『君のためなら世界だって壊してあげる』




ACT 27 『交差した道の行方 −20−』










 深いふかい、奈落の底へ落ちていくような。

 真っ暗で何も見えない、闇に呑み込まれてそのまま二度と浮上できないような感覚の果てに。


「・・・・・・・・・・」


 ふと、頭上に光が差したような気がして。

 アルヴィスはゆっくりと、目を開いた。


「・・・・・・・・・・・」


 光が眩しくて、顔を顰める。

 プッツリと記憶が闇の中に途切れ、いきなりこの光の中へ繋ぎ合わされたような感覚に思考が上手く纏まらない。


「・・・・・・・・?」


 眩しくて目を細めながら、懸命に周囲を見渡す。

 銀色の棒にぶら下げられた、幾つもの液体を満たした容器。
 それに繋がっている、半透明のチューブが数本。
 規則正しい電子アラーム音が、耳を刺激し。
 海に潜ったダイバーが呼吸する時のような音と、それに呼応するみたいに直接喉に伝わる振動を感じる。

 その振動と喉に生じている僅かな違和感・・・息苦しさに、思わず触れようと動かした手を誰かにやんわり握られた。


「・・・・・・・・・・」


 気が付けば、銀色の髪の青年がアルヴィスの顔を覗き込んでいる。
 キレイなアーモンド型をした紫色の瞳で、じっと此方を見つめていた。


「・・・・・・・・・」


 それをボンヤリとした様子で、見つめ返して。





 ―――――キレイだな・・・・・・。





 アルヴィスはハッキリとしない頭のまま、そう思った。

 サラサラと流れるような銀髪が、白い肌にとても良く映えて。
 すっきりとシャープに引き締まった頬から顎、首へのラインがまるで、造り物みたいに美しい。
 蠱惑的な紫の双眸や高い鼻梁、薄く笑みを形作った唇も絶妙な配置で顔にあり、溜息しか出ない・・・・・天使か悪魔のようなキレイさだ。


「アルヴィス君、・・・僕が分かる?」

「・・・・・・・・・・」


 キレイな、天使か悪魔が口を開いた。

 柔らかで、優しくて甘い声。
 その声に名前を呼ばれるのが心地良くて、アルヴィスは表情を和ませる。






 ・・・こうして名前を呼んで貰うのが好きだったっけ・・・・・・。







 ―――――──頭を撫でて。


 ―――――──白い手で、頬を包み込んで。


 ―――――──甘く優しい声で、名を呼んで。


 ―――――──大丈夫だよと、キレイな紫の目で微笑んでくれた。





 ・・・・・ファントム・・・・・・・・・。








「・・・・・・、」


 脳裏に浮かんだ青年の名を呼ぼうと、喉に力を込め。
 途端、喉の異物感が酷くなってアルヴィスは眉を寄せた。

 その様子に、目の前のキレイな彼が苦笑を浮かべて、首を横に振る。


「ああ、駄目だよ・・・まだ喋れない。挿管・・・・、人工呼吸器の管が喉に入ってるんだ」


 だから、どうしても言いたいことがあれば筆談にしてね―――――そう言いながら、アルヴィスの顔前にノートサイズのホワイトボードを翳してきた。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 喋っては駄目だと、首を横に振られたので。
 アルヴィスは黙ったまま、言われた言葉を反芻する。





 そうかん。じんこうこきゅうき。くだ。


 ―――――──喉が痛くて、変な感じがするのは、そのせい?





「・・・・・・・・・・・・・」


 ずっと、このまま。
 声を出す事も出来ず、ファントムと名を呼ぶ事も出来ないのだろうか。

 そう思ったら、酷く不安な心地になり。


「・・・・・・・、」


 アルヴィスは目を潤ませた。

 その様子に青年・・・ファントムが、手にしていたホワイトボードを引っ込めて。


「―――――大丈夫だよ、アルヴィス君」


 白い手を伸ばし、フワリと頭を撫でてくる。


「挿管外したら、ちゃんと可愛い声出せるようになるからね。・・・でも、今はまだ我慢しよう?」


 幼い子供をあやすかのような、優しい口調。


「大丈夫。・・・次、アルヴィス君が目を覚ました時には・・・この管は外れているから」

「・・・・・・・・・・・・・・」

「そうしたらちゃんと話せるようになるから、一杯お話しよう」

「・・・・・・・・・・・・」


 アルヴィスは言われている内容よりも、この声を耳にするだけで自分が安心するのを感じていた。


「少し、眠くなるお薬落とそうか。・・・意識戻ったのに挿管されてるのは辛いもんね・・・」


 小さな透明の容器を手にして。
 ファントムがそれに接続されたチューブを、アルヴィスがされている点滴のチューブ中途にあるジョイント部分へと繋げる。


「・・・・・・・・・・」


 点滴の様子を見るファントムの姿を、アルヴィスはただ見上げていた。

 意識のはっきりしない頭では、思考もバラバラで、何もかもが不確かだ。





 ・・・・・何か、抜け落ちているような。

 記憶の森の闇の中、閉ざされた視界のまま手を伸ばせば・・・・・毒を持つ鋭い棘が指を突き刺そうと待ちかまえているような―――――そんな不安が頭を擡げるけれど。
 それが何なのか考えようとする端から、ボロボロと崩れて跡形も無く消え去っていってしまう。

 まるで、砂で形作ろうとする城のようだ。
 その形を留めようと、必死に手で固め力を込めれば込める程・・・・砂はサラサラと零れて指の隙間から崩れ去っていってしまう。




 だが、それを残念だとアルヴィスは思わなかった。

 何故なら、今のアルヴィスはとても幸せな心地だったからだ。

 喉が痛いし、息も苦しい。
 胸の奥が痛む気がするし、身体のどこもかしこも・・・・怠くて堪らないというのに。




「・・・・・・・・・・・・・」


 アルヴィスの視線の先には今、銀髪と紫の瞳をした青年が居る。
 見詰めれば、優しく見詰めて微笑み返してくれる彼が。

 その事が堪らなく幸せなのだと・・・・・、そういう気がした。

 壊したくない・・・・なんとなく、そう思った。



 ―――――─今のままで。


 何を考える事も出来ず、ただ彼だけを見詰めて。

 彼の言うこと全てに、・・・・イエスと答えられたなら。






 それは―――――─・・・・叶うんだろうか?







「意識戻ったばかりだし、そろそろ疲れちゃったでしょう? いったん眠って、また後でお話しようねアルヴィス君・・・」

「・・・・・・・・・・」


 言われる声音が酷く優しくて、アルヴィスはうっとりと目を閉じる。
 あやすみたいに何度も髪を梳く手も心地良く、急速に眠りの淵へと追いやられていくのを感じた。

 頭を撫でる手が、優しい。

 アルヴィスの、大好きな感触だ。


「・・・・・・・・・・・」


 本当なら、抱きついて。
 もっと傍で、彼を感じていたいと思う。

 けれど身体が、動かない。

 せめて、と。

 アルヴィスは、ベッドに腰掛けているファントムの上着の縁を、点滴に繋がれている手でキュッと掴んだ。

 たったそれだけの行為でも、胸の内の幸福感が増して―――───アルヴィスは嬉しくなる。





 ・・・・ずっと、このまま。






 幸せでいられたらいいなと、切に想う。

 その為なら、何でもするのに。

 今のままで居られるのなら、どんなことだって。








 ―――――─どんなことだって、・・・俺は・・・・・・・・。








 優しい手の感触と、甘く心地の良い声。

 そして、幼い頃より焼き付いて離れない彼の姿に。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 アルヴィスは、うつらうつらとしながら。

 儚く脆い願望を、その瞼の裏に描き続けていた―――――───。









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言い訳。
ハバネロかよ!?ってぐらいに修羅場にするつもりだったんですが。
良く考えると人工呼吸器外してから2〜3日、マトモに喋れない筈なんですよね^^;
意識取り戻したアルヴィスが、いきなりファントムと舌戦繰り広げるのはあんまりにも不自然だなと思い直し。
そこら辺を描写したら・・・・予想外に甘くなりました(笑)
ま、単にアルヴィスの意識が希薄で、深層意識だけが表に出ちゃってるせいなんですが。
だってアルヴィス、ファントムの事大好きですからホントは。
色んな問題や悩みのせいでこんなグチャグチャになってますけど、そもそもインプリンティング状態でファントムのこと大好きです(笑)
だけど、アルヴィスは本音のままに生きるとか、そういう都合悪いトコに蓋して勢いで突っ走るような事が出来ない、不器用なお子様ですからね・・・・結局、一度揉めないとなんですよね。
―――――─って訳で、次回こそが修羅場です。
どうかアルヴィス、インガの名前とかキスとか言わないでね(爆)
インガを殺す描写は、書きたくないんで・・・・(苦笑)