『君のためなら世界だって壊してあげる』 ACT 50 『-君の思惑、僕の思惑-』 帰宅する生徒達で、只でさえごった返している正門前。 その人目の多さを物ともせず派手な外車を横付けし、尚かつ車以上の存在感を放つ姿を惜しげもなく晒しながらアルヴィスに手を振る青年。 頭身が高く。 小ぶりなその顔は、誰もが目を奪われそうな程に美しい。 プラチナ・ブロンドの、まさしく白金(プラチナ)の輝きを放つサラサラした銀髪に、蕩(とろ)けるような甘い輝きを放つアメシスト色の瞳、白い肌―――――・・・キレイなアーモンド型の双眸に高い鼻梁、機嫌良く笑みを刷(は)いた薄く形良い唇・・・・色彩的にもその造形的にも、極上美と評したくなる容姿の青年だ。 それはもう、―――――・・・彼の周囲だけ、空気が違って感じる程。 ただ車に寄りかかり、佇んでいるだけだというのに・・・・その足下に、彼に使える多数の僕(しもべ)が傅(かしず)いているのでは無いかと錯覚し、姿を探してしまいそうになる程だ。 高貴で優雅で・・・・・他者を圧倒する何かのオーラが彼を取り巻き、周囲に溢れ出している。 そんな彼が、笑みを浮かべて声を掛けてきたら。 天にも昇る気持ちで、・・・それこそ天使に招かれたかの如く。 有頂天になって、ふらふらと引き寄せられてしまうのが普通なのかも知れない・・・・自分に集中する、様々な視線など気にもせず。 ファントムを目にした人間が時折そうした状態になるのを、アルヴィスは何度も目にしていた。 そしてファントムは、面白半分にそんな彼らへと手を伸ばし。 次の瞬間には微塵(みじん)の興味すらも失せたかのように、相手を放り出す。 その様子は、天使のようにキレイな顔をした男がする行為とは思えない、天使というよりは悪魔の所業だ。 ファントムは基本、他人にあまり興味を示さないし好意的では無い傾向がある。 己の容姿や話術、そして仕草・・・その他諸々がどれだけ周囲を惹き付け夢中にするのかを、知っているのかいないのか――――――相手を良いように手玉に取りつつ、そのくせそんな物には価値を見出していないらしい。 要は極度に飽きっぽい性格なのだろうとアルヴィスは思っているが、同時にそれはとても勿体ない事だとも思う。 ファントムの歓心を買いたい人間は、沢山いるのだろうから。 そんな彼がアルヴィスにだけは好意を示し、特別扱いをしてくれている。 端から見ている人間達には、とてもラッキーな事だと思われているのかも知れない。 「・・・・・・・・」 しかし今のアルヴィスにとって、それはラッキーでも何でもなかった。 出来ることならこのまま方向転換して、無視を決め込みたい心境である。 「・・・・・・・・・」 大学には、ようやっと体調が回復して通えるようになったばかりで。 校内の施設にも学習にも、そして自分を取り囲む環境にもまだまだ不慣れな状態であり、これからゆっくり把握(はあく)して馴染んでいこうとしている所なのだ。 自分のペースで、ゆっくりゆっくり。 ペースを乱されるのは好きじゃないから、変に周りの関心を集め世話を焼かれたり、干渉されたりはしたくない。 『ひたすら地味に、目立たない』・・・・そんな、ある意味とっても後ろ向きな大学生活のテーマを勝手に決めていたアルヴィスとしては、こんな風に上級生下級生問わず視線を浴びながらの派手なお出迎えなんて絶対、して欲しく無かったのだ――――――――!! 「・・・・・・・・・・・・・・」 このままクルリと、後ろを向いて。 何も見なかった事にしてしまいたい・・・・・・・・そう思う。 だが既に相手に見つかった状態だから、それもままならない。 「体調は平気? 苦しくなったりしなかった?」 そうこうしている内に。 固まったまま、立ち尽くしていたアルヴィスの方へ、ゆらりと車から背を起こしファントムが歩み寄って来た。 2人の間は既に7〜8メートルも離れていない距離だったから、ファントムがアルヴィスに近寄り手を取るのはあっという間。 「・・・・・・・・・!」 アルヴィスはざわざわしていた周囲の様子が急に静かになり、代わりに浴びている視線の数がいや増すのを感じた。 そりゃそうだろう・・・視線を浴び注目の的になっているのは、ファントムで。 アルヴィスはその元凶(ファントム)に声を掛けられたから、ついでに注目されているに過ぎないのだ。 その元凶がアルヴィスの傍までやって来たら・・・・、自分も更に視線の集中砲火を浴びるのは当前である。 「・・・少し、顔が赤いかな。怠くない?」 周囲から絡みつく視線などお構いなしに、ファントムはアルヴィスの頬に軽く指で触れてくる。 「!? だっ、・・・いじょ・・ぶ、・・!!」 その感触と、同時に周りから上がったキャー!という悲鳴に似た歓声にアルヴィスはびくっとして、反射的にファントムの指を払ってしまった。 「アルヴィス君?」 「・・・平気。ちょっと熱い・・・だけだから、」 少し驚いたように此方を見るファントムに、アルヴィスは落ち着きなく目線をさ迷わせながら何とか言葉を発する。 顔と耳、そして繋いだままの指先が熱い。 きっと、顔も耳も真っ赤になってしまっているに違いなかった。 ―――――目立つのは嫌いなのに・・・・・! 心の中でそんなことを叫んでみても、既に遅し。 ファントムと一緒に、アルヴィスは周囲からの注目の的だ。 「・・・・・・・・・・・」 こうなればもう開き直って、サッサと車に乗り込みこの場を後にするのが得策かも知れない。 グズグズしていればしているだけ、視線を浴びている時間が増える事になる。 早く元凶(ファントム)を車に押し込み、人目から遠ざけなければ・・・と、アルヴィスは当たらずも遠からずな事を考えた。 ――――――アルヴィス自身もずば抜けたその容姿のせいで、大学入学当初から『殆ど登校していない、幻の1年生』として、ちょっとした話題になるほど注目を集める存在であり。 今ここで視線を集めているのは、必ずしもファントムだけのせいではないのだが・・・・そこの所は、全く気付いていないアルヴィスである。 「・・と、とにかく早く帰ろう・・・!」 ギンタ達まで追いついてきたら、余計にややこしい事になる――――――そう焦ったアルヴィスは、まだ握られたままだった手でファントムの手を握りかえし、逆に車の方へ行こうと強めに引いた。 しかしファントムが動こうとしなかった為、たたらを踏む事になる。 「・・・・・、ファントム・・・・?」 何故、動かないのか。 理由が分からず、アルヴィスは途方に暮れた顔で年上の幼なじみ兼、恋人である男の顔を見上げた――――――――。 ファントム、と自分の名を呼び。 可愛い仕草で困ったように此方を見上げる青年に、無言のままニッコリと笑顔を返して。 「・・・・・・・・・・」 ファントムはゆっくり、周囲を見回した。 もちろん、掴んだアルヴィスの手は放さない。 アルヴィスは興味本位に集まってきたらしい烏合(うごう)の衆の目が気になっているようだが、そこは知らないふりをする。 何故なら、ファントム自らアルヴィスを迎えに来た理由は、その烏合の衆どもにアルヴィスと自分の関係を見せつける為でもあったからだ。 ファントムとアルヴィスは、今更だが通っている大学が違う。 つまりアルヴィスが大学へ行っている間は、ファントムが彼の行動を細かく把握するのは難しい。 同じ大学や同じクラスというのなら監視はまだ容易いが、別の大学であればそれは至難の業(わざ)である。 そしてアルヴィス本人には全く自覚が無いものの、彼は誰もが振り返る位の容姿の持ち主なのだ。 普通それなりに容姿が整っている者ならば、幼い頃からの様々な経験による『処世術』を身に付けており―――――――・・・自分に言い寄る人間達への『対処法』も、きちんと把握しているものなのだが、アルヴィスにはそれが備わっていない。 恐らく幼い頃に彼を守っていたファントムや、後を引き継ぐ形で守ってくれていたらしいアルヴィスの新たな家族達が大きく影響しているせいなのだろうが・・・とにかく彼は、そういう類の事柄には極端に疎いのだ。 極上天然モノである彼が、警戒心ゼロな無防備状態で外に出る。 それは、例えるならば。 ―――――――ムシけら共の温床である森などで、甘く芳醇な薫り高い果実に覆いも掛けず放置するようなものだとファントムは思う。 それなりの対策を講じなければ、果実はあっという間に甘い匂いを嗅ぎ付けたムシ共に群がられ、喰われてしまう事になるのだ。 そしてファントムは、正にその為の『対策』を講じに来た訳である。 繋いでいた手を引き寄せ、ファントムはそのままアルヴィスの華奢な身体を抱き締めた。 「!??」 途端アルヴィスが離れようと身を引いたが、強く抱き込むことで阻止する。 再び周囲からあがった黄色い声などは、一切無視だ。 「・・・ファ・・・ファン、トム・・・・?」 辺りを気にした様子でアルヴィスが声を上げたのにも、笑いかけるだけで勿論その身体を解放はしない。 逆にアルヴィスを引き寄せて、頬ずりまでしてしまう徹底ぶりだ。 「ファントムっ、・・・!!」 「・・・・・・・・・・」 腕の中で藻掻くアルヴィスを抱き締めたまま、そっとファントムが辺りを見回せば――――――――ほら、思った通り。 2人を見つめる集団にチラホラと、落胆の色を浮かべた顔が伺える。 アルヴィスに少なからず興味を抱いているだろう・・・・というか、隙あらばモーションを掛けようと企んでいたに違いない、不届き者達の顔だ。 「・・・・・・・・・・」 それらの顔を、素早く脳裏に納めながら。 アルヴィスの頭頂部越しに、ファントムは更に門の奥へと視線を走らせる。 「・・・ねえアルヴィス君、君の兄弟分であるギンタは・・・・同じクラスだったよね? 一緒に終わったのに、彼を置いてきたの?」 アルヴィスの頭越しに遠く見える、ツンツンした金髪頭の青年を認め・・・ファントムはゆっくりと質問した。 「・・べ、べつに一緒に帰る必要無いだろ・・・! 帰るウチが違うんだし!! いいから、もう帰ろう・・・」 その質問に、腕の中のアルヴィスが顔を上げ。 何故か過剰に反応する。 「でも僕、そういえば彼にまだ直接逢ったこと無いんだよね。・・・ここは、アルヴィス君を今まで面倒看てくれてありがとう、って御礼を込めて挨拶しておくべきな気も・・・」 「!?? いっ、・・・いいよそれは・・・・!!! しなくていい・・・!! もういいから、帰ろうファントム・・・・、早くっ!!!」 そう言ってファントムの身体に自分から重心を掛け、車の方へ押しやろうとする始末だ。 さっきまであんなに、ファントムに抱き締められることに抵抗を感じていたようだったのに、この変わりようである。 「・・・ふぅん・・?」 ―――――・・・おかしい。 アルヴィスの性格から言って、それは少し変だとファントムは思った。 アルヴィスの育て親のダンナの事や、その実子であるギンタの事は、既に調べさせ済みだからほぼ知っている。 そして資料通りならばアルヴィスとギンタは、とても仲が良いらしい・・・もちろん、兄弟として、だろうが。 それならクラスも一緒であり、大学をずっと休んでいたアルヴィスが暫くぶりに登校したのだから・・・・・快活な性格らしいギンタが、一緒に帰ろうとしない筈は無いのだ。 アルヴィスも親しい相手にそう誘われて、断る性格ではないし。 様々な理由から、出来ればギンタをファントムに紹介したくない・・・とか何とか、アルヴィスが無駄に色々考えていたのだとしても―――――――既にファントムが、ギンタの姿を見つけてるのだから諦めるだろう。 アルヴィスは、そういう性格だ。 それなのにこうして、ファントムを即し帰ろうとする理由。 それは、何なのか? ・・・・何か。 アルヴィス君が気にしてる事が、他にある・・・・・・・・・・? そう考えるに至り。 ファントムが再びギンタの方へ視線を向ければ、彼の傍にはもう1人青年が居た。 金に近い、薄茶の髪・・・・ファントムの従弟、ロランによく似た髪色の青年。 色も長く背に伸ばした髪型も、似通ってはいるがロランとは全く違う印象の青年だ。 顔立ちは、遠目だから定かでは無いが・・・・まあ、それなりと評せるかも知れない。 けれど何にしろ、――――――ファントムも大概(たいがい)人のことを言える立場では無いが、・・・・喧嘩っ早そうというか、ガラの悪さを服装や背格好から感じさせる男である。 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 そして、ファントムはその青年を何度か街中で見かけたことがあった。 G座――――・・・ファントム達が住まう地域の中で、トップクラスの有名高級ブティックが建ち並ぶ界隈での事である。 そこの通りに車を走らせている時、何度か彼を目にしたことがあるのだ。 その度に、彼は別の女を連れて歩いていた。 その内の1人がたまたま、ファントムと顔見知りの女性だったので印象に残ったのである。 さる一部上場企業の、社長令嬢だった。 腕を組んで親しげに歩いていたから、恋人かなと思っただけだったのだが・・・・その次の週に青年を見かけた時は、別の女と歩いていた。 ファントムの知らない女だったが服装からいってやはり何処かの令嬢のようで、何度か彼を見かけた限りで判断するに――――――・・・金目当てにクラブのホストまがいの事をやっているのかと、ファントムは思ったのだが。 まあ、その時点ではファントムの知ったことでは無かった。 誰に貢がせようと、それが知り合いだろうと自分に迷惑が掛からないならどうでもいい。 けれど先週、その認識が若干変わる事件があった。 アルヴィスが、用事で訪れたG座で、それらしき男と遭遇したらしいのである。 バカな運転手がアルヴィスから目を離した隙に、コレ幸いと接近してきたらしいのだ。 運転手から聞いた男の風貌や、ファントム自身が見かけた時の大げさな身振り手振りの様子から見て、関西風の言葉を喋るというその青年はあの男に違いない・・・・と、ファントムは勝手にそう、確信したのだが。 まあ、・・・それはそれで、もうG座になどアルヴィスを1人で行かせなければ済むことだとも思っていた。 そうすれば、そんなナンパ紛いのチョッカイを出されることもあり得ないし、そもそもそんなに遭遇率が高いとも思えない。 しかし。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 G座で、何度か見かけた時のようにジャケット姿では無く、ゼブラ柄のシャツに複数のファスナー付きジーンズという極めてラフな格好をしているが、決して見間違いではなかった。 ファントムが何度か見かけ、・・・先週アルヴィスが出逢った不埒(ふらち)な男は恐らく――――――いや多分絶対、この男だ。 「・・・・・・・・・・」 アルヴィスを抱き締めたまま、ファントムはゆっくりとその紫の瞳を細める。 そして、自分の顎をアルヴィスの髪の毛に埋めるようにしながら・・・・そっと、低い声で囁いた。 「ねえ、・・・ギンタの横歩いてる彼は・・・・・・・アルヴィス君の知り合い・・・?」 「!!? えっ、・・・いや、・・・・知らない・・・・!!」 瞬間、腕の中でびくっと身体を跳ねさせて。 口とは真逆に、正直な反応を見せたアルヴィスの身体を、ファントムはますます深く抱き締めた。 「・・・・そう、知らないんだ。じゃあ赤の他人で関係無いし、ギンタは僕たちの関係分かってくれた方が良いから・・・・・・・」 「・・・・・・・?」 意味が分からない、というように此方を見上げる青年にファントムは機嫌が良い時の猫みたいな笑みを浮かべる。 アメシスト色の瞳を細め、口の端を吊り上げ・・・・・・・・表情は明らかに笑顔の筈なのに、感情を伺わせない、猫の顔。 いや、獲物を前にする猫型肉食獣の笑みかも知れない。 狡猾で、何かを企んでいる時の、ファントムの顔だ。 「だから。・・・・・こういう事しちゃっても、いいよね・・・?」 「・・・・ファン・・ト・・・、・・・・!??」 普段の笑顔と違うのを、敏感に感じたらしいアルヴィスが不安そうな顔になり名を呼び掛ける。 けれど、アルヴィスは最後まで名を呼ぶことは出来なかった。 「――――――・・・・、」 そのまま、顎を掴まれ。 公衆の面前であるにも関わらず―――――・・・アルヴィスは声ごと、ファントムに唇を奪われたからである。 途端、熱いものにでも触れたかのようにアルヴィスの身体が激しく跳ね。 腕の中の身体が離れようと藻掻き始めたが、ファントムは構わず深く抱き込む。 「んっ、・・・んんぅーーー・・・・ぅんっ、・・・・!!!」 嫌がり顔を背けようとするアルヴィスの後頭部を手で押さえ付け、何度も有無を言わさず深い口付けを繰り返した。 「・・・・・・・・・・・」 ファントムの視界の端に、驚いたように一瞬凍り付き、目を見張った2人の青年が見える。 アルヴィスの抵抗を押さえ付け、キスをしながら。 ファントムは彼らを品定めするかのようにそっと、またアメシスト色の瞳を細めた――――――――――。
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