『君のためなら世界だって壊してあげる』




ACT 62 『真夏の雨−1−』



 

 

 木の枝が頭上高く張り巡らされ、せっかくの晴れた青空を覆い隠すように生(お)い茂り。
 周囲には名も知らぬ雑草が蔓延(はびこ)って、それらがほんの少しだけハゲて・・・もとい、疎(まば)らに生えている『道』とも言えないような『道』を踏みしめながら。



 ――――――・・・絶対、怒られる・・・。



 アルヴィスの心の中で繰り返されるのは、たった1つの言葉だった。
 もちろん、今、自分が置かれている予期しなかった現状を嘆いてのことである。


「・・・・・・・・・・」


 眼前に広がるのは、それぞれ濃淡の差は有れど緑色と茶色に占められた世界。

 即ち、緑の葉を付けた木々と枯れた下草や、雑草の隙間から覗く僅かな地面だけが全ての環境・・・いわゆる、山中というやつだ。

 今朝の時点では家で静かに本を読んでいたというのに、何の因果かアルヴィスは今、こうして山の中を歩く羽目となっている。

 季節的には、海やプール花火にお祭り、そして山登りやらバーベキューパーティーには最適な『夏』であり。
 今日は天気も良いし、気温もそこそこ涼しくて・・・・ハイキングには、まあまあ適した環境ではあるのだけれど。


「・・・・・・・・・」


 大木の広げた枝の隙間から覗く澄み切った青空とは対象的に、胸中に広がる暗雲がアルヴィスの気持ちを重くしていた。


「・・・・はあーー・・・・」


 つい、思い切り溜息を付いてしまう。

 言われるままに流されて何となく付いてきてしまったのだが、アルヴィスは既に、ここへ来たことを後悔し始めていた。
 いや正確に言えば、この山へ入る前から後悔以外の何物も感じてはいなかったのだけれども。


「あ? なんか言ったかアルヴィス?」


 すぐ横を歩いていた金髪の青年が、耳聡(みみざと)くアルヴィスの呟きを聞きつけて此方を振り向く。

 彼・・・ギンタこそが、アルヴィスを半ば強引に山へ連れてきた張本人だ。


「・・・何も言ってない」


 そう思ったら、どうしても愛想の良い対応など出来なくて。
 アルヴィスは、言葉短く口を開いた。

 声も低くて無表情・・・整っているだけに、気の弱い人間なら怯(ひる)んでしまって何も言い返せなくなる、と良く言われる『顔』になってしまっている気がするが、取り繕う気分でも無いので表情は変えない。


「何だよ〜〜まだ怒ってんのか? だからー、言い忘れただけなんだって!」


 けれどもギンタは、そんな態度は全く気にせず悪びれない態度で言い訳をしてきた。

 血は繋がってないとはいえ長年、気むずかしいアルヴィスと兄弟として暮らしていた経験はダテじゃないのだ。
 何せ一緒に暮らしていた頃に、アルヴィスから小言を言われない日は殆ど無かったギンタである。

 アルヴィスの機嫌の悪さなど、多少のことならギンタには全然堪えないのだ。


「べっつに、わざと言わなかったワケじゃないんだしさあー!」

「言い忘れって、・・・・・忘れていいことと、悪いことがあるだろう!?」


 そしてそれは、アルヴィスに対しても言えることで。
 こうやって怒鳴りつつも、さしてギンタには効き目がないだろうことをアルヴィスも分かってしまっている。


「そんなん、器用にコレは忘れてこっちは覚えとこうなんて、出来るワケ無いじゃんー」

「だからって! ・・・・・・・・、・・・・・・・・・、・・もういい」


 怒っても、相手に大して通じていないのならば―――――――怒るだけ、労力の無駄なのだ。


「あ、許してくれんの?」

「・・・・俺がバカだっただけだからな」


 ボソッと捨て台詞のように、ギンタに自重の言葉を吐いて。
 アルヴィスは、歩く速度を速めた。


「・・・・・・・・・」


 そう、こんなことになったのは自分のせいだ。

 キッカケはギンタだったとしても、自分で考えた末の今の状態がコレなのだから・・・・ギンタだけのせいにするのはお門(かど)違いなのである。
 だからこそ、余計に苛々するのだ。



















 今日は、朝からとても良い天気で。
 レースのカーテン越しに窓から差し込む陽光もキラキラと眩しく、夏に相応しい暑い日になるだろうと予想できる晴れた空が広がっていた。

 その、天気の良い日に。
 アルヴィスは何処へ出掛ける予定を立てることもなく、夏休み中の課題をひとつ終わらせてしまおうと朝起きた時から考えていた。

 一緒に住んでいる4歳上の幼馴染み兼恋人であるファントムが、今日は彼の祖父から呼び出しを受けているとかで午前中に出掛けてしまうのを知っていたし、彼が居ないのであればその間に課題をしてしまおうと思ったのである。


 ファントムが居ると、アルヴィスは自分の課題がなかなか捗(はかど)らないからだ。


 勉強しているアルヴィスにベッタリくっついて離れない上に、こっちの都合などまるで考え無しに話しかけ続けてくる。
 しかも話の内容が、まるきり取りかかっている課題内容などに関係が無いのであればアルヴィスだって完全に無視してしまえるのだが――――――・・・微妙に関係した、つい興味を引かれてしまうような話題を持ってくるから始末に悪い。

 うっかり耳を傾けて、つい質問をしてしまったら最後。

 そのまま彼の話術に引っかかり、気がついたらとっくに課題を終わらせるだけの時間は過ぎてしまっていたりする。





 ―――――いいよ、課題なんて。

 進級なんてしなくていいよ・・・大学なんてどうでもいいじゃない!

 アルヴィス君の将来は、僕の花嫁って決まってるんだから。






 そんな軽口を叩いて、ファントムは事ある度にアルヴィスの勉強を邪魔してくる。

 彼だって、言葉の通りにアルヴィスが落第することを望んでいるワケでは無いのだろうけれど。

 iPodで音楽を聴き、携帯ゲームをやりながら片手でマンガ雑誌に目を通し・・・・もう片方の手で、ついでのように時折テキストのページを繰っては何かをレポート用紙に書き殴るという、器用な学習をこなすファントムから見れば、アルヴィスへのじゃれつきも悪意は無いのだろうと思える。
 自分の能力の高さを自覚せず、他者にもそれが備わっているのが当然と思っているだろうからこその行為だ。

 まあ、悪意があろうと無かろうと、実際アルヴィス的には課題が片付けられず大変困る事態であるのは否めないワケで・・・・ともかくアルヴィスとしては、ファントムが不在の方が課題は捗るのだった。





 そして、朝立てた計画通り。
 アルヴィスは、ファントムが出掛けた後に机に向かったワケなのだが・・・・・初っぱなから、躓(つまず)くこととなってしまった。


 課題をするために大学の図書館から借りていた筈の資料本が、1冊足りないのである。

 確かに借りた記憶はあるので、借り忘れたわけではなかった。
 どうしたんだったろうかと借りた日のことを思い出しながら、普段通学に使っている鞄の中や周囲を探すが見つからない。

 もしや無くしてしまったんじゃ・・・・と、青くなりかけたアルヴィスだったが、ふと夏休み前日に、ちょっとしたアクシデントでギンタと鞄の中身が混ざってしまったことを思い出した。


 ギンタがその日に提出のプリントを無くしたとかで大騒ぎしており、校舎の廊下で鞄をひっくり返して大騒ぎしたのだ。

 ところがどうしてもプリントが見つからず、ヤケになったギンタはアルヴィスにプリントを見せろと迫ってきた。
 別の紙に書いて提出するから、オマエのを見せろと言うのである。

 宿題の内容は論評で、中身は人それぞれで変わってくるから――――――写しなどしたら、モロバレだし、写させたアルヴィス本人だって被害を被(こうむ)ることになる。
 当然イヤダと言い放ち、そこから『見せろ見せない』の激しい兄弟喧嘩が勃発して挙げ句の果てに、互いの鞄の中身が廊下にぶちまけられることとなったのだが――――――その時に、探している資料本がギンタの方に紛れ込んだのかも知れない。

 アルヴィスがギンタに資料本のことで電話をすると、彼はアッサリそれを認めた。




『シリョーボン? ああ、・・・そういや何か知らねー本入ってたな鞄に!』


 どうやらギンタは、アルヴィスの本が混ざっていることを既に知っていたようである。


『はあ? 分かってたんなら何で俺に言わない・・・!!』

『わりぃーわりぃー! すっかり忘れちまっててさあー』

『・・・相変わらずいい加減なヤツだな。
 まあいい、それ必要なんだ・・・取りに行きたいんだけど、今、家か・・・?』

『あーうん、ウチだけど』

『じゃあ、今から・・』



 家に居る、というギンタにじゃあ取りに行くと言いかけたアルヴィスに、被るようにギンタの弾んだ声が掛かった。


『なあアルヴィス、今日さあ皆で河原でバーベキューしようって予定あんだけど。
 ――――――・・・お前も来ないか?』



 普段なら、まずOKはしない誘いだった。

 第一、ファントムが許さない。
 アルヴィスの身体を何より大切にしてくれている、医師でもある彼は・・・・自分の眼が届かぬ場所にアルヴィスが出掛けることを嫌う。
 アルヴィス自身、ギンタは別として・・・そう親しくもない複数の人間と接することが多くなるだろうそういった集まりは、避ける傾向がある。

 けれど。

 今日は、ファントムが出掛けていて居ない。
 天気も良くて、・・・・・・・バーベキューだとか外でそうやって食べるのなんて、久しぶりで懐かしい気がする。


 それに、・・・・。




『ジャックとかスノウとかクラスの皆が結構来るし、ナナシも来るんだぜ?
 ナナシなんかさ、スタンリー?とかいうトモダチまで連れてくるって!』




 そんな話を聞いていたら、アルヴィスはいつの間にか行くと返事をしていた。

 行くと言ってしまってから、自分でも驚く。


 課題があるのに。

 早くそれを終わらせたいから、ギンタのところへ資料を返して貰いに行こうとしていた筈なのに。


 ―――――――今日くらい、課題はやめてもいいか。

 天気も良いし、外で皆でバーベキューするのは楽しそうだ・・・・なんて、考えている自分がいた。





 ちょっとだけ。

 ちょっと、出掛けてくるだけだから。

 それだったら、ファントムだって心配しないだろうし・・・・彼が帰ってくる前に帰ってきたらバレないかも。

 そんな軽い気持ちで、アルヴィスは待ち合わせ場所まで向かったのだ。





 ―――――――まさか、それがとんだ遠出になるとは露知らず。




 

 

 

 NEXT 63

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言い訳。
ホントは、ACT63まで書いてあるのですが長いので分けました。
今回から、また新章となります☆
大体の登場人物が揃ったこともありますし、そろそろ新展開というか・・・新事実が明かされることになるかと(謎)
とはいっても暫くは、ナナアル風味な展開が繰り広げられるかと思われます(笑)
もちろん前提にファンアルがありますし、ナナアルではどうしたって成就はしませんけど・・・!!多分。
つか、真冬に真夏な話書いちゃってサーセン・・・(爆)