『君のためなら世界だって壊してあげる』 ACT 55 『初恋儚く泡と消え 再び君に、恋し日々』 ――――――本当に、お姫さまだ・・・!! 青みがかった黒髪に、白い顔。 大きな青い瞳の『アルヴィス』を紹介された瞬間、幼いギンタの胸に過ぎったのはそんな感動だった。 ――――――今度、ウチにお姫様が来るぞ。 夏休みに入ってすぐの朝、父であるダンナにそう言われた時には半信半疑だったのだが・・・・本当だったらしい。 『お姫さま』は、Tシャツに半ズボンというギンタと余り変わらない格好をしている上に、髪も短く切っていて、姿だけ見れば男の子みたいだ。 しかし、何せ肌が白くて、顔がやたらに可愛らしいし、手足が細くてとにかく『小さい』という印象を受ける。 良く造られた人形みたいな・・・・自分と同じ材質で出来ている人間とは思えないような・・・つい、しげしげと観察したくなる『何か』が、アルヴィスにはあった。 お姫様が来る―――――そんな風に言われても、流石に完全に信じる気にはなれなかったギンタだが。 『アルヴィス』を目の前にした途端、単純だけれどスンナリと信じる気になってしまった。 身分を隠して国を逃れてきているから、男の姿になっているとダンナの言葉も、当時のギンタは完全に信じた。 確かに身分がバレるから、ドレスを着たり髪を伸ばしたり出来ないに違いない。 でも本物のお姫様だから、滲み出る気品というヤツはどうしても出てきちゃうんだな・・・・そんな風に、勝手に都合良く、納得だってしてしまった。 ――――――お姫様は、身体が弱いんだ。 だからなギンタ、お前がちゃあんと庇って、守ってやんないと駄目なんだぞ? お前は、お姫様のナイトなんだからな・・・・!! そう言い聞かせてきたダンナの言葉を思い出し。 俺がアルヴィスを守るんだ! と、ギンタは小さな胸に強く誓ったものである。 物心付いてから、絵本やテレビ、そしてマンガのヒーローに憧れていたギンタにとって、『アルヴィス』はまさしく理想の『お姫さま』だったのだ。 女の子にしてはちょっと、口が悪いみたいだけど。 結構、口より手が早くて、男なみに喧嘩っ早い気がするけど。 顔は文句なく可愛いし、キレイな洋服を着せたらテレビで見るシンデレラ姫なんかより、よっぽど美人なお姫様になるだろう事は明らかだったから。 ある日突然に現れた、自分が守らなければならない『お姫様』。 アルヴィスと出会ったその日に、ギンタは淡い初恋をした。 ――――――誕生日を迎えたばかりだったギンタ9歳、アルヴィス8歳の時の事である。 しかしギンタの実父、ダンナが言っていた言葉は全くのデタラメで。 アルヴィスはお姫様どころか、女の子ですら無かったという事実をギンタが知ったのは、その一週間後の夜の事だった――――――――。 「え? でもさぁ・・・・」 飯を食ったんならサッサと風呂に入っちまえ、とダンナに言われ。 ギンタは、戸惑いを隠せなかった。 つい、まだ茶碗を持ってモソモソと食べているアルヴィスの方をチラリと伺ってしまう。 「・・・・・・・・・」 アルヴィスは手にした箸で白飯を小さな口に入れながら、ただ黙ってギンタを見返す。 その姿には、ダンナの言葉にショックを受けている様子は無かった。 だが、かといって素直に言うとおりにするのは抵抗がある。 「で、でもさぁオヤジ・・・!」 だって、アルヴィスと自分は色々と違うのだ。 ギンタは男だし、アルヴィスは女の子で・・・しかもナイショだけどお姫様なのである。 幾ら身分を隠して一緒に暮らす事になったとは言っても、だからといって一緒にお風呂に入るのはマズイだろう。 そこら辺は、ギンタよりオトナであるダンナの方が気付かなくてはならない部分じゃないだろうか。 「いいから早く入っちまえ。風呂がヌルくなっちまうだろが」 それなのに、この家で1番年上で威張っている人間が、全くその大事な部分を気にも留めていないのだ。 「ヌルくなるとか、そんなモンダイじゃねーだろバカオヤジ!」 「あぁん? 何だテメ、父親に向かってその言い方は無いだろバカ息子!」 「オヤジだって俺のことバカって言ってるじゃねーかっ! ・・・じゃなくって!!」 売り言葉に買い言葉。 うっかり父親に乗せられて、話がズレそうになり・・・ギンタは慌てて話を元に引き戻した。 「俺とっ! ・・・アルヴィスが一緒にって・・・マズイだろそれっっ!!」 内容が内容なので、自然と顔が真っ赤になる。 小学3年生・・・ちょうど、男子と女子の身体の違いとか、友達同士での身体の成長具合とか・・・・そこら辺りが気になり始めたばかりの年頃なのだ。 というか、風呂上がりの濡れた髪したアルヴィスを見たってドキドキしてるくらいなのに。 一緒に風呂に入るなんて―――――流石に大問題だと思うのだ。 「ああ? マズイって何がだよ?」 「・・・・っ!?」 なのに。 ギンタのそのデリケートな心を、ニブイ父親は全く察してくれない。 「だ、だからっ、・・・! 俺は男だし、アルヴィスはっ・・・・!!」 視界の端に映る、ちゃぶ台で大人しくご飯を食べているアルヴィスをなるべく見ないようにしながらギンタは叫ぶ。 もう、耳まで真っ赤だ。 「・・・・・・・ああ、それかぁー」 父親は、そんなギンタを暫し見て、ようやく納得のいったような声を上げる。 やっと、問題点に気付いたらしい。 「だろ? マズイだろ・・・」 分かって貰えて、ギンタの身体からも力が抜けた・・・・その次の一瞬。 「まっ、そこら辺は気にすんな!」 「へっ!?」 耳を疑う言葉が、ダンナから発せられた。 「いいからもう入って来いっての」 「だ、だからオヤジ・・・!!」 「俺ァ飯の後片付けしてから入るからよ、お前達が先に入れって言ってんだ」 「や、でもさぁ・・・!!」 「そしたら丁度、お前達と入れ替わりに俺様も入れてコーリツ的だろが」 「・・・・・だからさぁ!」 予想もしなかった態度過ぎて、ギンタが反応出来ないで居る間に。 父親は、傍らで食べていたアルヴィスの方へ顔を向けて事も無げに声を掛ける。 「アルヴィス、お前ももう喰い終わったよな? だったら一緒に入って来いよ」 「でも、後片付けは・・・」 「あー・・・いい、いい。俺がやっとくからよ、お前入っとけ!」 「わかりました。じゃあ先に入ります」 そして、あろう事か。 お姫様である彼女こそが嫌がるだろうと思ったのに、アルヴィスがアッサリと父親の言葉に頷いたのが、ギンタには衝撃だった。 「・・・・・・・・・・・・・」 アルヴィスがOKしてるのに、男の俺が嫌がったら彼女が傷付くかも知れない。 そんなことを思ってしまったギンタは、それ以上父親に食って掛かる事が出来なくなってしまった。 断ったら、アルヴィスが傷付いちゃう。 「じゃ、じゃあさ。・・・・入ろうぜアルヴィス・・・」 そんなことを思い、緊張にドキドキと高鳴る胸を押さえ付け、ギンタはアルヴィスを促(うなが)して風呂へと向かった。 もちろんギンタは、アルヴィスと風呂へ入るのが嫌なわけじゃない。 ただ恥ずかしくて、照れくさいだけである。 「・・・・・・・・・」 さして広くない脱衣場では、なるべくアルヴィスの方を見ないようにして、服を脱いだ。 自分が見られるのが恥ずかしいというのもあるが、やっぱりお姫様なのだし、こう・・その肌をジロジロ見るのはイケナイことのように思えたからである。 テレビなんかでも、良くそういう事態になったら爺やとか婆や辺りが、姫様の肌を見るなんて・・・とか何とかと、騒いでいたりするし。 後ろを向いて、ゴソゴソと服を脱ぎ―――――・・・普段はしないけれど、腰にはタオルを巻きつけてから、ギンタがそっとアルヴィスの方を伺えば。 「・・・・!!」 いきなり、アルヴィスの白い上半身が眼に飛び込んできた。 アルヴィスはサッサと脱ぎ終えて、既にギンタの方へと向き直っていたのである。 その姿を見て、ギンタは思わず声を上げた。 「ア、アルヴィス・・・お前、・・・・!!」 「?」 ギンタの様子に、アルヴィスが何だという様に首を傾げる。 その仕草が、また酷く可愛らしくて。 ギンタの胸はキュンとなったが、今はそんな場合じゃないと慌ててその感覚を振り払った。 「いいからさ、早くコレしろって!」 慌てて目を逸らしながら、タオルをアルヴィスに向かって突き付ける。 上半身が眼に入った時点で素早く視線は外したけれど、アルヴィスは全くの裸だった。 つまりは、スッポンポンである。 ―――――普通は、女子なら胸までタオルで隠すだろ・・・・!!!//// 真っ赤になりつつ、心の中でそう叫んだギンタだった。 しかし、アルヴィスはギンタが突き付けたタオルを手にする気配は無い。 「・・・何で今バスタオルなんだ? これからお風呂入るのに、意味無いだろ」 それどころか、ギンタの心遣いをバカにするような口調で言葉を返してくる。 「いやでも、・・・巻かねーと見えちゃうし・・・っ」 うっかりとアルヴィスの方を向き直り掛け、ギンタは慌ててまた目を逸らす。 チラリと、白いお腹辺りが視界に入ってしまった。 「何が?」 それなのに、本来はアルヴィスこそが恥じらう立場であろうに、彼女には全くその様子は無いのが不思議な所だ。 そこら辺には、相当に無頓着なお姫様なのだろうか。 もしかしたら今までずっとお城で暮らしていて、こういう時は恥ずかしいとかそういうジョーシキが、お姫様だから分からないんだろうかとまで、考えてしまう。 「な、何がって・・・そりゃ・・・ハダカ・・・が、さ・・・」 「・・・・・・・・・・・」 自分の方が意識し過ぎなのかという気もしてきながら、でもやっぱり男同士で入るのとはまた違うし――――――何て思いつつモゴモゴと理由を言えば、背後でアルヴィスが身じろぐのを感じた。 ようやっと、ギンタが慌てている理由を分かってくれたのだろうか。 と、・・・思いきや。 「お風呂なんだから、普通ハダカで入るだろ」 女の子にしては、かなり男前なセリフが帰ってきた。 「・・・・・・・・え、と・・・」 コレにはもう、ギンタも言葉を失う。 「何、オンナみたいな事言ってるんだ? 男だろお前」 「あ・・・うー・・・」 アルヴィスの余りにも男前な物言いに、ギンタの方が押され気味だ。 顔は文句なく可愛らしいのに、何て口の悪いお姫様だと、今更ながらに痛感する。 そもそもアルヴィスは、いつも本当に女の子かと首を捻りたくなるような言動が多いのだ。 食べるのは遅いけど、食べ方はキレイだし。 いつも背筋を伸ばしていて姿勢が良くて、何となく品はある気がするし。 だらしなくしている姿なんかは、見かけたことは無いけれど。 でも、何というかとにかく―――――アルヴィスには女らしさが欠けている。 別にスカートを履けとか、髪にリボンを付ければいいとか言うつもりは無いが、もうちょっと女の子らしい座り方だとか歩き方だとか・・・・すればいいのに、と思うのだ。 せっかく顔立ちが、すこぶる美少女なのだから、勿体ない。 ほんの少しでも今より女らしくしたら、それだけで確実にもっともっと可愛くなる。 というか、そうなったらすごくギンタ好みだ。 まあ今だって、後片付けとか部屋の掃除とかは進んでやる、良い子なのは間違いないのだけれど。 たまに、余りの男前な思い切りの良さに・・・本当にお姫様なのか疑いたくなってしまうのだ。 「俺はなっ、お前の為に言ってやってんだぞ・・・!?」 あまりの言われようにカチンと来て、ギンタは今までの照れも忘れてアルヴィスに向き直った。 「俺が男だからっ! お姫様なお前のハダカ見ちゃマズイだろって言ってんだよ!!!」 全く、誰のためにこんなに苦労してると思ってるのだ・・・・・と、一息に不満をぶつける。 その瞬間、アルヴィスの大きな青い瞳が、更に大きく見開かれた。 「・・・・・・・・・・・・・は?」 至近距離で見る、その青い瞳は魔法の水晶玉みたいに透き通っていて、そのまま心が吸い込まれてしまいそうな程キレイだ。 その眼が、長い睫毛に縁取られた瞼(まぶた)が何度か引き下ろされる事によって、隠れたり再び現れたりする。 アルヴィスが数回、ゆっくりと瞬きをしたのだ。 こんなにキレイなのに、可愛い唇から漏れた声は少々間が抜けている。 「・・・・・・・・・・おひめさま?」 誰のこと、とアルヴィスの形良い唇がまた小さく動いた。 「お前だろっ!」 すかさずギンタは、指摘する。 もしかすると、ギンタが知っていることをアルヴィスは知らなかったのだろうか。 「お前、遠くの国から逃げてきたお姫様なんだろ。・・・隠さなくていいぜ? 俺知ってるし」 「・・・・・・・・・」 全部分かってる――――――ギンタがそんな意味合いを込めて口にすれば、アルヴィスは呆然とした表情を浮かべて此方を見つめてきた。 ふと、その吊り上がり気味の瞳が細められる。 少しばかり、怒気が感じられる目つきだ。 「な、何だよ?」 その目線に不覚にもたじろいでしまい、ギンタはアルヴィスから少しだけ身を引きながら、相手を見返した。 そんなギンタに、アルヴィスは呆れたように口を開く。 「・・・・何を、勘違いしてるのか知らないが」 機嫌を損ねているのか酷く低い声で言いながら、溜めるように1度口を噤(つぐ)み。 ゆっくりと、一語ずつ言葉を発した。 「お、 れ、 は、 オ、 ト、 コ、 だっ !!」 「っ!?」 言われた瞬間、がーんと頭を金槌か何かで殴られたかのようなショックがギンタを襲う。 頭がフラフラして、真っ白になった。 「それに、姫って何なんだ・・・・訳が分からない! 童話が好きなのは別に良いと思うけど、現実世界にまでソレを持ち込むのはどうかと俺は思うな・・・」 衝撃のセリフに息を止めて身体を硬直させたギンタに、アルヴィスは追い打ちを掛けるように言葉を続ける。 「・・・・・え、・・ええぇ・・・・・!!?」 そして尚も、衝撃を隠せずそのまま動けなかったギンタの手から、アルヴィスは差し出したままだったバスタオルを引ったくった。 ギンタの目の前の視界が、一気に開ける。 「ほら。お前と同じ、オトコだろ!」 「・・・・・・・・・!!」 腰に手を当て、極めて男前な堂々とした態度で自分の下半身を顎で指し示したアルヴィスに。 ギンタはもう、言葉も無い。 「・・・・・・・・・・・」 細いし、白いし、何だかキレイだし。 アルヴィスの身体は、確かに女の子と誤解してもおかしくないだろう程には美しかったし。 ぺたんこな胸とか、細い腰とか・・・・そこら辺りは、まだ小学3年生なのだし男女の差も余りないだろうけれど。 あくまで『彼』であり、『彼女』では決してあり得ないだろうモノが、アルヴィスの下半身には付いていた。 流石にマジマジとは見れないが、それはギンタが持っているのと同じモノ。 男勝りで負けん気が強く、口が悪い・・・キレイだけれど、ちょっと見は男の子みたいなお姫様――――――じゃあなくて。 アルヴィスは正真正銘、美形だけれど口の悪い、見た目通りにれっきとした男子だった訳である。 幼いギンタの中で、何か大切だったモノがガラガラと崩れていった瞬間だった。 「コノヤロ、・・・・騙したなぁ・・・!!?」 さっきのアルヴィスの言動を考えれば、彼がギンタを騙そうと思っていた筈は無いのだが、それにはもう考えが及ばないギンタである。 「チキショ、俺がこの一週間どんなに・・・・っ・・・!!!」 布団を2枚敷くより、デカいの1枚の方が楽だとかいう理由で、一緒に寝るよう言われたから。 それで、お姫様なんだから出来るだけ寝やすいようにしてあげようと、隅っこの方に寝るようにしてた事だとか。 同じ部屋を使うように言われたから、着替えの時だって見ないように気をつけていた事とか。 学校で、興味津々に転校してきたばかりのアルヴィスが質問責めに遭うのを、正体がばれたら大変だと必死に守ったりだとか。 お姫様ならウチの食事は口に合わないんじゃないかと思ったりして、好きなモノをあげようとしてみたりとか。 その他諸々、ギンタなりにすごくすごくすごぉーーーーく、気を遣ってきた一週間だったのである。 それなのに、それが全部嘘だったなんて。 ひどい。 あんまりにも、・・・酷すぎる。 「謝れよ!」 「・・・・何で俺が謝るんだ? 勝手に訳の分からないカンチガイしたのはお前だろ」 「・・・・・・・・・」 最初こそ、借りてきた猫みたいに大人しかったアルヴィスだが、慣れてきたのかこの一週間でギンタの手には負えないくらいの性格の悪さを垣間見せている。 自分の父親であるダンナが、アルヴィスに殊更甘い顔を見せているから、たぶん付け上がったのだ。 けれどそれも、『お姫様だから』と思えば、納得も出来たのである。 何にしろお姫様という人種は絵本やテレビなどで見る限り、気位が高くて色んな人間がヘコヘコする立場にある、『やんごとなき天上人』なのだから。 だが、これが違うとなったらもう・・・ギンタだって、遠慮してはいられない。 「お前のカオが悪いんだ!!」 全ての元凶はソレだとばかり、ギンタはアルヴィスの白い頬に手を伸ばしてムニッと摘んだ。 「!? 痛っ、・・・にゃにするバカ!」 「あイテッ!?」 負けじとアルヴィスも、ギンタの頬を掴んでくる。 遠慮の欠片もなく、指に力を込めて引っ張り上げてくるから、涙が出てくる程痛かった。 だが、アルヴィスもそれは同じなのだろう。 何処か猫を思わせる青い目に、涙が滲んでいるのが見える。 「イタタタタ・・・!!!」 「〜〜〜〜〜〜っっ!!」 お互いに素っ裸で、両頬を摘みあうというアホな光景だったが、2人ともそんな事は頭から失せていた。 「お前のカオのせーだ!」 「俺の顔の何が悪い・・・!!」 「んな性格悪ィのに、カオだけイイのは駄目だろ!!」 「顔は生まれつきだ!」 「直せよ!」 「直せるかっ!!」 この不毛な言い合いは、片付けを終えたダンナが脱衣場にやってきて、2人の頭にゲンコツをお見舞いするまで果てしなく続いたのだった――――――――――。 そんなこんなで、ギンタの淡い初恋はたった数日で儚く散る羽目となったのである。 もう2度と恋なんてするもんか!・・・・そう、強く思ったギンタだったが。 再びその同じ相手に、本気の恋に落ちるまでそう時間は掛からなかった。 性別が、最初に聞いたのから変更されても。 同じ男同士で、ゲームや本の世界のヒーロー条件には必須である『お姫様』じゃないと判明しても。 顔はキレイなのに、性格に難ありで相当に口も悪いし喧嘩っ早いし、頭は良いのに堅物で融通が利かない困ったヤツだけれど。 全く血も繋がっていなくて、戸籍上の手続きだけの『兄弟』だけど。 ――――――放っておけなかった。 その手を掴んで。 キツイその瞳の奥で、小さく丸まり・・・・常に怯えているアルヴィスの姿を見出してしまったら。 放っておけなかった。 守るのは自分の役目だと、そう思った。 アルヴィスは『家族』で、掛け替えのない存在だ。 だからゼンソクの病気からも、学校の皆からも、その他の全部からだって、アルヴィスを守るのは自分だと・・・・そう思った。 1度、その小さな細い手を握ったら、それはもう2度と離しては駄目だという気がしたのだ。 ――――――俺は絶対、この手を離さない。 ギンタのその決意は齢(よわい)わずか、9つにして・・・・強くつよく、心に刻まれたのである。
NEXT 56 |