『君のためなら世界だって壊してあげる』




ACT 64 『真夏の雨−3−』



 

 

 ナナシに驚かれれば驚かれるほど、自分の不甲斐なさのせいで結局ここまで来てしまったのだと実感してしまい――――――アルヴィスは、ますます仏頂面になった。
 大袈裟に騒ぎ立てるナナシとは対象的に、アルヴィスのテンションは下降していく。




「・・・・・・・・・」


 それを考えると体力的な問題だけじゃなく、枯れ葉が積もったフカフカで湿った土を踏みしめる足も重くなった。

 空は思い切り晴れているが、アルヴィスの心境はむしろ土砂降りの雨だ。

 怒られるのも嫌だし、お仕置きだってされたくない。

 そして、それよりも何よりも・・・・ファントムが心配して悲しい顔をするだろうと思うと、胸が痛くなる。
 いつだって彼は、アルヴィスの身体の為に心を砕いてくれているのだから。

 それなのに、こんな遠い場所に無断で来て・・・あまつさえ登山なんかしているのを知ったら、彼は心配を通り越して呆れ返り、―――――――アルヴィスに見向きもしてくれなくなるのでは無いか・・・なんて不安までが過ぎってくる。

 けれども、今はどうすることも出来ないのだ。


「そんなら・・・アルちゃん、あの白いオニーサンはここ来とるの知らんってこと・・・?」

「知らないな。・・・連絡しようにも圏外だし」


 白いお兄さん・・・ナナシはファントムのことを名前では呼ばずに、いつもそう呼ぶ。

 銀髪に紫の瞳、白い肌・・・ファントムの色素の薄い容姿から来るイメージなのだろう。


「それ、ヤバイんとちゃう?」


 そうやってナナシに改めて事実を確認されると、胃が引き絞るように痛くなった。

 さっきの車酔いのせいでは無くて、明らかに神経性の胃痛だ。


「あかんな〜〜〜アルちゃん誘ったん、ギンタやろ?
 そらもうギンタ、オニーサンにお仕置き確定やね・・・!」

「いや、怒られるのは俺だろう。・・・ファントムに黙って出てきたのは、俺だから」


 ナナシの的外れな言葉に、アルヴィスはゆるく首を振る。

 恐らくファントムが怒る第一の理由は、自分に無断で、という部分だろうから直接ギンタに怒りの矛先が向くことは無いに違いない。


「説明を端折り過ぎだし、そもそもの発端はアイツだから。・・・俺的には後で、ギンタを殴りたいと思ってはいるけど」

「まあ、あの白いオニーサンがアルちゃん自身を怒るいうのは、あり得ん思うけどね」

「・・・だといいけどな・・・」


 元気づけるように言ってくれる金髪の青年に、アルヴィスは曖昧(あいまい)な笑みを浮かべて見せた。


「アルちゃん、」


 すると不意に、ナナシの手がアルヴィスの頭に伸ばされる。


「?」


 何をする気かと思えば、大きな手の平でガシガシと頭を撫でてきた。


「・・・・ナナシ、・・・?」

「――――――帰ったら親に怒られてまうー!・・って、・・・」


 何のつもりかと顔を上げると、思いの外(ほか)優しい顔で笑っているナナシと目が合う。


「・・・悄気(しょげ)て、家に帰るの怖がっとる子供みたいな顔してるで、アルちゃん」

「・・・・・・・・っ!?」


 余りに図星なセリフで、思わず黙り込むアルヴィスを宥めるように、ナナシが更に頭を撫でてきた。


「大丈夫や。あのオニーサンがアルちゃん怒る筈あらへんやんか!」

「・・・・・・・」

「あのオニーサン、例えアルちゃんが悪いことしたって、周りのせいや言い切るようなエエ性格の持ち主やろ? もう、究極のえこひいきだって躊躇わず発動する性格や」

「う、・・・それは・・・そうかも・・・」

「な? 大丈夫やって! やから今はそんな不安そうな顔するの止めとき?」

「・・・・ナナシ・・・・」

「アルちゃんは連絡しとう無くて、してないワケやない。したくても出来ない状態なんやから!」

「・・・・・・・・」


 懸命に、アルヴィスの不安を拭おうと説き伏せてくるナナシの声が優しくて。

 アルヴィスはいつの間にか、ナナシに向かって笑みを浮かべていた。





 そして、ふと今の状況が自分にとって歓迎すべきものであったことに気付く。








 ナナシとアルヴィスは、偶然の出逢いが2度も重なり親しくなった間柄だ。

 最初の出逢いは、ナナシから声を掛けられたのがキッカケで・・・2度目は、奇跡的に大学の食堂で出逢い、偶然にも同じ学校に通う1学年上の生徒なのだと知った。


 ナナシは最初から、とても気さくにアルヴィスに話しかけてきて――――・・・一見、その派手な見た目のせいで遊び人というか不真面目な印象を与える青年だったから、何が目的なのかとアルヴィスも当初は身構えたのだが・・・・彼は屈託のない様子で、大きな犬のように人懐こくまとわりついてきた。

 少し馴れ馴れしい感じはしたが、嫌な気持ちにはならなかった。

 女の子が放っておかないだろう端正な顔立ちや、人目を引く服装、甘く優しくそして気さくに・・・という彼の魅力だろうポイントは抜きにして。
 純粋に、アルヴィスにまた逢えて嬉しいという感情を前面に出して喜んでいるナナシを見て、アルヴィスもまた、再会出来て良かったと思ってしまったのがその理由である。

 もしかすれば良い友人になれるかも知れない・・・そんな期待も湧いた。



 けれどナナシは、奇跡的な2度目の出逢いを果たした翌日には、アルヴィスに対する態度を変えてしまったのである。


 理由は分からないし、ハッキリと避けられていると確信出来るほどでは無いし、どうしたのかと問えるほども明確な態度を取られているワケでは無いのだが。
 親しく話しかけてくれたのは、食堂で出逢ったあの『再会』の日だけで・・・・それからのナナシは、大学で会っても、常にアルヴィスに距離を置くようになってしまった。

 気になってアルヴィスから接近しても、差し障りのない言葉だけを口にして、某(なにがし)か理由を作ってすぐ立ち去ってしまう。

 何かアルヴィスが知らない所で、彼に嫌われることをしてしまったのかとも思ったが、それでいてナナシは完全にアルヴィスから離れはしないのだ。
 アルヴィスが学内で属しているギンタ達のグループに、1学年上ながらナナシはいつの間にか溶け込んでおり・・・・アルヴィスから一定の距離を取りつつも、完全には離れない。

 つかず離れずというのが、1番言い得ているかも知れない。

 アルヴィスが、というよりもギンタ達他のメンバーが気に入っているからグループから離れないだけなのかも知れないし、むしろその理由が濃厚なのだろうと思いつつも・・・・・・・そういうスタンスを取られると、やはり気になってしまう。
 時折、何か言いたげに、酷く悲しそうな寂しそうな顔をしたナナシと眼が合うことがあるから、余計だ。

 ナナシを見かける度に、自分が何をしてしまったのかと考えてしまうし。
 考えても思いつかないから、気のせいなのだと思い込もうとしても―――――――事あるごとに、やっぱり自分は避けられているのだという感覚が付きまとう。

 そうして。

 そんな状態でも、とりあえず一緒に連(つる)んでいたら・・・・ナナシの内面が、嫌でも伝わってくる。

 長い金髪に色鮮やかなファッション――――――派手な外見とは裏腹に、中身は案外と苦労人で優しく誠実な性格で。
 面倒見も良く、自分が卒院した孤児院の子供達を数人引き取り、同じ孤児院出身の仲間と一緒に住んでいる・・・などという話も耳にした。

 普段は軽口ばかりで、ふざけてばかりな彼だけれど、内面はとても優しい・・・尊敬に値する人間なのだと知った。



 理由も分からないまま、避けられているから。

 表面上はおちゃらけていて遊び人を装いつつ、本当はそうじゃない彼をもっと知りたいから。








 ―――――――・・・ナナシのことが、とても気になる。







 今日だって、ギンタがもし誘う時にナナシの名を出さなかったら・・・・アルヴィスは、出掛けようと思わなかったかも知れなかった。

 こういったイベントごとの時ならば、ナナシはいつもよりはアルヴィスを避けないかも知れない・・・そうも思ったのだ。









「・・・・・・・・・」


 そして今、本当にアルヴィスはナナシと話を続けている。


 いつものように避ける訳でも無く、しかもナナシからアルヴィスに話しかけてくれているのだ。

 余りに唐突に起こった事態のせいで、すっかり動揺して当初のそんな予定などスッカリ頭から消え去ってはいたが―――――・・・ある意味コレは、不幸中の幸いと言えるのかも知れない。


「・・・ありがとう、ナナシ」


 アルヴィスは、未だに頭を撫でて自分を慰めてくれている青年に満面の笑みを作った。


「そうだよな、・・・連絡したくたって無理なんだから。今は、・・・今の状態を楽しまないとだよな!」

「・・・っ、」


 明るくそう言えば、一瞬だけナナシが青灰色の目を軽く見開き、表情を固まらせる。
 だがすぐ取り繕うように、男らしく大きめな造りの唇を笑みの形に戻して、特徴的な八重歯を覗かせた。


「・・・そうやで! 今を楽しまなアルちゃん!!」


 ほら、行こ―――――即すようにアルヴィスの頭を今一度グシャッと撫で回し、ナナシがアルヴィスの手を掴んできた。


「せっかく前の方歩いてたんに、タラタラしてたから皆に追いつかれてまう!」

「ナナシ・・・」






 ―――――――俺のこと、避けてたんじゃないのか・・・?






 本当は、そう聞いてしまいたかったが、やはり口には出来ない。

 頭を撫でてくれたり、手を繋いでくれたり――――――・・・・今日は、いつになくナナシが近くに居てくれると感じる日だから・・・余計に、聞けない気がした。

 聞いた途端に、今掛かっている魔法が解けてしまうようで・・・怖かったから。


「ほら、行くでアルちゃん・・」

「・・・うん」


 だからアルヴィスは、その言葉を呑み込んで。

 ただ繋がれている大きな手を、きゅっと握りかえしたのだった―――――――。




 

 

 

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言い訳。
だいぶ、ナナアルちっくに・・・というのを強調して書いてみたんですけど、如何でしたでしょうか?(笑)
アルヴィスがまるで、ナナシさんに恋をしてるようですよね!(爆)
ナナシさんがアルヴィスと距離を置いてるのはもちろん、トム様に牽制されてるせいです。
ナナシはそれをアルヴィスに言うワケにもいかないし、理由を説明出来ないから苦しい状況なんですよねー。
でも今だけなら許されるかも・・・? なんて、ナナシさんちょっとグラついてたりします(笑)
学校は監視されてるみたいだけど、山ならイケル!?みたいな。
まーそこら辺、トム様が隙を作るかどうかっていうのは微妙なとこなんですけどもね・・・(笑)
ていうか、話がダラダラ続いてて申し訳ありません。
もうちょっとしたら、動きのある展開に突入出来るかと思うんですけども・・・!!(汗)