『君のためなら世界だって壊してあげる』 ACT 24 『交差した道の行方 −17−』 何でも、してあげたいと思った。 自分が出来る事だったら、彼の望むこと全て・・・叶えてあげたいと思った。 だから。 アルヴィスが言うのなら、その通りにしてあげたかった。 ―――――──戻りたくない。病院にも、・・・・今の家にも。 そう繰り返し言っていた彼。 だったら、その通りにしてあげたかった。 けれど。 細い身体を震わせ、聞いているこっちの方が窒息してしまいそうな苦しげな咳を、息も絶え絶えといった様子で繰り返し。 挙げ句には真っ赤な血を吐いて、ビクビクと痙攣を始めたアルヴィスの姿に―――――─インガのそんな意識は、アッサリと消え失せてしまった。 「・・・・・・・・・・・・・・!」 目の前の光景が、信じられない。 受け付けられなかった。 心が、網膜に映されている状況を拒絶する。 アルヴィスの口許を濡らし、真っ白なシーツを染め上げる鮮やかな真紅が、インガの胸を圧倒した。 「・・あ・・・・・あ・・・・・・」 夢ならいいと、切に願う。 しかし、抱き締めているアルヴィスの頭の重さがズシリとインガの腕に掛かって。 その重みが、現実なのだということを残酷に指し示す。 「・・・アルヴィス・・・さん・・・・・・・」 震える指で、その血の気の失せた頬に触れた。 「・・・・・・・・・」 濃い影を作る長い睫毛はピクリともせず、アルヴィスは全く反応しない。 まだ、―――――───息はある。細々とだが。 けれど、それも時間の問題だろうと言うことが、医療知識など持ち合わせないインガでも理解出来た。 「・・・・・・・・・・アルヴィスさん・・・・」 腕の中の存在を抱きかかえたインガの心が、スウッと冷たくなっていく。 分かっていた。 こんな場所に、いつまでも2人でいられる訳なんか無くて。 お互いの立場とか、そういうのを考えたら。 このままでいられる筈が無くて。 何が障害になっているのか、一体それが何なのか、確かな事はインガには何も把握出来ていないのだが、それでも―――――──・・・何か大きな問題が横たわっているのだろう事は感じていた。 幾ら、アルヴィスがインガと共に居ることを望んでくれていても。 帰りたくないのだと、訴えても。 そして、インガが幾らその通りにしてあげたいと思っていても、―――――─そのアルヴィスが逃れたいと思っていることから、決して目を逸らしたままではいられないのだと。 そんな事情があるのだろう事は、察していた。 「・・・・・・・・・・・・・、」 それでも。 アルヴィスが望むなら、何処までも一緒に逃げたらいいと思っていた。 現実的にそれが不可能だというのなら、―――――彼とだったら何処までだって行ってしまえばいいのだと。 アルヴィスの為だったら、全部捨てられると思った。 家族も、友達も。 自分を今まで愛してくれた、誰の手も振り払って。 大切にしてきたもの、全てを置き去りにして。 アルヴィスの手だけを取って、何処かへ。 命だって―――――──・・・捨てられると思ったのだ、彼と一緒なら。 「・・・・・・・・・・・・・・」 けれど、現実はインガが思うよりも遙かに圧倒的だった。 こうして、今まさにアルヴィスの命が尽きようとしている、この瞬間。 インガの身を貫いたのは、恐怖だった。 目の前で失われようとしている命への、恐れ。 決して美しいだけでは無い、これは現実なのだと訴えるかのように目に突き刺さってくる鮮やかな赤。 自分の手を濡らし、粘つきながら徐々に乾いていく血の臭い。 徐々に弱まっていく、苦しげな呼吸・・・・・。 2人だったら。 彼とだったら、死んでもいいと思った。 2人、手を取り合って。 そのまま静かに眠れたら―――――・・・それはそれで、幸せだと。 だって、永遠な気がするから。 死は、2人を永遠に引き離さず、結んでくれるものだと・・・・思ったから。 だけど、目の前のアルヴィスは苦しそうだった。 決して、そんな甘い想いを描けるような・・・・・・・様子では無かった。 死は、ただ甘くキレイなだけじゃない。 想像だけで、甘く想いを馳せられるようなモノでは無かった。 一緒に命を絶てば、同じ場所へ行けるなんて―――――─・・・誰が保証するというのだろう? そう思った瞬間、インガの心は決まった。 一緒に居たい・・・傍に居たい。 彼の傍から、離れたくない。 だから。 「・・・アルヴィスさん・・・・僕の前から消えないで下さい・・・・」 祈るように一度、アルヴィスの身体を抱き締め。 「・・・・だから、ごめんなさい・・・・アルヴィスさんとの約束、破ります・・・・!」 切なく、そう口にして。 インガは自分の手の中にある繊細な宝物が、儚くその存在をこの世から消え去ってしまわないようにすべく―――――───行動を開始した。 インガの連絡に救急隊員が駆け付けて、車内に運び込まれる迄も。 車内に運ばれて寝かされた後も、アルヴィスの意識は失われたままだった。 アルヴィスが入院していた掛かり付け病院の名を告げたのに、いちいち救急車を停止させたままでなかなか走らせず、受け入れるか否かを確認している隊員にインガは苛々とした。 たとえ掛かり付けじゃなかったとしても、この場所から最寄りの病院である筈だというのに、いったい何をモタモタとしているのか―――――─と。 その間も、アルヴィスは意識の無いままに咳き込んで、時折血を吐いている。 「・・・アルヴィスさん・・・・!」 どうしてやる事も出来ず、インガはオロオロとただ、アルヴィスの手を握ってやることしかできなかった。 「いつから喀血してました? 発作はいつも・・・?」 酸素マスクをアルヴィスに宛い、吐血を受け止める容器を手にしながら救急隊員がインガに聞いてくる。 しかし、インガだってアルヴィスの病気を把握していた訳では無いから、答えようが無い。 「血は・・・・さっき、急に。発作は・・・・分かりません・・・・何も聞いてないので・・・・」 「熱は? 血は、どれくらい吐きました・・・?」 「分かりません・・・!!」 再度聞いてくる隊員に苛立ちながら、インガは怒鳴った。 こんな場所で、そんなことを聞かれても分かる筈が無い。 インガだって、こんなアルヴィスを見るのは初めてなのだ。 眼前で、いきなり血を吐かれて苦しまれたら、パニックになって頭なんて働かない。 救急車を呼ぶのが精一杯だったのだ。 自分にそんなのを聞いている暇があったら、アルヴィスの容態をきちんと診て、注射なり輸血なり、なんなりしてくれればいいのに―――――─と、思う。 けれどもう、動揺し混乱しきっている頭ではロクな言葉も吐き出せはしなかった。 「分かりません・・・分からないんです・・・!!―――――そんなことより、こんなに血を吐いて大丈夫なんですか!?? 早く何とかしてあげて下さい・・・・!! すごく苦しそうなんです・・・!!!! 大丈夫ですよね!? 死んだりなんか・・・しませんよね・・・・!!!?」 懸命に、何も分からないのだと頭(かぶり)を振って。 救急隊員の質問にも、分からないの一点張りで。 目を閉じ、ただひたすらアルヴィスの安否を確かめながら、彼の手を握りしめていた。 何でもいい・・・どうでも構わない。・・・誰でもいいから。 ―――――─アルヴィスさんを、助けて・・・・・・・・・・・!! それから、どうなったのか。 インガも意識が定かでは無い。 気が付けば、救急車は見覚えのある病院に着いていて。 あっと言う間に、アルヴィスが運び出されていた。 繋がれた糸に引かれるように、インガもアルヴィスを乗せたストレッチャーの後に続こうとしたが、白衣の男にそれをやんわりと止められる。 「君は・・・何故、彼と?」 言葉少なにそう問われ、見上げれば。 血色の悪い、面を貼り付けたかのように無表情な顔の男と目が合った。 「それは・・・・・、」 何と説明したものか、言葉に詰まる。 アルヴィスの体調の悪さや、出逢った時の状況、彼が口にしていた内容からして、彼が病院を抜け出しただろう事は明白だ。 そして、それにインガが荷担したのだろうと、男の眼は言っていた。 「・・・・・・・・・・・」 それが事実であるのは確かだが、何処から説明すべきなのか言いあぐねてしまう。 「えっと、・・・・・」 「―――――まあ、それはいい」 それでも、戸惑いながらインガが説明しようとした途端。 男は遮るように言葉を発した。 「・・・えっ、」 「一切、非は問わないから―――――・・・早くこの場を立ち去ることだ」 「・・・・・・・・・・・」 抑揚のない声で言われた言葉の内容に、インガは耳を疑う。 目の前の男を凝視したまま動かなくなったインガに、男が再度言葉を発した。 「・・・聞こえなかったか? もう立ち去れと言っている」 「・・・・・・・でも・・・っ!」 口籠もるように叫んで。 インガは、首を大きく横に振った。 「アルヴィスさん残して、・・・僕だけ帰る訳には・・・・・!! それにアルヴィスさんの容態だって・・・!!」 あんなに、血を吐いて。 あんなに、苦しそうで。 あんなに、辛そうだったのだから―――――・・・・何ともない筈が無いだろう。 しかし、インガの行く手を遮るように立っている男は、先程の言葉をくり返すのみだった。 「いいから、立ち去りなさい」 何の感情も浮かばない無機質な瞳にインガを映し、低い声で言う。 「・・っ、・・・出来ません・・・・!!」 「・・・・・・・・・・・」 尚もインガが食い下がれば、男は深い溜息を吐き。 億劫そうに、軽く何度か頭を振った。 「―――――死にたいのか?」 「・・・・・・・・?」 ボソ、と低く言われた問いに、インガは一瞬どう反応すればいいのか迷う。 耳には届いたが、その言葉の意味を掴みかねたのだ。 おおよそ、医師が患者の付き添いの人間に言うような言葉では無かったからである。 「・・・・・・・・・・・」 白衣の男はもう一度溜息をつき、今度はゆっくりと言葉を口にした。 「悪いことは言わない・・・・命が惜しければ此処を立ち去り、もう二度とアルヴィスには関わらぬ事だ」 命が惜しければ・・・・・? 「・・・・っ、それは、どういう・・・・」 「―――――私が言えるのは、それだけだ」 インガの言葉を遮り、男はジッと此方を見つめた。 「いいか、けして冗談などでは無い。これ以上アルヴィスに関わるな・・・・・生きていたいのならば」 「でも、・・・・・・・・・!!」 恐らくこの病院の医師なのだろう男の言う内容は、果てしなく謎めいていて理不尽だった。 納得できず、尚も言い募ろうとしたインガの胸ぐらを男が掴み、顔を覗き込んでくる。 「アルヴィスに近寄る存在を、ファントムは決して許さない。・・・いいな、アルヴィスには金輪際、近寄らぬことだ・・・・!!」 カッと見開かれた、血のように赤い双眸に見据えられ。 インガは、思わず息を呑んだ。 尋常ではない迫力である―――――・・・単なる医師などとは到底思えない凄味だ。 ここで否と首を横に振れば、それこそこの場で殺されてしまいそうな。 「・・・・・・・・・・・・・・」 本気だ――――と、そう感じた。 話の内容は、ちゃちなドラマの脅し文句みたいだったが、それらが全て本気で言われているのだと・・・悟った。 この砂色の髪をした白衣の男が言っているのは、本当の事なのだと。 ―――――─それならばアルヴィスは、特殊で物騒な・・・・何らかの組織にでも関連しているというのだろうか? 「・・・・・・・・・・・」 インガの沈黙を了承と取ったのか。 「肝に銘じておけ。・・・二度とアルヴィスには関わるな・・・・・!!」 男はもう一度念押しをしてから、長髪と白衣の裾を翻し、救急用搬入口の方へと足早に去って行った。 「・・・・・・・・・・・・・」 停止した救急車の傍で、追い縋る事も出来ないままインガは呆然と男を見送る。 今、追わないと。 状況を把握する為に今、一緒に中へ入らなければ。 この病院内でアルヴィスと再会する事がかなり難しいというのを、インガは身をもって知っている。 「・・・・アルヴィスさん・・・」 此処で追わなければ―――――─そう思うのに、足は動かなかった。 あの医師に物騒な忠告をされ、戸惑っただけのせいでは無い。 忠告の言葉の中に、引っ掛かる名前があったのを思い出したからだ。 ―――――─アルヴィスに近寄る存在を、ファントムは決して許さない・・・・・・・。 「・・・・ファントム・・・・・」 また、この名前。 忘れようにも忘れられない。 アルヴィスの意識が朦朧としている時、必ず口に上らせていた名だ。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 幼なじみだと、昔語っていた。 幼い頃に遠い外国へ行ってそれきりなのだと、高校時代に言っていた。 「・・・・偶然・・・・なのか・・・? それとも、・・・・」 同一人物なのだろうか。 けれど、もし。 幼い頃に別れた2人が今、邂逅を果たしているのだとしたら。 「・・・・・・・・・・・」 インガはそっと、その海色の瞳を伏せる。 「・・・・・・アルヴィスさん・・・・・」 彼が、求めていたのは『ファントム』だった。 ずっとずっと、傍にいて欲しいと願っていたのは『ファントム』だけだった。 呼んでいたのも、『ファントム』だった。 アルヴィスが想っていたのは、『ファントム』。 もし、本当に。 その『ファントム』が、アルヴィスの傍に居るのだとしたら―――――・・・。 「・・・・・・・僕は・・・・・・・・」 呆然と立ち尽くすインガの傍をすり抜け、慌ただしく先程の救急隊員達がまた車に乗り込んでいく。 恐らくまた、緊急の呼び出しに応えて出動するのだろう。 再び激しいサイレンの音が辺りに鳴り響き、車が動き出す。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 鼓膜を打つサイレンの音が、徐々に遠ざかり。 やがて、全く聞こえなくなっても。 銀髪の少年は足に根が生えたかのように、その場から動かずにいた・・・・・・。 NEXT 25 ++++++++++++++++++++ 言い訳。 おかしいですねー? 何故かまだ、ファンアルになりません何故ですか??(←聞くなよ)。 ホントにもう、これからどういう展開になるのか書いてるゆきのにも見当つきませんy(殴) でもきっと、次回はファンアル。 そして恐らくまた、医療用語の嵐・・・(涙) アルヴィス意識無いから分かんないですけど、ファントムとゆきのには試練の回になりそうです(苦笑) 上手く、ちゃんと2人が暫くぶりに出逢うシーン、書けるといいんですけれど・・・・(笑) |