『君のためなら世界だって壊してあげる』




ACT 56 『初恋儚く泡と消え 再び君に、恋し日々−2−』



 

 

「おい、・・・こんなトコに住んで大丈夫なのか?」


 大学の最寄り駅から、徒歩で15分の場所にあるワンルームマンション。

 8階建て最上階の角部屋である1DKの室内を見渡して。
 一応関係上は、同い年の兄弟である青年が口にした最初の言葉は、そんな心配そうな言葉だった。

 独り暮らしを開始して、彼を此処へ連れてきたのは初めてだというのに言われた台詞がソレなのは、ちょっとガックリ来る。

 ギンタにしては、意外とキレイにしてるな、とか。
 ちゃんと独り暮らし出来てるじゃないか・・・とか。

 そういった感心してくれるような、アルヴィスからのホメ言葉を期待していたのに。


「学校に近いのはいいけど、・・・こんな駅傍の物件なんて、家賃払えるのかお前?」


 アルヴィスは部屋の中を見回しながら、いつ目にしてもキレイだとしか思えない顔を心配そうに曇らせて、そう聞いてくるだけだった。

 アルヴィスの中では、ギンタの暮らしぶりより何より、家賃の方が気に掛かるらしい。
 まあ確かに最寄り駅まで徒歩15分圏内で、デザイナーズ・マンションと言われるこんな洒落た部屋を、一介の大学生であるギンタが借りていたら不思議に思うのは、当たり前なのかも知れない。

 ただし、アルヴィス以外なら・・・・だろうが。


「や。払えねーけど」


 とりあえず、アルヴィスの質問に答えつつ。
 コイツは何でこう、学校の成績なんかが優秀なクセにその他の部分が鈍いんだろうかとギンタは思った。

 こんな月々の家賃が十何万円もするような部屋を、自力で借りられるワケが無いことなどは、考えなくたってわかるだろうと思うのだ。
 そして、今のそんな状態を作り出せるような人間は、周囲に1人しか存在しないだろうことも。

 ギンタとアルヴィスの父親であるダンナが、長年の夢を追いかけて海外へ行ってしまった理由だって『その人物』からの援助があったから』であり。
 そもそも、そんな経緯(いきさつ)でダンナが海外へ行ってしまわなければ、ギンタだってこんな場所で独り暮らしをしている筈もない。


「!? バカ、払えないなら何でこんなトコ・・・!!」


 だが。
 目の前の半年だけ年下の、名義上は弟である青年は、ギンタの返事に血相を変えた。


「何考えてるんだ! こんな分不相応なトコ借りて!!」


 その様子には全く、今現在、自分が置かれている境遇というものを理解していないことが伺える。


「・・・・あのさあ、アルヴィス」


 少しだけ呆れが滲んだ声で、ギンタは口を開いた。


「ココ借りたのは、俺じゃねェの」

「?」


 多分これだけでは分かってくれないだろうと思ったが、やはり目の前のキレイな顔には不可解だと言わんばかりの表情が浮かんでいる。


「俺が言ったのは『ワンルームで、出来れば大学近いとこがイイな』っつーことだけ!」

「・・・・? それで、その条件で探したんだろ??」

「・・・・・お前の、幼なじみがだけどな」

「え、・・・? ファントムが??」


 やっぱりピンと来なかったらしいアルヴィスのセリフに、ギンタは説明を足してやる。


「そっ。オヤジが旅に出る時みたいに、『気に入ったら住んでくれ』って言って来てさ。
 ココ紹介してくれて、家賃とかも全部持ってくれるって話だったから」


 それならばと、お言葉に甘えてココに引っ越したのだ――――――と言ってやれば、ようやくアルヴィスが合点のいった顔をした。


「そうだったのか。・・・じゃあファントムに、お礼言っておかないとだな。
 こんな高そうな場所借りるなんて、やっぱり大変だろうし・・・・」

「・・・・・・・」


 いやきっと、あんま大変じゃねーと思うけど。

 そう思いつつ、ギンタは内心で嘆息(たんそく)した。


「・・・・・・・・」


 どれほどなのかはギンタにだって分からないが、アルヴィスの幼なじみだという人物は、相当な金持ちだと思う。

 でなければ、実家に現れていきなり、ダンナに世界一周の提案とそれに掛かる資金の提供を申し出てきたりなど、到底出来ない筈である。
 その夜には彼の使いだという人間が来て、ギンタの独り暮らし用の部屋はどんなのがいいかと希望を聞いてきたと思ったら―――――それから30分もしない内に、数件のマンションのリストをギンタへ渡してくる手際の良さ。
 それも全て、ギンタが口にした、いっそ無茶にも思える希望を叶えた物件ばかり・・・である。

 つまり、自分の手足として動かせる人間達を雇い、そういった高額だろう物件でも簡単に押さえられるような人間ということだ。

 この部屋程度の家賃を支払うことなど、きっと金魚の餌を飼う程にも思っていないに違いない。










 ―――――感謝の気持ちをね、・・・表したいんです。

 彼をここまで育て、守ってくれていた貴方たちに、心からの御礼をしたい。

 金銭での謝礼など無粋に思われるでしょうが、僕には今、こんなことしか出来ません。

 どうか僕の気持ちを汲んで、受け取っては頂けませんか・・・・・・?







 アルヴィスの幼なじみだと名乗り、初めてギンタ達の実家に訪れた『ファントム』という人物は。
 資金提供を最初は渋ったダンナに、そう言って来たのだという。

 どうしても感謝の気持ちを表したい――――――そう言って来た相手に、ダンナは申し出を断れなかったと・・・・後で、その時は家に不在だったギンタに教えてくれた。








 ―――――――・・・だけどさ! だけどっ、・・・オヤジ。

 俺達とアルヴィスは、『家族』だろ!??

 シャレイキンとか、そんなん、要らないだろ!!

 そんなの受け取ったら、俺達カネ目当てでアルヴィスをウチ置いてたみたいじゃねーか!!






 しかし、ギンタとしては、ああそーなんだ?と、その内容を簡単には受け取れない。

 そもそも、アルヴィスの幼なじみという、その人物との最初の印象が悪すぎた。




『もしもし? あのね、アルヴィス君は今日から僕の処で一緒に暮らす事になりました。

 そう彼の養い親であるダンナさんにも、ヨロシク伝えておいて下さい。  いずれ、ご挨拶に伺いますので・・・・』



 アルヴィスが1人暮らしを初めて、程なく。

 いきなり連絡が取れなくなり、心配しつつもジリジリと数日が経って・・・・・やはり警察へ通報した方が、と迷った頃にようやく連絡がついて。
 アルヴィスに事情を聞こうとした途端いきなり声が変わって、一方的にそう告げられたのはまだ、ギンタの記憶に新しい。

 あんまり突飛な内容過ぎて、ギンタがロクな言葉も発せられない内に、電話はアッサリと切られてしまった。
 その上それっきり、何度アルヴィスの携帯電話にかけ直しても、また電源自体が切られてしまったらしく繋がらない。

 なんて訳の分からない、失礼な男だとギンタはその時に憤慨(ふんがい)したのだったが―――――――後になって、それが『ファントム』というアルヴィスの幼なじみだと判明したワケだ。


 そんなヤツに・・・いや、そんなヤツじゃなくて出来た優秀なヤツにだって、アルヴィスはやりたくないけれど、とにかくその『幼なじみ』とやらとアルヴィスが一緒に住むなんて、ギンタとしては大反対である。







 ――――――・・・だってよ、断れねェだろが?

 あの兄ちゃんは、本当ならずっと、アルヴィスの面倒を自分で見たかったんだ。

 けど、過去には絶対戻れねえ。過ぎた時間は、2度と戻らない。

 だから、俺とお前ェに何としても礼がしたいんだろよ。

 何せ、あの兄ちゃんがアルヴィス手放した空白の時間に関われる手段なんて、それっくらいしか無いんだからな?

 その手段とやらが、たまたま『金』だったってだけのことだろ・・・・。





 だがしかし。
 なんで申し出を受けたんだと、食って掛かったギンタにダンナは、事も無げにそう答えた。







 ――――――・・・ったく、ギャアギャアうるせーな! お前は。

 いーんだよ、俺様は楽しく旅に出て、お前ェは快適に独り暮らしすればよっ!

 そうすりゃ、あの兄ちゃんも満足で俺達もシアワセで、言うこと無しだっつの。





 挙げ句にはそう言い切って、ギンタの反論を押し込めてしまったダンナである。






 ―――――――・・・そんでアルヴィスが安心すんなら、ソレが1番だろが?

 アルヴィスがシアワセ掴むのを邪魔するとか、・・・そんな粋(イキ)じゃねえこと出来ないよな?







 まあ、最後にそんなことを言われてしまったら。

 ギンタだって、異論は挟めなかったのだが。





 アルヴィスが、常に自分たちに心を砕き、自分たちのことばかりを気に掛けて暮らしていたことをギンタは知っている。
 血が繋がっていなくとも、家族として仲良くやってきたつもりだが―――――やはり、アルヴィスとしては何処かしら、遠慮する部分はあるのかも知れないというのは感じる。


 元来の性格と言ってしまえばそれまでだが、散らかりがちな虎水家を常にキチンと片付け整頓していたのはアルヴィスだったし、無駄遣いが多くてダンナの月末の給料日前などには切迫(せっぱく)しがちな家計を、何とか細々と切り盛りしていたのも彼だ。

 欲しい物があっても、アルヴィスは新聞配達などのバイトをして自力で手に入れるようにしていて、ほとんどダンナに買って欲しいと強請っていた記憶も無い。

 学校の成績もギンタと違い優秀で、弓道では全国大会に出場する程の腕前。

 しっかり者で、・・・・まあ少々世間知らずな所があり、しかも他では見ない程の美人だから多少その面で、ギンタやダンナが心を配っていた部分や、多少の問題はあるものの・・・・・とりあえず、非の打ち所のないオールパーフェクト美少年。

 そんなアルヴィスが気に掛けるのは、いつも『家族』―――――ギンタと、ダンナのことばかり。
 内心、ギンタはそれがとても得意で嬉しいと思っていたのだが・・・・アルヴィスはいつだって、本当に家族のことが最優先で、他のことは後回しだった。

 小学生の頃に、ギンタが学校の友達と遊び呆けているような時だって、アルヴィスは先に帰って夕飯の買い出しへ行ったり食事の支度準備をしていた。
 土曜日で学校が休みの時や日曜なども、家の片付けや洗濯を優先させて。
 終わった後も、テレビを見て寝転んでいるダンナの傍にベッタリくっついて、遊びにも行かない徹底ぶりだった。

 ちゃんとした大学に入って、それなりの職に就いて、早くダンナさんに親孝行したいんだ・・・というのは、アルヴィスの幼い頃からの口癖である。


 それらを考えると、決してギンタやダンナはアルヴィスにそうして欲しいなんて無理強いをしていたワケじゃないけれど――――――・・・アルヴィスの中に、何処かしら自分たちへの遠慮があるんじゃないかという気がするのだ。


 だって、良い子過ぎる。

 大学に入った今ならまだ話は別だが、小学生や中学生の頃なら、ワガママ言ったり駄々捏ねたり、反抗したりするのは極々当たり前のことだと思うのに。
 それらを一切やらなかったアルヴィスは、振り返ってみれば出来すぎた子供だった。


 ただ、そう話すアルヴィスの顔は別に恩返ししなくては、とか。
 良い子でいなくちゃ・・・とか、そういった使命感ではなくて。

 純粋に、ダンナが大好きだからそうしたい――――――という尊敬と憧れの気持ちが、いつも透けて見えていたから・・・・・その部分は、救いだなと思うのだけれど。



 家族だから。

 ギンタだって、誰1人漏れることなく・・・全員がシアワセならいいな、とは思う。
 その為に何かが自分に出来るなら、自然にやろうと考える。

 だけど別に、その為に自分のことまで後回しにはしなくていいと思うのだ。
 だって、自分が家族を思うのと同じように・・・家族だって、自分のシアワセを願っている。

 家族とは、そういうものだろう。

 だからアルヴィスが、・・・無意識にでも自分を後回しにするとか、そういうことを考えなくなるのなら。
 それはギンタだって、良いことだと思うのだ。

 アルヴィスにはアルヴィスなりの、アルヴィスがシアワセだと思う道を歩いて欲しい。






 ただ、―――――・・・その後に続けられたダンナの言葉には。

 ギンタはどうしたって、納得が出来なかったのだけれど・・・・・・・・。

















「ギンタが独り暮らしなんて、どうなるのかと思ったけど・・・思ったよりは散らかってないな!」

「・・・・だろ?」


 目の前で今までの心配そうな様子から打って変わり、この場所での生活ぶりをチェックし始めたアルヴィスの姿に、ギンタは返事をしつつ複雑な表情を浮かべる。


「この家具類とか、備え付けなのか?
 スゴイな、・・・このテレビとかソファなんて何処かのインテリア雑誌の表紙みたいじゃないか・・・」

「ああ・・・なんか全部、揃えてくれた」

「へえ・・・? やっぱり、在るとこにはあるんだな、こういうスゴイの」

「・・・・・だな」


 スゴイすごいと連発しているアルヴィスだが、実際スゴイのはこの部屋に住んでいるギンタでは無くて、部屋を借りて全てを用意させた彼の幼なじみだ。

 大学までが自転車で10分程度、最寄りの駅は全国でも1日の利用者数が上位にランキングされる大きな規模で、そこに歩いて15分ほどで行けてしまうこの場所。
 しかも新築で、名のあるデザイナーがデザインしたとかの、文句の付け所の無いスタイリッシュなマンションである。

 そんな場所を探してくれて、しかも家賃などは全額持ってくれるという太っ腹ぶりだ。
 流石に、掃除などを担当してくれるというハウスキーパーの手配は遠慮させて頂いたが、ソレ抜きでもう、充分にアルヴィスの幼なじみの凄さは示されているだろう。

 ――――――凄いのは認めても、決して感謝の気持ちはギンタには湧かないし。
 あくまでアルヴィスの『幼なじみ』であって、『彼氏』だなどとは絶対認めないし、名前だって口に出すもんかと思っているけれど。


「・・・・・・・・・・・・」


 それにしても、相変わらずアルヴィスの感覚はどこかズレているようだと、ギンタは内心で苦笑した。

 アルヴィスが、大学に入るのを機に独り暮らしをしようとして、実際に1人で暮らしていたのは、たった2週間ほど。
 その後は、例の金持ちな幼なじみに拾われて、その家で暮らしている。

 ギンタやダンナでさえ、その恩恵を受けてこんな待遇なのだから・・・・当のアルヴィスに至っては、それこそ王侯貴族のような生活を送っている筈だ。

 その証拠にアルヴィスが着ている服は、そういったブランドには疎いギンタでもそれと分かる仕立ての良さだし。
 手首に填められている、2重に巻き付けた革のブレスレット型時計は、先日知り合いが雑誌を片手に欲しいと溜息をついていた、超高級ブランドのモノだ。
 たしか、30〜40万円はすると騒いでいた気がする。

 そして、それらの高級だろう品が・・・・アルヴィスには良く似合っていた。

 極めて自然に、イヤミ無く彼に似合っている。
 顔立ちのキレイさだとか、そういったアルヴィスの魅力は良く知っているギンタだけれど、今の彼の姿は本当に品があって。
 ――――――もしかしたら元々、『そっち側』の人間だったのじゃないかという気がしてくる。

 アルヴィスがギンタの家に着たばかりの頃に、ダンナが口から出任せに『お姫様』だと彼のことを称したけれど。
 アレは、あながちデタラメでは無かったのじゃないか、という気がしてくるのだ。

 アルヴィスには、そういう上品な格好で・・・お上品な暮らしこそが似合うのだと、今の彼を見ていると思ってしまう。

 それなのに。


「すごいなーこの冷蔵庫! 大きいし、なんかスッゴイ機能的な感じがするぞ」

「・・・・・・・・・」

「あ、この洗濯機、乾燥機付いてるんだな!?」

「・・・・・・・・・」

「うわ、この大きなテレビってもしかして、録画機能付きなのか??」

「・・・・・・・・・」

「この本棚、しっかりした造りだし沢山入りそうでいいな!
 ・・・ギンタちゃんと本買って読めよ? せっかくの本棚が勿体ない・・・!!」

「・・・・・・・・・」

「ていうか冷蔵庫! お前、中身が空っぽじゃないか!!
 ちゃんとこんな大きい冷蔵庫あるんだから、安売りの食材買い溜めて置かないとだろ!?」

「・・・・・安売りする店なんて、近くにねぇよ」

「だったらチャリで、遠くに買いに行け! チャリならタダだ」

「・・・・・・・・」

「いつも言ってるだろ!? 1週間に1度、特売で大量に買い込んで、
 それだけで食いつなぐようにすれば、かなり食費が浮くんだからな・・・!」

「・・・あー・・・うん」


 何故にこう、・・・言っている内容がセレブでは無いのか。

 先程の『在る所には在るんだな』発言だって、・・・・それこそアルヴィスが現在住んでいる場所には恐らく、そういう高級家具ばかりがゴロゴロしてるんだろうに。

 きっと、自分が着ている洋服や腕時計なんかの価値も、分からないままなんだろう。
 食費なんかも、今は気にする環境に居ないだろうに。


「・・・・・・・・・」


 まあ、この庶民的・・・というか、ぶっちゃけ貧乏性な感覚がいつまでも抜けない辺りもアルヴィスの可愛いところだとギンタは思っている。


「・・・・・・・・・・・」


 そう、・・・・変わらない。

 何も、変わったりはしない。
 自分たちの関係は今まで通りで、・・・・変わる筈なんか無い。

 暮らす場所が変わっても、着る洋服が替わっても、アルヴィスはアルヴィスだ。


「・・・全くもう、俺が目を離したらすぐこうなんだからな、ギンタは・・・」


 冷蔵庫を開けていたアルヴィスがそう言って、自分の荷物を置いたままで玄関の方へ足を向ける。


「ほら行くぞギンタ! とりあえず食材買ってこよう・・・
 じゃないとお前、またコンビニとかで高上がりに済ませるつもりだろう?」


 どうやら、この5ヶ月だけ年下の弟(・・・としてだけなんて、ギンタは思ってないけれど)は、特売目指して遠くの店へ足を運ぶ気らしい。


「え〜〜だからさアルヴィス、ここの近くのスーパーなんてS城I井しか無いんだって、・・・」

「S城!? それ、高いのばかり売ってるとこじゃないか!!」

「だから、コンビニのがまだ安いし近いからイイんだって。
 そん次に近いのも、Qイセタンだしさ」


 金持ちな幼なじみ宅で暮らしているくせに、高級スーパーの名前に眼を吊り上げるようなアルヴィスが大好きだとギンタは思う。


「バカ、Qイセタンも高いだろう!! ・・・チャリあるんだよな?
 いいから、何処でもいいから普通のスーパー探すぞ!! そして、特売の店を狙うんだ・・・・!!」

「でも俺、あんまそういう材料買っても作れねーって」


 昔から変わらず、倹約第一な彼が愛しい。

 見た目に反して、貧乏性で度が過ぎる程の節約を頑張ろうとするアルヴィスが可愛いと思う。
 まあ、多少周りにもそれを強要するのが玉に瑕(キズ)だけれど。

 アルヴィスの、昔からのこういった見慣れた姿が見られるのはギンタとしては嬉しい限りだ。


「だったら俺がモヤシ炒めくらい作って帰ってやる!」

「!! いや、それ・・・はちょっと・・・・」


 ――――――とは言っても。

 幼い頃からやってる筈なのに、相変わらず全く上達しない料理の壊滅的な腕前が披露されるのは少々、(でも結構本気で)遠慮したい。


「何だよ、気にしなくていいぞ?
 俺、最近全然そういうのしてないし、たまにはやりたいくらいなんだから」

「あーうん・・・や、俺・・・最近ちっと胃とか具合悪くて?
 モヤシとか、消化悪ぃから駄目かなーって・・・・・さ・・・・」


 何せ、そう申し出てくれるアルヴィスの気持ちは嬉しいが、如何せん味がどうにもこうにも・・・・なのである。

 見た目がどうだとかいう、問題では無く根本的に味がヤバイ。
 味もヤバイが、身の安全上も結構にデンジャラスなのだ。

 昔からだが、アルヴィスは料理に限っては、何故だか有りもしない勘に頼ろうとする。

 見た印象だけで、勘で材料を揃え・・・勘で調理法を編み出し、結果、本来作ろうとしていた料理名など絶対浮かばないような、アヤシイ『物体X』が出来上がるのだ。
 食べ物な筈なのに、絶対違うだろうと思うような異臭が立ちこめていたり、自然界には無さそうな色をしていたり、・・・・とにかく人体に悪影響が出まくりな物体へと変化している。

 流石に、大抵のことは大らかに適当に流す性分のダンナもそれには閉口したらしく、アルヴィスには握り飯か、ただ焼くだけで済む料理―――――つまりウインナーだとか目玉焼きだとか、肉は焼くだけ、なんてモノだけに調理は限定させていた。

 ヘタに手を加えようとされると、トンデモナイ料理が出来上がってしまうからだ。

 もちろん、タダ焼くだけとはいえ巻いたりひっくり返したりするテクニックが必要な、卵焼きやオムレツなどは問題外。
 アルヴィスに出来る卵料理は、黄味が潰れて焦げた苦い目玉焼きと、茶色くなりボソボソになったスクランブルエッグだけである。

 料理なんて興味もないし、殆ど作ったことがないギンタだが・・・・密かに自分の方がまだ腕前はマシなんじゃないかと思うほどだ。

 けれど、オイシイか?と聞いてくるアルヴィスの顔がまた可愛くて――――――・・・ついつい、不味いという真実は告げられなかったダンナとギンタ親子である。
 だから、アルヴィスの中で料理が不得意という認識が無いまま育ってしまったのは、恐らくギンタ達の責任なのだろう。

 だが一生懸命に作る姿や、オイシイと喜んで貰えるに違いないと信じ切った瞳で見つめられながら差し出されては―――――――それに駄目出しが出来る鬼のような人間は、そう居ないだろうとギンタは思う。
 あの可愛さの前でなら、毒入り物体Xだって、美味しく丸呑みする覚悟も決められる。

 更に言えば、ギンタとしてはアルヴィスとずっと一緒に暮らすつもりだったから・・・・不味い食事を作られて被害を受けるのは自分かダンナだろうと思っていたので、そこら辺の責任は、ちゃんと取れる筈だったのだ。



 まあ、虎水家での食事は基本、買い出しがアルヴィスで。
 食事作りはダンナが担当していたから、それなりにちゃんとしたメニューが出されてはいた。

 オムライスだと思ったら、巻いた薄焼き卵の中身が、ルゥの掛かったカレーライスそのまんまだったり。
 まだソバ飯なるモノがメジャーじゃなかった時代に、焼きそばと白飯が混ざった焼きそばチャーハンが提供されたり。
 ホワイトシチューなのに、具がまんま、おでんの具で大根が浮いていたりはしたが・・・・とりあえず斬新だけど、口に入れても食アタリはしなかったし意外とおいしかったりした、虎水家の食事である。





「そっか、じゃあ普通にご飯炊いて、おかずは煮物とかにするか」


 ただし、作っていたのはあくまで父親であるダンナで。
 アルヴィスは、材料の買い出しを任されていただけだから。

 当たり前だが、煮物なんて・・・そんな微妙な味加減が必要っぽい料理は、絶対にさせる訳にはいかないのだ。


「!! あ、・・・えと、・・・ア・・・アルヴィス!!
 あのさ、今日は俺・・・実はスッゲェ腹減ってて!!
 作ってくれんの待てねーし、弁当にしようぜ・・・・っ・・・?」


 マックとか買って来るのも有りだよなっ!! とギンタが力説すれば、予想通りにキレイな顔が渋面を作る。

 節約魔王、もとい倹約家なアルヴィスは、ファーストフードや出来合の弁当などの購入に関してとにかく煩くて、・・・・それなりの理由がない限りは許可を出してくれない。


「だから、お弁当とかそういうの買うのは高上がりだと・・・!」

「今日だけ! ちゃんと明日から俺作るからさ!!」


 駄目と言いかける言葉を遮り、アルヴィスに手を合わせた。

 このデザイナーズマンションの周辺は、流石に金銭に余裕のある人間ばかりが住んでいるらしく・・・アルヴィスの眼に叶うようなスーパー(←薄利多売な、特売オンパレードな安売り店)は、相当遠くまで足を伸ばさなければ無いだろうと思う。
 それはかなり、面倒臭い。

 正直なところ、ギンタはそんな場所まで足を伸ばす気にはなれなかった。
 週1程度でも、そんな遠くのスーパーまで出向いて特売品を買うくらいなら、多少バイト時間を増やして貰ってでも近場で買いたいし、自分で作るより遙かに美味しい弁当とか総菜が食べたい。

 高額な家賃や光熱費の支払いを免れているために、結構生活費にだって余裕があるギンタなのだ。

 というか、自分からアルヴィスを取り上げたのだから、出してくれると言うのなら開き直って、もう出来るだけカネを毟り取ってやれ・・・という気にもなっている。

 最初は、アルヴィスを奪い去ろうとしているヤツなんかの世話になりたくないとも思ったギンタだったが、こうして自分が独り暮らしする羽目になったのだって、考えてみればその幼なじみのせいじゃないかと気がついたのだ。

 そいつが、アルヴィスをギンタから取り上げさえしなかったら。
 いや、そもそも再会してさえいなければ・・・・・独り暮らししているアルヴィスの所に、ギンタがその内に転がり込むという算段があったのである。

 ――――――そう考えたら今こうして、独り暮らしに掛かっている諸費用だって、ソイツ持ちでも全然構わないような気がしてきたのだ。

 自分とアルヴィスが暮らしていて掛かる経費ならば、バイトを複数掛け持ちしたって自力で稼いでやろうと思うギンタだが、そうじゃない現在は全く頑張る気になれない。

 アルヴィスと引き離され、しかもアルヴィスは他の男と同棲中なんて、・・・・そんな状況の一帯どこに、モチベーションの上がる要素があるというのか。


 ・・・ともかく。

 流石に食費は自分で賄(まかな)わなければならないけれど、現在、それくらいならバイトひとつで充分こと足りているギンタである。

 毎日弁当を買ったって、別に全然平気だ。
 ――――――アルヴィスが怒るから、そんな事情は口に出来ないけれど。



「アルヴィス。なっ? ・・・今日だけ! 今日だけだからさ〜」


 今日だけ、と強調してギンタはアルヴィスに食い下がった。
 本当は自炊する気など殆ど無いが、明日から頑張ると訴える。

 せっかく、久しぶりに2人きりで逢えたのだ――――――出来るなら、買い出しとかそういったことで邪魔されずに、ギンタは2人だけの空間でゆっくり過ごしたかった。

 本音を言えばアルヴィスの下手くそな料理だって、食べてもイイかと思ってしまうくらいには懐かしく思っているし、たまには前のように文句を言いながら、手製の物体Xを食べるのもいいかという気がする。

 けれども今日は、そうしてアルヴィスの意識が食材や調理に向いてしまうのでさえ勿体なかった。

 どうせなら食材じゃなくて、自分を見ていて欲しい。
 そのキレイな青の瞳に・・・前と同じように、ギンタだけを映して、笑っていて欲しかった。

 一緒に暮らしていた頃のように、自分だけを見て。
 いつもは授業が終わればすぐ、迎えの車に乗って帰ってしまう彼だから・・・こうした、たまの機会には出来るだけ長く、2人きりで過ごしたいのだ。









 ――――――・・・諦めろ。アルヴィスはな、・・・もう嫁に行っちまったんだ。

 俺としては、お前とこのまんま・・・ってのも、イイかぁーって思ってたんだけどよ。

 ま、運命の王子様が迎えに来ちまったんだから、仕方ないよなァ―――――――。







 アルヴィスが、幼なじみと共に暮らすことになったと知った時。

 父親には、そう言われた。








 ――――――・・・な、前に言っただろ?

 アルヴィス預かった時に、アイツはお姫様だぞって。

 だからな、・・・・お姫様はお城に帰るんだよ。



 王子様が待ってる、お城にな―――――――。









 ―――――流石に、父親。
 ギンタの気持ちなど、ダンナにはお見通しだったようだ。

 でも、納得なんか出来なかった。

 どんなにアルヴィスには、そういう世界が似合うと思っても。
 そこでの方が、アルヴィスはシアワセなんだろうと感じても。
 アルヴィスを守るのは自分だと、・・・ずっとギンタはそう思って来たのだ。

 今更現れて、勝手に浚おうとする白い王子なんかには渡せない。





「・・・・・・・・・・」


 時折、大学の門前で。
 アルヴィスを学校に送り迎えする高級外車の中に、その姿を見かける。

 そのまんま映画スクリーンに入り込んでも一切違和感が無いどころか、他の俳優達を遙かに霞ませるような存在感と美貌は、確かにアルヴィスと並んでも引けを取らないと思う。

 青白い月の光みたいな銀糸の髪に、菫(スミレ)の花をすり潰したような濃い紫の瞳。
 上品で柔らかな印象を与える、その美しく整った白い顔は、まるで謎の微笑を浮かべていることで有名な絵画のモデルのように掴み所が無くて、神秘的でさえある。

 マイナスイメージを抱いている、ギンタが見てさえそう思うのだから・・・本当に掛け値無く美しい容姿の持ち主なのだろう。
 楽しそうに、その人物がアルヴィスに二言三言話しかける光景は、さながら額縁に入った絵のようにお似合いである。

 2人とも、際立った外見のキレイさだから2人並んでいると――――――・・・そこだけ切り取られた、美しい別世界の空間のようだ。


 だけど、そう思うと同時に。

 返してくれ・・・と、強く願っている自分が存在する。


「・・・・・・・・・・・」


 ずっと、一緒に居た。

 ずっと一緒に、育ってきた。

 この掛け替えのない家族(アルヴィス)を・・・・この手に、返して欲しいと思う。


「・・・・・・・・・・」


 だって好きなのだ・・・・出逢った時からずっと、アルヴィスのことが。
 小学3年生の頃から、ずうっと。

 誰にもあげたくないし、兄弟として育ったのだからと言われても、今更ただの兄弟としてなんて見られる筈が無い。

 アルヴィスはギンタにとって、ダンナと並ぶ最愛の家族であり兄弟であり、そして初恋の相手である。


 初恋が実らないなんて、誰が決めたのだ。

 ―――――――自分はまだ、諦めてなどいない。


「・・・・・・・・・・」


 小さい頃散々苦しんでいた、喘息がまたぶり返して。
 彼が今はもう、無理できない身体なのだとしても。

 それなら一生、ずっと自分が面倒を看てやると強く思った。

 治療費が嵩(かさ)むというなら、その分だけ稼いでやる。
 死ぬほど頑張って、何が何でも必要な分は頑張って稼ぐから。

 アルヴィスに無理なんかさせない・・・・ずっと、守ってやるって誓うから。


 ――――――彼の1番傍にいるのは、自分で在りたい。

 アルヴィスの事を1番分かってやれるのは自分だし、また自分の気持ちを1番汲んでくれるのもアルヴィスなのだ。



 ―――――――誰にも、あげられない。





「なー、いいだろアルヴィス? 弁当買お?
 そんで、一緒に喰おうぜ? なっ、いいだろ・・・・!?」

「あ・・・いや、俺は夕飯は帰ってから食べようと思ってるんだけど・・・」

「え〜〜〜せっかく俺ん家遊びに来たんだし、飯いっしょに喰おうってー!
 俺、アルヴィスと喰いたいのに〜〜!!」


 こんな風に強請れば、優しいアルヴィスは、大抵ギンタの願いを聞いてくれる。

 少々無理なワガママなお願いでも、仕方がないなと苦笑しながら叶えてくれるのだ。
 今回も、ギンタがそう口にした途端、やっぱり苦笑いを浮かべる。


「でもな・・・」

「どうせ、幼なじみのアイツは居ないんだろ暫く?」

「ああ、3〜4日で帰ってくるって言ってたけど」


 悩む素振りを見せるアルヴィスに、もう一押しとばかり、ギンタは言い募った。


「今日は居ないんだろ? 
 だったら別に、こっちで食べて行ってもいいじゃんか!」


 アルヴィスの幼なじみ・・・もとい現在の同居人が、海外に学会だか何だかで出掛けて不在なのは、既にアルヴィス自身から聞いて知っている。

 まあだからこそ、アルヴィスは家に真っ直ぐ帰らず寄り道して・・・ギンタの家に遊びに来れたのだが。


「・・・そうだな、たまにはいいか」


 ギンタの粘りに、アルヴィスが承諾する。


「やりィ♪」


 ギンタは、急速に自分のテンションが上がるのを感じた。

 久々に、元の生活に戻れた気がする。
 アルヴィスが一緒の空間に居て、2人だけで過ごせて、食事が出来ることが・・・・ただ嬉しい。


「なあなあ、どうせだからさ、泊まって行っちまえよ!
 そんでさ、そんで前みたく一緒に寝てさ、風呂も入って・・・・」

「あー、いや、明日の授業の用意してないしそれは無理」

「いいじゃん、用意なんてさあ。 んなの、明日誰かに聞けば持ってるって!
 つか、お前が困ってるって知ったら、誰かが自分家に戻ってでも用意してくれるっての!」

「・・・は? や、それは無いだろ・・・・」

「いいじゃんか、なあ泊まっていけよアルヴィス!」

「うーん・・・でもな・・・」


 アルヴィスに無茶な誘いをして、断られるのすらギンタは楽しかった。

 こうして久しぶりに、親しい会話が出来るだけで嬉しい。
 考えてみれば2人だけのこんな時間が持てたのだって、それくらい無かったのだ。

 ずっと一緒に暮らしていて、一緒に過ごすのが当たり前だったから。
 アルヴィスが独り暮らしをしたいと言って、卒業後すぐに実家を離れてからというもの―――――――なんだか随分と、離れてしまっていた気がする。

 やっぱりそれは、不自然なことだったのだ。
 こうして一緒に居ることこそが自然で、あるべき姿だと強く感じる。


「なあ、一緒に居ようぜアルヴィス・・・」


 手の届く距離で、ふわりと笑っている美しい彼の顔を見つめながら。
 ギンタは伝わらないだろうと分かりつつ、切なる思いで実感を込めてそう告げた。


「分かったよ、・・・ギンタ」


 しょうがないな、とそう笑いながらアルヴィスは言葉を返してくる。

 アルヴィスは、『今だけ』のつもりで分かったと言ったのだろう。
 ギンタはもちろん、『今だけ』などというつもりでは無かったのだが・・・・とりあえず、そのアルヴィスの答えに満足した。


「なっアルヴィス。俺達、一緒に居ような・・・!」








 ―――――――今だけ、なんて限定じゃなく。

 その内に、きっと・・・絶対、取り戻すから――――――。








 だが、有無を言わさぬ『お迎えに来ました』コールが、アルヴィスの携帯に着信するのは、その数分後のことであり。

 結局、アルヴィスはギンタと弁当すら買いに行けず。
 泊まるどころか食事をすることすら出来ないまま、血の繋がらない兄弟に暇(いとま)を告げる羽目となったのは、それから間もなくのことであった――――――――――。

 

 

 

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言い訳。
久々の、本編アップです☆
今回も前回同様、トム様が出てこないですね(笑)
アルヴィスをお嫁に下さい言ってる、ファントムの様子はちょこっと描写出来ましたが・・・。
ギンタ視点のギンアル風味は、今回でとりあえず終了。
次回から、新展開になる予定です☆
あ、もちろんラスト部分の『お迎え』コールを指示したのはトム様ですy(笑)
彼は海外に居ようとも、常にアルヴィスの行動を把握済みです・・・!
自分以外の誰かがアルヴィスと急接近するのは、決して許しません(笑)
アルヴィスがギンタの家に入るのを黙認してたのは、一応兄弟だから。
でも、一緒にお風呂とか泊まって行けとかいうセリフは、やっぱりNGワードだった模様です(爆)
何故、ファントムがアルヴィス達の会話を知っているかは、『君ため』番外編の『HAUYNE』をご参考下さい・・・(笑)