『君のためなら世界だって壊してあげる』 ACT 54 『BLIND LOVE』 「・・・・・37度6分。まだ微熱の域だけれど、駄目だね」 体温計のデジタル表示を読み上げながら、軽い口調でそう言われ。 アルヴィスはベッドの中から恨めしげに、側に立つ年上の幼なじみ兼恋人の顔を見上げた。 「・・・・・・だけど、!」 「熱が出たら学校には行かないって約束、・・・僕としてたよね?」 「・・・・・・・・・・」 納得出来ず口を開き掛けたアルヴィスだったが、遮るように昨日の朝に交わした約束を持ち出され押し黙る羽目となる。 「まあね。・・・暫くぶりに通えるようになったのに、たった1日でもう休む羽目になったんだから・・・アルヴィス君が焦る気持ちも分かるんだけど・・・」 苦笑混じりにそう言って、ファントムがアルヴィスの頭を撫でてきた。 「でも、また入院したくないでしょう? 今日休んで、明日調子が良いようなら行っていいから。 ・・・今日無理して行くと、明日からまたずっと休む羽目になるかもね・・・?」 「・・・・・・・・・・」 確かにそれは、とってもイヤだ。 入院は絶対に、避けたい。 ――――――だが、昨日から通えるようになったばかりなのに、またすぐ今日から休んでしまうのも・・・やっぱりアルヴィスとしては抵抗があるのだ。 それに、そもそもこうして熱が上がった原因は、他ならぬファントムにある気がしていたりするから・・・・・・・・気分的に、釈然としないものがある。 いきなり迎えに来て、アルヴィス共々、大学の人間の大注目を浴びる羽目になったり――――事もあろうにギンタ達含む公衆の面前でキスなんかをするから!! 赤くなったり、青くなったり。 脳内が真っ白になったりと、忙しく慌てふためく状況に追い込まれたアルヴィスが、ショックのせいで熱が出たとしてもおかしくない。 授業が終わった時点で、元々熱っぽかったのは認めるが。 絶対、翌日まで尾を引く発熱はファントムのせいな気がしてならなかった。 言わばコレは、知恵熱というヤツな気がする。 大勢の人前で、ファントムがあんな行為に及ぶから―――――・・・きっとショックで熱が出たのだ。 それなのに。 その張本人はしれっとした態度で体温計を見て、『休め』と言ってくるのである。 アルヴィスとしては、そこら辺がどうしても納得出来なかった。 「・・・・・・・・」 けれども口で勝てる自信は皆無なので、どうしたって恨みがましい視線で彼を見上げる事しか出来ない。 「・・・・・・・・・」 悔しい。 この釈然としない、モヤモヤした気分は一体どうすれば良いのか。 何か一言で良いから、言い返したい。 「・・・・・・・・・・」 けれど、有効な言葉が見つからなかった。 「・・・・・・・・・・・」 人前でキスなんかされてしまって、ギンタ達と顔を合わせたら何て言い訳すればいいのかも分からないのに。 逢えば絶対、問い詰められたり囃(はや)し立てられる事なんて決定事項だというのに。 「・・・・・・・・・・・」 そんなアルヴィスの気苦労なんか少しも理解せず、キレイな顔に万人が騙されてしまうだろう笑みを貼り付けて、此方を見つめているファントムが憎たらしい。 「・・・・・というワケだから、今日は大人しくベッドで寝てようね」 ――――――何が、『というワケだから』だ・・・!? 「・・・結局、夕飯の後に飲んだ薬、効かなかったって事じゃないか・・・!!」 新たに掛けられた言葉に、アルヴィスはまたもカチンと来て。 咄嗟に思い浮かんだ内容を、頭で整理しないままファントムに向かってぶつけた。 昨日の、夕食時のことである。 あまり食欲が無かったアルヴィスに、ファントムが風邪気味かも知れないからと薬を服用する事を勧めてきた。 錠剤では無く、見るからに苦そうな白い粉薬だった為、要らないとアルヴィスは突っぱねたのだが――――――飲まないと口移しに飲ませると脅されたので、しぶしぶ自分で飲んだ。 その薬には眠気を及ぼす作用があったらしく、アルヴィスは食後にそのままうたた寝をしてしまった様で・・・・・外での食事だったというのに、それ以降の記憶が途切れてしまっていた。 「苦いの我慢して飲んだのに、すっごい眠くなって外なのに寝ちゃうし・・・っ!」 後で聞いたら、眠るアルヴィスをそのままファントムが連れ帰ってきたという事らしい。 どうせファントムの事だから、オーソドックスに背負うとかそういう事はせずに、人目も憚(はばか)らずアルヴィスを抱えて――――――食事をしていたホテルの、駐車場まで向かったに違いない。 その状況を想像しただけで、恥ずかしくてアルヴィスの頬が熱くなってくる。 「子供じゃあるまいし、寝たまま連れ帰られるなんて恥ずかし過ぎるだろ!!」 それなのに、肝心要(かんじんかなめ)の効き目はサッパリで、飲んだのに今日学校行けないなんてあんまりだ―――――再び蘇ってきた恥ずかしさに、顔を赤くしながらアルヴィスはブチブチとファントムに不満を訴えた。 「んー・・でもねえ。服用したから、今日はこの程度で済んでると思うんだけどなー」 だが、ファントムは軽く眉尻を下げて苦笑するだけで、全く動じない。 「それに、寝てるの起こすの可哀想だったし」 「・・・・・全然カワイソウじゃない。 起こせっ!」 起こされずに、大のオトナが抱えられて帰る方がよっぽど可哀想だとアルヴィスは思う。 「まあ、今度からは場合によっては考慮するよ」 「・・・・・・・・・」 極々、軽い物言いでアッサリと頷かれてしまい、アルヴィスは口をつぐんだ。 ファントムの性格と、今の態度からして、・・・絶対にアルヴィスに対する措置(そち)を変えるつもりは無いだろう事は明白だが、頷かれてしまった以上は言及できない。 つまり、これ以上この話題でファントムに絡む事は出来ないのだ。 「そろそろ、ご機嫌は治った?」 「・・・・・・・・・・」 それを見計らったかのように、ファントムが聞いてくる。 4才上の幼なじみ兼恋人である彼には、アルヴィスが単に、ファントムに八つ当たりしたいだけだと分かっているのだ。 ファントムがそう気付いている事くらい、アルヴィスも分かっている。 分かっている、・・・のだが。 「・・・・・・・・・・」 体調が良く無いのは、結局は自己管理の出来ていない自分のせいで。 薬を飲んだのに、状態があまり改善されていないのも、やっぱりアルヴィスの身体の回復力の問題であり――――――ファントムのせいに出来るモノでは無いだろう。 今は微熱程度で済んでいるが、ファントムが迅速に対処してくれていなければもっと高熱が出ていた可能性だってある。 ファントムには感謝こそしなければならないのであって、非難するのはお門違いだ。 「・・・・・・・・・・・」 ファントムのふざけた行為のせいで、余計に熱が上がる羽目になった気はするけれど――――――そもそも、昨日の授業が終わった時点で熱っぽかったのも事実。 「・・・・・・・・・・・」 分かっているのだ。 胸の中にある、ザラザラとした不快な塊は・・・・誰にぶつける謂われのない、自分自身への不甲斐なさ。 薬が効かなかったとか、眠くなってしまったとか、抱き抱えられて運ばれたとか―――――――そんなの、本当は関係無い。 大衆の面前でのキスには、多大に文句を言いたい所ではあるけれど。 けれど今、アルヴィスの内で蟠(わだかま)るモヤモヤは決して、その行為に関してでは無いのだと自分で分かっている。 だが、分かっているし認めるけれど―――――・・・素直にそれは、口に出来ない。 「・・・・・・・・・・」 「・・・・よしよし」 いつしか下唇を噛んで俯いたアルヴィスの頭を、ファントムが優しい手つきで撫でてきた。 「大丈夫。きっと明日は行けるよ」 仕草も声音にも、まるで幼稚園児に言い聞かせるかのような甘さがある。 「だから今日は、安静にしてようね」 「・・・・・・・・・・」 また、子供扱いして。 ―――――・・・そういった反抗意識がアルヴィスの頭の中で微かにもたげるが、繰り返し頭を撫でられている内に、霧散してしまった。 「・・・・・・・・うん」 幼い頃に、良くそうして宥められていたから。 アルヴィスは、ファントムのこうした態度に酷く弱い。 無条件に、彼の言葉の通りにしたくなってしまう。 どんなにアルヴィスが拗ねたりムクれていても、・・・結局は絆されてしまうのだ。 「・・・・・・・・・・・」 幾ら、幼い頃に可愛がって貰っていたと言っても――――・・・彼とは、10年以上も離れていたというのに。 その間、アルヴィスにもファントムにも、別の生活があった訳で。 お互いよりも、恐らく大切だと想うような存在だって出来た筈なのに。 どちらがより大切かなんて、優先順位だって付けられないくらい・・・・大事な存在だって見つけた筈なのに。 不思議なくらい、アルヴィスにはファントムだけだった。 ――――――・・・ファントムの前では、他のどんなに大切な存在も・・・・色を失う。 だから、こんな風に。 幼い子をあやすみたいに、優しく言い聞かせられてしまったら・・・もう。 その言い分が不満だろうと何だろうと、アルヴィスは頷いてしまうのだ。 どれだけゴネて、嫌だと駄々をこねたとしても――――・・・最終的には逆らえない。 「・・・いい子」 吐息が感じられる程の近さで、銀髪の青年が笑う。 朝陽の白い光に照らされ輪郭が朧(おぼろ)になったその顔は、高い鼻梁の形良さや睫毛の長さ、そして陽に透けるアメシスト色の眼球の美しさが強調されて・・・・いつ見ても、うっとりするような神々しさだ。 陽の光を照り返し、彼の銀髪それ自体が発光しているかのように目映く輝いている今は、まるで宗教画に描かれた天使のよう。 「・・・・・・・・・・」 神々しい光を纏う天使に諭(さと)されてしまっては、・・・・抗えない。 「じゃあ僕の夢でも見ながら、幸せに眠っていてね」 「それ、・・・幸せなのか?」 そう言って寝かしつけてくるファントムに口答えしながらも、アルヴィスはもう逆らわなかった。 「イイ夢に、決まっているよ?」 「・・・・わかった・・・」 当然、といった様子で肯定してくるのにも素直に頷く。 さっきまではあれ程、胸にモヤモヤするものを抱えていた筈なのに、どうでも良くなっていた。 頭の片隅を、またファントムに流されてるな―――――という意識が小さく掠めただけで、それも程なく、消えてしまう。 「あとで、どんな夢だったか僕にも教えてね? 可能なら叶えてあげる」 こんな風に。 アルヴィスには何処までも甘い彼だから、・・・・・流されてもいいと、思ってしまうのだ。 「・・・・昔の夢だったら? 過去はどうしようもないだろ?」 「それなら、僕も一緒に想い出に浸りたいよ」 だからやっぱり、教えてね―――――そう言ってくるファントムに、アルヴィスは黙って頷いた。 「ゆっくりお休み。・・・・僕が出る夢なら、絶対イイ夢だよ」 「・・・・本当に?」 「もちろん。それが、過去でも現在でも未来でもね? だから安心して目を閉じて・・・・」 「・・・・・・・・・・・」 即されるままに身体を横たえて、アルヴィスは大人しく目を瞑る。 今なら、本当に心地よい夢が見られそうだった。 ――――――昔の夢が見たいかも知れない・・・・。 目を閉じながら、漠然とそう思う。 ファントムと出逢った頃の・・・・出逢ってからの、日々の夢。 あの日から、全てが始まった。 ――――――独りぼっちで、暗闇で凍えていたアルヴィスに手を差し伸べてくれた、幼き日のファントムの姿。 その白くて優しい手を取った瞬間から、アルヴィスの世界は始まった。 「・・・・・・・・・・・」 あの頃の、夢が見たい。 眠りに落ちるまで、ファントムがこうして優しく頭を撫でてくれているから。 嫌な夢は、―――――決して見ない。 温かくて光に満ちた、・・・・幸福な夢を見よう。 きっと見られる。 ―――――――彼の手を、掴んでさえいれば。 アルヴィスには、幸せだけが約束されているのだから・・・・・・。
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