『君のためなら世界だって壊してあげる』




ACT 25 『交差した道の行方 −18−』













「・・・・・良かった・・・」


 自らの目で、バイタル(脈拍・呼吸・血圧・体温)をチェックし意識レベルを確かめて。

 ようやくファントムは、その形良い唇から安堵の息を漏らした。


「容態は決していいとは言えないけど、とりあえず落ちついているね・・・・・」


 言いながら、すぐ傍のベッドで眠る青年の頬に触れる。

 繊細な装飾物の形をなぞるかのように、白い指先でそっと。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 人工呼吸器、心電図計、血液ガス分析装置、ペースメーカ機器、心臓超音波装置、IABP装置、PCPS装置―――――─・・・夥しい数のモニターや機器そして点滴から伸びたチューブに身体を繋がれた青年はただ静かに目を閉じて、機械によって調節されている規則正しい呼吸をくり返していた。


「・・・・・・・・・・・・」


 ファントムはその様子を、穏やかな顔で見つめている。
 その表情からは、数時間前までの狂気など片鱗さえも伺えない。


「出血具合が酷かったので、前回同様BAE(気管支動脈塞栓術)を施しました。体力がかなり落ちている為、回復には時間が掛かるかと思いますが、とりあえず今は落ちついております」

「うん、・・・そうだね」


 ペタからの報告に相づちを打ちながらも、ファントムの視線は眠っている青年・・・アルヴィスから離れることは無かった。

 優しい手つきで、青年の頬に張り付いた前髪を払ってやりつつ、口を開く。


「ARF(呼吸不全=血液中の酸素濃度が危険レベルまで低下した状態)で運ばれてきたって言うから、すごい心配しちゃったけど・・・・まあともかく、CP(肺性心)起こして無くて良かった」


 肺性心は心臓の右心室が拡張し肥厚化する病気で、やがては心不全を起こし移植などの処置をしなければ数年で命を落としてしまう危険な症状の事である。

 気管支喘息と併発してアルヴィスの肺を冒している、もう一つの持病・気管支拡張症は、重篤になるとその厄介な肺性心を引き起こす恐れがあるのだ。

 そしてファントムは、その事態を何よりも危惧していた。


「――――・・それしか方法無ければ処置するしかないけど、出来ればアルヴィス君の身体にメスは入れたくないしね・・・・」


 眠り続ける青年の頭を、壊れ物でも扱うかのように優しく撫で続けながらファントムは苦笑した。


「・・・・・・・・・・・・・」


 本音だろう、とペタは思う。

 人体にメスを入れ、内蔵を引っ張り出したり切ったり繋いだり―――・・・とにかく人体の内側も外側も気ままに弄り回して命のない人形のように弄ぶのが大好きで。
 天性の器用さに、向上心とも言えるだろうその嗜好がプラスされ・・・・・外科医の申し子とも呼べるような技術をその手に有するファントムは、手術の可能性を僅かにでも見出せばそのチャンスは逃さない。

 だが、対象がアルヴィスとなれば話は別なのだ。

 ファントムは、アルヴィスの肌に傷が付くのを極度に嫌がるし、たとえ傷が残らないとしてもアルヴィスが苦しむような処置は極力避けている。

 ファントムにとってアルヴィスは、まさしく掌中の珠なのだ。
 わずかな傷も付かぬよう、ただひたすら甘く大切にたいせつに扱おうとする。

 本来の、自分本位な性格であるファントムからは考えられないような態度だが、それだけアルヴィスは特別なのだ・・・・。





















「・・・・・このまま、暫く様子を診ておられますか・・・?」


 ファントムがベッド脇の椅子に腰を下ろすのを見て、ペタは聞いた。

 返事は、分かり切っていたが。
 ファントムが、こんな状態にあるアルヴィスから離れる筈が無い。


「うん、此処にいるよ。アルヴィス君の傍に付いていてあげたいから」

「―――――では、私は他の仕事がありますので・・・・」


 案の定アッサリと予想通りのセリフを口にした己の主に、ペタは一礼をしてICU(集中治療室)出口のゲートへと向かった。

 ファントムのアルヴィスへの執心ぶりを思えば、それが普通だ。

 アルヴィスが行方不明になってから、多少薬のお陰で仮眠を取ったとはいえ蓄積された疲労はまだ回復していないに違いないので、ペタとしては状態が落ちついているのだからファントムにこそ、休息を取って欲しい所ではある。

 だが、ファントムが素直にペタの進言を聞き入れる筈が無いのもまた、承知していた。

 ファントムは、不在であれば自分の精神のバランスを崩してしまう程、アルヴィスに傾倒している。
 今は、たとえほんの僅かな間でもアルヴィスから離れたくないだろう。

 アルヴィスが己の手の中から失われていた時間中・・・・・・・・ファントムはそれこそ、自分ごと世界が壊れていくような感覚に陥ったのだろうから。






 鏡を世界に喩えれば。

 僕の姿が映ったそれごと、ピシピシと亀裂が入り、そのまま粉々に割れていくような―――――─・・・そんな崩壊していく感覚だよ。






 そう、ファントムが虚ろに呟いていたのを思い出す。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


 けれど、とりあえず『世界』は壊れなかった。

 アルヴィスは無事に戻り、ファントムの世界も・・・・ペタ自身の世界も壊れずに済んだ。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 あとはファントムがアルヴィスが行方不明だった空白の時間について、気を回さないよう祈るだけである。

 今はアルヴィスの体調の事で頭が一杯いっぱいだろうから、そこらの事に関して追求しようとはしていないが。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 アルヴィスに付き添ってきた少年・・・インガの事はスタッフに口止めして、通行人が救急車を呼んだ事にしてある。
 病院到着時にアルヴィスが身につけていた、バスローブも処分した。

 だから、あの少年の事はアルヴィス自身が意識を取り戻し口にでもしない限りファントムに知られる事は無いだろう―――――─恐らく。


 だがもし、知れたら。


「・・・・・・一波乱・・・・あるだろうな・・・」



 出来うるならば、アルヴィスの意識が当分戻らなければいい。

 暫しの間の平穏を望み、ペタは密かにそう思いながら病棟を後にした―――――───。











NEXT 26

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言い訳。
ちょっと短めですが、次回ファントムに視点切り替わるので今回は此処で切ります(笑)
ファンアルで甘いの早く書きたいんですけど・・・!!
アルヴィスが意識戻ってないので、微妙ですね(爆)
でも甘くなる前に。
そろそろ、散りばめ過ぎた訳の分からない伏線を拾い上げる作業しないとです。
トラウマとかね・・・!(汗)