『君のためなら世界だって壊してあげる』 ACT 44 『交差した道の行方 −37−』 「・・・・・・・・・・ごめん」 全てを悟り、ファントムは本当に反省の意味を込めて謝罪の言葉を口にした。 「ごめんね・・・僕が悪かったよ・・・・!」 ファントムは徐(おもむろ)に自分とアルヴィスの間を隔てる、邪魔なクッション達を床に放り投げ。 先ほどと違い今度は靴も脱いで、ベッドの中へ自分の身体を潜り込ませた。 「寂しかったよね、・・・・本当にごめん・・・!!」 そして可愛くて堪らないという衝動のままに、アルヴィスの身体を後ろからぎゅうっと抱き締める。 「でもね、・・・・昨日はちゃんと、アルヴィス君こうやって抱いてたんだよ? だけどアルヴィス君、途中から熱が出ちゃったから、抗生剤の準備とか氷枕とか色々・・・バタバタしちゃってね・・・? それでその後はアルヴィス君よく眠ってたから、安静にしてあげないとって思って・・・・、」 「・・・・・・・・・・・・・」 浮気が発覚し懸命に恋人に言い訳する男のような口調で切々と、ファントムは理由を説明するがアルヴィスは無言だった。 拗ねた顔が綻(ほころ)ぶ気配は、まるで無い。 「・・・・・・・・・・・・・・」 「もしかして、・・・・・嘘だと思ってる・・・?」 唇を不機嫌そうに尖らせ、疑わしそうな目で此方を見上げるアルヴィスに、ファントムは思わず苦笑してしまう。 「・・・ホントなんだけどなー・・・・」 相手をじっと見つめ、少しだけ肩でも竦(すく)めて笑ってみせれば大抵の人間はコロッと自分に絆(ほだ)されてくれるのだが。 世界中でただ1人、ファントムを心から謝らせる事が出来る存在である目の前の青年は、拗ねた表情で見つめてくるのみだ―――――・・・そう簡単に絆されてはくれない。 その拗ねた顔までも可愛くて仕方がないファントムは、懲りることなくアルヴィスに言い訳を続ける。 拗ねてる不機嫌そうな顔も、可愛いからそれはそれでファントムのお気に入りではあるのだが、長時間拗ねさせておくのは可哀想だと思うから。 それに、目が覚めたときに自分が居ないのを拗ねていたなんて、・・・・理由がそもそもとても可愛らしい。 そんな可愛い理由で拗ねてくれている、ようやくタダの幼なじみから本当の恋人へと昇格したばかりの相手を、誤解で悲しい気持ちにさせておくのはファントムとしても忍びなかった。 「嘘じゃないよ? 僕は一晩中アルヴィス君の傍に居たんだから!」 誤解を解くべく、ファントムは言い募る。 アルヴィスが眠りに落ちる間際に囁いた言葉は、決して守るつもりのない軽口だった訳じゃ無かったし、実際にファントムはずっと彼の傍に付いていた。 途中で何度か薄く目を開けたアルヴィスにはその都度(つど)話しかけていたし、具合悪くて無意識にグズるのを宥めてもいた。 けれど、熱に浮かされ半分眠っていた状態の時だったから、アルヴィスはそれを覚えていないだろう。 彼の意識的には、アルヴィスが目覚めたのは先ほどと言うことになるのだ。 ―――――――そして、その時にちょうどファントムが居なかった訳である。 「・・・そりゃね・・・確かに途中からは一緒に寝ててあげられなかったんだけどさ・・・・」 ファントムは医師として、夜中に熱を出したアルヴィスの体調を無視してそのまま一緒に眠り込んでしまう訳にはいかなかった。 無理をさせてしまったのは承知していたし、発熱するのは充分考えられる事態だったから、元より熟睡はしていなかったファントムである。 腕の中の身体が徐々に熱くなるのを感じ、熱があるのを確認した時点で、予(あらかじ)め用意しておいた点滴セットやら氷枕をセッティングし。 手足が冷えておらず悪寒が無いだろう事を確かめた後は、ベッドから出て、その傍らでアルヴィスの様子を伺っていた。 熱のある身体は只でさえ、体温の上昇に寝苦しくなる。 寒気が伴っていない時に抱き締めて寝るのは却って、アルヴィスの安静を妨げることになるからだ。 「でもずっと、アルヴィス君の傍に居たんだよ? 寝室離れたのなんて、朝になってからだったんだ!」 その後は暫くアルヴィスの容態を伺い(←単なる熱でも、気管支の方に影響が出たら大変なので)、よく眠っているのを確認してリビングの方へファントムは移ったのだが。 結果的に1人で目が覚めてしまったアルヴィスには、それが酷く不満だったのだろう・・・・・・裏切られたような気持ちになってしまったのかも知れない。 何せ、とても頑張ってくれた次の日の・・・『特別な目覚めの朝』だったのだから。 「・・・・・・・・・・・・・」 「・・・全部言い訳になっちゃうよね・・・ごめん。――――――目が覚めた時に居なかったのは、僕が悪い」 黙りこくったままの、アルヴィスを見て。 ファントムは、繰り返しゴメンと口にした。 「ごめんね、アルヴィス君・・・」 アルヴィスがどれだけ、自分に依存しているかはファントムが一番良く知っている。 そうなるように幼い頃、彼に教育を施し刷り込んできたのは他ならぬファントム自身だ。 傍にいる大丈夫だよと、口にする度に酷く安心した表情を浮かべるアルヴィスこそが、ファントムの望む彼の姿。 いっそアルヴィスは自分が居なければ、何も出来なくなってしまえばいいのにとさえ思う。 だから。 昨夜だって、傍にいると言った途端にアルヴィスがとても嬉しそうな顔になったのを間近で見ていたのだから。 目が覚めファントムが居ないのを知った時の彼の落胆ぶりだって、容易に想像できた筈だったのに―――――――・・・とんだ失態だ。 「・・・・埋め合わせしたいな。どうしたらアルヴィス君のご機嫌を直せる?」 自分が招いた状況なのだが、拗ねているアルヴィスを可哀想に思い、ファントムは殊更(ことさら)甘い口調でお伺いを立てた。 「何でもしてあげるよ? 何がいい? 何でも叶えてあげる・・・アルヴィス君のお願いだったら、僕は何だってしてあげる」 本心だ。 アルヴィスの為なら、自分とアルヴィスが共にいられる為になら、ファントムは何だってやるだろう。 アルヴィスを甘やかすことに喜びを見出しているファントムは、笑わない姫君の為ならば余興として、何処かの国1つ消すことだって躊躇わない。 お望みならば、某国のメインコンピューターにアクセス(という名の侵入・乗っ取り)をして、好みの国に照準を定めた核弾頭の発射ボタンを彼自身に押させてやってもいい。 ジョークなどでは無く、全て本気の話である。 アルヴィスが望み、彼の為になるとファントム自身が判断したのなら・・・・・・世界だって壊してみせるだろう。 ―――――――方法は、幾らでもあるのだから。 「ねえ言って? 何でもお願い叶えてあげるよ・・・・」 寂しい想いをさせたお詫びに、・・・と甘く囁いて。 ファントムは、アルヴィスの熱のせいでかさついた唇にキスを贈った。 「・・・・・・・、」 するとアルヴィスは小さく首を、横に振り。 彼の方からファントムに身を擦り寄せるように、抱きついてきた。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 そして、鼻先が触れ合うような至近距離で目線を合わせてくる。 見つめていると吸い込まれそうになる、深い青の瞳。 そのキレイな瞳が、射るような強い光を湛えファントムを見つめる。 「・・・おれがいちばん・・・・ムカツクのも、かなしくなるのも、・・・・・・ファントムのことだけだ」 「アルヴィス君・・・・・」 拗ねた口調で呟かれた言葉に、ファントムは笑みを浮かべた。 「それって、僕が特別って事だよね? ・・・光栄だな」 「・・・・ムカツクって、・・・言ってんだけど・・・・」 嬉しさに笑みを更に深くしたファントムに、腕の中のアルヴィスが複雑そうな表情になる。 どう解釈すれば、そんな結論になるのかと言いたいらしい。 そんなアルヴィスが可愛くて、ファントムはますます笑みを深いモノにした。 「だって、アルヴィス君の心に1番影響を与えられるのは僕だって事でしょ? 嬉しいことだって素敵だって思うことだって、・・・・1番影響を与えられる存在ってことは、僕がアルヴィス君の中で1番特別で1番ウエイトが大きい存在でダントツぶっちぎりに1位!!・・・って事じゃないかvvv」 「!!?・・・・・・そこまで言ってない・・・・っ!」 耳まで赤く染めながら、掠れた声でアルヴィスが怒鳴る。 素直に認めようとせず、わざわざしかめ面をしてみせる様子もファントムの目には、ただ可愛いとしか映らなかった。 「僕もだよ? ・・・・・僕の心の中を占(し)めるのは、アルヴィス君だけ。僕の心には他の誰も住めないし、住ませない。僕はアルヴィス君しか、要らないから」 「・・・・・・・・・・・」 「ホントだよ? 1位とか2位とか関係ない。・・・・・僕の世界に存在していいのも、僕が欲しいと思うのも、アルヴィス君たった1人だけだから。アルヴィス君しか、僕は要らないんだ」 「・・・・・・・・・・・・・、」 腕の中の華奢な身体が、強張るのを感じる。 そっと様子を確かめれば、アルヴィスは真っ赤な顔で、息さえ止めるようにしてファントムを凝視していた。 感動しすぎて、言葉もないのかも知れない。 「・・・・愛してるよアルヴィス君―――――・・・初めて出逢った時からね」 その青年の頭を、ファントムは緊張を解すように優しい手つきで撫でてやる。 「君は、この汚らしい世界でたった1つの・・・価値ある存在。世界が僕にたった1つだけくれた、・・・・最高にキレイな贈り物だ」 「・・・・・・・・・・・・・」 ファントムにされるがままに髪を撫でられている青年はきっと、言われている意味の重さを分かってはいないのだろう。 その尊く希有(けう)な宝石みたいな青の瞳で、ただじっと戸惑うようにファントムを見上げている。 本物の猫に、話しかけているような気分だと思った。 確かに此方を見て、此方の声を聞いている筈だろうに―――――・・・その実、言葉の意味は理解していないだろう、神秘的な色合いを湛(たた)えた吊り上がり気味の双眸が、ファントムを映しゆっくりと瞬く。 けれど、それでもいいとファントムは思った。 アルヴィスの価値は、自分だけが分かっていれば良い。 ファントムだけが見出し、掌中に収め、愛でていられるのならそれで構わないのだ。 「・・君だけ。欲しいと思ったのは、君だけなんだよアルヴィス君・・・・・ずっとね、出逢った時から君は僕のモノで・・・僕は君のモノなんだ」 ファントムが、うっとりと本心のままに言葉を綴(つづ)れば。 アルヴィスはその白磁のような肌を朱に染めながら、少し困ったように口を開いた。 「・・・そんな、・・・そういう恥ずかしいこと言われたら、・・・・なんて言い返せばいいか分かんなくなるだろ・・・・!」 際立(きわだ)って美しい容姿に生まれながら、どうやらそういった甘言めいた言葉には免疫が無いらしい。 アルヴィスくらいの器量なら、言われ慣れていても少しもおかしくないのだが・・・・彼の周囲は気の利いたホメ言葉も言えないような朴念仁(ぼくねんじん)ばかりだったのだろうか。 ――――――充分、賞賛に値する存在なのに。 アルヴィスは少しの自覚も無いらしく、ファントムの言葉に恥ずかしそうにモジモジしている。 そんな所もまた可愛らしく思えて、ファントムは再び笑みを浮かべた。 「そう? 思ったままに言えばいいのに。僕はアルヴィス君が言うことだったら何だって可愛いし、何だってお願いきいてあげたくなるくらい大好きなんだよ? ほら、・・・遠慮せずに言ってごらん?」 「だ、だからっ! ・・・そういう歯の浮くようなこと、・・・さらっと言うなって言ってんだ!!」 照れ隠しにキツイ目つきで睨み付けてくるが、その仕草ですらファントムには可愛いとしか感じられない。 「俺、・・・そんな・・・可愛いとか、言われるような・・・タイプじゃないし! そ、そんな風に甘やかすようなことばっかり言って貰えるような・・・・その、・・・そういうのして貰えるほど、何かすごいことが出来てる訳でもないし・・・・・・・・目が覚めたときお前がいなかったから嫌だったなんて、・・・すごいくだらないことで怒って・・・たし・・・・・!!」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 戸惑いながら見つめてくる、瞳の青がとてもキレイだ。 鮮やかで、深く透明な青。 見つめているだけで清浄な気を感じ、周囲の大気が澄んでいくような心地になる。 アルヴィスの周りだけが、いつも空気が澄んでいて澱(よど)みが無い。 彼の周囲だけは、この世界の穢れも浄化されている気がする。 見つめられるだけで、――――――心が洗われていくような。 そんな、清々しさがある。 「・・・・・・・・・キレイ、だ」 ファントムは思わず、うっとりとそう口にしていた。 本当に、・・・君だけがキレイで穢れない。 ――――――君の傍でだけ、僕は息が出来る・・・・・・・。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・聞いてるのかファントム、だから俺は・・・・・!!」 目意味不明の事を呟き、それきりうっとりと口を閉ざしたファントムに、アルヴィスは照れている故の口の悪さで文句を言い続けていた。 「お前みたいに口が上手くないんだから、そ、・・そんなにポンポン、・・あ、愛してる・・とか好きとか言われてもそのっ、・・ていうか、そんなに言われてたら有り難みも・・・っ、・・!? ・・・・い、いや!! 別に有り難いって思ってる訳じゃなくて、えっ・・と・・、・・・何て、言うか・・・・、・・・・、・・・・・」 ―――――本当に、なんて穢れなくてキレイで、可愛くて愛しい生き物なんだろう。 「・・・はいはい。僕のお姫様は相変わらず、素直じゃないんだよねー!」 勝手に自爆し茹で蛸みたいに顔を赤くして口籠もるアルヴィスを、ファントムは更に力を込めて、ぎゅうっと抱き締めた。 そして、愛しさのままに顎でアルヴィスの頭をグリグリしてやる。 「っ!? なに、言ってる・・・・!!」 嫌そうに藻掻く頭を押さえ付け、ファントムは熱を持った耳朶へと甘く囁いた。 「――――――諦めて? 僕のプリンセス。・・・アルヴィス君の運命は、僕と出会った時にもう決まっちゃったんだよ」 「・・・・・」 「僕が歩く道と、アルヴィス君が歩く生きる道。その二つが交差したときから、もう運命は決定しちゃったんだ」 「・・・みち、・・・・?」 「そう、交差した道・・・」 怪訝そうに顔を上げた青年の細い顎を指で捉え、ファントムは唇に触れるだけの軽いキスをしてニッコリ笑う。 「これからの行き先は、1つだよ。・・・ずっと一緒だ」 「・・・・・・・・・・・」 「病めるときも健やかなる時も、・・・死んじゃった時でもね?」 I will be always with you and for you.(ずっと傍にいるよ)――――――と付け加えて、ファントムはアルヴィスにもう一度口付けた。 そのまま2人は、互いを分け与えるような甘く濃厚なキスを繰り返す。 けれど、それは決して官能を煽るような類のモノではなく。 互いの存在を確かめ合うような、求め合うような・・・・それでいて、僅かに唇が離れた時には微笑みやクスクスとした笑い声が漏れる、濃厚だけれど、どちらかといえばじゃれ合いの延長に近いキスで。 ベッドの中で抱き合い、楽しそうに笑いながら。 舌を絡ませる深いキスや相手の鼻先や額、睫毛や頬への軽いキスを繰り返しする。 やがて。 「・・・・・まったく、・・」 我に帰ったらしいアルヴィスが、何度も吸われすっかり赤く熟した唇を僅かに尖らせつつゴホン、とひとつ咳払いをして。 横になったまま先ほど中断してしまった会話を再開する―――――――が、顔はさっきより余計に真っ赤だ。 「・・・・良くペラペラとあんなこと言えるよな・・・・! 病めるときも、なんて、・・・あんなのはそう簡単に言ったら駄目なんだぞっ、・・・ご、誤解されるんだからなっ!!!?」 「誤解? ・・・何が?」 真っ赤な顔でウルウルと瞳を潤ませている姿が酷く愛らしくて、普段は猫っぽいけどそんな所は某テレビコマーシャルに出ていた小型犬のようで。 これでプルプル震えてくれたら、可愛過ぎてもう理性飛んじゃうかも・・・などと頭の中で全然違う事を考えつつファントムが聞き返せば、青年は目を吊り上げ毛を逆立てた猫のような険しい形相になり、上体を起こした。 「誤解、・・・するだろっ・・・!! あ、あんな風に言われたらっ!!」 「・・・・・・・・・・・・・」 語気荒く言い放ち、それから途端に意気消沈した様子でアルヴィスはしょんぼりと言い足す。 「・・・そりゃ、ファントムは軽い気持ちで言ったかも、・・だけど、・・・おれは・・・・・・」 毛を逆立てた猫から、水でも被り濡れて弱った仔猫へと早変わりだ。 ――――――濡れて弱った仔猫は、抱き締め温めながら、甘やかしてやるべきだろう。 「・・・・軽い気持ちじゃないし、誤解されるような事言った覚えは無いよ」 言いながらファントムも身体を起こし、元気をなくした様子のアルヴィスを抱き締める。 「僕は本当の本当に、アルヴィス君が大好きだよ? 片時も、1秒だって離れていたくないくらい大好きなんだ。生きてるウチは勿論、死んでからだって一緒に居たいと思うくらい。・・・離れたくないんだよ・・・。永遠に―――――・・・・僕の傍に居続けて欲しい」 「・・・・・・・・・、」 「誤解じゃなくて。・・・プロポーズと受け取って貰って、僕は一向に構わないよ」 逃れられないよう、抱き締める腕の力を強めてそう口にしたら。 「・・・・・っ!??」 至近距離で大きな青い瞳が一層大きく見開かれ、何度かゆっくりと瞬きが繰り返される。 バサバサと音がしそうな長く濃い睫毛が、忙しそうに持ち上がっては引き下ろされた。 この分では、呼吸も止めてしまっている気がする。 「・・・・・・・・・・・・」 愛らしい唇をぽかんと開けたまま、アルヴィスは完全に思考停止の状態だ。 段階を踏んで、徐々に状況を判断しそれに慣れていくというスタンスを好むアルヴィスには、これは少々ショックが強すぎた模様である。 パニックを起こす前に、逃げ道を用意してやるべきだろう。 時間はまだまだ、たっぷりとあるのだから焦ることはない。 「・・・・ごめんね? 急ぐつもりはまだ無いから、返事はしなくていいよ」 ファントムは、くすっと笑って。 可愛い反応をしてくれる、ようやく名実共に恋人となれた年下の幼なじみの頬に軽くキスをした。 そしてわざと、軽口を叩いてやる。 「・・・息を止めてくれるくらい、そんな嬉しかった・・・・?」 「!??・・・べ、・・別にっ、・・・!!」 ファントムの言葉に、アルヴィスがようやく息を吹き返した。 「・・お前があんまり、恥ずかしいこと臆面もなく口走るから・・・・っ、・・・ちょっとだけ、・・・びっくりしただけだ!!!」 明らかにホッとした表情で、真っ赤になったまま口答えしてくる。 そこら辺は、大学生になったとはいえまだまだ子供のようだ。 色恋の、リアルで具体的な話はまだ苦手なのだろう。 ましてアルヴィスは同年齢の子達に比べても、恋愛面に関してはかなり奥手だろうから。 ――――――そういう所も含めて、ファントムはアルヴィスが可愛くて堪らない。 「え、ビックリしただけじゃないでしょ? 嬉しかったよね?」 「!? ・・う、うれしくないっ・・おれ・・・おれはっ、・・・・!!!」 「アルヴィス君、素直じゃないんだから〜〜〜〜」 「だからっ!! うれしくないって、いってる・・・・っ、・・・・!!!!」 アルヴィスの幼い様子があんまり可愛いから、ついつい煽ってからかいたくなってしまう。 きっと、何年だって何十年だって、・・・・永遠にだって飽きない。 アルヴィスと過ごす時間は、ファントムにとって最高に至福の時だ。 「ああほら、あんまり怒鳴ったら駄目だよ喉傷めてるんだから。せっかく可愛い顔してるんだし、もう少しおしとやかに喋ろうね!」 「かわ、いくな、・・・っ!!!」 「ほら叫ばないの。・・・枯れるどころか声出なくなって来てるよ。喉に炎症起こしたら、注射するよ・・・? 喉に直接プスーっと!」 「っ!??」 「注射前に喉に麻酔するけど、変な味して気分悪くなるよ。それからプスッと針を喉に刺すんだけどね・・・・ちゃんと麻酔が効いてないことあって、結構痛かったりすることもあるみたいなんだよね! それにさ、声帯の方まで麻酔効いちゃうと声が暫く出なくなっちゃって、ウーとかアーとか、そんなんしか声出せなくなっちゃう事があるらしいよ・・・・? ちなみに僕、喉には注射経験ないからね。痛くないように加減は出来ないかも・・・!!」 声を枯らしながらも叫ぼうとするアルヴィスに、ファントムはさらっと脅し文句を口にした。 アルヴィスが叫ぶ原因になったのはファントム自身だが、それとコレとは別問題だ。 可愛いアルヴィスは見たいが、喉に炎症が起こるのは歓迎できないから、叫ぶのはNGである。 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 喉に直接注射すると言ったのは効果覿面(てきめん)だったようで、アルヴィスは焦った様子で口を閉じた。 流石に、喉に針を刺されるのは怖いらしい。 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 怖々とファントムを見つめ、黙り込む。 本来、喉に注射するのは鎮痛効果などが目的だから滅多にすることは無いし、自律神経系の治療での星状神経節ブロック注射なんかがメインだから、アルヴィスがする機会はほぼあり得ない。 アルヴィスが喉に炎症を起こしても、せいぜい服薬して貰うか腕への注射で事足りる。 ついでに言えば喉への注射なんかより、アルヴィス達、喘息などで気管が腫れ上がったり出血している患者への気管挿管の方が余程難易度は高い。 いざとなれば、喉への注射などはお手の物である。 だがそこら辺は、アルヴィスを安静にさせておく為にも黙っておくべきだろう。 「だいぶ下がったけどまだ熱あるし、叫ぶと疲れちゃうし咳も出て欲しくないから。・・・・ね、そろそろご飯食べよう? なんなら僕が食べさせてあげようか? アーンって・・・vv」 「・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・叫ぶんじゃなければ、少しなら喋って平気だよ?」 「・・・・・・・・いい。じぶんで、・・・たべる」 すっかりしおらしくなった恋人の前に再びテーブルを引き寄せ、匙(さじ)を持ったら。 アルヴィスがファントムからスプーンを取り上げ、黙って粥を掬って食べ始めた。 「・・・・・食べさせてあげるのに」 「・・・・・・・・・・・」 ひな鳥みたいに口をアーンと開けて自分の差し出したスプーンから食べるアルヴィスは、さぞかし可愛いだろうとファントムは思う。 幼い頃、良くキャンディなどをアルヴィスの大きく開いた可愛い口に放り込んでやっていた事を思い出す――――――・・・餌付けしている気分で、とても楽しかった。 だが、ともあれアルヴィスがちゃんと食べているのだから、変に機嫌を損ねて食事が中断する事は避けねばならない。 「・・・・・・・・誤嚥(ごえん※食物や異物を気管内に飲み込んでしまうこと)して咽せたら大変だから、良く噛んでゆっくり飲み込んでね・・・・・・」 可愛いひな鳥への餌付けを仕方なく諦め、ファントムはもそもそと食べているアルヴィスを暫く眺めていたが。 ふと、思い出して口を開く。 「・・・・あ、そういえば。まだお願い言ってくれてないよね? ご機嫌損ねちゃったお詫びに何か、してあげたいんだけど・・・」 先ほどは途中から話が逸れて、肝心のアルヴィスのお願いを聞けずじまいだったのだ。 「・・・・・・・・・・・・べつに、いい」 スプーンを口に運びながら、アルヴィスは掠れた声で答える。 さっきと同じ言葉だし相変わらず愛想のない言い方だが、表情で今は怒っていない事が伺えた。 「え、でも・・・・」 さっきあんなに拗ねてたのに――――――とまでは口にしないが、ファントムとしてはアルヴィスに何かしてやりたいと思う。 拗ねてる顔も怒ってる顔も、困ってる顔や恥ずかしがってる顔だって可愛いが、出来れば笑った顔がそろそろ見たいのだ。 幼い頃に良く見せてくれた、天使みたいな可愛い笑顔。 晴れやかで、見ている此方の気持ちまでも明るく澄んで軽くなっていくような・・・キレイな笑顔。 ファントムが最も大好きな、アルヴィスの表情の1つである。 大好きな顔なのに、ずっと具合が悪かったり仲違いしていたり、その他諸々のことが起きすぎて、殆ど見れていない。 先ほどじゃれ合っていた時に少しだけ笑顔は見れたが、出来れば全開の笑顔が見たい。 アルヴィスの喜ぶことをしてあげて、彼の満面の笑みが見たいのだ。 「何か、・・・してあげたいんだけどな・・・・」 「べつにいい」 だが。 遠慮がちに言ってみても、アルヴィスの返事は変わらない。 「だって僕、そろそろアルヴィス君笑った顔みたいんだもん。・・・・なんかお願いして欲しいんだ。お願い叶えたら笑ってくれるでしょう?」 「べつにいいっていってる。それに・・・そんなの言われたらよけい、意識しちゃうし、わらえるわけないだろ・・・!」 「・・・・そうだよねえ・・・」 率直に本音を言っても、答えは同じだ。 「ホントに何もしなくていいの? 何でも叶えてあげるのに・・・・」 「・・・・いいって、いってる」 「そっか、・・・」 これ以上言い募っても恐らく、堂々巡りだろう。 それどころか、アルヴィスの機嫌がまた急降下する恐れもある。 天使の微笑みは、今日は諦めた方が良さそうだ。 とりあえずアルヴィスの機嫌が直っただけで、良しとするべきかも知れない。 「・・・・ごめんね、アルヴィス君」 代わりとばかりに、ファントムは食事をしているアルヴィスの邪魔にならないよう気をつけながらぎゅうっと背中に抱きついた。 「要らないっていうから、埋め合わせは諦めるけど。・・・その代わり今日はもう、ずっと一緒にいるから。許してね・・・!」 返事は無いだろうと思っていたが、小さな声がファントムの耳に届く。 「・・・・・・・もうゆるしてる・・・」 小さくて掠れていて、聞き取りづらい声だったが、しっかりと聞こえた。 「・・・だってもう、・・・ほしいのもらった・・・し」 俯き、抱きついているファントムから目線を外し、耳まで赤くなりながら小さい声でアルヴィスが言葉を続ける。 「・・・・おれがいちばん、・・・ほしかったことば・・・くれた・・・・」 「・・・・・・アルヴィス君・・・」 「・・・・・・はずかしかった・・けど、・・・うれしかった・・・・・」 スプーンを置き、ぼそぼそと言う。 「・・・・・・・・・・・・・・」 「それがおれには、・・・・いちばんほしかったものだから」 「そっか。・・・嬉しいよ。・・・・でも、言葉だけじゃないからね。ちゃんと行動で示すから・・・!!」 可愛らしいことを、拙(つたな)い口調で伝えてくれるアルヴィスが愛しくて。 ファントムは後ろから懐くように、頭をアルヴィスの肩口に擦り寄せる。 「ずっと一緒だよ。これから先、何があっても。・・・僕は君を離さない」 「・・・ファントム・・・」 アルヴィスが身体を反転させるように捻り、ファントムの頭を抱くように身体を寄せてきた。 2人、抱き合う形で見つめ合う。 「ホントだよ? 僕が今生きていられるのは、アルヴィス君がいるから。僕の生きる全ての理由は、君の存在があるからだよ。―――――――だから君無しじゃ、僕は生きていけない。言葉のアヤじゃないよ・・・・・・・・君が居なければ僕は息が出来ない。この穢れた世界で、君の傍でだけ僕は息が出来るんだ・・・・・・・・」 そう言ってファントムは、アルヴィスをうっとりと見つめた。 「だから覚悟していて? 君がもし命を失う事になったら、僕は生きてはいないし・・・・・・・・僕がこの世を去る時は、絶対に君も連れて行く。僕は君を残して死ぬのも嫌だし、君のいない世界で生きていくのも嫌だから―――――・・・」 逃げられないように抱く腕に力を込めながら、ファントムは本心からの言葉を告げる。 恐がられるだろうか・・・・この異常な程の執着を? けれど、本心だから仕方がない。 自分にとってただ1つの大切なモノだから、アルヴィスに対する執着だけは僅かにも軽減出来ない。 たとえ嫌がられようとも、反発されようとも、これだけは。 ―――――――外から完全に隔絶された部屋へ監禁することになろうとも、アルヴィスだけは逃せない。 翼を手折り、四肢を切り落とし、外界へと逃げだそうとするあらゆる手段を潰してでも、傍に置く。 アルヴィスは常に、自分と共にいる存在でいなければならないのだ。 生きるも死ぬも一緒でなければならないのだと、・・・・・・魂が叫ぶ。 「アルヴィス、・・・・」 華奢な身体を抱き締めたまま、ファントムは静かに恋人の名を呼んだ。 「・・・僕が怖い?」 反応は、予測していた。 だから、なおさらに抱き締める腕に力を入れる。 「・・・・・・・・・・」 「!?」 けれど、腕の中の天使は首を横に振った。 そして、驚きに動きを止めたファントムの唇に自分のそれを押しつけて来る。 「・・・・・・・・・、」 唇を離し、再び視線を合わせてきたアルヴィスにファントムは目を見張った。 「・・・・アルヴィス・・・・」 目の前の彼は、とてもキレイな笑みを浮かべていたのだ。 ファントムを魅了してやまない、鮮やかな瞳を嬉しそうに細め。 形良い唇の両端を吊り上げて。 屈託のない――――・・・本当に嬉しそうな微笑みだった。 きっと今までファントムが見たことのあるアルヴィスの笑顔でも、最高峰の微笑みだろう。 「死んでもつれていってくれるんなら、・・・・ぜったい、いっしょにいられるんだな・・・!」 声も、掠れてはいたが弾んでいた。 演技ではなく、本当に嬉しそうだ。 「おれも、・・・もうはなれたくない。だから、・・・・こわくない。・・・そういってくれるのは、うれしい・・・」 そう言って、抱きついてくる。 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 考えてみれば。 アルヴィスはいつも、置いていかれる側だったのかも知れない。 幼い頃に、両親と死に別れ。 ファントムとも、離ればなれになり。 親戚中に、要らないと突き放された。 いつもいつも、追いすがろうと必死になり、置いて行かれるまいと懸命になっていた彼は。 何よりも、別離を恐怖するのかも知れない。 死ぬときは連れて行く・・・・つまり、命を奪うと告げているのに。 アルヴィスは本当に、嬉しそうだった。 ――――――置いて行かれたくないのだ。 「・・・アルヴィス・・・。うん、僕たちずっと一緒だよ・・!」 その身体をしっかり抱き締めながら、ファントムは愛しげに懐いてくるアルヴィスに頬ずりをした。 一方的に愛して、一方的に愛を押しつけた。 自分を愛するようにし向けて、自分だけしか見ないように教育した。 アルヴィスが自分を求めるのも、依存するのも、それはファントムの操作に他ならない。 だから、―――――こんな風に受け入れてくれる事は無いだろうと思っていた。 こんな風に本音を明かせば、きっと怖がられ拒絶されると思っていた。 だって、・・・アルヴィスが自ら望んで願った境遇では無かったから。 けれど。 アルヴィスは自ら、選んでくれたのだ。 ―――――ファントムの傍がいいと。 自分の傍に、居たいのだと。 本音を明かしたファントムの傍に、居たいと言ってくれたのだ。 死んでも連れて行って欲しい・・・・自分と一緒に居たいと、言ってくれたのだ。 さきほどのアルヴィスの笑顔。 あれは、・・・ファントムが強要しても浮かべられる表情では無い。 自然な笑顔だった。 それが、とても・・・・・嬉しい。 「僕が死ぬときは、アルヴィス君も連れて行く。僕たち生きるのも、死ぬのだって一緒だよ・・・」 「うん、いっしょがいい・・・。だっておれたち、・・・これからのみちはいっしょなんだろ・・・?」 至近距離で見つめ合い、互いに笑う。 「そうだよ。僕たちの運命の道は交差して、これからは決して離れることは無いんだ」 「・・・だったらいい・・・」 ファントムの言葉に、アルヴィスが嬉しそうに顔をほころばせた。 この大切な存在を守る為なら、ファントムは何だって出来るだろう。 気持ちの高まるままに、ファントムはアルヴィスを抱き締めながら、座っていたベッドに押し倒す。 組み敷かれた体勢に、僅かに戸惑った様子を見せるアルヴィスにキスをして。 ファントムはにっこりと、笑ってみせる。 「愛してるよアルヴィス君・・・僕は君のためなら何だってしてあげるからね」 「・・・・・いっしょに、いてくれるだけでいい・・」 うっとりとそう告げたら、アルヴィスは頬を染めてボソボソ言葉を返してきた。 何とも謙虚な物言いが可愛くて、ファントムはつい願い事を即してしまう。 「何でも言ってくれていいんだよ。僕はアルヴィス君の為なら、何でもしてあげたいのに。何だって叶えてあげるよ? そうだなあ・・・欲しい物が無いなら、目障りなヤツを消してあげたりとか・・・」 「!!?・・・・・ぶっそうなこというな! だいたい、かみさまやあくまじゃないんだから、そんなことしたらだめだろ!? おまえだってにんげんばなれしてるけど、ふつうのにんげんなんだからできることとできないことが、・・・ぅわっ!」 「君はなんて謙虚なんだろう!! 〜〜〜〜可愛いなあもう、ホントに可愛いっっ!!」 擦(かす)れた声で一生懸命諭そうと言ってくるアルヴィスがまた可愛くて、ファントムはぎゅうっと彼を抱き締めた。 「・・・いいから、そういうぶっそうなこというのはやめてくれ・・・。おれはおまえがはんざいしゃになるのとか、いやだからな・・・・!?」 「うんうん、大丈夫。そんなヘマしないから!」 「・・・・・・・・・・? いま、おまえ、なんて言っ・・・」 「何でもないよvv アルヴィス君が気にするような事は何もない」 「・・・・・・・・・・・・・」 不審そうな顔になったアルヴィスを抱き締めたまま、ファントムは彼に見られないように表情を変える。 「僕はアルヴィス君の為なら何でもするけど、・・・犯罪者になんかならないから平気だよ」 首筋に顔を埋めるようにして、ぺろりと舌を出し。 掴まったり警察にチェックされたりしない限り、犯罪者とは呼ばれないから大丈夫―――――――と、心の中で補足する。 「・・・・ファントム・・・?」 「ね、アルヴィス君。僕にキスを頂戴? さっきみたいに、ちゅってしてv」 不安そうに名を呼ぶ恋人に、ファントムは心からの笑顔を向けた。 「大好き。・・・愛してるよ・・」 僕にアルヴィス君のキスを頂戴・・・? そう言いながら、ファントムは自分から唇を重ねる。 キレイな顔も、身体も、声も、・・・・キレイなキレイな心もみんな、自分だけのもの。 誰にもやらない――――・・・傷つけ、奪おうとするモノは何であろうと許さない。 君のためなら、世界だって壊してあげる。 望むなら、望むだけの全てを捧げる。 君のためなら、なんだってする。 だから僕に、全てをちょうだい。 君の全ては、僕のために。 君の全部は、僕だけに捧げて――――――。 「・・・・・You are mine through all eternity・・・・・」 繰り返すキスの合間に、そっとそう呟いて。 ファントムは大切に、腕の中の存在を抱き締めた―――――――。
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