『君のためなら世界だって壊してあげる』




ACT 23 『交差した道の行方 −16−』








「・・・・痛い。痛いよ、ペタ・・・・・・」


 壁にもたれ掛かり、そのままズルズルとへたり込むように座り込んだファントムは、その赤く染まった手を視線の先にいるペタへと伸ばした。

 白く輝く銀髪にも所々赤いモノが付着して、束状に固まり。
 彫像のように整ったその色素の薄い肌も、身につけた衣服も夥しい血液で染め上げられている。

 ファントムの周囲には、数人の男が転がっていた。
 皆、ファントムと同様に血に塗(まみ)れ、その全身を赤く染めている。

 いや、・・・・同様、では無いのかも知れない。
 彼らはファントムと違って、まるで壊れた人形の如く微動だにせず、関節を捻れさせ舌を吐き出し、鼻を陥没させ傷口から骨を露出させた―――――・・・・悲惨な状況で転がっているのだから。


「痛い・・・・痛くて堪らないよ。助けて、ペタ・・・・・」


 その、破損した肉塊に囲まれながら。
 ファントムは見つめれば魂を奪われてしまいそうに美しい―――――傷一つ無い貌を歪め、苦痛を訴える。


「・・・何とかして・・・・?」


 他者をとろけさせてしまう甘さを含んだ声には、泣きそうな色が滲んでいた。


「・・・・・傷付いた手で、それだけ暴れたら痛いに決まっています・・・・」


 己の主に近寄り。
 跪いて差し出された手の傷を確かめながら、ペタは諭すようにそれだけを口にした。

 多少出血が酷いものの、縫う程ではない。
 ファントムを染め上げている鮮血は、自らが傷つけ出血させた左手以外の部分全て、他者の血液だ。
 ファントムの暴走を止めようと警備員を呼んだはいいものの、ペタの予想通り彼は逆に返り討ちにしてしまった。

 だが、この程度であればペタの想定の範囲内ではある。

 殺しさえしていなければ、なんとでも情報操作は可能だ。
 ペタとしては、ファントムの精神が取り敢えずでも落ちついたものになればそれでいい。
 警備員達を呼んだのは、彼らという捨て駒を与える事で、少しでもファントムの気が鎮まれば―――――という生け贄的な意味合いもあった。


「・・・・痛いよ・・・・」


 繰り返し、ファントムはペタに訴える。

 端正な顔を泣きそうに歪めてペタを見上げるファントムは、まるで幼い子供のようだった。
 どうやら、好きなだけ暴れたので、少しは気分を落ちつかせてくれたらしい。


「消毒を済ませて、それでも痛むようでしたら・・・・ロキソニンでも飲みますか・・・・?」


 ペタが鎮痛薬の名を口にすると、ファントムはゆるゆると首を振った。


「・・・手も痛むけど・・・・・この痛いのは、それじゃ効かないよ・・・・」


 ペタに取られていた手をスッと引き抜き、ファントムは己の胸に血塗れの手を押し当てる。
 そして苦しそうに顔を歪めた。


「心臓が痛い・・・・ズキズキするんだ・・・・痛くて堪らない。アルヴィス君が居ないと、僕はこの痛みで窒息してしまいそうだよ・・・・!」


 アルヴィスと名を呼んだ瞬間、ファントムの紫色の瞳に再び苛烈な光が戻る。


「ねえ・・・どうして僕の傍に、アルヴィス君が居ないの・・・・・!? 胸が痛くて堪らない・・・・!!」


 そう訴える声には、激しい焦燥と怒りが含まれていた。

 元来、ファントムは耐えるとか我慢するなどという言葉とは、無縁の環境で暮らしてきた存在だ。
 彼が生まれた場所も、境遇も、そしてファントム自身の外観や能力もそれらを可能なモノにしたし。
 彼の意思に反したり、彼の思い通りにならない事柄はそもそも、ファントムの関心が向けられるモノでは無かった。

 だから、恐らく―――――ファントムは何かを欲し、それが手に入らないという飢餓的状況になど陥った事がないのだろう・・・とペタは思う。

 ファントムが唯一、激しい執着を見せる存在である、『アルヴィス』。

 その存在だけが、ファントムを翻弄し・・・・狂わせてしまうのだ。
 元々感情の起伏の激しいファントムは、その慣れない喪失感や思い通りにならない事への苛立ちに、自分自身を持て余している。


「ファントム・・・・!」


 落ちつかせるようにファントムの肩に手を置いて。
 ペタはもう片方の手でそっと、傍らに置いて用意してあった注射器を手にした。


「大丈夫です、アルヴィスはもうすぐ戻ってきますよ・・・」


 極上の宝石みたいな紫色の瞳を見つめながら、この半日何度も繰り返した言葉をまた口にする。


「ファントムの元に、必ず彼は戻ってきます」

「・・・・・・・・・いつ? 僕もう・・・痛くて堪らないよ・・・・・」


 まだかろうじて、ペタの言葉には聞き入る様子を見せてくれてはいるが――――それももう、時間の問題だろう。

 根本的な原因が取り除かれない限りファントムの精神は安定しないし、気休めの言葉などいつまでも通用する訳は無いのだ。
 感情面は子供のように幼く苛烈なファントムだが、そこらで天才と褒めそやされている輩など簡単に凌駕してしまう秀逸な頭脳の持ち主である。

 本気を出せば、ペタなどが幾ら言いくるめようがアッサリとその言質から真実を見抜いてしまうに違いない。


「・・・・ファントム・・・・」


 ペタには、ファントムが本当に神経的に参って幼児退行をしてしまっているのか・・・・それとも、そういう振りをしているだけなのか、判断が付かなかった。

 しかし、ファントムが『そういう態度』をペタに見せているのなら。

 ペタが、その裏を見る必要は無い。
 表だけを見て。それに相応しい対応こそを、ファントムは望んでいるのだから。


「・・・痛いよ・・・・ペタ・・・・・」

「もう少しの我慢です。だから、少し・・・眠って待っていましょう・・・?」


 痛いのは辛いですから、少しの間眠って―――――・・・アルヴィスが戻るのを待ちましょう・・・・そう言いながら、ペタはファントムの腕を取った。


「ファントムが目覚めた時には、アルヴィスがきっと居ますから」

「・・・・・・・・・・・」


 ファントムはチラリと、ペタが手にしている注射器を見やる。
 それから、いつでも自分に付き従う忠実な部下に向かって唇の両端をキューッと吊り上げて見せた。


「1度、だけだよ?」


 そして。

 先程まで痛いと泣きそうな表情を浮かべていたとは思えない程、楽しそうにクスクスと笑い声を立てる。


「1度だけ、ペタの言うとおりに眠ってあげる。・・・・ホントに痛くて辛いからね。でも、――――」


 そこまで言いかけて、ファントムはスッと目を細めた。


「1度だけだ。・・・・次は、無いよ・・・・・?」


 蠱惑的な光を宿すファントムの瞳が、ペタを射る。

 その瞳に平伏すように、ペタは頭を下げた。


「―――――心得ております。では、・・・・・」


 もう一度、黙礼して。

 ペタは主の腕の静脈へ鎮静剤を注入すべく、小さなガラス瓶から透明な薬液を注射器で吸い上げた―――――───。
























「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 荒れ果てた応接室の処理と、負傷者達の治療を指示し終えた後。

 深い眠りに落ちている主の傍らに座り、ペタはようやく安堵の息を吐いた。
 とりあえず、数時間はこれで平穏が保たれる。


「・・・・・・・・・・・・・」


 ファントムが眠るベッドの傍に置かれた、幾つものベルトやら鎖やらが取り付けられた革製の衣服―――――拘束衣を見やりながら、これを使う機会が無ければ良いとペタは思う。
 数時間後、ファントムが目覚めた時・・・・・その傍らにアルヴィスが不在のままであれば、使わない訳にはいかないのだろうが。

 このままアルヴィスが見つからなければ、間違いなくファントムは狂う。


「・・・・・・・・・アルヴィス・・・」


 彼の行方が知れなかった10年近くの間、ファントムの精神は不安定そのものだった。
 かろうじてファントムの神経がまともでいられたのは、ただひたすらアルヴィスを見つけなければならないという、その強い想いのせいだけだっただろう。

 感情に任せて狂っていては、彼を捜し出せないから。

 けれども、ようやく見つけて―――――───・・・またそれを永遠に手放すことになってしまったら。

 もうきっと、ファントムは耐えられない。

 ファントムの事を第一に考え、彼が全てだと思うペタには口惜しい事だが、ファントムを現実に引き留めておけるのはアルヴィスしかいないのだ。

 アルヴィスがいなければ―――――・・・・ファントムは当に、この世界から去っていたに違いない。
 彼の存在はこの世界でそれ程に異質で特別で、完璧であり―――――─・・・それ故に彼は、何も世界に望まないから。

 何をも期待しない世界に、いつまでも留まっている意味など無いのだ。

 ファントムをこの世界に引き留めておけるのは、アルヴィスだけ。

 彼らの出逢いがどのようなモノで、何故ファントムがそれ程までにアルヴィスにのみ執着するのか・・・・・・その理由をペタは知らない。
 だがしかし、ファントムが彼を必要とするのなら。

 ペタは自分の命に替えても、アルヴィスを探し出さなければならないと思う。

 アルヴィスが大切なのでは無い。
 ファントムが望み、それを叶えなければファントム自身が壊れてしまうからだ。

 ペタにはそれが、何よりも恐ろしい。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 長い銀色の睫毛を伏せて。
 表情だけは穏やかな、天使の如く美しい寝顔を見つめながら。


「・・・・・・・アルヴィス・・・・何処にいる・・・・・・・・?」


 ペタは切実に、この瞳が開くまでにその姿を見せて欲しい、と。

 存在するのかも疑わしい『神』にすら、祈る気持ちで呟いた―――――───。




















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言い訳。
うーん・・・なかなか、ファンアルにならないですねえ(笑)
これじゃ、ファンペタ・・? ペタファン・・・??(爆)
いえいえ、ファンアルです、ちゃんと!!
拘束衣着せてるファントム、書きたかったんですけどね・・・きっと似合うと思うのd(殴)
ファントムって、相手を拘束してるのもすっごい似合うんですが・・・自分が拘束されてるのも似合うと思います(笑)
ただし、拘束衣限定で!!
だって鎖とか縄とかだと、簡単にブチッと引き千切りそうでしょう・・・?(笑)
まあ拘束衣だって最終的には、ブチブチブチッと引き裂いて欲しいですが。
トム様はたとえパラレルだって、怪力でいて欲しいです(笑)
もちろん、外見的にそう見えないのが大前提で。
細身で、どっちかっていうと華奢なくらいの外見なのに、怪力なの萌えvv
林檎くらいなら簡単に、片手で握りつぶして欲しいですね(笑)
あ、携帯握り壊してましたっけね・・・この話でも・・・・。
トム様、握力幾つくらいあるんでしょう・・・?(爆)