『君のためなら世界だって壊してあげる』 ACT 46 『波乱の幕開け』 「・・・・・・色々あったから」 午前中の講義が終わり、ちょうど昼食時という事でごった返している大学の食堂内。 アルヴィスは、テーブル席で目の前に座っている人間達にそう、言葉を濁した。 ――――――『入学してから、ほぼ丸々1ヶ月、何故休んでいたのか』という質問に関しての、答えである。 明確な理由を告げれば、十年近くぶりに持病の喘息が再発して入退院を繰り返し・・・大学へ来れる状態では無かった、という所なのだが。 出来れば、そういう込み入った事情は話したくないし、病弱なんだと気を遣われたりするのも御免被りたい。 更に言えば、そんな事情がバレて欲しくない人物が・・・・・・・・・・この場に同席していた。 「まあ、そりゃそーだよなー」 質問をしてきた、サル顔の純朴そうな青年では無く。 その隣に腰掛けていた明るい金髪の青年が、トレイの上の味噌汁を啜りながらアルヴィスに相づちを打った。 ――――――彼こそが、その事情を知られたくない張本人。 兄弟同然に育った、アルヴィスにとって掛け替えのない家族だ。 その家族に、アルヴィスはここ1ヶ月ほどの体調不良の事どころか、入院した事すら告げてなかった。 今、ここでそんなのが判明したら―――――――・・・非常に面倒くさいことになるだろう。 「アルヴィスってジュンノーセイなさそうだしさ。急に環境変わって、身体付いていってねーんじゃね?」 「・・・・・・・・・ハハ・・、」 普段は鈍いくせに、こういう所だけは野生の勘が働くのか核心を突いた青年の物言いに、アルヴィスは乾いた笑いを漏らすしかない。 「・・・そんなことは、・・・・・」 「神経質だから、色々気ィ使って具合悪くしたりしてたんじゃねーのか〜〜〜?」 引きつりながら否定しようとしたアルヴィスを余所に、青年はそう言ってカラカラと笑い・・・・それから大きな緑の瞳を少しだけ眇(すが)めて、付け加えた。 「・・・だから、家出るのよせって言ったのにさ」 その言葉には、少々不満が滲んでいる。 長年、一緒に家族同然として暮らしていたのに、アルヴィスが家を出てしまった事への不満だろう。 それなりに仲良く上手くやっていたから―――――・・・大学に受かったのを期に、1人暮らしをしたいとアルヴィスが言い出した時。 同い年の兄弟として育った彼・・・ギンタとは、結構揉めたのだ。 結局、アルヴィスが希望を押し切り、また、ギンタの実の父親でありアルヴィスの保護者でもあったダンナがそれをアッサリ許した為、家を出る事は決定したのだったが。 ―――――――ギンタは未だに、帰ってこいというスタンスを崩していなかった。 「それは、・・・・・」 ギンタの言葉に、アルヴィスは口ごもる。 アルヴィスだって、単純な思い付きで家を出た訳ではない。 ちゃんと明確な将来の展望を持ち、自立したいと思って家を出たのだ。 だが実際の所、家は出たものの、自分1人で暮らしていない今の状況だと微妙に反論はしにくかった。 「・・・・・・・・・・・・・」 そして、その状況をギンタは包み隠さず知っている。 「ていうかさ、・・・1人暮らししたいから家出たんだろアルヴィス。だったらさ、アイツんとこで住んでるならそれ違うだろ? ・・・なら、戻ってきたって構わないじゃん!」 「・・・・・・・・・・・・・」 ギンタの言い分は、もっともだ。 「幼なじみだったか何だかは知らねーけど。・・・別にそんな、ずっと逢ってなかったヤツと一緒に住むことねぇだろ?!」 「・・・まあ、・・・確かにそう言われればそうなんだが・・・・」 無茶苦茶な言い分がいつものギンタにしては珍しく、正論が続いているので詰問されているアルヴィスとしても、歯切れが悪くなる。 「大体、アルヴィスお前はジュンノーセイ無いんだからさぁ・・・知らないとこ行くと具合悪くなるじゃんか。・・・・小さい時とか、おっさんのトコとか泊まりに行っただけで咳止まんなくなったりしてただろ!? ジュンノーセイ無いヤツは、住み慣れた家がイチバンなんだっての!」 順応性――――・・・先ほどから繰り返しているが、彼はちゃんと漢字で理解できているのだろうか。 まあ、使い方を間違っている訳では無いから、問題は無いだろうけれど。 「・・・・・・・、」 あまりにも、『順応性が無い』と言われ続け。 そんなことは無いと否定したくなったアルヴィスだったが、実際この所ずっと体調を崩した原因は、紛れもなく環境が変わった事へのストレスだっただろう事は否めなかった。 だが、何処までも正論で家に帰ってこいと言うギンタに、アルヴィスとしては頷くわけにはいかないのだ。 「でももう、・・慣れたし・・・・」 ボソボソとした声で、アルヴィスは小さく訴えた。 「・・・その、・・・・事情が変わったんだ・・・」 自分でも酷く曖昧(あいまい)な言い分だと思いながら、言葉を連ねる。 「一緒に住むってのは、小さい時から・・・の約束だったし・・・」 「だからって、・・・・」 「いいんだ! もう住んでるんだし!!」 当然、納得していない様子のギンタを遮り、アルヴィスは言い切った。 一緒に住んでいる幼なじみは、恋人で。 同居というより、同棲なのだ言ってしまえば話は早いとアルヴィスだって分かっている。 しかし幼い頃から一緒に育った、血が繋がらないとはいえ兄弟同然であるギンタに、ファントムとの関係を言うのがどうしても照れくさくて、言い出せない。 大体、・・・今まで恋愛には興味のないスタンスを貫き通し、ギンタどころか誰に話題を振られても、『どうでもいい』と話すら遠ざけてきたアルヴィスである。 今更、何だかそんなことを告げるのは―――――――アルヴィスにしてみれば、酷く気恥ずかしかった。 「とにかく、そう決めたんだからもういいんだ」 「だけどさぁ・・・・」 「俺が何処に住もうと、別にギンタに断る必要ないだろう」 尚も不満げに言ってくるギンタをキツ目の口調で封じ、アルヴィスは言い切る。 「・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・」 賑やかな学食の場で、アルヴィス達のテーブルだけに気まずい沈黙が流れた。 「だ、だけど・・・・」 そんな中、オタオタとそんなアルヴィスとギンタの顔を交互に見やり・・・取りなすように声を発したのはサル顔の・・・さっきギンタにジャックだと紹介された・・・青年である。 「・・・・ギンタだってもう独り暮らししてんだから・・・・今更どっちみち、一緒に住むのは無理じゃないんスか? ねっ?」 「そんなの、元の家に戻りゃいいんだから関係ねーんだよ・・・」 ぶすっと答えたギンタの言葉に引っかかり、アルヴィスは口を開いた。 「・・・元の家? ・・・・お前今、違う所に居るのか・・・・?」 てっきり、ずっと一緒に暮らしていたあの一軒家で暮らしているのかと思っていたのだ。 それに、独り暮らしというのも引っかかる。 自分の養い親であり、ギンタの実父であるダンナはどうしたというのか。 「あれ、・・・アイツから聞いてねぇのかアルヴィス?」 ぶすっとしていた顔を変え、ギンタが首を傾げる。 「親父は今、旅に出てるぜ? 今は何処かな〜〜〜、この前ピラミッド見たとかってエジプトから電話来てたけど・・・」 「・・・・えじぷとっ、・・・・!??」 旅って、何でだ? ピラミッドって、・・・何故?? エジプトって、・・・なんでそんな場所に??? 聞きたいことが在りすぎて、アルヴィスは逆に言葉に詰まってしまった。 呆然と自分を見返すアルヴィスに、ギンタはあっけらかんと説明を始める。 「この間、俺は逢えなかったんだけど、お前がアイツん家住むって決まったことをアイツが伝えに来たらしくてさあ。そん時、アイツが親父に世界旅行勧めたらしーんだよな〜〜〜」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 「で、俺が家に帰ったら。・・・親父いきなり俺に『ちょっくら旅に出ることにすらぁ! このまんまココに住んでてもいいけどよ、お前も独り暮らしになっから学生用のアパートにでも入った方いいだろ!?』なーーんて言い出しやがってさぁ」 「・・・・・・・・・・・・・・」 「そんで、その為のカネとか全部、アイツが用意したらしーんだよ」 「・・・・・・・・・・・・・・」 「だからてっきり、アイツから聞いてると思ったのに」 ギンタが言う『アイツ』とは、アルヴィスの恋人であり幼なじみであるファントムに他ならない。 ギンタは先日、アルヴィスとの電話をファントムに一方的に切られた事を根に持っていて、未だにアイツ呼ばわりしているのである。 「・・・・そうなのか・・・」 ようやく合点がいって、アルヴィスは頷いた。 確かにファントムならば、可能な仕業だろう。 ―――――――ここに住むことで、アルヴィス君が何の心配も無いように僕がしてあげるから。 そういえば、そんなことを言っていた気がする。 それは、例えば学費だとか食費だとか。 生活することで生じるだろう、アルヴィス本人に掛かる経費の事を差しているのだとばかり思っていたが。 ギンタの話を聞く限り、ファントムはアルヴィスの家族の事まで考えてくれたようだ。 確かに、世界中に散らばっている童話やおとぎ話のルーツを見て回りたい――――――そう常々言っていたダンナにいつか、そういった旅行をプレゼント出来たらいい・・・そんなことをアルヴィスも考えてはいたのだけれど。 ファントムは、それを叶えてくれたらしい。 「随分と、アルヴィスの幼なじみってお金持ちなんスね〜〜〜〜?!」 紹介され知り合ったばかりの青年、ジャックが感心したように口を開く。 見るからにヒトの良さそうな青年は、興味津々と言った様子で言葉を続けた。 「アルヴィスの幼なじみのヒトって、どんなヒトなんスか?」 「・・・・どんなって、・・・・」 言われてアルヴィスは、何処か掴み所のない性格の幼なじみ兼、恋人である青年の秀麗な顔を思い浮かべる。 「俺たちより、4歳上のK大医学生。ずっと海外に留学してたし、家が金持ちなのは多分間違いないと思うけど・・・」 「へえ〜〜K大の医大生で留学経験ありっスか!? 頭イイんスね!!?」 「・・・・頭と顔だけはな」 少しだけ苦笑いして、アルヴィスは肯定した。 アルヴィスには甘く優しい態度しか取らないファントムだが、その他の人間には少々辛辣な所がある。 酷く気まぐれだし、時折とても・・・・物騒な雰囲気を纏っている事があるのだ。 そんな時でもアルヴィスが話しかければ、途端に甘い表情に戻ってはくれるのだが。 「だけどちょっと、性格に難ありというか・・・・」 先日の、街中でのハプニングから生じた、とある一騒動を思い起こしながら。 アルヴィスは、肩をすくめる。 「過保護なんだよな、・・・俺に対して。ここ(大学)通うのだって車だし・・・・」 一週間ほど前、アルヴィスは都合が悪くて行けないファントムの代わりに、ある店へと赴いた。 運転手付の車での外出だから、さほど手間にはならない。 用事を済ませ、後は帰るだけ―――――――となった時に、急に外を歩きたい気分になった。 ずっと入院続きで、退院してからも体調が戻ってないからと外にも出して貰えなかった日々が続いていて、久々に外の空気が吸いたくなったのだ。 それで、運転手に先に帰って貰い。 アルヴィスはゆっくり歩いて、さほど離れている訳ではない駅へ向かい電車で帰るつもりだったのだが―――――――そこで見知らぬ青年に声を掛けられた。 その青年の言動には、アルヴィスが気になる部分があって。 ついついアルヴィスは、説教じみた注意を青年にしてしまったのだ。 ところが、それがファントムには問題だったらしい。 結局アルヴィスは、先に帰っていいと言ったのに血相を変えて戻ってきた運転手に、連れ去られるように車に押し込められて、家に戻る羽目となってしまった。 アルヴィスに話しかけていた青年は、その誘拐じみた運転手の行動にさぞかし驚いた事だろう。 帰ったら帰ったで、ファントムに不用心だとこってり絞られた。 彼に言わせると、信頼出来る人間からの紹介も無しに見しらぬ人間と話すなどは、不用心極まりない。 誘拐されたらどうするの? ・・・・などと。 ファントムこそが、誘拐まがいにアルヴィスを自分の家に最初連れ込んだくせに、言い聞かせてくる始末である。 「俺のこと心配してくれるのはいいんだけど・・・・ちょっと常軌を逸してるって言うか・・・・」 ぼやくように言いながら、食事の手を止めてアルヴィスは溜息を付いた。 だが、言っても仕方ないだろうというのは、アルヴィス自身が知っている。 言って分かってくれるような、殊勝な性格なら―――――――アルヴィスだって苦労はしないのだ。 アルヴィス君は、僕のモノ・・・そう公言して憚(はばか)らない、自分ルールで生きている恋人なのだから。 そして恋人は、心配性なのと同じくらい・・・異常な程に嫉妬深い。 アルヴィスに近づく輩に容赦しない事は、幼い頃からのファントムの行動で思い知っている。 だからアルヴィスとしては、身の回りの平和を守るためにも、必要以上にファントム以外の人間と接することは避けようと思っていた。 「・・・・まあ、そういう性格なんだと割り切るしか無いんだけどな・・・」 苦笑して、そう言葉を続けながら。 アルヴィスはふと、その先日に話途中で置き去りにした青年のことを思い出す。 ティッシュ片手に、関西弁の軽い口調で話しかけてきた――――――見るからに遊んでいそうな青年。 ファントムとはまた違ったタイプの、整った顔立ちをしていた気がする。 さぞかし遊んでる頭の軽いタイプだと思いきや、アルヴィスがティッシュのことで咎めたら・・・意外に殊勝な顔つきで、此方の話を聞いていて。 運転手に強引に引っ張られて連れ帰られそうになったアルヴィスを、慌てて助けてくれようとした。 大丈夫、俺の家のヒトだから―――――そう言って別れたときの、心配そうな青灰色の瞳が忘れられない。 誘拐のように連れ去られるなんて、一体どんな家のヤツなんだと、絶対思われただろう。 ――――――もう、逢うことも無いだろうけど。 ふと、学食の風景の中で、その青年に似た薄茶の長い髪を見た気がして。 アルヴィスは何気なく、そっちを見る。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 少し傷んだような、枯れ草色の長い髪。 肩幅のある長身の後ろ姿は、あの青年とよく似ていた。 細かいゼブラ柄のカットソーに、腿部分に幾つもファスナーが付いたジーンズの派手な姿も彼のイメージに近い。 ・・・・本当によく似てるな・・・・・。 そう思ったのと、その青年が何気なく振り返ったのは同時だった。 彫りの深い、端正な顔立ちをした青年と目が合う。 「っ・・・・・!!?」 カンッ、とアルヴィスが手にしていたスプーンがトレイに落ちて、甲高い音を立てた。 「・・・アルヴィス?」 「どうかしたんスか?」 目の前に座るギンタとジャックが、アルヴィスの様子に怪訝な表情を浮かべる。 「・・・・・・・・」 「あーーーーーっ、・・・キミは・・・・!!!?」 それに答える余裕もなく凝視していたアルヴィスに、視線の先の青年が驚いた様子で叫び、大股に近づいてきた。 「奇跡やっ!! まさかこんなトコで逢えるやなんて!!」 コテコテな、関西弁。 人懐こそうな、笑顔。 ――――――紛れもなく、先日逢った青年だった。 呆然とするアルヴィスに近づき、青年は感激ひとしおと言った様子で手を握ってくる。 そして、サラッと爆弾発言をした。 「自分たち、結ばれる運命やったんやね・・・・感激や・・っ!!!」 「・・・えっ、・・・・?」 一瞬、言葉の意味を掴み損ね。 アルヴィスが聞き返そうとした、その時。 「自分、・・・キミに一目惚れやねん!!」 握った手を引き寄せ、青年はそう言ってアルヴィスを抱き締めてきたのだった――――――――。
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