『君のためなら世界だって壊してあげる』
ACT 57 『パウゼ』
「・・・・子守ィ?」
いつも『解体』だの、『処分』だの・・・・そういった所謂(いわゆる)、物騒なことしか命じてこない人物が発した言葉に。
パウゼは思わず、素っ頓狂な声で聞き返してしまっていた。
「そう、要は子守だ」
だが、相対する人物は常(つね)通りに表情の乏しい顔で、淡々と言葉を続けるのみである。
「対象者の在宅時以外の行動を監視し、危険が及ばぬよう阻止するだけだ。
――――――お前にはヌル過ぎる簡単な仕事だろう、パウゼ?」
「・・・・・そりゃそうだけど、」
戸惑いを隠せず、パウゼは言い淀んだ。
確かに自分が普段やっている『仕事』は、指定された人物の抹殺やら死体の処理やら・・・それなりにリスクが高くて、法規外の『見つかれば確実に重犯罪に問われる、秘密裏(ひみつり)な作業』が殆どである。
パウゼがこの世で、たった1人・・・自分にとっての『主』と決めた青年の言葉通り、彼の為に存在し彼の邪魔となるモノ達を排斥(はいせき)するのが役割だ。
それに比べれば、たった1人の人間の監視やら護衛などは『子守』と称しても良いくらいには軽い仕事と言えるのかも知れない。
しかしだ。
「俺には、畑違いだろ!?」
暗殺業と子守では、余りにもジャンルが違い過ぎる。
多めに見積もっても大学生、・・・下手をすれば学校に合格したばかりの高校生にも見える外見とは裏腹に、パウゼはれっきとした20台後半の男であり―――――――子供のお守りなんて、したことが無いのだ。
パウゼの手には、拳銃やナイフなどの武器は良く馴染こそすれ・・・その見かけより随分と皮膚の硬い手の平は、幼い子の頭など撫でたことも無い。
悲鳴や命乞い、怨嗟(えんさ)の呟きなら幾らでも聞いたことがあるが、子供の声など『殺し』の時の怯えた泣き声しか聞いたことは無いのだ。
『主』の命とあらば、パウゼは何だってやり遂げるつもりだし、逆らう気は一切無い。
たとえそれが子守だったとしても、パウゼは喜んで使命としてそれを果たすだろう。
―――――――ただし、『主』から直接に命令を賜った場合は、だ。
『主』がパウゼに直接命を下すことは極めて稀(まれ)であり、・・・・パウゼに下される命令は大体にして眼前のこの男――――――・・・ペタによって伝えられる。
そしてその指示は大抵、ペタによって適切な『メンバー』へと振り分けられる為・・・・場合によっては人選ミスなどもあり得る筈なのだ。
唯一絶対なのは『主』だけなのだから、他の人間では・・・勿論パウゼ自身も含めてだが・・・完璧では、有り得ない。
依(よ)って。
ペタからの今回の命令は―――――――適切では無い人選ミスだ、とパウゼは判断した。
「他当たってくれよ、小さなガキの子守ならサラとかツェーとか居るじゃんか!
俺は、もっとこうハードな・・・・」
「―――――安心しろ、対象はそう幼くは無い。多少、聞き分けは無いがな」
うるさい子供の子守など御免被(こうむ)ると、パウゼが表向きは『主』にメイドとして仕えている女達の名を挙げると。
眼前の男・・・ペタは、パウゼに1枚の写真を投げてきた。
「ターゲットは、『彼』だ」
「・・・・殺すって話なら、喜んで受け取るけどなー・・・」
不服げに言いながら、パウゼは仕方なく受け取った写真に眼を向ける。
「・・・・うおっ、・・!?」
そして、写真の中の人物を見て、―――――言葉を失った。
瑠璃色の光沢を放つ黒髪に、透き通るような白い肌。
此方をじっと見つめるその顔立ちは、・・・非の打ち所がなく完璧に整い過ぎていて・・・まるで人形か何か、造り物であるかのような印象を与える。
「・・・・・・・・・・」
とにかく、美しかった。
猫を思わせる少し吊った大きな青い瞳も、スッキリとバランス良く納まっている高い鼻梁も、小さめの形良く整った唇も。
繊細に整った細い顎や、シャツの襟から覗く華奢な首筋まで――――――何もかも。
とにかく、キレイで完璧に整った顔立ちだと思った。
「・・・・ファントム様も、早々有り得ねーくらいに、お綺麗な顔してるって思ってたけど、・・・」
――――――こりゃスゲェ。
素直に、パウゼの口から溜息が漏れた。
これまで、パウゼが姿形の美しさに感嘆したことがあるのは神とも崇める『主』、ファントムのみである。
銀髪にアメシスト色の瞳した白い貌の、・・・あの神々しいまでの美しさを眼にした時。
地上には、本当に生き神が存在するのだと畏敬の念を感じたのだ。
桁違いの美しさに、眼どころか魂ごと奪われた。
声を拝聴し、その言葉を賜(たまわ)った途端、使命を果たさなければならないと感じた。
彼の望むもの、願うものは、何だって差し出さなければならない気がした。
彼に搾取(さくしゅ)されることは、―――――――彼以外全てのモノ達にとっての『至上の悦び』であり、それを否定するモノ達は滅ぼさねばならない。
その使命を、パウゼは確かに感じ取った。
パウゼが『主』として戴く彼は、この世の『絶対者』なのである。
だから、彼以外に。
質は違えど、彼と同レベルの美しさを持つ『存在』があったというのが驚きだった。
『主』であるファントムの姿には、ただただ畏敬の念しか感じ得ないが・・・・この写真の青年には、純粋に興味を覚える。
とくに、青年の瞳の青がパウゼの心を捉えた。
この色を見ていると、過去に埋没し全てが不確かに霞んでしまった何かの記憶が刺激され・・・何か訴えてくるかのようで、とても気になる。
いつだっただろう。
何処でだっただろうか。
――――――この色を、自分は見たことがあるとパウゼは感じた。
「ヒュー♪ 美人だねこりゃ。こんなキレイなら、眺めてても退屈しねーな!」
「・・・名前は、アルヴィス」
「へえ、アルヴィスねえ・・・」
名を聞いても、聞き覚えはない。
やはり、単なるパウゼの気のせいだろうか。
こんな鮮やかな目の色ならば、ハッキリ覚えていないのも確かに不自然な気がする。
「Y市立大に通っている、1年生だ」
「ふーん、・・・これだけ美人なら大学の奴らも色めき立ってるんだろうな。
見つけやすいけど人目も惹き付けるから、何するにしろやりにくいターゲットだぜ」
しきりに写真の人物・・・アルヴィスの姿に感心するパウゼを余所に、ペタは淡々と言葉を続けてきた。
「お前にはアルヴィスの自宅以外の行動の監視と、護衛をして貰いたい」
「・・で、このおキレイなお兄さんは何者だって言うんだ?
大学生だって言うし、見たところちゃんとフツーに育ってるみたいだし、子守が必要には見えないぜ?」
いつも通り無駄口は一切叩かず、ペタは単刀直入に用件を言い渡してくるが、もっぱら『主』であるファントムの『闇』部分の『処理』を担当しているパウゼとしては、この分野違いな『監視&護衛』を命じられる理由も知りたいところである。
対象を殺すというのであれば、いつものことだが・・・・監視をし、尚かつ守れと言われるのは初めてだ。
一体、『主』とこの青年・・・アルヴィスの関係は何なのか、興味も湧くというものである。
「―――――忠告しておくが、絶対に手は出すなよ」
そんなパウゼの心を読んだのか、ペタがその無機質な緑青(ろくしょう)色の瞳を眇(すが)め、静かに言った。
「アルヴィスは、ファントムのお気に入り。
しかも、彼にとって唯一にして最愛の存在だ。・・・手を出せば、その逆鱗に触れることとなるであろうな」
「・・・・ファントム様の、・・・!?」
「だからこそ彼自ら、お前を指名した。
その姿なら学生として大学内でも自然に馴染み、常にアルヴィスを見張ることが出来・・・いざとなれば守る為に手段を選ばず講じることが出来るだろう、・・・お前を」
「!? 俺を、・・・ファントム様が・・・!!」
今度こそ、パウゼはペタの言葉を、驚愕とそれを上回る歓喜と共に耳にした。
護衛しろと言われた対象が、『主』にとっての最愛の存在であると聞いた時も驚いたが、この衝撃はそれ以上だ。
ファントムが、名指しでパウゼにと命じた。
―――――それは、パウゼにとって身に余るほどの栄誉(えいよ)である。
信頼し、力を認め、自分が適任であると『主』が思ってくれたことの証だ。
「・・・・ファントム様の、恋人・・・?」
「そうだ」
「その護衛を、俺が・・・?」
「そうだ」
「・・・・・・・っ!」
余りの感激に、言葉が出なかった。
ファントムにとっての、大切な存在。
それを守るという大切な『任務』に、パウゼを指名してくれたのだ――――――他ならぬ、『主』が。
そう考えただけで、武者震いしてしまう。
さっきまで頭から離れなかった、彼の『目の色』のこともアッサリと霧散する。
「重要な仕事だと、分かったか?」
「・・・ああ、勿論・・・!」
確認するようなペタの言葉にも、パウゼは真摯(しんし)な様子で頷いてみせた。
自分が神とも仰ぐ存在である『彼』自ら任せてくれた仕事に、パウゼが異存などある筈も無い。
むしろ、『主』の掌中の珠ともいえる存在を守れるのは、配下としては光栄の極みだ。
最初耳にした時は、何ともやり甲斐のない畑違いな仕事だと思い、まるでやる気が起きなかったパウゼだが。
やはり事情が変われば、俄然テンションは上がってくる。
『主』のお役に立ちたいというのが1番の理由だが、それ以外にも、『主』がそういう手段を講じる以上・・・何らかの血生臭い事態が生じる可能性も濃厚だろう。
それならば、普段から『主』の闇sideで活躍しているパウゼの腕前が、鈍る羽目にはならなさそうである。
「じゃあ、つまり俺はこのアルヴィス・・・いや、アルヴィス様?を見張ってて。
危険がないよう、守ってればいいんだな?」
「簡単に言えばそうだ。・・・だが1つ、絶対に守って欲しい取り決めがある。
アルヴィスには、お前の存在を出来るだけ気取られるな」
「へえ? じゃ、俺は隠れて監視するってことか。
でもそれだと、監視はいいとしても守るのは限界あるぜ?」
「大学の知人として接するのは、許可する。
要は、監視や護衛をしていると気付かれなければ良いのだ」
「オトモダチかー・・・」
パウゼは、もう一度写真をしっかりと眺める。
文句なしのキレイな顔だが、――――――猫を思わせる瞳のせいか、けっこう気が強そうな青年だ。
そういえばさっき、『聞き分けは悪い』と言われた気がする。
『主』に選ばれた、毛並みの良い純血種のお姫様なんだろうから、やっぱり性格はワガママな方なんだろう。
『主』とタメを張れる美貌の青年だが、オトモダチになるのは骨が折れそうだ。
「・・・うーん、・・・」
「重ねて言うが、知人止まりだぞ。馴れ馴れしくしたり、必要以上の接触は厳禁だ」
パウゼの唸る様子を誤解したのか、ペタが念を押してくる。
神とも崇める『主』の大切な存在に、誰がそんな僭越(せんえつ)なことが出来るというのか。
「ファントム様の恋人に、そんな恐れ多いこと出来るわけねーだろ!」
元から少々柄が悪い―――――と、称されることの多い童顔を顰(しか)め、パウゼはその暗く沈んだ水色の瞳でジッと顔色の悪い男を睨み付けた・・・・。
「・・・どうしたんだ?」
激しく降りしきる雨の中、髪も服もぐしょ濡れにして何かを探している様子の子供に。
パウゼが雨宿りをした軒先から声を掛けたのは、本当に単なる気紛れからだった。
行ったり来たり、自分の目の前を彷徨(うろ)かれるのが目障りだったからかも知れない。
声を掛けられた子供が、顔を上げて此方を見る。
びしょ濡れになったその白い顔は、ハッと目を見張るくらい繊細に整っていた。
とくに、パッチリとした大きな瞳がとてもキレイな色をしていて、目を奪われる。
服装から男の子かと思ったが、顔立ちから見るとショートカットの女の子かも知れない。
とにかく、そんじょそこらでお目にかかれないくらいには、キレイな子だ。
将来、間違いなく相当な美人に育つだろう。
「・・・おかね・・」
此方を見て、その子供は小さく口を開いた。
「――――・・・金? 落としたのかよ?」
何かを探していた様子と、今のキーワードから導き出される答えに再度そう問えば、子供は泣きそうな顔で頷いた。
「タバコ、買ってこいって言われたのに・・・」
見つからない、とションボリ言う。
その間も、雨は激しく子供の身体を叩いている。
いつから雨に打たれているのかは知らないが、夏とはいえ身体の芯から冷え切っているに違いなかった。
良く見てみれば、元から色白なのだろうが、子供の顔は白さを通り越して蒼白になっている。
「帰って落としたって、正直に言えよ。んな濡れてたら風邪引くぞ」
「・・・かってくるまでかえってくるなって、いわれた・・・」
らしくもない親切心を出して忠告した途端、言われた言葉に。
「・・・ちっ、」
パウゼの身体が勝手に動き、子供の手を引っぱって軒先へと連れ込んでいた。
気紛れにでも、子供なんか嫌いな筈なのに声を掛けてしまった理由。
それが今、分かった気がする。
きっとこの子供と―――――自分の子供時代が、重なって見えたのだ。
ちっぽけで無力で、大人の庇護が無ければ生きていけない存在で。
なのにその、頼れらざるを得ない相手から疎(うと)まれ続ける・・・子供の纏う、そんな空気が自分の子供時代を思わせたのだ。
厄介なだけだから、構うまいと思うのに――――――・・・放っておけない気持ちにさせる。
サイズの合わないぶかぶかな服と半ズボンから覗く、細くて棒みたいな手や足の所々にある内出血の痕が、転んだとかそういった理由からじゃないだろう事とか。
不自然なくらいに痩せている辺りの、原因だとか。
そういったモノがことごとく、着古したお下がりばかりの服を着て、殴られ蹴られるのが日常だった自分の子供時代と酷似していたから。
「・・・・・・・・・・」
パウゼは、おもむろに学生服のポケットに手を突っ込み、小銭を探った。
チャリチャリ、と数枚の小銭が指先に触れる。
「幾つだ?」
それを掴みながら、ぶっきらぼうに子供に聞いた。
「え・・・?」
「だから、タバコ。何個買えって言われてんだよ?」
「・・・・え、・・あの、・・・?」
再度問うたが、まだ子供は困惑げに此方を見あげたきりだ。
制服をだらしなく着崩し、幾つもピアスを填めて指にも複数のシルバーリングを光らせている姿で見られていては、小学校低学年程度の子には怖ろしく映るのかも知れない。
「早く言えって。まさか1カートンとか言わねえだろうな?」
「・・・・・2こ・・・・」
やっと答えた内容に、手の中の小銭の数を確かめる。
そして傍らに設置された自販機へと、足を向けた。
子供が呆然とした様子で、それを見送る。
「どれだ?」
「・・・・・・・・」
パウゼが自販機に並ぶタバコに顎をしゃくって見せても、子供は戸惑ったまま無言だ。
「だから、買ってこい言われたのは、どれだって聞いてんだよ!」
「えと、・・・1番みぎの、水色のはこ・・・」
声を荒げて再度聞けば、子供は怯えたように身を竦めながら右端の煙草を指さした。
「マイセンか・・・」
手にした小銭をコイン投入口へと入れて、パウゼは言われた煙草が陳列されている下のボタンを2回続けて押す。
「おし、じゃあこれ持って行け」
「・・・えっ、・・・・・!」
出てきた箱を子供の手に無造作に落としてやれば、子供はびっくりした顔でパウゼを見つめた。
「でもっ、・・・?」
なんでこんなことをしてくれるのか、と問いたげな顔だ。
けれどそんなのは、パウゼ自身にだって良く分からない。
ただ、このまま煙草を買えずに買えれば、この子供が酷い目に遭うんだろうな、とか。
殴られるのか蹴っ飛ばされるのか―――――はたまた、これだけ可愛ければ良からぬお仕置きでもされてしまうんじゃないだろうかとか、・・・そんなことを思ってしまって。
そうしたら―――――何となく気紛れに、掬いの手を差し伸べたくなったのだ。
根本的な掬いになんて、ならないのは分かっている。
こんなことで人生などは変わらないし、一時的に助かるだけというのも分かっていた。
だけど、そんな一時的な掬いでも・・・・無いよりはマシなことをパウゼは知っている。
「いいからそれで持って、さっさと帰れ。お前すげー震えてんじゃんか」
「で、でも・・・・・・」
「いーじゃん、貰っとけ。
持って帰らねぇと、お前、酷い目遭うんだろ?」
「・・・・・・・・・・・」
こんな雨の中、傘も持たせずタバコを買いに行かせるような大人で。
子供の心配より、自分の用事を優先させるような人間は得てして、そんな些末(さまつ)なことを気にしないものだ。
経験上、それを自分は良く知っている。
そう思い言ってやれば、果たして子供は無言だった。
「―――――そうだ、コレもやるよ」
ポケットに一緒に入っていた、アメ玉も差し出してやる。
2個あった。
「俺も腹減ってるから、1個だけな。ブドウ味とイチゴ、どっちがいい?」
手の平にアメを2つ乗せ、子供に見せると。
子供は迷った挙げ句に、おずおずとブドウ味を取った。
「へえ、ブドウ味が好きなのか」
なんとなく、どうでもいいと思いつつそう言ったら、子供はううん、と首を振る。
「イチゴ味のが好き」
「じゃあ、なんでブドウ? こっちイチゴなんだぞ?」
俺はどっちでもいいんだから、好きな方にしろと再度言えば、子供はまた首を横に振った。
「こっちがいい」
「意味わかんねー」
「だって、こっちの色のが好きだもん」
眉を寄せたパウゼに、子供は嬉しそうにブドウ味のアメを握って笑う。
年相応の、無邪気で可愛らしい笑顔だった。
ハイレベルな容姿をしているから、そうして笑うと余計にその整った容貌が際立って見え。
実際に天使が居たらこんな感じだろうか、なんてらしくもないことを考えてしまう。
天使に喩えられるほどの容姿で生まれても、決して幸せになれるとは限らないし。
却って、不幸な目に遭う確率が上がるだけかも知れないが。
――――――まあ、何にしろ。
恵まれた外見ほどには、この子供が自分の置かれた環境に恵まれているとはパウゼには思えなかった。
「こっちのアメ、キレイなブドウ色してるからこっちがいい」
ブドウ味のアメを握ったまま、子供がキッパリと言い切る。
「・・・あっそう」
このぐらいの子供は、実際の味より見た目を重視しがちだったかも知れない・・・そう思い直してパウゼは納得した。
「紫色が好きなのか?」
好きだと言ったイチゴ味を取らず、そっちの色を取るくらい好きなのかと思って聞いてみれば、子供は秘密を打ち明けるような面持ちで口を開く。
「うん。・・・あのね、大好きなお兄ちゃんの目と似てるんだ」
とても嬉しそうな・・・少しだけ恥ずかしそうな表情で、そう言ってくる。
「こんな感じの、・・・すごくキレイなブドウのアメ色なんだよ」
その様子から、子供がとてもその『お兄ちゃん』なる存在を好いているのが伺えた。
「へー、そうなのか」
「うん!」
元気よく頷く姿が、無邪気だ。
なんとなく、・・・この子にはちゃんと味方がいるのだと思ってパウゼも安心する。
保護者がロクデナシでも、周りにそういう心の支えがあるだけで大分違うモノだから。
好きなイチゴ味より、その人間の目の色を選ぶくらい好いているのだから相当可愛がって貰っているんだろう。
「その兄ちゃん、優しいか?」
「うん、すっごくやさしいよ! ・・・でも今は遠いところへ行ってるから、あえないんだ・・・」
「遠いとこ?」
「がいこく」
「・・・・・・・・・・」
「でも、ちゃんとおれのことむかえにきてくれるって、言ったもん」
「・・・・・・・・・・」
「だからおれ、ずっと待ってるんだ」
「・・・・・・・・そっか」
良くあるパターンのエピソードに、パウゼは押し黙った。
必ず迎えに行くから―――――そう、親が我が子に言って。
そのまま行方をくらまして、それきり蒸発してしまう例なんて幾らでもある。
この子供が言う『お兄ちゃん』も、例外に漏れず、その類だろう。
そう思ったら、待ち続ける子供が哀れだった。
「やっぱり、・・・・コレもやるよ」
手の中に残っていた、イチゴのアメを子供に渡す。
「?」
「好きなんだろ、イチゴ。持っとけ」
「・・・いいの?」
子供はキョトンと手の中の2つのアメ玉を見つめていたが、また嬉しそうな笑顔になった。
「うん、・・・ありがとう!」
「おう」
その可愛らしいお礼に、ぶっきらぼうに応じながら。
きっとこの子供は、今は大好きなブドウ色がその内に嫌いになるんだろうな、とボンヤリ思う。
「・・・・・・・・・・」
迎えに来るからね、と言って幼いパウゼを抱き締めてきた存在は、薄いオレンジの服を着ていた。
それからオレンジ色が好きになり、何かと言えばその色を選んでいたのは遠い昔のことだ。
約束はその場限りの他愛のないモノに過ぎず、信じていた自分が愚かだったと知ったのは何年も経ってからだった。
――――――オレンジは、今では1番、パウゼの嫌いな色である。
「・・・お前さあ、もっと上手く生きれるようになんないとダメだぞ」
気付いたら、子供の頭をグリグリ撫でながら、そう言い聞かせていた。
「俺と違って、せっかくイイもん持って生まれてきたんだから、利用される前に利用できるようになれ」
「? ・・・いいもの??」
言われても子供は意味が分からないらしく、小首を傾げる。
流石にこの年齢では、難しすぎるだろうか。
小学生低学年の子供に、自分の顔の造形が云々と言っても理解出来ないかも知れない。
「・・何でもねーよ、とにかく強く生きれって言ってんだ!」
パウゼはあっさりと、言葉を翻(ひるがえ)す。
小さな子供に分かりやすく説明なんて、面倒すぎて考えるだけでも嫌だ。
「いいからもう行けよ、あんま遅くなると怒られるんじゃねーか?」
「・・・・・・」
話題を変えるように口にしたパウゼに、子供が我に返ったように顔を強張らせた。
僅かな間、何かを逡巡(しゅんじゅん)するように顔を伏せる。
帰ろうかどうしようか、迷うような態度だ。
恐らく、帰る場所はこの子供にとって、決して恋しい場所では無いのだろう。
むしろ辛い思いばかりを強いられる、恐怖の対象である可能性も高い。
「・・・ほら、行けって。グズグズしてっと余計怒られんだろ・・?」
だが、かといって。
子供が帰れる場所は、『そこ』しか無いのである。
そして、何となく事情を察することができるパウゼも・・・・子供に、なにをしてやることもできない。
「・・・・・・・・・」
子供は俯いて、しばし佇んでいたが。
やがて、小さな両手にアメと煙草を抱えて真っ直ぐに此方を見上げる。
「うん、俺もういくね。・・・・タバコとアメ、ありがとうおにいちゃん!」
「・・・おう」
にっこり笑って見せたその顔は、自分らしくもない喩えだがやっぱり天使みたいだと思えるくらい可愛いもので―――――・・・自然、パウゼも釣られて笑顔になった。
強い子だ、と思う。
「さようなら」
ぺこ、と礼儀正しく頭を下げてから、子供は再び、傘もないまま雨の中へと飛び出していった。
「・・・・・・・・・・・・・」
パウゼは黙って、その姿を見送る。
パウゼが傘を持っていれば、譲ってやりたい所だったが生憎(あいにく)自分も傘を持っていない。
まあ、傘があったらこんな場所で雨宿りをしている訳も無く――――――あの子供に出逢うことも無かったのだけれど。
「・・・それにしても、・・・」
曇りのない、キレイな青色の眼だったなと思う。
あの幼さで世の不条理さを既に身体で知っているのだろうに、・・・不思議と穢れのない澄んだ色だった。
見ているこちら側の心まで洗われるような、清浄な青。
「・・・・・・・・・・」
これから先、あの子供はもっともっと悲しい現実を知るだろう。
汚い部分や醜いモノを、あの鮮やかな青の瞳は映すのだろう。
「・・・・・・・・・」
けれど、あの目がキレイなままならいいな、とパウゼは思う。
大好きなお兄ちゃんの目の色だから、好物のイチゴよりもその色のアメが欲しい。
――――――そんな可愛いことを言っていた、無邪気な心のままに。
あの子供が、ブドウ色のアメをいつまでも好きなままでいられますように・・・・無神論主義だけれど、パウゼはそう祈らずにいられなかった。
キレイなものは、キレイなままがいい。
泥の中で生まれ泥の中を這い蹲(つくば)って生きてきたからこそ、―――――穢れなく美しいものは、敢えて汚したいと思わない。
「ブドウのアメ、ずっと好きなままならいいけどな・・・・」
降りしきる雨にぼやける景色の中、パウゼは既に姿の見えない子供が消えた方角をいつまでも見つめていた――――――――。
NEXT 58
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言い訳。
トム様の性格なら、1人か2人はアルヴィスの傍で監視&護衛用に置いておくかなーって気がするんですよね(笑)
なので、ここではDSゲームのオリキャラより、パウゼ君にご登場願ってみました。
彼って、ゲームでもアルヴィスの幼い頃を知っていて、尚かつARM(スィーリングスカル)あげてる存在ですので、適役かなーと☆
それに幼いアルヴィスのことをそれなりに構ってくれてたみたいですし、案外面倒見良いキャラかなって気がするんですよね。
後半部分で大体おわかりでしょうが、『君ため』本編においてパウゼとアルヴィスは以前に出逢ったことがあります。
彼とアルヴィスが10歳くらいの年齢差があるとして、当時はアルヴィス6歳、パウゼが16歳ってとこでしょうか。
補足的なことを書きますと、2人の出逢いは当時のパウゼは孤児院から学校に通う高校生で、アルヴィスはちょうど親戚にたらい回しに遭っていた頃です。
アルヴィスがファントムとお別れしてから数ヶ月、ってとこでしょうか。
お互い・・・ていうか、少なくともパウゼはアルヴィスのこと忘れてますけど(笑)
パウゼがファントムに心酔するようになるキッカケも、いずれ機会があったら書いてみたいですね^^
次回は恐らく、また新たなトラブルが持ち上がる予定です(爆)
夏もほぼ終わってしまいましたが、夏真っ盛りなネタが書きたいんですよ・・・!(爆)
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