決め込めもしないのだ。
果たして出てみれば、予想通りにペタからお叱りの言葉を賜(たまわ)ることとなり。
パウゼは、でもそれは不可抗力だったんだ、と繰り返すこととなったのである。
「だァから、これから山ん中に探し行くって言ってんだろ!
山ん中じゃ流石にGPSあんま役に立たねぇから、汗だくになって探し回るつもりだっての!!
あー、そりゃもう躍起になってやってやらァ!! 過労死したら責任持てよこの野郎!!」
―――――――・・・当たり前だ。何のためにお前をアルヴィスに付けていると思っている?
アルヴィスが行く所、お前も行くに決まっているだろう。
「・・・・・・・・・・・・・・」
これ以上、叱責されて堪るかと開き直ってパウゼが叫べば。
ペタからは、それが当然と言った調子の言葉が返ってきた。
もちろん、ペタの『当たり前』という肯定した言葉が掛かっているのは、パウゼが言った『汗だくになりながら躍起になって探し回る』方であり・・・・間違っても、『過労死したら』云々の方には掛かっていない。
「はいはい、分かりましたー。ジャアコレカラ山ニ行ッテキマスー」
ふて腐れ、棒読み状態でそう言葉を返し。
パウゼがもう通信を切ってしまおうとした、その矢先。
―――――・・・パウゼ?
「・・・!?」
突如、通話口から響いた柔らかな声に、全身が緊張する。
「・・っ、・・ファントム・・・様!?」
――――――直接話すのは、久しぶりだね。
「は・・・はいっ!」
電話だから姿が見えている訳でも無いのに、シートから起き上がり、つい居住まいを正してしまう。
――――――ところで、アルヴィス君が山に居るらしいけど・・・・早く、連れ戻してくれないかな?
彼、知ってるだろうけど身体が弱くてね。山登りなんて、命取りになりかねない。
登ってるだけでも負担掛かるだろうし、山は天荒が変わりやすいから心配なんだ・・・。
携帯電話から聞こえる声は、酷く心配そうだった。
パウゼはその声を聞いているだけで、自分の命に代えても、何としても彼の心配を取り去らなければならないという使命感に駆られる。
「はいっ! すぐ向かいます!!」
――――――よろしくね。頼んだよ?
通話は、その言葉を最後に一方的に途切れた。
だがパウゼにとっては、それでもう充分である。
『主』に直々に頼まれた以上は、何としても任務を遂行しなければならない。
それまでの、嫌々だった態度は何処へやら。
「よし、・・・行くぜ!」
気合い充分にパウゼは車のドアレバーに手を掛けて、意気揚々と車外へと踏み出したのだった―――――――。
NEXT 68
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言い訳。
一応、ファントムsideがどうなっているのかを書いていた方がいーかなーと思いまして、チョット補足です(笑)
トム様が声だけしか登場してなくてスミマセン(爆)
でもトム様を直に登場させると、全てが終焉に向かってしまうので・・・まあ取りあえずは声だけ出演願いました☆
次回こそ、タイトル通りなナナアル風味でお送りできるかと思われます・・・。
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