『君のためなら世界だって壊してあげる』
ACT 61 『Anniversary-4-』
ファントムの後見・・・という立場を手に入れたペタは、それから足繁く彼の祖父であるセルシウスの屋敷を訪れた。
もちろん、留学までの準備やその他諸々の用事があったからではあるが、――――――最大の理由はファントムに逢い、彼の思想を聞くことだった。
それまでモノクロでしか無かったペタの世界に、色を与えてくれたのはファントムである。
まだあどけなさの残る、幼い少年の姿をした『神』こそが、いつの間にかペタにとって唯一の絶対的存在となっていた。
「あー、1日2回も洗うのメンドクサイ」
うんざりしたように、そう言いながら。
白シャツに黒の細いリボンタイを結び、白の縁取りが付いた黒ジャケットを羽織った制服姿のファントムが、被っていたジャケットと同色のベレー帽をベッドの上に放り出す。
「でもこのままじゃ、手触りがゴワゴワしてる気がして気分良くないんだよね!」
そして履いていた革靴を床に行儀悪く脱ぎ捨てて、そのままベッドに仰向けに寝転がった。
「・・・・・・・お使いのタイプは一時的に染めるものですから、どうしても品質的には落ちるでしょうからね・・・」
黒の半ズボンから覗く、白い膝と形良く伸びた黒のハイソックスをはいた足がバタバタと不服げにベッドの上で動かされるのを視界に入れつつ。
ペタは脱ぎ捨てられた靴をきちんと揃えてやりながら、言葉を返す。
「洗髪で落とすタイプでは無く通常のタイプであれば、もう少し質は良いかと思うのですが」
「んー・・・」
ペタの言葉に、少年は生返事だ。
「かといって、完全に染めるのは嫌なんだよねー・・・」
そう口にしつつ顔をしかめる少年の髪は、栗色に染められている。
勿論それは、生まれつきの色では無かった。
少年の本来の髪は、輝くように美しい白銀色であり――――――・・・今の髪色は、水性のヘアカラースプレーで着色された人工のものだ。
「だってそもそもさ、ボクの場合は睫毛だって眉毛だって銀色なんだよ?
髪だけ染めるって訳にいかないし、そうなると毎回マスカラ付けなくちゃいけなくなるし、不便極まりないよ」
確かに、通常は髪色と眉や睫毛は色が揃っているのが、普通である。
というか、眉や睫毛が髪よりも色が濃いのは『有り』だけれど、その逆はあまり無い。
「爺ぃがウルサイから、仕方なくやってるけどさー今更だよね?」
「・・・・・・・」
「だってボク、この屋敷に来るまでだって同じ学校行ってるんだから。
クラスの皆だって、ボクの元の髪色知りまくりだよ。
最初なんて皆して、『For what?(何でそんなことするの?』って聞いてくるから、ウザいのなんのって!」
「・・・・・・・・」
「それなのに、毎朝髪染めてマスカラで睫毛とか眉毛塗ってさ?
アホらしいったらありゃしない! ねえペタ分かるでしょ? ボクの苦労!?」
「・・・・・・・・」
ぶつぶつと文句を言う少年の言葉通り、この『言いつけ』は余り意味が無いだろうとペタも思う。
けれどファントムの祖父・セルシウスは彼を引き取る段に至って、どうしても孫の髪色が許容出来なかったらしい。
ファントムの純度の高いプラチナのような銀糸の髪は、美しいが物珍しくて、酷く他人の目を引く。
雑多な人種が混在し、様々な色の髪や目があるこの世界でも――――――そうそう余り、お目に掛かることが出来ない色である。
プラチナ・ブロンド(白金髪)と称される髪色だって、うっすらと金色がかっているのが普通だ。
それが他の一切の色を排した、混じりっけ無しの銀色の髪とあっては、祖父セルシウスには到底受け入れられるモノでは無かったらしい。
それで孫を引き取るにあたり、セルシウスは息子・・・即ち彼の父親と同じ髪色にすることを命じたというのである。
色素の薄い彼の容姿や顔立ちなどから、ファントムが純粋なN国人で無いことは歴然としており―――――――そうなると、彼が何処の血を引いているのかなどという余計な詮索が周りに沸き起こることを危惧したのだ。
要は、孫息子が特異な容姿をしていることを、セルシウスは恥じて隠そうと考えたのである。
だから、セルシウスは孫息子が部屋から出ることを禁じ、学校などでどうしても外に出なければならない時には、彼の髪色を染めることを厳命した。
しかし、学校に行ってしまえば、学校の人間はファントムの元の髪色を知っている訳であり――――――何故にそんな奇異なことをするのかと、かえって関心を集めることになってしまっている。
セルシウスの命令は、屋敷の使用人達他、ファントムがこの邸宅に引き取られてから出逢った人間にしか効果は無い。
しかも、髪用着色剤などを用意する使用人は、ファントムの本当の姿を目にしている訳であり・・・・・・・人の口に戸は立てられるモノでは無いからして、既に使用人の殆どが知っているだろうことは想像出来た。
ファントムが口にするとおり、全く意味のない行為といえばその通りなのである。
だがペタは、それに対して何かを言える立場には無い。
「・・・・ファントム。そのまま寝転がっておられては、制服がシワになります」
慇懃(いんぎん)な態度で言葉を発し、起き上がるのを即すように手を差し伸べる。
「いいよ別に。制服なら余分にまだあるし」
差し伸べた手に、ファントムは気怠げに溜息を付いて頭を振った。
「それにさ、もうすぐ要らなくなるんだし・・・保管してるヤツも使った方いいんじゃない?
留学したら、この服着ることも無いんだしねー」
留学先は私服登校だから、確かに今着用しているようなインターナショナルスクールの制服などは不要になる。
「では、・・・お着替えなさらないのですか」
「んー・・・でも、髪洗わないとだしなあ」
けれどペタが諦めて再度そう口にすると、差し伸べたままだって手をファントムが掴んできた。
そして、大儀そうに起き上がる。
それからベッドに腰掛けたまま器用に上着を脱ぎ、ペタへと渡してきた。
「あーあ、もうボクのこんな姿、絶対アルヴィス君に見せられないよ・・・」
うんざり、と言った様子で独りごち。
ファントムは、部屋に備え付けられたシャワールームへと姿を消した。
「・・・・・・・・・・・」
上着を手にしたまま、ペタはその後ろ姿をじっと見送る。
「アルヴィス、・・・・」
ファントムが時たま、口に上らせる名前だった。
――――――この、穢らわしさに満ちた地上で。
たった1つだけの、尊くて清らかな存在の名前だよ――――――――。
初めてファントムがペタの前で、『アルヴィス』という名を口にして。
それは一体誰なのかと問うた時に、言われた言葉である。
「・・・・・・・・・」
コシが強いのか、ツンツンと毛先が逆立つ青みがかった黒髪に・・・・猫のような少し吊った大きな青い瞳が印象的な子供。
自慢げに可愛いでしょ、と言いながらファントムがペタに見せてくれた写真の『アルヴィス』は、彼が言うとおりとても整った容姿をしていた。
対極の質である印象は受けるが、造形の美しさという点ではファントムと同レベルでは無いだろうか。
目が醒めるような鮮やかに深い青色の瞳といい、繊細に整った目鼻立ちといい、抜けるような白肌といい――――――天使をモチーフに神自らが細工を施した、可憐なDOLL(人形)のようだ。
ただ、写真で見る印象の限りでは、まだまだほんの子供・・・幼児と称するのが相応しいだろう年齢に思える。
思春期までの子供にとって、1歳という年の差は大きい。
ましてファントムのような、大人とすら対等に渡り合う事が出来る優秀な子にしてみれば、同年齢は愚か、数歳年上の少年でも話し相手に物足りないと感じてしまうのでは無いだろうか。
それなのに、ファントムは写真に写った年端もいかない幼い子供を、とても大切に思っているようであった。
―――――アルヴィス君はね、英語分からないんだ・・・だからボク、必死に日本語覚えたんだよ。
――――――日常会話は不自由ないかなーってくらいには分かってるつもりだったから、敢えて学ぼうとは思って無かったんだけど。
――――――ほら、幼児言葉とかってあるじゃない。
アレはさ、ホント苦労したんだよ・・・出逢った時、まだアルヴィス君は3歳でね・・・発音が上手く出来ないから、言ってることちゃんと分かってあげられなくて。
それにボクの日本語も少し難しかったみたいだから、易しい言葉で伝えたかったんだけど、そういうのもボクあんまり知らなくて。
――――――でも、アルヴィス君の言わんとしてることはボク全部分かってあげたかったからね。頑張ったんだよ・・・!
ファントムは、そのまるで人形のような美しい子供がお気に入りの様子で、事ある度にアルヴィスの名を口にした。
留学先では母語である英語で全ては事足りるというのに、ペタとは全て向こうでも日本語で話すと宣言してるのも、アルヴィスと話す為らしい。
ほんの少しでも、言葉がぎこちなくなったり発音がおかしくなったりすることは嫌なのである。
彼の為だけに、日本語を母語と同等に話せるようにしておきたいらしいのだ。
実際にファントムは、日本語でスラング的な言葉も使いこなしており発音も完璧だから、知らない者は彼の母語は日本語なのだと思うに違いない。
ファントムの、アルヴィスに対する思い入れは相当だ。
そして、そのお気に入りのアルヴィスが、ファントムの髪色をとても好いているらしいのである。
―――――・・・『きれいだね。ふぁんとむのかみ、キラキラしててすっごくきれい!』そう言ってさ、ボクの髪に触ってきてね。
ボクがちょっと屈んで触りやすいようにしてあげると、小さな可愛いお手々で頭撫でてくれるんだよ。
――――――・・・目立つし視線がウザイから、ボクも出来ればせめて金髪とかだったら良かったなーって思ってたんだけど。
・・・・アルヴィス君がそう言うなら、銀色で良かったって思った。
――――――だから今は、ボクは自分の髪色が好きだよ。 だって、アルヴィス君がお気に入りなんだからね?
眉や睫毛まで色を調整しなければならないのが面倒、とは言っていたが・・・ファントムが頑なに便利な長期間着色可能なヘアカラーを使わない本当の理由は、アルヴィスという子供のためなのだろう。
そもそも最初聞いた時はペタも驚いたが、彼が国内の有名私立校に転校せず、海外への留学を選んだ理由すら『アルヴィス』のことを考えてのことらしい。
―――――――ボクは、早く『自由』が欲しいんだ。
国内の学校行った方が、アルヴィス君に逢える確率は高いけれど・・・でもそうするとボクは、大学卒業するまで、拘束されることになる。
あの爺ぃ、ボクが医師免許を取ったらその後の行動は問わないとか口走ってたからね・・・・ボクはその言質(げんち)を逆手に取って、最短コースで自由になる道を選択したんだよ。
そうしたら、自然と留学選ぶことになるよね・・・向こうは能力次第で幾らでもスキップ出来るんだから!
そうペタに告げ、ファントムは機嫌の良い笑みをその美しい顔に浮かべて言葉を続けた。
――――――――せっかく、この世に生まれたからにはね。
ボクはボクの、やりたいようにする。
アルヴィス君を傍に置いて、ボクは世界を手に入れる。
思い通りにならないのは嫌だから、・・・・邪魔なモノ全部排除して、ボクが好きなモノだけの世界を作るよ。
―――――――ね、ステキでしょうペタ。キミなら分かってくれるよね・・・?
出逢って数分程度の頃に聞いたならば、誇大妄想としか思わなかっただろうファントムの言葉。
しかし今では、彼がその言葉を実現できるだろう能力を持っていることを、ペタは知っている。
ファントムこそが、この世を統べるべきだろう器なのは間違いない。
そしてペタは、何処までもその彼に付き従うのだと―――――――もう決めている。
そう、ペタが『主』として戴くのは彼の祖父セルシウスでは無く、・・・孫のファントムだ。
従うべきは、―――――・・・彼、ただ一人。
ただただ、彼の望むまま・・・彼の欲するモノを手に入れる為に尽力する。
それが『世界』だろうと『アルヴィス』という子供だろうと・・・ファントムが欲するならば、その御前(みまえ)に全てを差し出すのだ。
彼の手足となり、彼が望む全てのモノは、何としても手に入れる。
それこそが、ペタの天命なのだ―――――――。
「あーあ、明日が休みで良かった。
明日は染めなくていいんだって思うと、それだけで何か気持ちが軽くなるよ・・・」
そんなことを口にして、子供用のバスローブを羽織り濡れた銀髪をタオルで無造作に拭いながらバスルームから出てきたファントムに、ペタが声を掛けた。
「・・・ファントム」
「なに」
ペタの方を見ようともせず、ファントムはベッドに腰掛けて濡れた前髪を何度か掻き上げ、首に掛けたタオルでまだ湿っている顔を拭く。
「染めるのが面倒でしたら、明後日からももう染めなくても結構です。
それに部屋にカギを掛けるのも止めさせますから、ご自由にお出になって大丈夫です」
「・・・・」
ペタの言葉に、ファントムが顔を上げて色違いの双眸を此方に向けた。
そして短く、言葉を発する。
「怒られるよ?」
そんなことを許可したと言ったら、セルシウスにペタが叱責されるという意味だろう。
確かに、隠そうとしている姿を晒して外を出歩いているなどと知れれば、セルシウスは烈火の如く怒り狂うに違いない。
しかしそれは、ペタだって承知していることであった。
「大丈夫です。セルシウス様は、ここ半月ほどは学会の関係でストックホルムの方へご出張ですから・・・・当分お逢いになることは無いかと」
「使用人たちを、口止めするの?」
「彼らも、自分たちに不利益となる事柄は、口外したいと思わない筈です」
「・・・・・・・・」
「それに我々も、あと半月足らずで留学する訳ですし、もしセルシウス様に露見するとしてもその頃には、既に向こうへ渡っています」
「ふぅん・・・?」
ファントムがペタを見て、面白そうに唇の両端を吊り上げる。
銀糸の髪に、髪色より幾分濃い色合いをした同色の眉と長い睫毛・・・ペタが知っている『神』の真の姿だ。
今は濡れた前髪を後ろに掻き上げ流しているから―――――色違いの金と紫の両眼が露わになっており、その並外れた美貌と相まって酷く神々しく見える。
姿はほんの、あどけない子供である筈なのに・・・・表情とその纏う雰囲気は明らかに、年端もいかない子供のそれでは無かった。
使用人達にとっての不利益なこと・・・それはどんなこと、と少年は聞かなかった。
恐らく、口外すればどんな羽目になるかとペタが脅すのだろうことは察しが付いているに違いない。
けれどもそんなことは、『神』にとっては些末なことであり・・・ファントムにとってはどうでも良いのだ。
この小さな美しい『神』が側近にと望むのは、願い通りのモノを差し出すことが出来る優秀な僕(しもべ)のみである。
方法などは、どうでも良い筈である・・・・自らの前に、望みのモノさえ差し出されているならば。
「そうだね」
少年の姿をした『神』は、機嫌の良い笑みを浮かべる。
「ボクも留学する前にアルヴィス君の顔は沢山見ておきたいし、・・・頼めるかな?」
「はい」
「ふふっ、・・・ありがと。キミはやっぱり最高だねペタ。ボクが望むことを理解してくれている」
ボク達、最高のトモダチになれそうだよ――――――・・・そう言って、美しい子供の姿をした『神』はペタに向かって満足そうに微笑むのだった。
――――――Let's support each other to reach our dreams.
(ボク達は、同じ夢を描く運命共同体だよ・・・)
楽しそうに、そう呟いて。
ペタの全てを支配する美しき銀色の『神』は、その左右色違いの瞳を細める。
「一緒に、素敵な世界作ろうね。・・・約束だよ」
穏やかに紡がれる柔らかな声音が、甘く優しくペタの脳髄に浸食していく。
金と紫の双眸が此方を見つめて、その美しい瞳の中へとペタの意識を閉じ込めていく。
けれどそれは、決して不快な感覚では無かった。
むしろ希(こいねが)い、自ら望んで差し出したくなるような想いに駆られる。
――――――――それで、いい。
自分の全ては、彼に献げるべきものなのだから。
彼の望みの為ならば、この身を焦がし心が砕け散り、全てが無に帰そうとも惜しくは無いと思う。
彼のためならば、ペタは何だって出来るのだ。
「全力を尽くします。・・・ファントム、貴方のためだけに」
ペタの言葉を受け、眼前の少年が嫣然(えんぜん)とした笑みを浮かべる。
「Are you sure? I'm very glad to hear you say that・・・.(それホントだよね? うれしいな・・・)」
「Absolutely.・・・Trust me.(勿論です。・・・信じて下さい)」
伸ばされた少年の手を取り、恭(うやうや)しくその甲に顔を寄せながら、ペタは静かにそう誓うのだった――――――――――。
NEXT 62
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言い訳。
コレで取りあえず、ペタさんとトム様の初めて出逢い編は終了です☆
この後に、二人で渡米する訳ですね(笑)
次回から、新章となります・・・季節外れですが、夏ネタで頑張りたいです(爆)
ファンアルが前提ですけど、少々ナナアル風味が出張るかもしれません。
まーどっちみち、敵わぬ恋ですけどねー☆←
つーか、全然話変わりますが、日本のことを『日本』と書いたり『N国』と書いたり、ごちゃ混ぜなっててスミマセン(汗)
一応『N国』で統一したいなーと思ってるんですが、うっかりと『日本』になってるページもあるかと思います・・・。
いや、最初にどうしてアルファベットにしたかっていうと、トム様とか他のキャラって、どうしたって日本名じゃないよなーと。
だけどダンナさんの家だけ、『虎水』って名前なってるし、ついでに言うと日本人設定でしょうにダンナさんもギンタも金髪だし・・・コレって普通の日本国って設定じゃ無理があるよなーとか考えちゃったんですよねー(汗)
で、言語の名前ですけども、それも『N語』とか『E語』ってするべきかとも考えたんですが、これはもうわかりにくいだろうなと。
それで言語だけは日本語とか英語って使っちゃってるんですけど・・・それはそれでわかりにくいですよn(殴)
設定グラついていて、大変申し訳ありません^^;
『N国』=『日本』、『E国』=『英国(England)』、『A国』=『アメリカ(America)』ってつもりで書いてるんです・・・!(爆)
ややこしくて済みませ・・・><
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