『君のためなら世界だって壊してあげる』 ACT 47 『もう1度、逢いたい』 余っているモノを、足りない所へ補(おぎな)う。 例えば・・・・いっぱい抱えて持ちきれなくなり、雲が地上へぶちまけた水分が。 恵みの雨となって、乾いた大地を潤すように。 余剰なモノは、不足している場所へと移すべきなのだ。 ―――――――だから。 「・・・・こうやって、可愛ええ子探して。その持て余してるやろう色々なモンをやな・・・恵まれず不運に喘いでる薄幸な好青年な自分に還元してあげよう思うのは、自然の摂理やねん!・・・とずっと思うてきたんやけどな・・・」 そんな言葉を吐きながら。 光の加減によっては殆ど金色に見える、薄茶の髪を長く伸ばした青年――ナナシ―――は、表通りの店の方へと視線を投げかけた。 通りからは丁度死角になるファーストフード店の、いつものテラス席で、いつもの如く長い両足を行儀悪くテーブルの上に投げ出し。 身体を捻るようにして、椅子の背もたれに肘を付く。 星条旗模様で型抜きした英字ロゴが一面びっしりプリントされた、ド派手なボタンダウンシャツを羽織り。 インナーには、モノトーンで描かれた髑髏(どくろ)柄の白いTシャツ。 ハードクラッシュさせた膝やスネが丸見えになっている穴あきジーンズに、かかとを踏みつけ素足で履いた黒のスニーカー。 ベルトからは、ジャラジャラとウォレットチェーンが垂れ下がり、胸元や両手、そして耳朶には幾つものシルバーアクセサリーが光っている。 座った姿といい、服装といい、ガラが悪い事この上無い様子だ。 しかし、―――――――・・・テラス席に面した通りを歩く人々は、それとは別意味の視線をナナシに向けて通り過ぎて行く。 180センチはあるだろう均整の取れた体つきと、並外れて整った顔立ちに、それらの悪印象を払拭してしまう効果があるらしいのだ。 精悍な印象を受ける引き締まった輪郭に、鋭い光を宿すグレイがかった蒼色をした切れ長の双眸。 高い鼻梁に、大きくて男らしいセクシーさを感じさせる口元―――――――・・・・コロコロと良く変わる表情に気を取られがちだが、ナナシは、パーツの1つひとつが驚くほど端正で整った顔の持ち主だったのである。 「だったらもう、やめなさいよボス。気乗りしないなら、止めるべきだわ・・・・遊ばれる子達だって可哀想だし」 ナナシの、彫りが深い横顔を見やりつつ。 隣に腰掛けていた、濃いグリーンの髪をした同じくらいの年頃の青年が口を開いた。 此方も、黙っていればちょっと中性的な魅力がある美青年と称せ無くもない容貌だが、口調が微妙におネエ言葉だ。 「スタンリー、人聞き悪いこと言わんといてくれる? 自分はちゃあんとギブアンドテイクでやっとるんやから・・」 可哀想、と言われてナナシは僅かに眉を寄せて苦笑した。 「お金貰う代わりに、ちゃあんと望むだけの愛の大サービスはしてるんやで? 満足するまで、きちんとご奉仕しとるんや」 「そうかも知れないけど・・・・・」 「こっちだって、金が必要なんや。手っ取り早く儲ける為には、何だって利用せな!」 気乗りしない風に自分を見つめる緑髪の青年・・・・スタンリーに、ナナシは言葉を続ける。 「・・・しゃあないやん? チビども、まとめて引き取ったからには・・・・それなりにコレが要るんや! 自分が大学卒業して、ちゃんとした職に就くまでだって、金はぎょーさん掛かるのや・・・・あと2年はちゃんと勉強して単位取らんと卒業でけへんのやから、バイトの時間もそう取れんし・・・・これが一番手っ取り早い。」 『金』を示すマークを指先で作って見せつつ、ナナシは勢いよく言い切った。 しかし、言い切った後に途端に肩を落とす。 「・・・・ヒモみたいな生活や、ってのは自分だって分かっとるけどなー・・・・」 人差し指と親指で輪を作ってスタンリーに見せたまま。 長髪の青年は、力なく嘆息した。 ―――――――生まれる前から、その誕生を祝福されなかったナナシにとって。 預けられた施設で出逢った、似たような境遇の子供達は大切な仲間であり、掛け替えのない家族だ。 愛情面でも物質面でも、決して恵まれた環境では無かった青年たちは、身を寄せ合って必死に生きてきた。 互いに協力し合い、やれること出来ることを仲間内で補い合って、暮らしてきた。 その仲間内で一番年上だったナナシは、規則で高校卒業と同時に施設を出なければならなくなった時に、まだ幼い仲間達を引き取ったのである。 何かと風当たりのキツイ施設に居るよりも、全幅の信頼を寄せてくれ懐いてくれている仲間達にとって、その方が良いと思ったから。 けれど、当然のことであるが―――――――・・・・現実生活は、愛情だけでは暮らしていけない。 大所帯の彼らが食べていく為には、それ相応の金額を稼がなければならなかった。 だが、そんな割の良いバイトなどはそうそう見つからないし、学生であり学業にいそしまねばならなかったナナシには、時間だってそう余ってはいなかった。 悩んだ挙げ句に、行き着いたのが・・・・・・・・・・・高校時代からたまたま小遣い稼ぎにやっていた、ホストまがいの行為である。 昔から、ナナシが金を持っていそうな身なりの女性の傍でうろつき、意味深な視線を投げかけるだけで、相手は面白いように引っかかった。 美味しいモノを食べさせてくれて、服や時計などを買い与え、尚かつ金がない旨を告げれば『幾ら欲しいの?』と、甘い言葉を掛けてくる。 そうして手に入れた金品を、質に流して金に換えるのだ。 余ったとこから無いとこに金を回して、何が悪い? こちとら、背に腹は代えられんのや――――――そう思い、始めた行為だった。 罪悪感なんて、感じている余裕は無かった。 やらなければ自分ごと、・・・家族が食いっぱぐれてしまうのだから。 けれど今、その信念が少しグラついている。 理由は、先週出逢った名前も知らない子のせいだ。 ナナシが今まで見たこともないくらい、キレイな顔で澄んだ瞳をした青年だった。 そのキレイさと言ったら、面食いであるナナシが一目見て感心してしまうくらいの美形だったのだが・・・・・別にソレが理由という訳では、無かった。 ―――――――勿体ないだろ? ―――――――誰だって、生まれる場所や育った環境なんて選べないけど。人生がみんな生まれた時は平等だなんて、俺だって思わないけど。・・・でも、真面目に頑張っていれば絶対、ささやかでも幸せに暮らせる筈なんだ! ――――――――アンタもこんな、チャラチャラしてないで。勉強とかバイトとか、もっと有意義な事に時間使えよ・・・時間もティッシュも、無駄にしたら勿体ない・・・。 ナナシが感心してしまう程、美人なその青年は。 高級店ばかりがひしめく、その通りでも1、2位を争うハイブランドの店からお抱え運転手付きで山ほどの買い物をして出てきた癖に。 駅前で配っていたポケットティッシュを捨てようとしたナナシを見咎め、勿体ないと長々説教をしてくれたのである。 曰く、コンビニで買ったら4個で200円するだの、200円をバイトで換算したら何分働く事になるだの・・・・お坊ちゃまとしか思えない上品な外見で、ひどく庶民的なお叱りを懇々(こんこん)と。 だが、ナナシを見つめる目はとても真剣で。 出逢ったばかりの名も知らない男相手に、一生懸命『真面目に頑張れ』と言い聞かせてくれた。 言っている内容は、年配の大人達が良く口にする曖昧な言葉なのだが、何故かこの時のナナシは青年に反発心を抱かなかった。 真面目って、どうしていればマジメって事になるん? 頑張れって、何をどうしたら、頑張ってる事になるんかな? 必死に生きろって事なら、もうとっくにやっとる・・・・それでも頑張れ言われるって事は、他人から見て頑張ってるように見えんとアカンて事やの? だったらそれ、・・・他人からだけマジメで頑張っとるように見えとれば・・・それでエエってこと? ――――――そんな風な言葉は一切、ナナシの口を突いて出てこなかった。 絶対、あり得ないだろうに。 生まれつき恵まれて、何不自由なく育ったんだろうに。 青年の言葉には何故だか重みがあって・・・・・本当に、ささやかに堅実に、コツコツ一生懸命頑張って暮らしてきたかのような・・・・説得力があったのだ。 例えて言うなら、教会で生まれ育ったシスター・・・いや彼は男なのだから牧師か神父ということになるだろうか・・・・のような、少しの幸運にも感謝を献げそうな敬虔(けいけん)さが感じられた。 金持ちだと踏んで、軽く引っかけて・・・・・いつも通りに『余っている場所から足りない所へ還元』して貰うつもりだったのに。 罪悪感など感じていられない――――――・・・生活のためだと、割り切って。 それなのに青年と出会った日から、それが酷く汚れた行為だという感覚がどうしても拭えなくなった。 ちゃんと卒業して、真っ当な職について、養っていかなければならないから。 勉強して、単位を取るため、大学にはサボらず通わねばならない。 だけど、その間だって生活費は必要だから。 マトモなバイトについてる時間が無い以上は・・・今の生活を続けるしかないのに。 ――――――自分の『信念』が、あの日から揺らいでいる。 「・・・・・・・・・・・・・・・、」 溜息を付いて、そのまま黙り込んでしまったナナシをスタンリーはじっと見つめていたが。 やがて、首を横に振りながら切り出すように口を開く。 「・・・でもねえ、やっぱり止めるべきだわボス」 「スタンリー・・」 「ボスの心意気は有り難いけど、いつか変なのに引っかかって取り返し付かない事になったら大変よ? アタシは、そんな目に遭うボスなんて見たくないし・・・チャップ達だって少しくらい困ったって全然平気って言うに決まってんだから!」 同時期に施設を卒業し、一緒に住んでいる仲間であるスタンリーは、元からナナシの『バイト』には反対だった。 稼ぎはもちろんナナシよりも少ないが、見た目に似合わず豪腕である彼は日雇いの土木作業現場でバイトしている。 「アカン、・・・アイツらに苦労はさせたないんや・・」 「だったら、ボスもアタシみたいに真っ当なバイトしなさいよ。それなりに疲れるけど、お金はいいのよ?」 「疲れてガッコで寝てもうたら、本末転倒やん。それなりな成績取らんとあかんねん!」 「――――――結局悩んでも、此処にこうして居るってことは、この『バイト』は止めないって事なのね・・・」 「・・・・・・・、」 呆れ顔でそう結論づけたスタンリーに、ナナシは苦笑のみで返した。 背に腹は代えられない――――――先ほど、自分でもそう言った。 けれどそう言いつつも、いつも女の子を引っかける為の品定めをするこの席に、こうして座り。 高級店が立ち並ぶ表通りの方へ、視線を走らせているのは・・・・・・決してそれだけの為では無かった。 先週出逢った、お坊ちゃまの筈なのに妙に庶民的だった『彼』と――――――もう一度逢えないかと思ったからである。 青みがかった癖のある黒髪の、青い瞳が素晴らしくキレイな・・・・容姿が出来過ぎな程に整った青年。 あのお人形さんのような彼に、もう一度逢ってみたい。 話途中に、まるで誘拐するかのような切迫した様子で戻ってきた運転手に連れ去られてしまい・・・・名前も聞かずじまいだったけれど。 ――――――もういっぺん、逢えへんかなあ・・・? ついつい、そんな期待をしてしまう。 住む世界が違うだろうことは、重々承知の上だ。 だけど、惹かれてしまう気持ちは抑えようがない。 キレイな容姿は勿論、面食いであるナナシの目に充分適うモノだったのだが・・・・・・・・・それ以上に、彼の堅物そうな真面目さと、外見を裏切る庶民的な思考にノックアウトされてしまった。 彼にならばナナシは、幾ら叱られても頭に来ない気がする。 むしろ、一生自分の傍でお説教をしてくれていても歓迎出来るだろう。 いや、・・・それはもちろん笑顔で傍に居てくれるなら、一番それが良いのだが。 彼がマジメにきちんと働けと言うのなら、ナナシは真っ当なバイトに就くことも考えられる気がした。 それで勉強が大変になったり、身体がきつくなるとしても、・・・それでも頑張れると思った。 そうすることで彼がナナシを認めて、少しでもほめてくれたらそれで・・・報われる気がする。 ――――――もういっぺん、逢えへんかなあ・・・? 期待を込めて、ナナシは通りをまた振り返った。 「なあ、スタンリー・・・」 そして、通りに視線を向けたままで、隣に座る仲間に話しかける。 「運命て、信じとる? ・・・自分なあ、もし・・・その運命感じることでけたら・・・・マジメになろう、思うねん・・・」 そう話すナナシの横顔は、スタンリーが見たこともないくらい機嫌良さそうな表情を浮かべていた――――――――。
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