『君のためなら世界だって壊してあげる』
ACT 58 『Anniversary』
―――――Hey,did you hear ? (ねえ、知っている?)
『恐竜』が生きていた時代。
身体が小さかった『ほ乳類』は、影に隠れて怯えて暮らしていたけれど。
小惑星が衝突して環境が激変したら、恐竜たち大型の爬虫(はちゅう)類は死に絶えて、ほ乳類は生き延びた。
強者と弱者が、環境の変化によって逆転したんだよね。
それまでは弱者でしか無かった存在が、取り巻く環境によっては強者になれる。
それって、・・・ボク達人間にだって当てはめられるってことだよね?
環境を変えてしまえば――――――立場なんて、幾らでも変えられる。
うじゃうじゃと天下を取った気分で、地上を徘徊してる虫けらみたいな人間を排斥(はいせき)することだって出来るんだ。
選ばれた存在のみで、居心地の良い世界を作る事だって可能だよ。
ステキだよね、そんな世界!
神が起こしたというノアの大洪水みたいに、地上の全てを洗い流したいなあ。
そしたらきっと、キレイになるよ。
今みたいに息苦しさなんて感じない、キレイな世界になる。
選ばれた存在だけで作る、清浄な世界だ。
どうしようもなく愚かで下等な奴らを一掃(いっそう)した、素晴らしい日々が始まるよ。
ステキだよね、そんな世界!
――――――Do you know what I am talking about ?
(ボクが言ってること、キミは分かるかな?)
湿り気を帯び、毛先からまだ雫が滴るプラチナ色の髪を揺らしながら。
少年は、その吸い込まれそうになる深い色した紫の瞳を、意味ありげに細めて見せた。
非の打ち所がない美しい造りをしているが、少年の顔立ちはまだ年相応にあどけない。
それなのに、浮かべている表情は老熟し全てに達観した人間のようであった。
何千年も生きている、人間とは違う異質なもの・・・畏敬の対象とも言うべき存在が、人間の子供という皮を被ってその場に居るような・・・そんな感覚に陥(おちい)ってしまう。
――――――Are you with me ? (ねえ、分かった?)
再びそう問いかけてくる、蠱惑(こわく)的な輝きを放つアメシスト色の瞳に。
判断力が狂わされ、思考の全てが奪われてしまいそうになる。
否。・・・既にもう、奪われているのかも知れなかった。
自分は、もはや――――――彼を見つめ、頷くことしか考えていないのだから。
「Yes,・・・I am with you.(ええ、・・・分かります)」
肯定する言葉が、勝手にスラスラと口からついて出る。
「That's exactly how feel.(私も、同感です)」
少年が、それを聞いて満足げな表情で口元を綻(ほころ)ばせた。
―――――・・・・I'm impressed.(・・・合格だ)
にっこりとそう言って。
少年は床に座り込んだまま、此方に向けて白い手の平を翳(かざ)してくる。
まるでローマ教皇がカトリック信者にするそれのような仕草に、何も言われずとも身体が勝手に反応した。
少年の前で膝をつき、敬虔(けいけん)な信者の如く頭(こうべ)を垂れる。
「・・・・・・・・・・」
そうして、自らが従うべき存在である少年の言葉をただ待った。
やがて彼の小さな手が、自分の頭に触れるのを感じる。
――――――Let's support each other to reach our dreams.
(ボク達は、同じ夢を描く運命共同体だよ)
頭上から響く声を、尊いものに感じながら。
ペタは静かに眼前の小さな主へと首肯(しゅこう)した―――――――――。
自分は将来、医師になるだろう。
―――――・・・初めてそう思ったのがいつであったのか、ペタは覚えていない。
家が代々続く医者の家系であり、親戚も殆どが医療関係者という環境に生まれては、その他の選択肢など無いも同然だったというのが実情である。
そして、そのことに特に何ら疑問も持たず・・・ペタは淡々と目標に向かって、勉学に勤しんだ。
使命感だとか、人命を救うということに意義を感じているわけでは一切無かった。
ペタの前に敷かれていたレールが、医師になる道を指し示しており・・・その道を歩むのが1番、平坦であったから―――――――というのが理由である。
生まれつき感情の起伏に乏しい性格で、とくにこれといって将来に対する夢も希望も無かったから、自身にとって1番なだらかで歩きやすい道を選んだのだ。
家族や親戚に刃向かう労力を使ってまで、やりたいと主張したいことなども皆無。
それならば言いなりになっていた方が、ペタにとっては遙かに楽だったのである。
ペタは両親が望むまま、中学からは単身でA国に留学し24歳の若さで医師となり――――――家の者達の勧め通りに、遠戚が理事長を務める大学病院へと就任した。
就任して数年の内にそれなりの評価を受け、更に身内である理事長からの贔屓(ひいき)もあり、若年(じゃくねん)の身ながら医局内でもそれ相応の影響力を持てる立場に昇進した。
しかし、それらはペタがわざわざ希望したわけではない。
やはり全ては流されるまま・・・目の前にある1番平坦な道を選んだ結果である。
故に、そこにペタ自身が何ら価値を見出していたのでは無かった。
喩えるなら、ペタを取り巻く『世界』は押し並(な)べて、『Gray−灰色−』なのだ。
その全てに明度の差こそあれ、それらに意味を持たせる他の色は存在していない。
灰色のみで塗りつぶされ、無意味に多種多様なモノが混在しているだけの虚ろな世界だ。
――――――・・・そんな場所で、ただ呼吸をして生きている。
閉塞(へいそく)感に息が詰まり、いっそ窒息して全てを終わらせてしまえば楽になるとも思うが、生命体としての本能で勝手に肺が酸素を欲しがり、勝手に命を繋げてしまう。
結果、ペタは今も生き続けている。
そして生き続けている以上は、この世界のルールに準じていかねばならない。
そこに、意味などは無かった・・・ただ、周囲の流れに従うだけのちっぽけな1生命体である。
意味無く生まれ、ただ生きるために生命活動を行い、そしてやがては死んでいくだけ。
この世は全ては虚ろで・・・・何もかもが、本当は意味など無い世界だ。
生きる歓びだとか希望だとか、そんなものは所詮は単なる概念(がいねん)。
ただそこに在るだけの『世界』に人間が生きるため勝手に作りだし見出した、都合の良い『意味づけ』なのである。
生きることに意味など無い。
ただ生まれ落ちたから、ここに存在するだけ。
そんな風に思っていたペタの思想を180度変えたのは、―――――――たった1人の少年との出逢いだった。
「留学する孫息子の後見として、共にA国へ行って欲しい」
遠戚であり、就任した大学病院の理事長でもある男にそう依頼されたのは、ペタが26歳の時のことである。
ペタは当時、医師としてだけでなく、大学病院内の裏側にある様々な事情に精通し的確に判断と処理出来る能力を理事長に買われ、彼の片腕的存在となっていた。
それ故、こうした私的な依頼も突飛すぎることでは無いとは言える。
「お前は14歳で向こうに渡ったという話だし、・・・・孫はまだ10歳だがサポートして貰うには適任かと思ってな」
ペタが、断るとは考えもしていないのだろう。
還暦半ばの男は、すでに決定した事項のように言葉を続けた。
「10歳とは思えないほど大人びた、少々生意気が過ぎるヤツで、そんじょそこらの大人などは簡単に言い負かし、鼻にも掛けん。
だからそれなりの者で無ければ、言うことなど聞きはせんだろうし、せっかく留学させても遊んでばかりいるようでは困るからな・・・・そこで、お前の出番と言うわけだよペタ」
一緒に行って、監視してやってくれ・・・と、事も無げに言う。
「孫は訳あって、ほとんど英語しか話せんのだ。
留学するにおいて、それはむしろ問題無いが傍付きの者と意思の疎通が出来ないようでは困る。
・・・その点、お前は留学経験があるし語学も堪能で年も近い」
そして続けられた言葉で、ペタがその世話役に抜擢(ばってき)された理由も説明される。
要は若手でも30代前半を指す医師業界で、まだ20代でありながら研修医ではなく、れっきとした医師である自分が妥当だったと言うことだ。
それでも10歳という話だから、16歳も離れているワケであり・・・・理事長の言うように『年が近い』とは思えない。
だが、理事長はペタの思惑などまるでお構いなしの様子で、更に話を続ける。
「アレは、なかなかの逸材でな・・・・先月計ったIQテストで200点越えをしよった。10歳でだぞ」
「5歳児程度でしたら、そう珍しいと言うほどでもありませんが・・・確かに10歳でその数値は驚異的ですね」
まぐれというか何というか、知能指数テストで幼い子供が高得点を出すということはままあることだ。
だが年齢が上がるにつれて、そういったマグレまがいなことは減少し・・・・10歳を越える辺りから、平均値である100前後を上回ることはまず無い。
最高値が160程度が、確か上限だった筈だから・・・理事長の言うことが身内による贔屓(ひいき)でなく真実なのだとしたら、それは確かに驚異的数値である。
「そうだろう、そうだろう。流石ワシの血を引く孫だろう?
だからワシは、アレに英才教育を施してやらねばならんのだ」
ペタの言葉に、理事長は上機嫌になって頷いて。
それから急に、そのシワが刻まれた彫りの深い顔をしかめた。
「――――――今度こそ、失敗は許されん。
留学させたからといって、全てを自由にさせておくとロクなことにはならんからな・・・・!!」
「・・・・・・・・・・」
醜聞を気にして伏せられてはいるが、理事長の長男がA国へ留学したおりに知り合った女性と駆け落ちし、挙げ句に海外で事故死した・・・というのは院内では周知の事実である。
息子に幼いころから英才教育を施し、息子もそれに応え立派に育って、あともう少しで医師になれるといった矢先の・・・・研修1年目に、彼は全てを捨てて恋に走ったらしい。
理事長が激怒して長男を勘当したという話だったから、妾腹に生ませた次男に家を継がせるつもりだという噂を耳にしていたが、そうでは無いようだ。
理事長はとしては、やはり自分の正妻が生んだ長男の血筋に家を継がせたいのかも知れない。
「・・・・・・・・・・」
そして、その為の一端をペタが担ぐ羽目になったようである。
理事長の口ぶりから言って、それはもはや決定事項だ。
正直、ペタとしては理事長の機嫌も孫も、どうでもいい。
随分と敏い子供のようだから、愚かで救いようのないバカ息子の世話を焼くような苦労はしなくて済むかもしれないが―――――――子守りなどしたことは無いし、それであれば慣れた環境(大学病院内)で理事長のサポートをこなしていた方が楽だとも思う。
わざわざ、また海外で暮らすのも面倒である。
しかし、理事長の希望がその『子守り』ならば・・・・ペタは、従わざるを得なかった。
彼が理事長を務めるこの大学病院内には、多数の血縁者が勤務などで携わっている。
ペタが理事長の機嫌を損ねることは、即ち縁戚(えんせき)の者達にも影響が出かねず・・・ひいては、色々と波風が立つこととなるだろう。
ただ生きている・・・生かされているだけのこの世界で、何故にこれ以上煩(わずら)わしいことを増やすことがあろうか。
目の前に、何本もの別れた道があるのなら。
1番平坦な道を選ぶのが、ペタのモットーだ。
「頼まれてくれるな?」
そう確認され、ペタが取る態度はただ1つである。
「分かりました。お引き受け致します・・・」
いつも通り無表情を貫いたまま、ペタは頷いた。
どのみちペタは、その孫息子とやらとの信頼関係を築く気は全く無かったし、あくまで依頼されたことを遂行するだけのつもりだったから、さして気負いは無い。
ひたすら留学先で勉学に勤しませて、理事長の望む通りに監視してやれば良いだけのことだと考えている。
それで孫息子に嫌われようが何だろうが、どうでも構わなかった。
ペタにとって大切なのは、如何に自分の人生において波風が立たず平坦な道を歩けるか・・・それのみである。
孫息子の不興を買おうと何だろうと、理事の気の済むように対処さえしていればペタの院内での居場所は確約されるのだ。
孫息子などへの関心は、ゼロだった。
だから、この時のペタはまだ思っても見なかったのである。
関心などまるで無かった、その孫息子との出逢いこそが、自分の運命を変えることになるのだと。
全身全霊を賭して守り、従い、尽くし抜く――――――そんな存在と出逢うことになるのだと。
この時のペタはまだ、知らなかったのだ・・・。
NEXT 59
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言い訳。
ようやく書けました、ペタさんとトム様の出逢い編序盤でございます(笑)
トム様の日(10月6日)記念ということで、書き始めてみました☆
最初は番外編でいくつもりでしたが、どうにも本編とこの先かぶりそうなので・・・本編ということにしちゃいます(爆)
ペタさんが、どういう風にトム様に傾倒していくのか、そこら辺を上手く書ければなーと思ってますが。
・・・トム様のどの部分に心酔していくのかを、微妙にまだゆきの自身が掴みかねてるので・・・ちゃんと書けるのか不安でs(爆)
余談ですが、今回のシリーズから、必要に迫られ各キャラに名字を付けてみました。
メルキャラって、ギンタ以外名字が無いから不便なんですよねー><
なので、勝手にねつ造です・・・って主に使用ARM名前から取ってますけど(笑)
ちなみに次回から出てきますが、ファントムは『アリュマージュ』、ペタさんは『スイクルデス』なんて名字になる予定です。
他にも色々設定はしてみたんですが、・・・まあ使うかどうかは微妙ですね☆
以上、余談でした(笑)
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