『君のためなら世界だって壊してあげる』 ACT 40 『交差した道の行方 −33−』 ――――――君を抱かせて。 そう言って、ファントムは再びアルヴィスを押し倒してきた。 「・・・ん・・・、」 アルヴィスが言葉の意味を把握するより早く、舌を絡ませる深いキスを仕掛けてきて、動きを封じてしまう。 「んっ、・・んむっ、・・・ん・・・・っ・・・!!」 敏感な口内を生暖かい舌で探られ、唾液と唾液が混じり合う濃厚なキス。 ピチャピチャという卑猥な水音を、鼓膜からというより直に自分の体内から聞きながら。 「・・・・・・・・・・・・・」 アルヴィスは必死に、霞み始めた脳裏でファントムの先ほどの言葉を反芻(はんすう)していた。 ――――――君を抱かせて。 意味が、分からない訳では無い。 アルヴィスだってもう18歳だから、抱くの意味だってちゃんと知っている。 ・・・・・・身体を繋げることだ。 愛し合っていたら当然の行為であり、決して偏見を持つべきものでは無いのだという事も知っている。 ファントムの事が、好きで。 ファントムも、自分のことを好きだと言ってくれている。 ならば、2人は愛し合っていると言える訳で。 キスだってしているし、それ以上の密着だってしている自分たちなのだから、次のステップに進むのは至極当たり前な事だろう。 例え、・・・風呂でもないのに、裸になり相手に全身を見られ触られてしまうような、酷く恥ずかしい行為だとそしても。 自分たちにとって、不自然な事では無い筈だ・・・・多分。 だが。 頭でそう考えるのと、納得するという事はやはり意味合いが違う。 不自然な事ではない――――が、そうかと納得し素直に受け入れられるかというのは別問題だ。 だって。 自分がそう言うことをするなどとはどうしても、・・・・・・・想像出来ない。 あられもない姿を晒し、自分でだって触れたことが無いような部分を繋げるだなんて、――――――想像だけでも恐ろしい。 醜悪だ。劣悪だ。 ・・・・・汚らしくて浅ましい行為だ。 まして、そんなのをファントムに見られてしまうのだけは避けたい。 他の誰にだって見られたくは決して無いが、ファントムにだけは見て欲しくないし触って欲しくない。 絶対に、嫌われる。 汚い。 汚い行為なのだ。 そんなアルヴィスの感覚を。 周囲には、『異常だ』『お前は間違っている』と常々口にされてきたものだが―――――そして、大多数の意見および書籍などの知識を仕入れた結果、自分の認識が確かにおかしいのだろうと言うのは分かるのだが――――――・・・・だからといって、染み付いてしまっている先入観はおいそれとは変えられない。 抜け落ちていた記憶が、ボンヤリと蘇り。 その原因が、幼少時のトラウマ体験によるものなのかも知れない・・・・と思い当たりはしても、偏った先入観はそのままだ。 ――――――抱かれるなんて、・・・・無理だ・・・・・っ!! 「・・・・ん・・・・うっ、・・」 深いキスをされ、時折意識を奪われながら。 アルヴィスは内心、泣きそうな気持ちで叫んでいた。 パジャマを脱がされ、体中にキスをされ。 あろう事か、一度イカされもした。 アルヴィスにとって本来なら、考えられないくらい衝撃的な体験だ。 濃厚なキスのせいで、さっぱり意識できていなかったが・・・・・・・・先ほどからのファントムの言動は、あからさまに身体を求められている行為に他ならなかっただろうに。 よくもまあ、拒絶反応が出なかったと思う。 ファントムが絶妙なタイミングでアルヴィスの気を逸らし、アルヴィスの意識から性的な行為をしているという感覚を薄れさせていたからなのだろうけれど。 ファントムの言葉を振り返ってみれば、思いっきりアルヴィスを抱くという意味合いのセリフを連発していた。 ―――――全身にキスって、キスって、・・・・・全身ってことは手も足も顔も身体もっ、・・・身体全部ってことじゃないか、俺の馬鹿・・・・・・・っ、・・・・!!! 見られたり触られたりしたくないとこも、全部じゃないか・・・・・!!! 今更ながらに、抱きたいと言われて狼狽えてしまったが――――――――アルヴィスが危機感を抱かなければならなかったのはもっともっとずっと前・・・・だったのかも知れない。 彼の声が、言葉が、眼差しが。 本当にとても、優しくて。 触れる手つきだって、優しくて。 あまりの気持ちよさに、・・・・・・・・身も心も委(ゆだ)ねてしまっていた。 だが、今更に気付いても。 「・・・・んぅ、・・!」 既に、アッサリと生まれたままの姿にされ。 こうして深く抱き込まれて、キスをされている段階では。 もはや流石に、駄目だと言える雰囲気では無いだろうことはアルヴィスにも分かる。 「・・・・・・・・・・・・・・」 ファントムに触れられるのは、怖くない。 彼に抱かれるのなら、いいとも思う。 だが、そう思う心の片隅でやっぱり、震えている自分が居るのをアルヴィスは感じていた。 未知の行為への恐怖。 ファントムが居る、ファントムが居るから平気―――――――何より大切で大好きな幼なじみが一緒だから大丈夫・・・・そう思う気持ちはあれど、不安は消えない。 「・・・・・う・・・・・・」 キスをされながら、緊張の為にアルヴィスの身体は自然、強張った。 「・・・アルヴィス君?」 アルヴィスの緊張を、抱き締めていた腕から感じ取ったのか、ファントムが僅かに唇を離して顔を覗き込んでくる。 そして、気持ちを落ち着けるように優しく髪を梳いてきた。 「・・・大丈夫だよ、怖いことなんてしないから」 頭を撫でるついでのようにアルヴィスの前髪を掻き上げ、露わになった額に唇を押しつけてくる。 幼い頃から良くしてくれていた、優しいキス。 ちゅっ・・と軽く音を立てて唇を離すと、ファントムは甘えるようにアルヴィスの首元に顔を擦り付けてきた。 「僕はアルヴィス君を感じたいだけ。こうしてアルヴィス君の肌を直に感じて、・・・・一緒に気持ちよくなりたいだけだよ・・・・?」 アルヴィスを抱き締め、ファントムは猫のようにゴロゴロと懐いてくる。 「・・・・・・・・・・・・・」 この、甘い表情と声に、ついついアルヴィスは絆されてしまうのだ。 キレイで格好良くて、とびきりの甘さでアルヴィスを優しく包んでくれるファントム。 彼がしてくれることなら、何でも受け入れたくなってしまう自分が居る。 だって、何より自分を大切にしてくれている彼が、アルヴィスに酷いことをする筈なんて無いから。 いつだってアルヴィスには、幸せしかくれない彼なのだから。 ――――――なんていう錯覚を、簡単にさせてくれるのだ。 「・・・・・・・・・・」 それは、分かっている。・・・分かっているのだけれど。 ファントムがくれる幸せは、アルヴィスにとってもそうとは限らないともう知っているのだが。 「ね、こうやってスリスリすると、気持ちいいよね。アルヴィス君の肌は触り心地いいから、僕大好きだよ・・・!」 自分にじゃれついてくる人型の猫を、アルヴィスは邪険に扱う気にはなれなかった。 「・・・・・・・・・・・・・・」 素肌にファントムのサラサラした銀髪の毛先が散らばり、少しくすぐったい。 絡まない、柔らかな毛質の髪は手触りが本当に猫の毛のようだ。 つい、猫にするみたいに頭を撫でてしまう。 「・・・・・おっきな、猫みたいだな・・・・」 緊張がほぐれ思わず言葉を漏らしたら、間近にいる大きな銀色の猫がアルヴィスの鼻先を舐めるくらいに顔を近づけて来て微笑んだ。 蠱惑的な光を宿す紫色の瞳が、本当に猫のよう。 「僕が猫・・? じゃあアルヴィス君もにゃんこだから、一緒にじゃれようか!」 「・・・俺はべつに・・・、っ!?」 猫じゃない―――と言いかけた途端に、かぷっと軽く鼻先を噛まれてアルヴィスは言葉を詰まらせる。 「ね、一緒に遊ぼう。じゃれ合おうよアルヴィス君vv」 そんなアルヴィスに、ファントムは演技なのか本気なのか分からない仕草で、身体を擦り寄せ所構わずキスを仕掛けてきた。 「・・・あっ、・・こら、・・・くすぐったいって・・・・!!」 「ふふっ、にゃんこはそんなの関係無いんだよv」 アルヴィスの制止を楽しそうに無視して、ファントムはじゃれるように体中に触れてくる。 一見とても無邪気で、大きな猫が遊んでと絡みついてくるようにしか見えないから、本気でやめろとは言いにくい状況だ。 けれども、この猫は不埒な猫で。 身体に触れるファントムの指が、的確にアルヴィスの官能を煽るポイントを突いているのだと理解した時にはもう遅かった。 「・・・・だからもう、・・・あ・・・・っ、・・・・!」 止めようと抵抗出来たのは、ほんの最初の方だけ。 途中からはまた段々身体が熱くなってきて、気が付けばアルヴィスはファントムに縋るように抱きついていた。 「・・・・う・・・んっ、・・・あ・・・・・!」 ファントムの指が触れる場所、キスを落とす箇所全てが、肌を焦がすように熱くする。 アルヴィスの快楽を如実に現している部分は、堅く張り詰めながら屹立し、触れて欲しいと懇願するかのように先端から止めどなく透明な蜜を零していた。 先ほど脱がされるついでに下着で拭われ、すっかりキレイにされた筈なのにまた先端から溢れた液体がアルヴィス自身を伝ってシーツに染みを作っている。 「・・あ・・っ、・・・んっ、・・・ぅ・・・・」 大きく足を開かされファントムの眼前にそんな痴態を晒しているというのに、アルヴィスの頭には薄くモヤが掛かったようになっていて酷く現実味が無い。 正気であれば、あまりの恥ずかしさに消えて無くなりたいとまで思い詰めそうな状況なのに、今のアルヴィスは足を閉じようという考えすら、浮かばなかった。 「・・・・・・・・・、」 目の前では、自分の足を抱え上げた銀髪の幼なじみが膝小僧にキスをしている。 日に焼けず生白い足を、妙に朱色く見える舌先が舐めている様は酷くいかがわしくて妖しい光景だ。 「・・・・ん・・・っ、・・・ファントム、もう、・・・やだ・・・・!」 ゾロリと舐め上げられるたびに、膝から腰へと走る刺激に辟易として。 アルヴィスは切ない響きが籠もった声を上げた。 「ん? これは嫌? 気持ちいいでしょう・・・?」 「でもっ、・・・もうやだ・・・・!!」 相変わらず足への愛撫をやめないファントムに、アルヴィスは焦れて頭(かぶり)を振る。 既に濡れそぼり、反応しきっているアルヴィス自身はもう限界だった。 直に手で触れて扱いて貰った時は勿論、先ほどのように胸元へのような強い刺激であれば、触れられずとも達することは可能だろう。 だが、今みたいな焦れったい愛撫ではイケない。 さざ波のような、ハッキリと明確でけれど微弱な官能を与えられるばかりでは、達することは叶わずに切なく先走りの蜜が溢れてくるだけだ。 「・・・・もう、・・・おねがい、・・だから、・・・・」 つらさに身体を揺すれば、勃ち上がり張り詰めた先端から涙のようにまた蜜が溢れ出しアルヴィスの薄い翳(かげ)りを濡らした。 「・・・・ここ、・・・つらいっ、・・・」 腰をファントムに向かって突き出すような淫らなポーズをしながら、アルヴィスは訴える。 「・あっ、・・もう、出したい、・・・っ、・・よ・・・!!」 酷く、恥ずかしいことを口にしているという自覚はあった。 だが、それだけだ。 まるで意識が切り替わってしまったかのように、快楽を求めて口が勝手に言葉を紡いでいる。 恥ずかしさより何より、この辛い状況を何とかしたくて堪らない。 自分でも余り直視などしたことの無い、性的興奮にあからさまな状態を訴えている恥ずべき部分を他人に晒し、解放を願うなど普段のアルヴィスなら考えられない事だ。 けれど、そんな戸惑いすらもどうでも良くなってくるくらい、・・・今のアルヴィスは追い詰められていた。 気持ちが良くて出したくて、辛くて、・・・・脳が溶ける。 「・・・っ、・・・あ・・・・もう、・・やだ・・・出し・・・たいっ、・・・!!」 どうすれば、もっと気持ちよくなれるのか。 脳内がそれだけの欲求に縛られて、頭が働かなくなっていた。 今なら、その願いを叶えてくれるというなら何でもするだろう。 どんなことでもすると、言ってのけられる。 砂漠で水に飢えた愚かな旅人が、喉を潤してくれるのなら全財産だろうと何だろうと、持っているモノ全てを捧げてやる――――などと、なりふり構わず懇願するように。 アルヴィスには、吐精の経験が殆ど無い。 いや、・・・自覚しての、と前置きするべきだろうか。 幼い頃に解放する事への恐怖を覚えてしまった身体は、年頃の男子ならば必ずや経験するだろう自慰行為を、頑として受け付けなかった。 性的衝動が起こっても意志の力ではね除け、退けてきたのだ。 そのため、精の解放はもっぱら就寝時の事であり――――――・・・意識的な吐精は殆ど経験が無い。 だから、こんな風に煽られて解放を即されてしまったら・・・・一溜まりも無かった。 「・・・っ、ふぁんとむ・・・っ、・・・」 あまりの辛さに、涙が零れてくる。 それを見て、ようやくファントムが抱えていたアルヴィスの足を下ろした。 「ごめんね、ちょっと焦らしすぎたかな。・・・ここ、・・・触って欲しい・・・?」 宥めるようにアルヴィスの顔を覗き込んできて、ひくひく震え苦しそうに涙を流す薄桃色した性器に柔らかく触れてくる。 「・・ああ・・・っ、・・!!」 たったそれだけの刺激で、アルヴィスは達しそうな程の快感に背を反らせた。 ずっと触れて欲しかった部分に、ファントムの指が掛かる。 先走りの液でヌルヌルになっている、解放したくて張り詰めている先端部分を優しく擦り上げて窪みを擽くすぐ)っている。 また、ごぷっ、と音を立てる勢いで蜜が溢れ出すのを感じた。 「・・ああ・・っ、・・あっ、あ、あ、あ、・・・・・あああ・・・・・っ、・・・」 自然に腰が揺れ、足に力が入って内股が引き攣る。 「あ・・・んっ、・・・・気持ちい・・・っ、・・・出る・・・ぅ・・・・!!!」 身体が強ばり、息を止めてしまう。 神経が、身体の一点に集中して、解放の一瞬を待つ。 だが。 「・・・・・・・・・ごめんね?」 「!? あ・・・うぅ・・・・!!?」 ファントムの言葉と共に、射精間際で震えていたアルヴィスの根元が、きゅうっとキツク締め付けられた。 解放を塞き止められ、いきなり生じた痛みを伴う苦しさにアルヴィスは息を乱す。 「・・・っ、は・・・っ、?・・・・う・・・・ファン・・トム・・・??」 あまりの苦しさに、上手く息が吐けず言葉が紡げない。 あんなに気持ちよかったのに。 もうすぐ、イケたのに。 何故・・・・? そんな避難めいた色の瞳で幼なじみを見てしまう。 快楽に翻弄され溶けた脳では、ファントムの意図など理解出来ない。 「・・ごめんね」 ちゅっと唇にキスをしてきて、キレイな顔の幼なじみは少しだけ申し訳なさそうな顔で笑っていた。 「もう少し待って? ・・・もっと気持ちよくしてあげるから」 「・・・・・・う・・ぅ・・、」 今、気持ちよくして欲しいのに――――――という言葉は、解放を塞き止められ体内で荒れ狂う強い射精感に翻弄されているアルヴィスの唇からは吐く事が出来なかった。 イキたくて、出したくて。 今のアルヴィスの頭にあるのは、それだけだ。 だから。 「・・・最後はちゃんと気持ちよくしてあげるから。今だけちょっと、我慢してね・・・・」 神妙そうな顔つきで。 そう言いながら自分に覆い被さってきたファントムの言葉の意味を、アルヴィスは捉える事が出来ないまま聞いていたのである・・・・・。
|