『君のためなら世界だって壊してあげる』 ACT 34 『交差した道の行方 −27−』 「状態も落ち着いてきたし、そろそろお家帰ろうか」 そう、ファントムに言われたとき。 アルヴィスは、咄嗟に返事が出来なかった。 一瞬、聞き間違いかと思い、そのまま幼なじみの秀麗な顔を凝視してしまう。 「・・・・・・・・・・・」 誤解が解けたあの日から、すでに1週間ほど日数が経っていた。 今はもうICU(集中治療室)から出て元の個室に戻っている状況だが、まだ点滴も外れていないし院内の移動も車椅子を使っている状態だ。 退院出来るのは喜ばしいことだけれど、自分の身体がそんなに回復しているとはとても思えない。 むしろアルヴィスにしてみれば、戸惑う気持ちの方が強いくらいだ。 「点滴はもう、しなくていいかなって思うし。酸素も入れなくて大丈夫だし。もしもの場合に備えて家にも一応用意させてるから、大丈夫だと思うんだ」 それなのに白衣を羽織った青年は、そうにこやかに言ってくる。 「・・・・・・・・・」 だがファントムの言葉は、アルヴィスの中でわだかまっているマイナスの感情を刺激した。 ―――――――誤解が解けた今も、アルヴィスの中に巣くっている『不安要素』。 「でも、・・・・」 決して病院に残りたい訳では無かったが、アルヴィスは躊躇いがちに口を開いた。 自分の体調以外にも、アルヴィスには常に心に引っかかって離れない『不安』がある。 ここに入院してからずっと、抱えていた不安。 聞きたかったけど、聞けなかった心の蟠(わだかま)り。 知りたかったけれど、・・・・・知るのが怖くて。 ―――――――だが、もう限界だ。 心の奥底に隠して飲み込んでおくには、耐え難いくらい不安の塊は大きくなっていた。 「・・・・・・・・俺は・・・」 言いかけて、その塊の大きさに喉がつかえ言葉に詰まる。 「・・・・・・・・・・・・・」 胸の内にまだ残っている不安・・・・・自身が患(わずら)っている、病への懸念(けねん)だ。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 発作の時、たくさん血を吐いた。 輸血しないとダメだったくらい、・・・・いっぱい。 ―――――――あれはどう考えたって、喘息の発作じゃないだろう。 それならば、自分はいったい何の病気だというのか。 もしかして、肺ガンだとか、そこら辺のもう助からない病気だったりして・・・・・? 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 そう思ってしまう恐怖が、尽きなかった。 けれど聞いて確信してしまうのも怖くて、ずっと聞けずにいた。 だってもし、・・・・本当にそうだったら。 あと余命数ヶ月なんだよ、なんて肯定されてしまったら。 ――――――そう考えただけでも、目の前が暗くなりそのまま倒れ込んでしまいたい気分になる。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 だが聞かなくてもやはり、不安が消えてくれる訳では無く。 それどころか、こうして体調が完全に回復した訳では無いのに退院しようなんて言われると――――――・・・まるで、死ぬ前に好きなことをさせてやろうとしているのかと勘ぐってしまう。 だって、そういうのは良くある話だ。 残りわずかな命だから、せめて本人の意向をくんで家に帰したり好きなことをやらせてやる・・・なんて。 「・・・・・・・・・・・・・」 「どうしたのアルヴィス君?」 黙り込み唇をかみしめるアルヴィスの様子に、羽織った白衣のポケットに両手を突っ込んだまま、ファントムが腰を屈めて顔を覗き込んで来た。 「・・・大丈夫だよ? 流石にすぐ学校行くのは許してあげられないけど、お家でだったら好きなようにしてていいし・・・・僕もずっとアルヴィス君と一緒にいてあげるから」 発作なんて起こさせないから平気だよ、と安心させるように笑いかけてくる。 「・・・・・・・・ファントム・・・」 「ね、だからもうお家帰ろう? ・・・そうだ、お家帰る前にちょっと寄り道してG座のP・マルコリーニ寄っていこうか! あのショップのチョコレートアイス、アルヴィス君好きだったよね。あ、それともWエストのシュークリームがいい?」 「・・・・・・・」 浮かない顔をしているアルヴィスに、幼なじみはまるで小さな子供の機嫌を取るような甘い言葉を掛けてきた。 うっかり、それに乗ってしまいそうになりながら。 ダメだ、このまま有耶無耶(うやむや)にしたらずっと不安なままなんだと、思い直す。 「・・・・・っ、!」 違う、と首を振り。 アルヴィスは意を決して、自分の顔を覗き込んでいる青年の端正な顔を見上げた。 「・・・・ファントム、・・・・正直に言ってくれ。俺は・・・・、」 そこまで言いかけて、やっぱり最後まで言い切ることが出来ずに躊躇(ちゅうちょ)する。 「・・・・・・・・・・・」 アルヴィスの表情に、ファントムが何か悟ったのか表情をわずかに引き締め。 白衣のポケットから両手を出して、ベッドに腰掛けているアルヴィスの隣に座った。 そして次の言葉を即すように、アルヴィスの顔をそのアメジスト色の瞳で見つめてくる。 「・・・『俺は、』・・・・なあに?」 「・・・・・・・・・・・・」 変な病気だったら、どうしよう。 助からないよと言われたら、どうしよう。 そう考えたら確認する言葉が出てこなくなって、アルヴィスは俯いた。 「・・・・・・・・・・・・・」 けれどやっぱり、このまま不安に過ごすのは嫌だと決意し直す。 結局の所、自分が知ろうと知らなかろうと―――――真実が変わる訳では無いのだから。 アルヴィスの躊躇いは、単なる逃避に他ならない。 「・・・・俺は・・・・、」 怖々と、ずっと聞きたかった言葉を口に出す。 「・・・・・・・・・何の病気なんだ? 血なんて、喘息じゃ吐かないだろ・・・?」 「・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・もしかして、助からない病気なんじゃ・・・・?」 「・・・・・・・・・・・」 「・・・もしそうなら、ちゃんと言ってくれ・・・・覚悟しないと・・・だし・・・・・」 言っていて、だんだんアルヴィスの声が小さくなってくる。 ファントムがいつになく無言だから余計に不安になり、思わず幼なじみの顔を見上げた。 「・・・・・・・・?」 見上げて、そして―――――思わず、顔をしかめる。 銀髪の青年は、その誰もが振り返るようなキレイな顔を思い切り歪め、身体を小刻みに震わせていたのだ。 そう、・・・・激しく笑い出したいのを我慢するように。 悲壮な決意をして聞いたアルヴィスは、そのファントムの態度に憮然とした。 「・・・・・何がおかしい!?」 怒りの余り語気荒く問いただせば、ファントムは耐えきれないというようにプッと吹き出して。 「・・・っ、ごめんごめん! いや、アルヴィス君があんまり可愛らしいこと気にしてるモンだから、つい・・・!! アハハハッ!!」 身を屈め、盛大に笑い出す。 「深刻な顔して、何言い出すかと思ったら、・・・そんなことを・・・っ、・・・ククク・・・!!」 目尻に涙すら浮かべて大笑いされ、アルヴィスは完全にキレた。 「そんなことって何だ・・!! 俺はっ! 俺は・・・・・っ!!!?」 常のアルヴィスらしくなく大声を張り上げようとして、ファントムに背後から抱き込まれるようにして口を塞がれる。 「んっ!? ん、・・・んーーーっ!!」 「はいはい、・・・ごめんね? 僕が悪かったよ。・・・だから興奮しないで? ね?」 宥めるように笑ったまま言われるが、それでアルヴィスの怒りが収まる訳も無い。 「・・・・・・・・・・!」 大体、興奮するなと言ってる本人が煽ったくせに随分な言い方である。 「んむぅーーー!!!」 アルヴィスは抗議の意味を込めて、ファントムの手から逃れるべく頭を振り手足をバタつかせようとした。 途端に、アルヴィスの視界がぐるっと回る。 「―――――・・・!?」 気がつけば、アルヴィスはベッドに押し倒された体勢になっており。 どうやればこの形に持って行けるのか、器用にもファントムに組み敷かれた体勢になっていた。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 ご丁寧に口は塞がれたままで、右手首も掴まれ固定されている。 「ダメだよ? まだ点滴の針入ってるんだから、そんなに腕振り回しちゃ。・・・それにまだ、暴れるのは許可出来ないなー?」 言われて、手首を押さえられている方の腕に点滴されていた事を思い出した。 確かにあのまま暴れて針が抜けたら、痛い思いをしたのはアルヴィスだっただろう。 何度か強引に抜いた事があるだけに、痛みは経験済みだ。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 だからといって。 先ほどの態度は、許せない。 ――――――どれだけ、不安に思って。 どれだけ、・・・・悩んであの質問を口にしたのかを。 全然、この男は分かっていないのだ。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 抗議の意味を込めて、アルヴィスはファントムからプイッと顔を逸らした。 口ではどう言った所で勝てる気はしないし、腕力だって到底敵わない事は知っているから、今アルヴィスに出来る抵抗は無視しかない。 ちょっと情けないと自分でも思うが、ファントムには意外と効果覿面(てきめん)だったりする抵抗だ――――――・・・ただし、絆(ほだ)されなければ、だけれど。 「アルヴィス君・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・」 甘い声で、名前を呼ばれたって。 「・・・・怒っちゃった? ・・・ごめんね?」 ちょっと哀しそうな響きで、謝られたって。 ――――――許してなんか、やるものか。 「・・・・・・・・・・・・・・」 黙り込んで顔を逸らしたアルヴィスの髪を、上に乗った体勢のままでファントムが撫でてくる。 そして小さくため息をついて、口を開いた。 「・・・アルヴィス君の病気はね――――――・・・ごく普通の気管支喘息だよ? ただ、ちょっと別のウィルスに感染しちゃってて、そのせいで血を吐いちゃうことがあるんだ」 「・・・・・・・・・別の、ウィルス・・・?」 ようやく聞きたかったことを説明し出したファントムに、無視を決め込むことを忘れてアルヴィスは顔を幼なじみの方へと向ける。 不安そうな表情がアルヴィスの顔に出ていたのだろうか、何ともないよという様に苦笑してファントムは先を続ける。 「・・・・とはいってもまあ、たいしたことは無いんだけどね? 咳き込み過ぎても喉が切れて出血することは多々あるし、それがちょっと肺の奥でも起こっちゃうってだけだから・・・・」 「・・・・じゃあ、俺・・・・?」 血を吐くなんて酷く深刻な病に違いないと思っていたのだが、実際はそうでは無いのだろうか。 咳き込みすぎたせいで粘膜が傷付いて血が出るというのなら、確かにたいしたことなさそうな気もしてくる。 そういえば、小さい頃も咳き込みすぎて喉が切れて、血が混ざった唾液に驚いた事があったような・・・・・などと、安堵の後押しをするような心強い昔の記憶も蘇ってきたり。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 アルヴィスの問いを肯定するように、ファントムがくすっと笑い。 「だから、・・・ごめんね? アルヴィス君が不安に思うのも無理無いんだけど、あんまり心配そうな顔するモンだから・・・・つい」 大笑いしちゃった――――――と、言い訳してくる。 「だって、全然そんなのじゃないんだもの。こんなので命落とすんだったら、この国の死亡率が一気に跳ね上がっちゃうよ・・・・?」 「・・・・・・・・・・・・・・そうなのか・・・」 笑われた事には腹が立つが、どうやら命に関わるような、おかしな病気じゃないらしいと分かって。 アルヴィスはこっそり、安堵の息を吐いた。 何となく、自分は生への執着が薄いような気がしていたが、それでもあと少しで死ぬ運命だ――――――などと思ったら。 やり残した事が沢山ある気がして、足掻きたくなる。 進んで死にたいとは、やはり思えなかった。 まして、・・・・ずっと心の底で逢いたいと願っていた『彼』と、再会し誤解も解けた今となっては。 ――――――生きられる限り、生きていたい。 「まあね、気持ちは分かるけど。・・・・血なんて早々、吐く機会無いしビックリしちゃうよね。でも・・・・安心して? 大丈夫だから」 黙り込んでしまったアルヴィスの機嫌を伺うように、ファントムが前髪を掻き上げ額にキスを落としてくる。 「ただ、・・・どんな軽い症状でも放っておくことは良くないから。咳をして唾液や痰に血が混じったりしたら・・・ちゃんと教えてね?」 胸が苦しかったりしても、ちゃんと言うんだよ・・・? 子供に言い聞かせるように、そう念押しして。 ファントムはようやく、アルヴィスの上から身を引いた。 「じゃあ、点滴抜いて帰る準備しよっか!」 そう言ったファントムの声は、酷く弾んでいた。 実際に退院するアルヴィスよりも、ファントムの方が嬉しそうな様子だ。 「・・・・・・・・」 先ほど前触れもなく退院しようと言われた時には、ひょっとしてもう残り少ない命だから自宅で好きにさせてあげよう・・・なんて感じの、ドラマなどに良くありがちな理由なんじゃ?・・・・と疑ってしまったけれど。 ファントムの様子を見るに、それは全くの杞憂(きゆう)だったようだ。 「今日はお祝いだね! 夕食、何作って貰おうか? ホントなら美味しいレストランで食事したい所だけれど、免疫落ちてるからあんまり人がいる所には連れて行ってあげられないし・・・」 その代わり、アルヴィス君の好きなデザート沢山買って帰ろうね。さっきも言ったけどチョコレートアイスがいい? それとも、ケーキかな? シュークリーム? ああ、・・・べつに全部買ったっていいんだけれど―――――――などと、際限なく話し続ける。 「もう夕方だから、ひょっとしたら売り切れてる可能性あるし・・・・欲しいの決まってるんだったら作らせないとだから電話しなくちゃね! どうする? 何が食べたい?」 喋りながら、手際よく点滴の針を抜き処置をしていくのがとても器用だ。 針痕からの出血を防ぐために、アルコール綿の上から強く指でアルヴィスの針痕を圧迫しながら、ファントムは上機嫌に喋り続けた。 「・・・そういえば、アルヴィス君が入院してる間に国内初上陸のスイーツショップが出来てね・・・そこの焼き菓子が、僕も留学時代からお気に入りだったんだけど凄く美味しいんだよ! アルヴィス君もきっと気に入ると思うからそこも寄ろうか・・・!!」 「・・・・・・・・・いや、・・・俺そんなに食べられないと思うし・・・」 確かに甘いモノが好きなアルヴィスだが、ファントムの話を聞いていると何かそれだけでもう、胸一杯になり遠慮したい気分になってくる。 黙っていれば、この幼なじみが更に増長してテーブルの上いっぱいにアルヴィスの好物を積み上げるのを知っているから、ちゃんと言わなければならない。 昔から、ファントムはアルヴィスに過度に物を与えたがる癖があるのだ。 「日持ちしないだろ、・・・そんなにいらない」 「いいんだよ? 別に食べられないならそれでも。 だって食べたい時に無いのは嫌じゃない? だからとりあえず、揃えておけばいつでも――――――」 「・・・・・・・・・・」 ほら、やっぱり。 心の中で嘆息して、アルヴィスは即座に言い放った。 「俺はそんな勿体ないのは嫌いだ!」 恐らく自分の言い分なんか理解はしないんだろうと予想はしていたが、とりあえず主張してみる。 「えぇ? ・・・勿体なくないよ。もし食べないお菓子があったとしても、それに支払った代金はそのお菓子の、家での待機料として納得出来るじゃない。好きなときに食べられるように、待機して貰ってるって意味でさ?」 「・・・・・・・お金も勿体ないけど、食べ物を粗末にするのが嫌なんだ!」 「粗末にしてるわけじゃないよ、食べないこともあるってだけだし・・・」 案の定、ファントムは何を言っているのとばかりに、怪訝な顔して言ってきた。 「それを無駄だって言うんだ!」 育った環境の違いなのか何なのか・・・・いや、間違いなく出生時からの待遇の違いのせいなのだろうが・・・・・この年上の幼なじみには、金銭感覚というものが欠如している気がする。 ――――――自室で幾つもの液晶ディスプレイを見つめ、株や何やらの操作をしているらしいのを垣間見たことがあるので、全くその感覚が備わっていないのとは違うのかも知れないが。 とにかくハッキリ言えるのは、アルヴィスと彼の経済観念に恐ろしく隔たりがあるということだ。 アルヴィスが100円のチョコレートを買うのと同じくらいの気分で、ファントムはあっさりと7桁台の買い物をしてしまう。 そんな彼にとっては、たとえ1つで普通の板チョコが8枚以上買えるようなケーキを何個無駄にしようと痛くも痒くも無いのだろう。 けれどアルヴィスは、絶対にそうは思えない。 食べたくても食べられないような人たちが、この世にはごまんと存在するし。 材料になる為に犠牲になった命が、少なからず存在する。 幾ら金を積み上げようと、一度葬られてしまったモノ達が蘇ることは決してないのだ。 最初から食べきれないと知り、無駄になると分かっていながら、買うなんて真似は・・・・・アルヴィスには到底理解できない。 お金があろうが、無かろうが。 必要な分だけあれば、それでいいじゃないか・・・・と思う。 ゼイタクは、テキ。――――――ひと昔どころか、ふた昔ほど前の戦時中に唱われた標語のような事を考えつつ、アルヴィスは目の前の青年をにらみつけた。 「・・・とにかく、要らない!」 ぶすっとして言い放つと、ファントムは困ったように眉尻を下げて笑いかけてきた。 「『勿体ない』・・・か。この国とアジアの一部にしか存在しない、精神の有り様っていうか・・・言葉だよね」 知ってる? 『勿体ない』の外国語の翻訳は、そのまんま『MOTTAINAI』なんだよ――――――――概念的に、他の国じゃ存在しないんだ。 そんなことを言って、ファントムは肩をすくめる。 「・・・・だから何なんだ。他の国に概念が存在しなくとも、この国にはあって、お前だってここの国民なんだからそれは理解出来る筈だろ」 そうか、勿体ないって海外には無い言葉なんだ・・・?とうっかり、感心してしまいそうになりながら。 アルヴィスはそれでも、まるで自分には関係ないとでも言いたげな口調で説明してくる年上の幼なじみにキツイ口調で指摘した。 けれどファントムは相変わらず涼しい顔で、つらっと口を開く。 「まあ僕もね、・・美しい精神だな、とは思うんだけれど・・・・・・・・・でも、ふんだんにお菓子達を買う事は、僕にとって少しもMOTTAINAIじゃないからねぇ」 「・・・・・・・・・・?」 「必要の無い無駄なモノを作る事が、MOTTAINAIって事でしょ。でも、僕にとってはそうじゃなくて・・・ちゃんと価値があるって認めているのなら、それは無駄では無くなるでしょ? ・・・僕にとっては、・・・ね?」 「だけど、客観的に見て無駄なら、・・・・」 「個人的価値は認めないっていうの? それじゃあ、世界中の愛の概念だって崩壊しちゃうよね! 愛や恋なんて、個人の価値観で判断されるものなんだし・・・」 「・・・・・・それは・・・・・そうだろうけど・・・・」 なんだか酷く、話が飛躍してきた気がして。 アルヴィスは黙り込んだ。 「・・お前のそれは、・・・詭弁(きべん)だ・・・・・・・・」 何か違うと思うのだが、具体的に指摘出来ない。 口でファントムに敵うとは思っていないが、うまく話をすり替えられている気がする。 しかし、哀しいかな――――――言い返せるだけの技量が無い。 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 釈然としない気持ちだけが残って、アルヴィスはむーっと顔をしかめた。 そのアルヴィスを、ファントムは宥めるように―――――・・・ようやく腕の止血の為に強く押さえていた手を外し、その手でぎゅうっと抱き締めてくる。 「だから、いいんだよアルヴィス君はそんなの気にしなくて♪ ・・・僕はアルヴィス君の喜ぶ顔見れるなら、端から見れば無駄かもしれない事だって何だって、やりたいと思うしそれに価値を見出してるんだから!」 そう言って、大きな猫が甘えるようにスリスリとアルヴィスの頬に頬ずりしてきた。 「僕はアルヴィス君が喜んでくれそうな事なら、何だってしたいよ?」 「・・・・・・・・・・・・・・」 「ね、・・・言って? 何が欲しい? 何でも買ってあげるよ」 「・・・・・・・・・・・・・・」 子供みたいに無邪気な表情で、嬉しそうに自分に懐くファントムをアルヴィスはじっと見つめる。 4歳も、年上で。 知識も頭の回転速度も、それどころかあらゆる事の経験値だって、きっと全然敵わない。 そんな彼から見れば、自分こそ酷く子供に見えるのだろう――――――そう、思うのに。 「・・・・・・・・・・・」 こうして自分にくっついてくるファントムは、まるで彼こそが幼い子供のようだ。 自分より、背が高いのに。 細身だけれどアルヴィスより、体格だっていいくせに。 図体ばかり大きい、甘えたがりの子供のよう。 ・・・だけど、あんまりにも。 無邪気で楽しそうで・・・・嬉しくてたまらない、といった様子で、アルヴィスに触れたがるから。 「・・・・・・・・・・じゃあ、アイス。今日はアイスだけが食べたい」 納得出来ない事を言われていても、理解出来ない意味不明の事を口走られていても―――――――結局、絆されてしまうのだ。 怒ったふりなんて、長くしていられない。 歯の浮きそうな気障ったらしい台詞の1つひとつが、本心からなのは知っているから。 「アイスだね? 分かった! じゃあ一番大きい箱でテイクアウトしようねっ」 ついでにチョコも買っていこうか・・・・そう機嫌良く喋るファントムに、アルヴィスは今度は黙って頷いた。 純粋にファントムがアルヴィスの退院を喜んでくれているのに、自分のある意味勝手な個人の価値観を押しつけるのも、無粋な気がする。 無駄に買ったりするのは、納得出来ないけどな・・・!! 内心、それだけは譲れないと思いながら。 アルヴィスはファントムに即されつつ、帰宅のためにサイドテーブルの引き出しから身の回りの物を取り出し始めたのだった―――――――。
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