『君のためなら世界だって壊してあげる』 ACT 37 『交差した道の行方 −30−』 肌触りの良いシーツに横たえられ、互いの腕を絡めたまま唇を重ねる。 「・・・・ん・・・んっ、・・・」 角度を変えて何度もなんども、合わせられる唇。 濃厚なキスにアルヴィスの息はすっかり上がってしまい、思わずファントムの背に回した手の指先に力を込めてしまう。 その様子に、ちゅっ・・・と音を立てて唇を離し。 ファントムがようやくキスを止めて、アルヴィスの顔を覗き込んできた。 「・・・ごめんね、苦しかった・・・?」 そして宥めるように、頭を撫でてくる。 「・・・・・・・・・・・」 見つめ続けると、魂が吸い込まれそうな美しい紫色の瞳に凝視され。 まだ吐息が感じられる程の近さにあるファントムの顔に、アルヴィスは自分の頬どころか耳迄が、熱く火照るのを感じた。 すっかりキスに夢中になって、なし崩しにベッドまで来てしまったが。 幼い頃みたいに何も分からずにしていたキスでもなく、こんな激しいキスをする事など今まで未経験だったのである。 ファントムのことが好きなのだから、別にキス自体は問題無いだろう。 けれど、こんな激しいのはどうなのか。 キスというのは、唇同士を触れ合わせることであって――――――こんな・・・口の中を舐め回すような、こんなやり方をアルヴィスは知らなかった。 今更ながらに、とんでもない事をしているような。 酷くイケナイ事をしてしまっている、気分になって。 アルヴィスは落ち着き無く、視線をさまよわせた。 「・・・・・・・・・・っ、」 だが、慌てて目を逸らしたアルヴィスの顎をファントムの手が捉え、再び唇が合わせられる。 唇の形をなぞるように濡れた舌先で舐め上げられ、その刺激にゆるく開いた口内へとファントムの舌が入り込んできた。 「・・・んぅ・・・んっ、・・・・」 優しく舌を絡められたかと思えば、口蓋をゾロリと舐め上げられ。 アルヴィスがびくりと身を震わせた瞬間には、歯の形を確かめるかのように歯肉を柔らかく嬲ってくる。 ファントムの舌はまるで、それ自体が別の生き物のような自在さで動き、アルヴィスを翻弄した。 甘く舌を吸われ、唇を軽く噛まれて舌の裏側を擽(くすぐ)られる。 イケナイ事なんじゃないかと思っていた、僅かな抵抗感はアッサリと深い口付けのせいで霧散させられてしまった。 経験したことのない濃厚な口付けを繰り返されている内に、アルヴィスの肌は自然と粟立ち・・・・・・・・・・・火照った頬の熱が全身に移ってしまったかのように、カッと身体が熱くなる。 ファントムの舌がアルヴィスの口内を探る度に、身体の中心がざわめき始める。 「・・・んっ、・・・はぁ・・・あ・・・っ!」 堪らずアルヴィスは、自分の上にのし掛かった体勢にある年上の幼なじみの身体を力の入らない手で押しのけようとした。 身体が熱い。 この感覚を、・・・・知っている。 これ以上されたら、・・・・・あのもどかしいような、切ないような・・・何とも言えない焦れた苦しさがアルヴィスを襲うだろう。 ―――――――触れられている訳でも無いのに。 ファントムとの口付けは、なぜかアルヴィスを官能の波へと追いやっていく。 けれどファントムは触れた唇を離さず、より深く合わせて来ようとする。 その胸を押し返そうとするアルヴィスの手など、まるで役には立たなかった。 「んっ!・・・んぅ・・・・う・・・・・!!」 ファントムの舌がアルヴィスの口内をかき回す度に、体内に電流が走るかのような刺激が駆け抜けて。 アルヴィスは知らず、固く閉じた目尻に涙を浮かべていた。 息はとっくに上がり喘ぎに変わっていたが、不思議と呼吸は出来る。 先ほどから延々とされている口付けも、舌と舌を絡め合う激しさでありながら、決して性急では無く背筋を這い上がるようなゾクゾクした官能の波しか与えない。 だけど、怖いのだ。 この先訪れてしまうだろう瞬間が、アルヴィスには怖くて堪らない。 「・・・・・・・・う・・・、」 ますますぎゅっと堅く閉じた瞼の裏に、誰のモノか分からない手が伸ばされてくる光景が浮かんだ。 ―――――――大人しくしろよ、これくらいしか役に立たねぇだろうが!! 頭の中に、嗄(しゃが)れた罵声が木霊した。 その瞬間、煙草で焼け焦げだらけの絨毯がアルヴィスの目の前に差し迫ってくる。 誰かに後ろから首根っこを掴まれ、床に顔を押しつけられているのだと察した。 「・・・・・あ・・・・・・ぁ・・・・」 恐怖と絶望が、アルヴィスの心中を満たす。 怖い――――怖くて堪らない。 喚(わめ)きたくて、逃げ出したくて堪らないのに、身が竦んで動けない。 この後の、残酷でおぞましい仕打ちが分かっているのに。 耐え難いような苦しみがこの身を襲うのだと、分かっているのに。 「・・・・・ひ・・・・っ、・・・」 動けない。 ズボンを脱がされ下着をはぎ取られ―――――――そして、身体が二つに裂かれてしまいそうな痛みが自分を襲うと分かっていながら。 アルヴィスはただ、薄汚れたカーペットに爪を立て涙に濡れた顔を押しつけながら、耐えるしか無いのだ。 反応の兆しも見せない箇所を弄ばれ、強引に扱かれて放出させられて・・・・・その後には吐き気を伴う激痛が待ちかまえている。 「・・・う・・・っ、・・うあ・・あぁあーー・・・・・!!」 アルヴィスは激しく頭(かぶり)を振って、恐怖に嗚咽した。 身体がガタガタ震えて、息が上手く吸えなくなる。 ――――――怖い。こわい。・・・・・誰かたすけて。 救いを求めるように伸ばした手を、誰かがしっかりと握りしめた。 「・・・・・・・・・・・、」 握りしめた手はそのままに、もう一方の手で優しくアルヴィスの後頭部を抱き胸に包み込むようんして抱き締めてくる。 「――――――大丈夫だよ」 耳元で囁かれた穏やかな声は、アルヴィスの恐怖に縮こまった心を柔らかくくるんできた。 「今、アルヴィス君に触れてるのは僕だよ。・・・・怖くない」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 「大丈夫。僕がアルヴィス君の怖いモノから全部、君を守ってあげるからね・・・・」 優しく何度もそう囁き、宥めるように幾度も髪を梳いてくる。 「ほら、・・目を開けて? アルヴィス君を抱いてるのは僕だよ・・・」 「・・・・・・・・・・・」 「怖くないよ、・・・目を開けてもアルヴィス君が怖いモノなんて、どこにもいないから」 即されるまま、アルヴィスは恐る恐る目を開いた。 「・・・・・・・・・、」 視界に映ったのは、銀色の髪したアメジスト色の瞳のキレイな顔。 アルヴィスがこの世で一番、大好きな顔だ。 身体の力が、安堵のために抜けていく。 アルヴィスの首根を押さえつける手も、焼け焦げの痕がついた絨毯も、何処にも無かった。 「・・・・ファントム・・・・・」 アルヴィスの呟きに、目の前のキレイな顔が優しげな笑みを浮かべる。 「そうだよ。怖くないよ・・・・・・・アルヴィス君が怖いモノは全て、僕が跡形もなく消してあげるから」 そう言って、ファントムはアルヴィスの前髪を掻き上げ額にキスをしてきた。 「アルヴィス君に触れていいのは、僕だけだよ。・・・・他のヤツになんて絶対、触れさせない。君は僕だけのモノなんだから、――――――誰にも何にも、指一本触れさせてなどやらないから安心して・・・・・・・・?」 「・・・・ファン・・・トム・・・・」 「目を開けて、ちゃんと僕を見ていてね? そうしたら怖くないよ・・・君に触れてるのは、僕だけなんだから」 言いながら、ファントムはアルヴィスの頬に口付け。 そのまま唇をもう片方の頬、鼻先、唇・・・・そして顎先に触れさせて、アルヴィスの首筋の方へと滑らせてきた。 「ほら。・・・・僕がアルヴィス君に怖いことしたことなんて、無いでしょう・・・・?」 「・・・ん・・・・っ、・・・」 くすぐったいような、ゾクゾクする感触にアルヴィスが身をよじらせた瞬間、今度は首筋の薄い皮膚に軽く歯を立てるようにして、キツク吸い上げてくる。 「・・・あっ、」 びりっとした、痛みにも似た強い感覚にアルヴィスは思わず声を上げた。 どちらかといえば、痛いような気がするのに―――――――何故か心地よく感じる刺激に、困惑する。 そしてそれは例外なく、アルヴィスの背筋を降りて腰の辺りを切なくさせる刺激だった。 恐怖に萎えかけていた自分自身が再び、反応し始めたのを感じ取り。 アルヴィスはまた、急に不安になってくる。 その感覚は、アルヴィスにとって恐怖の引き金なのだ。 「・・・・・・・っ、・・・」 思わずアルヴィスがファントムにしがみつく指に力を込めた途端、声が降ってくる。 「アルヴィス君、・・・・目を開けて僕を見て?」 「・・・・・・・・・・」 ファントムの言葉に、アルヴィスは知らず目を閉じかけていたことに気付いた。 「大丈夫だよ、怖くない。アルヴィス君に触れてるのは、僕だよ」 言いながら、ファントムがアルヴィスの手を取り自分の頬に触れさせるように押しつける。 「・・・・・・・・・・・・・」 理想的なカーブを描く美しい頬の輪郭とサラサラした銀髪の感触が、アルヴィスの手に伝わった。 思わずアルヴィスは、青年の端正な顔の形をなぞるように手を動かす。 不思議と、そうしていると不安が跡形もなく消えていくのを感じた。 あれほど怖かったのに、目の前にファントムがいると思えばそれだけで安心する自分がいる。 「・・・・・・・・・・・」 触れられたままの状態で、ファントムはにっこりと笑った。 「ね、・・・僕でしょう? アルヴィス君に触れてるのは僕で。アルヴィス君が今、手を伸ばして触れる近さにいるのは僕だけだよ・・・・?」 そう言ってファントムはアルヴィスの手を再び掴んで、手のひらにキスを贈る。 そしてそのまま顔を近づけてきて、今度は唇に口づけてきた。 「気持ちよくなることは、少しも怖いことじゃない。安心して、力抜いていて? 僕がアルヴィス君をうんと気持ちよくしてあげるから・・・・・」 吐息が唇に感じられる程の距離で、言い聞かせるように囁かれ。 アルヴィスは強張っていた身体の力を抜き、うっとりと自分を抱く幼なじみの顔を見つめた――――――――――。
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言い訳。 |