『君のためなら世界だって壊してあげる』 ACT 36 『交差した道の行方 −29−』 「・・・・・・・・・・・・」 別世界。 部屋に入って最初に思ったのは、それだ。 リビングや寝室などの目の眩むような豪華な別世界とは違う意味で、この部屋は別世界だった。 広々とした室内にぎっしりと詰め込まれた、『それら』に圧倒される。 細かな装飾が施された木製のロッキングチェアに座る、大きな白クマのヌイグルミ。 アルヴィスの背丈よりも大きな棚に、びっしり並べられた大小様々な人形や、洋服を着たクマやウサギ、その他諸々の動物を模したヌイグルミ達(あまり詳しくないので違うかも知れないが、恐らく高価なビスクドールやテディベアとか、そんな類だと思われる)。 某リゾートランドの有名キャラクター達や、何だか良く分からない超特大サイズのワニやイルカだってあるし、とにかく大小様々なヌイグルミが部屋の隅に山積みだ。 床に転がされた幾つものカラフルな色合いのクッションや、積み木。 一見、何なのかよく分からない玩具らしき物も沢山置かれている。 ロボットやゲーム機、それに使うのだろうソフトや、カードの類、それからプラモデルやラジコン、ミニカーまで様々。 電車もあるし、飛行機の玩具もあるし、船だってある。 まるで世界中から玩具を取り寄せて、並べ立てているかのような多種多様さだ。 ―――――ただ、おかしいことにそれらのどれもが、新品同様で封を開けられている様子が無かった。 シロクマは真っ赤なリボンを首に掛けられたままだし、その傍らにある木馬に至っては透明なビニールでラッピングされたまま、誰も触れた形跡が無い。 ・・・・そして部屋の正面奥には、リボンが掛けられた色とりどりの箱が十数個積まれていた。 正方形のから、円筒形のから長方形のやら薄っぺらいの、大きさも小さいのから大きいのまで色々の――――――プレゼントの山だ。 もちろんこれらも、封が開けられた様子は無い。 「あれ。・・・アルヴィス君?」 言おうと思っていた言葉も忘れ。 そのまま部屋の光景に見入ってしまったアルヴィスに、振り返ったファントムが声を掛けてくる。 「ここまで来ちゃったの? ・・・ダメだよ、その格好のままじゃ身体冷えちゃうでしょう・・・」 そしてアルヴィスの姿を見るなり苦笑して、自分が羽織っていた薄手のカーディガンを脱いで肩に羽織らせてきた。 ファントムの体温が残ったカーディガンのお陰で肩にジワリと温かさが伝わって、アルヴィスは自分の身体が思いの外冷えていたことに気付く。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 「――――――・・・アルヴィス君たら、上履きも履かないで僕を追いかけてきたの・・・?」 黒のパーカー姿になったファントムは、アルヴィスの足下に視線を向け。 冷たいでしょ、と呟くように言い、先ほどと同じにアルヴィスを抱えようと腕を伸ばしてきた。 「!? ・・・ぃ、いいっ!」 それを慌てて、アルヴィスは避ける。 さっきは突然すぎて拒否する間も無かったが、男として何度も抱えあげられるのは遠慮したい所だ。 「どうして? 床、冷たいでしょ? ここ、物置き部屋代わりだから床暖切ってるし・・・」 「・・・・・いい」 確かに靴下も履いていない剥き出しの足には、床の冷たい温度が伝わってきている。 しかし、アルヴィスは頑固に首を横に振った。 抱き上げられる恥ずかしさと床の冷たさだったら、アルヴィスは足が冷たくても我慢することを選ぶ。 誰が見ている訳でなくとも、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。 「・・・そんなことより、この部屋はいったい何なんだ?」 話を逸らそうと、アルヴィスは裸足のままペタペタと傍らの大きな白クマへと近づいた。 「まるでデパートの玩具コーナーみたいだけど・・・・」 言いながらクマに触れ、予想と違うスルスルした毛の感触に内心驚く。 どうやら、本物の動物の毛を使っているらしい――――随分凝った作りのヌイグルミだ。 「・・・なんでこんな、いっぱい玩具集めてるんだ?」 ファントムが気まぐれに集めた玩具達なのだろうか・・・・そう思いながら疑問を口にする。 案外に、子供っぽいモノに興味を示したりする性格だから。 目にしたモノを片っ端から買って・・・買うだけで満足してこの部屋に放り出しているのかも知れないな、などとファントムの返事を予想する。 封も切らず、買うだけ買って放り出す――――――酷く勿体ない話だが、ファントムならあり得るだろう。 「ああ、・・・コレは・・・」 言いながらファントムはアルヴィスの方へ近づいてきて、おもむろにアルヴィスが手持ち無沙汰に毛を毟っていたシロクマを抱き上げた。 そして床に置かれたクッションの方へ、無造作にぼすっと放り投げ。 ファントムの突然の行為に呆気に取られ立ち尽くしていたアルヴィスを、ひょいと抱えるとクマの代わりにロッキングチェアに座らせる。 「・・・・・ファントム・・・?」 「そこなら足、冷たくないから」 冷たい床にアルヴィスが立っているのは、どうにもファントムにとっては許可出来ないらしかった。 「―――――――ココにあるのはね、・・・」 アルヴィスを座らせて満足したのか、満足そうに笑いながらファントムが説明を続ける。 「僕がいいかなって思って、購入したモノ達だよ」 やはり、アルヴィスの予想通りの真相らしい。 「でも、せっかく買ったのに何も使わないなら勿体な・・・、無駄じゃないか」 勿体ないと言えばまた病院での会話の繰り返しになってしまうと、慌てて言い換えながらもアルヴィスはつい、咎めるような言葉を口にしてしまった。 ファントムが自分の金で買ったのだから、別にアルヴィスが何を言うことも無い。 というよりも、言う資格なんて無いのだが―――――――・・・・無駄な買い物をしているのを見るとどうしても、言わずにいられないのだ。 言ったところでこの幼なじみが、アルヴィスの心境を理解などは到底してくれないと分かっているのだけれども。 「無駄かぁ・・・・」 「・・・・・・・・・・・」 柔らかくアルヴィスの言葉を反芻(はんすう)したファントムが、この後にまた違うと言いくるめに来るのだろうと、半ば覚悟していたアルヴィスである。 しかし。 「・・・・そうだね、・・・無駄といえば無駄だったかなぁ・・・」 予想に反して、ファントムは肯定した。 「・・・・・・・・・!?」 あっさり無駄だと認めたファントムに、アルヴィスは逆に言葉を失い幼なじみのキレイな顔を凝視してしまう。 浪費傾向が著しい彼の、購入物に関して見せる初めてのしおらしい態度だ。 その殊勝さに、かえってアルヴィスは反応に戸惑い無言になる。 「・・・・・・・・・・・」 「でもね。・・・・買わずにいられなかったんだよ、―――――・・・無駄になるんだろうなって思ってても」 アルヴィスの目の前で、ファントムはどこか身体が痛むかのように少しだけ苦しそうな顔をした。 「・・・・・・・・・・・、」 その、どこか切ないような苦しそうな表情を見て。 話の内容では無しに、アルヴィスも無意識のうちに息を詰めてしまった。 見ている此方が思わず引き込まれてしまうような、とてもキレイで機嫌の良さそうな笑みを浮かべている彼が常だったから。 苦しそうな・・辛そうな彼の表情は、何故か見ているアルヴィスにも伝染し胸が痛い気がしてくる。 思わず胸を押さえたアルヴィスの前で、ファントムはその切ない表情のまま言葉を続けた。 「・・・・・いろんな玩具見かける度に。コレ、好きだろうな・・とか。こういうの喜ぶだろうなって思ったら・・・・買わずにいられなかった」 ―――――――渡せないって、分かっててもね・・・・。 そう、最後に付け加えられたセリフに。 アルヴィスは、身体に電流が突き抜けるような衝撃が走るのを感じた。 「・・も、・・・しかして、・・・・・」 確認する、声が震える。 「コレ、・・・全部・・・おれ・・・・・・?」 掠れた声で問いかければ、幼なじみは少し照れくさそうに笑って頷いた。 「――――――向こうってイベント好きだから、結構クリスマスが派手でしょう。だからね、時期になるとこっち以上にスゴイんだよね。・・・で、プレゼント用のオモチャとかそういうのの宣伝も激しいから・・・我慢出来なくなっちゃうんだ・・・・アルヴィス君、クリスマス・イヴがお誕生日だし」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「山積みに、こんなプレゼントいかがですか?って見せつけられてるとね・・・・どうしても、買ってあげたくなっちゃって。居場所が分からなかったし、送ってあげる訳にもいかないって頭では理解してるんだけれど――――――でも、どうしてもせめて、用意だけしたくなっちゃってさ!」 まあ、あながち理由はそれだけじゃなくって・・・・似合いそうなのとか発見するとやっぱり買っちゃったりしたんだけど。ここに散らばってるのは殆ど、そんな理由―――――――などと肩を竦めて言い訳して。 「・・・ほら、あそこに積んである箱。アレが全部、イヴに用意したアルヴィス君へのバースデー・プレゼント」 アルヴィスに、山積みの箱がある方を顎で指し示す。 「・・・・・・・・・・あんなに?」 「12個あるよ」 思わず呟くように漏らしたアルヴィスの言葉に、ファントムが正確な数を告げた。 「・・・・・渡すことは出来なかったけど。ちゃんと、渡しておめでとうって言いたかったし・・・君の誕生日は君と一緒に過ごしたいって思ってた。でも、出来なかったから・・・・せめてプレゼントだけは、って思ったんだ。再会出来た時、渡せればいいなって。―――――12年分、・・・・君が生まれたときからずっとの分みんな・・・・、僕が一緒にお祝いしたかったから・・・・」 言いながら、箱が積まれている方へ歩いていき。 ファントムは少しだけ選ぶような仕草をして、1つの箱を手にする。 「これは、・・・アルヴィス君が7歳の時のプレゼント」 リボンを解きひと抱えほどもある箱を開けて、中から大きなロボットらしき物体を取り出した。 確か、・・・その頃アルヴィスが夢中になっていたテレビのキャラクターだった気がする。 「こっちは、アルヴィス君が8歳の時のバースデー」 次に開けた箱からは、手鞠サイズの凝った細工が施された月球儀が取り出された。 「これは、9歳の時・・・」 説明しながら、どんどんと他の箱が開けられていく。 それらはアルヴィスの年齢に合わせて、それ相応らしい品物へと変化していた。 腕時計だったり、ネックレスだったり、鞄や万年筆や――――――・・・・靴や洋服だったりもした。 「・・・・・・・・・・・・・」 どんどん上がっていく年齢に合わせて、開けられていく贈り物の箱を見ながら。 アルヴィスは、初めてファントムと出会った年の誕生日を思い出す。 ファントムは、アルヴィスに4つの箱をくれた。 ――――――クリスマスプレゼントって訳じゃないよ? 全部、お誕生日のプレゼントだからね。 最初は、意味が分からなかった。 不思議に思いながら箱を開けると、1つにはアルヴィスの大好きなお菓子が。 もう一つには可愛らしい、フワフワしたクマのヌイグルミが。 更にもう一つの箱からは、温かそうなコート。 そして最後の箱からは、アルヴィスの足にぴったりなサイズの靴が出てきた。 ―――――――僕はアルヴィス君の、1歳と2歳と3歳のお誕生日、祝ってあげられなかったから。 その分のおめでとうも込めて、4つだよ。 アルヴィス君のお誕生日は、僕が全部お祝いしたいからね―――――――。 「・・・・・・・・・・・」 そう。 ファントムは、自分がアルヴィスと出会う前の分のプレゼントまで用意してくれていた。 当時は単純に、沢山のプレゼントが貰えることを無邪気に喜んでいたが―――――――今考えれば、とてもスゴイことのように思える。 誕生日には、プレゼントは付きものだ。 けれども、出会ってからだけではなく生まれてから全ての年の誕生を、新たに祝ってくれるような人間などは何処を探してもいないだろう。 ―――――まして。 離ればなれになり、その行方すら掴めない相手への贈り物を買い続ける存在などは。 「・・・そしてこれが、18歳のお誕生日・・・」 「――――――・・・ホントに、全部・・・・俺の誕生日・・・・」 そう言われて開けられた箱の中身を見つめながら、アルヴィスは思わず呆然と呟く。 「・・・・・・なんで、こんな・・・。どうして、俺の誕生日なんかをこんなに、・・・・?」 幼い頃には考えつかなかった疑問を、つい口にした。 誕生日を祝って貰えるのは、嬉しいことだ。 けれど、ここまでして貰う気持ちが分からない。 アルヴィスだってファントムの誕生日には何かしてあげたいと思うが、それはあくまで再会し、こうして一緒に居て初めて思う感情である。 「?」 だがファントムはアルヴィスの問いに、形良いアーモンド型の瞳をキョトンと丸くした。 「え、・・・なんでって? そりゃあアルヴィス君のお誕生日だもの!」 「・・・・・・・・・・・」 全然、答えになっていない。 お祝いするのが当然でしょう――――――と言わんばかりの口調だ。 「・・・だから。なんで俺の誕生日をそんなに、・・・・いっ、・・祝いたい・・・のかって、・・・・」 あんまり当たり前のような態度だから、祝われている自分の方が恥ずかしい気がしてきて、口籠もりながらアルヴィスは聞き直す。 「・・・・・だって、祝いたいでしょ?」 そんなアルヴィスを不思議そうに見つめ、ファントムはさらっと事も無げに口を開いた。 「お誕生日は、この世にアルヴィス君が生まれてきた日なんだよ。その日に生まれてきてくれなかったら、僕とアルヴィス君は逢えない運命だったかも知れないんだ―――――――・・・・毎年、たとえ逢えなくたって感謝してお祝いしたいに決まってるじゃない・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・」 「この日に生まれてきてくれてありがとうって、感謝したいでしょう」 「・・・・・・・・・・・・・・」 「今年の19歳のお誕生日は、一緒に過ごせるね・・・おめでとうって、直接言ってあげられる」 嬉しいな、と笑う幼なじみは、本当に極上の笑顔で。 「・・・・・・・・・・・・・・」 言うべき言葉が見つからず、アルヴィスはただ銀髪の青年を見つめた。 こんなに、たくさん。 広い部屋から溢れそうな程の、いっぱいの贈り物たち。 小さな子供が遊ぶようなモノから、今のアルヴィスが使えるようなモノたちまで沢山。 それは、アルヴィスのことを。 ――――――片時だって忘れていなかった、証。 いつだって、どんな時だって、・・・・・覚えていてくれた証拠。 「・・・・・・・・・・・・」 そんな彼の想いを、自分はどうしてあんなにも信じられなかったのか。 こんなに、――――――想ってくれていたのに。 ―――――――大丈夫だ、お前は愛されてるよアルヴィス。 かつてダンナに言われた言葉も、今なら素直にうなずける。 部屋に溢れかえった、一度も遊ばれないままのオモチャ達を見ても無駄だとは思えなかった。 どれ1つ取っても、高価で貴重な品物ばかりなのだろうと思っても、自分には分不相応だとか釣り合わないだとか―――――――そう考えるのは却って、贈ってくれた相手の好意を無にする行為なのだとようやく理解した。 「・・・ファントム・・!」 アルヴィスは椅子から立ち上がり、積み重ねられた箱の傍に佇む幼なじみに駆け寄る。 掛けられていたカーディガンが肩から滑って床に落ちたが、それには構わず銀髪の青年に抱きついた。 ―――――そうしないでは、いられなかった。 「アルヴィス君・・・?」 どうしたのと言った調子で名を呼ばれ抱き締められるが、アルヴィスは何も言わずにただファントムの胸に顔を寄せる。 「・・・・・・・・・・・」 なんと言えばいいのか、分からない。 何を伝えればいいのかも、言葉は思いつかなかった。 けれど、胸の内を突き上げる衝動に、じっとしては居られなかったのだ。 「・・・・・要らなく、・・・ないんだよな・・・・っ!?」 頭の中で、訴えたい事が整理出来ないままに言葉がバラバラになって口を突いて出ていってしまう。 「・・俺、・・・ファントムを好きでいて、・・・いいんだろ・・・?」 まるきり、支離滅裂だと自分でも思う。 「ファントムも、・・・俺のこと本気で、・・・」 きっと、意味なんかまるで通じないだろう。 「ごめん・・・!!」 何を謝ってるのかも。 「・・・・・ありがとう・・・すごく、・・・・」 何の感謝なのかも。 「・・・・・・・・・・・・・・ぅれしい・・・!!」 意味不明だ。 言っているアルヴィス自身も、よく分かっていない。 でも、言わずにいられなかった。 止まらない。 勝手に感極まって、声は震え涙も出てきて鼻水なんかまで出てる気がするけれど。 こんな格好悪いところ、見せたくなんかないのだけれど。 それでも伝えたくて。 抱きつきたくて、―――――――我慢出来なかった。 この溢れる強い感情を、なんと言えばいいのだろう。 「・・・・・・・・よしよし」 そんなアルヴィスを抱き締めたまま、ファントムは怪訝な顔をすることなく頭を撫でてくる。 「大好きだよ。・・・要らなくなんか無いよ、僕にはアルヴィス君が必要だよ? アルヴィス君が僕のこと好きでいてくれないとヤダし・・・もちろん僕だって、アルヴィス君のこと本気で愛してる。―――――――誕生日プレゼント、無駄にならなかったね・・・ちゃんと受け取ってくれるんでしょう・・・?」 「・・・・・・・うん・・・うん・・・!!」 幼い頃から。 自分ですら分からないような、アルヴィスの気持ちを。 ちゃんと汲んで理解してくれるこの幼なじみが、本当に大好きだとアルヴィスは思う。 どんな時でも、どんな事でも、どんな自分だって、・・・・・・・この幼なじみは受け止めてくれるのだ。 「ふぁんとむ、・・・」 溢れる気持ちが即すまま、アルヴィスは青年に縋る腕にぎゅっと力を込めた。 「・・・顔あげて? アルヴィス君」 「・・・・・・・・・」 言われたとおりにすれば、キレイな紫色の瞳と目が合った。 「・・・あーあ、可愛い顔が涙で台無しだよ・・・?」 優しげに目を細め、ファントムがアルヴィスの濡れた睫にキスをしてくる。 アルヴィスが目を閉じされるがままにじっとしていると、ファントムが身体に回している腕に力が込められ、そっと頬に手を添えられた。 「・・・・・・・・・・・愛してる」 至近距離で銀色の長い睫がバサリと伏せられ、上向かされた顔にファントムの唇がゆっくりと降りてくる。 「・・・・・・・・・・・」 本能的に目を閉じたアルヴィスの唇に、柔らかな感触が伝わった。 幼い頃に、何度も何度もした触れるだけのキス。 あの頃は意味も分からないままに、ただ受け止めていた。 でも、今は違う。 「・・・・・ん・・・・っ、・・」 アルヴィスは自分からファントムの首に腕を絡め、無意識に身体の力を抜いた。 本能的に、身体がファントムと一番近い距離を望んでいる。 ファントムの傍に、居たいのだ。 自然と唇も柔らかく力が抜けて、もっと深い口付けを望むように開いていく。 「・・・んっ、・・・う・・・・」 深くふかく唇が合わさり、舌が絡み合う激しいキスになっていくのに、少しも息苦しくないのが不思議だった。 唇を合わせるのが、当たり前のように。 呼吸をしているかのような自然さで、ファントムはキスを続けてくる。 「・・・・・・・・・・・・・・」 キスをしている時の唾液がとても甘く感じるのだと・・・・・、甘いキスというのは本当に存在するのだと、アルヴィスは初めて知った。 自分の口内を、自分のモノでは無い舌に探られる。 柔らかく濡れた舌先で、口蓋を擽られ粘膜の敏感な箇所を舐め上げられて、自分の舌と絡み合う。 それが、・・・・こんなに心地よいのだと初めて知った。 ――――――気持ち、いい・・・・・・・・。 うっとりと、アルヴィスはファントムとの口付けに感じ入った。 キスに酔うというのはこういう事をいうんだろうかと、溶け始めた頭でボンヤリと思う。 合わせられる唇の感触に、絡められる舌の感覚に、・・・・意識が甘く解けていく。 「・・・・・・・・・・・っ、・・」 やがて、唇が離されると。 名残惜しいと言いたげに、2人の唇の間に銀色の糸が引いた。 「・・・ごめんね?」 間近にあるファントムの顔に、苦笑が浮かぶ。 「・・・・・・・・・・・・・」 アルヴィスは何も考えられず、ただその端正な顔立ちを見つめていた。 そのアルヴィスの唇に、ファントムはまた軽くキスをして。 「アルヴィス君があんまり可愛い顔するもんだから、・・・・我慢出来なくなっちゃった」 すっかり力が抜けてしまっているアルヴィスの身体を抱き締めたまま、悪戯っぽく舌を出す。 そして、まだキスの余韻に思考が止まっている状態のアルヴィスを抱え上げてしまった。 「他に何もしないから。・・・・・・・・ベッド行って、キスの続きしてもいい・・・・・・・?」 抱えられた状態で、お願いするように見つめられ。 「・・・・・・・・・・・」 アルヴィスはボンヤリとした表情のまま、頷いて。 承諾の意を表し、ファントムの首筋に抱きついたのだった――――――――――。
言い訳。 |