『君のためなら世界だって壊してあげる』 ACT 45 『ロラン』 「・・・・それで、ファントムはその子をどうするつもりなんです!?」 ペタの話を遮(さえぎ)り。 青年は黙っていられないとばかりに興奮して、詰問口調に問うてきた。 金色に近い薄茶の髪を長く伸ばした、なかなかの美青年である。 白に近い薄水色のスーツに身を包んだ彼の姿は、立食形式のパーティー会場の隅に佇んでいてもそれなりに人目を引く存在だった。 色白の整った顔立ちといい、柔らかな声といい・・黙っていれば可憐な女性と見紛いそうな優しげな容貌に、彼を誰と知らずともついつい視線が向いてしまうようだ。 ファントムの又従兄弟―――――・・・天与の美貌を持つ、かの青年と同じ血を僅かにでも引いている事を考えれば納得できる整った容貌である。 しかし、いつもは柔和そうな顔立ちに、今はハッキリと険が浮かんでいた。 もちろん、たった今ペタが話した内容が気に食わないからだろう。 「・・・本気で、その子を飼うつもりなんですか?」 再度問う声にも、微かな尖りが感じられる。 「・・・・・・・・そういう言い方は慎め、・・・ロラン」 睨むように険しく光る、赤い瞳を見返しつつ。 ペタは抑揚のない声で、静かに相手を窘(たしな)めた。 「聞かれれば、機嫌を損ねるぞ」 「でも、実際そうでしょう・・・・!?」 誰が・・・とは明言せずに忠告した途端、ロランと呼ばれた青年の顔は更に険しくなる。 「何処の馬の骨とも分からないような子を、ファントムが気に入ったからって家に住まわせて面倒をみている―――――――・・・これの何処が、違うと?!」 「・・・・・・慎めと言ったぞ、ロラン」 激昂する青年を見据えながら、ペタは言葉を繰り返した。 それから声を落として、ロランの耳元で囁くように忠告する。 「それに、何度もそうファントムの名を口にするな。・・・・厄介で噂好きの耳は何処にでもある」 「・・・・・・・・・・・・・・」 「まして今日のパーティーは、本来ならば私では無くファントムが出席する筈だったのだ。彼見たさに出席を決めただろう、不届きな輩が沢山いる・・・・言葉には気をつけろ」 「・・・・・・・・・・・」 場をわきまえたのか、ようやく大人しく口をつぐんだ青年にペタは軽く溜息をついて、話の続きを再開した。 「―――――残念ながら、本気だろうな。・・・何せ、留学される前からのご執心ぶりだ。その意志に我らが逆らえる筈も無かろう」 「・・・・・・・・・・・・」 「とにかく、お気に入りなのだ・・・・・・・・取りあえずは様子を見るしかあるまい」 「・・・・・・・そんな・・・・・、」 ペタの言葉にショックを受けたらしく、ロランが呆然と呟き、壁により掛かる。 「でも、・・・そんなこと、・・・・大叔父(おおおじ)様が許すはず・・・・」 ロランの言葉に、今度はペタが渋面を作った。 わざわざロランに指摘されずとも、その点はペタだって重々承知している事柄である。 ロランの大叔父・・・つまり、ファントムの父方の祖父だが・・・・選民意識の塊で、何よりも家柄と名声を重んじ、孫の抜きん出た才能を高く買っているあの男が、―――――――アルヴィスのことを許す筈が無いという事は。 「この件は暫く伏せておくつもりだ。・・・いいな? ロラン」 その祖父に命じられ、ファントムの監視を言い付かっている筈のペタは本来、その彼にこそ報告の義務があり、伏せておくなどはとんでもない行動である。 しかし、ファントムに心底傾倒しているペタは、彼にこそ忠実であった。 ファントムの為ならば――――――ペタは、誰を欺(あざむ)こうとも構わない。 ファントムの祖父は今のところ全面的にペタを信頼しているし、ペタが報告をしない限りはアルヴィスのことを知られる恐れは無かった。 ファントムの父弟であるカペルには、入院させた病院が彼の持ち物である為アルヴィスのことはバレているが・・・・・ペタと同様に自分の甥であるファントムを、崇拝の域で肩入れしているから・・・・口外はしないだろう。 ただ、唯一の漏れる可能性がこのロランからだった。 ファントムと同じ大学、クラスに所属し―――――かつ、彼と又従兄弟にあたるロラン。 幼い頃よりファントムに心酔し、ファントムが留学していた間も時折海外まで逢いに来ていた程の熱の入れようだ。 そんな彼がアルヴィスのことを知れば、そのまま黙っているとは思えなかった。 だからこそ、ペタはファントムが出席するはずだったこの会場で、ロランに会い。 彼に釘を刺す為に、足を運んだのである。 そうでなければ、社交上さして出席せずとも問題のないこのパーティーに、ファントムの代理としてペタが出る必要など無かったのだ。 「今、アルヴィスのことがあの方に漏れるのは、決して得策ではない」 念押しするように、ペタが厳しい顔つきで口外するなと言えば。 青年は長い髪を一房手に取って弄びながら、不服そうに口を尖らせた。 「・・・・でも〜〜〜〜」 間延びした声で不平を漏らしつつ、納得できないといった様子でペタを見返す。 「彼が、自分の家に使用人じゃない誰かを住まわせるなんて、・・・・今までだったら考えられないことです。後々のこと考えたら、今の内に何とか追い出すべきなんじゃないですか?」 「・・・・だから、それが出来ないから言っている・・・」 見返してくる赤い瞳といい、可憐な顔立ちといい―――――本当に、ウサギのような男だと思いながら、ペタは言葉を返した。 ウサギは、外見こそ少しのトゲもない、か弱くさえ見える容姿だが・・・・その実、案外にバイタリティに溢れ気性も荒く、人一倍臆病なくせに好戦的だ。 「僕は、反対ですよ? そんな庶民の子なんて・・・例えペットとして飼うにしても、彼に相応しくありません!」 ファントムを理想そのものとして崇めているロランは、彼に近づく全ての存在を厳しく査定し、篩(ふる)い落とそうとする。 ロランがその優しげな外見に似付かず、相当にえげつない方法でファントムに近づく相手を蹴落とすのを、ペタは度々目にしていた。 「いくら反対でも、・・・彼が決めたことだ」 だが、今回は黙認する訳にはいかない。 ファントムの、異常な程のアルヴィスへの執着を知ってしまった今――――――・・・ペタは自分の主の精神状態を守る為にも、アルヴィスへの危害は食い止めねばならなかった。 「・・・・だったら、彼にバレないように追い払うだけです。・・・今までだって、それなりに使命として果たしてきましたからね。・・・・彼に近づけるのは毛並みが良くて、素晴らしい能力を持った者だけでなければ・・・」 案の定、可愛い顔で剣呑な言葉を吐いた青年に、ペタは呆れた口調で言葉を返す。 「遠戚としても、お前に忠告しておくぞロラン。・・・・アルヴィスには手を出すな」 「・・・・・・・・・ですけど、・・・」 相変わらず納得していない表情の青年に、ペタは言葉を重ねた。 自分がどんなに愚かな過ちを犯そうとしてるのかを、しっかり言い含めねば面倒な事態になると踏んだからである。 「いいかロラン。お前が今までしてきたことを、彼が知らないとでも思ってるのか? 全て、・・・彼はお見通しだぞ」 「!!?」 ロランが、まさか、と言った様子で目を見開いた。 やはり、気付いていなかったらしい。 自分に付きまとう厄介な者達を振り払う手間を省くために、ロランの行為を黙認していただけで・・・ファントムはしっかりと、その事実を把握していた。 単に、そのことをファントムがロランに告げていなかっただけである。 ――――――ロランが勝手にやってることだからね・・・僕には直接関係ないよ。 まあ、鬱陶しい奴らを彼が追い払ってくれるのは便利だから、何も言う気は無いけれど。 勝手にやってることなんだから、別にお礼やご褒美は要らないよね・・・? クスクス笑いながら、そうファントムが言っていたのを、ペタはこの耳で聞いていた。 ファントムは知らないそぶりで、ロランを利用していたのである。 「つまり、今までは彼が許可していたということだ。――――――だが、アルヴィスはそうはいかない」 「・・・・・・・・・・・・・・」 顔色を変えた青年を見据え、ペタは無表情のまま抑揚のない口調で説明を続けた。 「彼はアルヴィスに危害を加える者を、決して許さないだろう。たとえ、又従兄弟のお前であろうとも容赦はしない。―――――・・・何しろ、『全世界と引き替えにしても惜しくない』らしいからな」 「・・・・・・・・・!!」 ペタの言葉に、青ざめていたロランの顔にサッと朱が走る。 どれほど、その青年がファントムに大切にされているのかが、ようやく理解出来たのだろう。 嫉妬と羨望の入り交じった、酷く悔しそうな形相でロランが唇を噛むのが見えた。 「・・・でも、ぼ、・・僕は・・・・・・・っ、・・・」 「―――――やめておけ、ロラン」 ぎゅっとこぶしを握りながら、何事かを言いかける青年を遮り。 ペタはトドメの言葉を吐いた。 「彼に、・・・・嫌われてしまうぞ・・・・?」 「っ!?」 その途端、ロランは大きなルビーのような瞳をまん丸に見開く。 そして、ぶんぶんと大げさな身振りで首を横に振った。 「い、嫌です・・・! 彼に嫌われたくありません・・・!!」 戦意が喪失したのかションボリと項垂れる様は、まるで耳を寝かせて降参の意を示しているウサギそのものだ。 心の底からファントムに心酔しているロランにとって、この世で最も受け入れがたい『罰』は、ファントムに嫌われてしまう事である。 自分の全てと言っても過言ではない存在のファントムに、拒絶されてしまったら。 ロランという人間は、存在価値を失ってしまうのだ。 『ファントムに嫌われる』・・・このセリフは、ロランに一番良く効く戒めの言葉なのである。 実際は、アルヴィスに危害など加えたら嫌われるどころか、手酷い制裁が下されるだろう。 過去にアルヴィスを犯し掛けた男が、先日どんなに悲惨で身の毛もよだつ末路を辿る羽目となったかを――――――――ペタは実際にこの目で見て知っている。 ファントムならば。 自分に傾倒し、全てをなげうっても惜しくないという程に献身的に尽くすこの又従兄弟を・・・・さわやかな笑みを浮かべたままで、顔の皮を引き剥がす位のことはやってのけるだろう。 最近は、干し首(※装飾用に加工され、手の平大まで縮小された人間の頭部)の作り方に興味を示していたから、材料が手に入ったとばかりにやりかねない。 アルヴィスに危害を加えようとする存在に対し、ファントムは決して容赦はしない・・・例え、それがそれなりに気に入っていた又従兄弟であろうとも。 「・・・なら、大人しくしていることだ。決して、妙な行動は取らず・・・・彼の怒りを買わないよう注意していろ」 しょげているロランの様子に溜息を付きながら、ペタは更に余計なことはするなと念押しする。 今度はしおらしく、青年は頷いた。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 これで当分は平穏な日が続くに違いない―――――――そう、安堵の息を吐き。 けれども、いずれ発覚するだろうその日を思い遣って。 厄介なことだと、顔には少しも出さずにペタは心の中で、大きく肩をすくめたのだった・・・・・・・・。
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