『君のためなら世界だって壊してあげる』 ACT 21 『交差した道の行方 −14−』 ―――――─ずっと、いっしょにいられる・・・・? 大きな青い瞳でジッと此方を見つめ。 不安そうにそう、問いかけてくる幼い存在が可愛くて堪らなかった。 舌っ足らずに自分の名前を呼んで。 子猫がじゃれつくみたいに傍から離れない彼が、愛しくて堪らなかった。 ―――――─ずうっと。僕はずっと、アルヴィス君の傍にいるよ。 その言葉に、偽りなんか一つも無かった。 彼と共に居ることこそが自分の望みでもあったし、それ以外に望むことなんて何も無かった。 彼さえ自分の傍に居るのなら・・・・他に欲しいモノなんて、無い。 けれど、その約束は果たされず。 運命は自分たちを、一度は離してしまったけれど。 再び、巡り合わせてくれた。 もう離れない。・・・・離さない。 二度と、この腕から彼を離さない。 彼は、この腕の中にいるのが当然で。 この腕の中以外に、存在してはいけないのだ。 だって、自分には彼だけが必要で。 ―――――─彼に必要なのは自分だけなのだから。 お互いさえいれば、それだけでいい。 それなのに。 どうして今、僕の傍に君がいないの―――――───? バサバサッガタッ、ガシャッ!! 机に置かれていた本や筆記用具を、手で床に乱雑に払いのけ。 「――――ねえ、今、・・・・何て言った・・・・・?」 ファントムは、目前に立ち竦む男の首を片手で掴み上げた。 「アルヴィス君がまだ見つからないって、・・・そう聞こえたんだけど嘘だよね・・・?」 そしてそのまま、自分よりもガタイの良い男の身体を首を掴んだだけで持ち上げる。 優美な白い腕に発達した筋肉が盛り上がり、ギリギリと男の首を締め上げた。 「・・・ぐっ、うぅ・・・ぉ・・!!」 持ち上げられた警備服姿の男は、喉元を圧迫され声も出ない。 みるみるうちに顔を真っ赤にして、口から泡をはき始めた。 「ほら、早く言いなよ。・・・・・このまま喉握り潰されたい・・・・?」 首を掴んでいる指に更に力を込めようとしたファントムを、傍らにいたペタが慌てて止めに入る。 「ファントム!! いけません、そのままでは死んでしまいます!!」 「・・・・・・・・・・・・・だってペタ。こいつ、アルヴィス君が見つからないなんて言うんだよ? 許せないでしょう・・・」 別に死んだって構わない・・・と言った様子で、ファントムは言葉を返した。 だって、要らない。 自分の欲しい言葉を持って来ないヤツなんて、・・・・・・要らない。 消えてしまえ―――――・・・そう思い、更に手に力を込める。 「死んだら有益な事も喋れません!」 「・・・・・・・・・・こいつは何も、僕が欲しい報告はくれないよ。死ねばいい」 「ファントム!・・・下手に訴訟沙汰になれば、アルヴィスの傍に居られなくなりますよ!?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 ペタの言葉に、ようやくファントムは掴んでいた手を緩め・・・・持ち上げていた身体を部屋の壁の方へと無造作に叩き付ける。 鈍い音を立て、男は壁に激突し声もなく失神した。 「ねえペタ・・・・もう、随分時間が経ったよ・・・? どうして僕の傍に、アルヴィス君いないのかなあ・・・・?」 大の男1人を片手で持ち上げ、しかも壁へ投げ飛ばしたというのに息一つ乱す事無く。 ファントムはぼんやりと、伸びた男とその背後の壁に描かれた赤い筋を見やりながら呟いた。 乱れた銀髪を指で押さえ付け。 アメジストの瞳を、銀糸のような長く濃い睫毛で煙らせて―――――─歌うように。 「アルヴィス君は、僕の傍にいるのが当たり前なのに、なんで今、ここに彼が居ないんだろう・・・? これって、・・・・間違っているよね・・・?」 虚ろにそう口にして、ファントムはそっと頭(かぶり)を振った。 「・・・・・・・・・・」 どうにも感覚がフワフワとして、現実感覚が掴めない。 今、目を閉じて。 もう一度目を開けた時、先程までの事は全て夢でした・・・と言われたら。 素直に信じてしまえそうな。 だって、有り得ないから。 彼が、自分の元から離れていくなんて。 今、自分の傍にアルヴィスが存在しないなんて―――――――・・・・決してあって良い筈が無いのだから。 夢の中にいるような、フワフワとした心地。 けれども決して、居心地は良くなくて。 ファントムは常に、焦燥と怒りと不安の糸で全身を絡め取られているかのような不快感を覚えていた。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 床に散乱した筆記具や本を踏みしめ、ファントムはテーブルへと近づく。 そして無表情に、その上に置かれていたノート型パソコンを床へと払い落とした。 ガシャッ。 堅いプラスチックに亀裂が入るような音が響き、ブゥゥンと点いていた液晶が明滅し、やがて真っ暗になる。 僅かに、中に入っていた仕上げ間近の課題データの事や、その他の必要なデータの損失が脳裏を過ぎったが、すぐにどうでもいいと斬り捨てた。 今は気分が苛々としていて、目に入る物が悉く、ファントムの神経に障るのだ。 パソコンが勝手に自分の視界に入ってきたのだから、仕方がない。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 液晶が破損した薄型のノートパソコンを、わざとにバキバキと踏み越え。 ファントムは窓際へと歩んだ。 何となく、外を眺めて気分を落ち着けたくなったからだ。 「・・・・・・・・・・・」 しかし、窓を覆う豪奢なカーテンの存在に眉を顰める。 日も落ちて大分経っている現時刻、応接室のカーテンが閉められているのは極当たり前の状況だ。 だがそれすらも気に障り、ファントムはカーテンを、片手で皺が寄る程に握りしめた。 「・・・・すごく、気分が悪い・・・・! ねえ、何で僕のアルヴィス君はココにいないのかな・・・・・!?」 言いながらファントムは、衝動のままにぐいっと片手を引き下ろす。 ファントムの凄まじい力に、高価な布地を使ったカーテンがカーテンレールから引き剥がされ、ブチブチと縫製を破きながらタダの分厚い布と成り果てていった。 「・・・・・・・・・・・・・・」 単なる布と成り果てたカーテンを床に投げ捨てて、ファントムは剥き出しになった窓から外を見る。 街灯に照らされた、真っ黒な空。 星ひとつ見えない、―――――─・・・何の光も見出せない新月の空。 「・・・もう、夜なんだ・・・? ・・・・おかしいよね・・・? なんで、見つかったって報告来ないのかな? 手抜きしてるんじゃない・・・?」 そう言いながら。 その白い手をスッと透明なガラスに押し当て、ファントムはゆっくりとペタを振り返る。 サラサラと銀色の髪を揺らし、僅かに目を細めてペタの方を見るファントムの白皙の美貌は、まだ辛うじて微笑を湛えていた。 しかし、その紫の瞳は爛々と狂気を湛えて輝き、表情には酷薄さが滲み出ている。 顔立ちが酷く整っているせいで、その姿はまるで美しい悪魔が生け贄を前にして舌舐めずりしているかのような印象を醸し出していた。 「・・・・ファントム・・・そのような事は・・・・」 「―――――アルヴィス君はね、外をフラフラ出来るような状態じゃないんだ」 言葉に詰まる様子でペタが言いかけるのを遮り。 ファントムは表情を変えないまま、静かに口を開いた。 「彼の肺は今、自分で必要分の酸素を取り入れる事が出来てないからね・・・・吸入していないと慢性的な酸欠状態になってしまうし―――――・・・アルヴィス君には60oものステロイド剤を投与してる。突然服用やめたら、高熱やショックを起こすだろうし、・・・・発作だって起こるだろう―――――・・・・・だから、分かるよね・・・・?」 説明しながら、ファントムの唇の両端がキューッと吊り上がる。 少しも目が笑っていない、形だけの笑みだった。 「―――――早く、僕の前にアルヴィス君連れて来てよ・・・・・!!!」 言いながらファントムは、握り拳を窓の方へと振りかぶり―――――・・・思い切り厚い1枚硝子で出来たそれへと打ち込む。 ピシピシッ。 防犯措置を施した強化窓ガラスに蜘蛛の巣状の亀裂が入るのと、周囲にパタパタと血が飛び散るのが同時だった。 「・・・ファントム・・・・ッ!?」 ペタが、らしくもなく上擦った声をあげるのとファントムが血に濡れた拳を更に亀裂の入った窓に押しつけ、完全にガラスを突き破ったのも同時だった。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 カシャーン・・・パリン。 割れたガラスの破片が、床に落ちてまた砕ける。 「・・・・ここ、特別室用の応接間だってのに―――――・・・防犯がなってないね。素手でこんな簡単に割れるんじゃ、危ないな・・・・」 拳から伝う鮮血に全く頓着する様子も無く、ファントムはそう言ってガラスから手を引き抜いた。 「・・・ファントム、出血が・・・・!」 「平気だよ、ペタ。動脈なんか切ってない・・・・」 駆け寄ろうとするペタを制し、ファントムは無造作に血の流れる左手を水切りするように振る。 白い壁に、真っ赤な血が赤い花のように飛び散り、ゆっくりと伝い降りていった。 「・・・・不思議だよね」 白い手から、未だに伝い落ちる赤い雫を舌で舐め取りながら。 ファントムは獰猛な光が宿った瞳で、ペタを見やる。 「こんな血が出てるのに、・・・・まあ出血の時って感覚麻痺して案外痛くは無いモノだけれど―――――・・・・全然、痛くないんだよ」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 「なんだか夢の中に居るみたいなんだ。・・・少しも痛くない。コレはやっぱり、現実じゃないんだろ? だってね、アルヴィス君が僕の傍に居ないなんて、・・・・・・夢じゃないと有り得ないよね・・・・・?」 そう言いながらファントムは歩き出す。 先程、自分が壁に向かって投げつけた―――――─ファントムの望んだ言葉を口にせず、酷くガッカリさせてくれた男の方へと。 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 男は完全に、正体もないくらい昏倒していた。 頭から血を流しながら、警備服に身を包んだガタイの良い身体の肩が微かに上下している事で、辛うじて息をしている事が分かる。 それがまた往生際が悪いように思えて、ファントムの気に障った。 望んだ言葉も言えないような、生きてる価値なんか無い存在なんだから、せめて死に際くらい潔くすれば良いのに・・・・・。 眼球でも抉り出して。 脂肪の厚い腹から、内臓でも引っ張りだしてやれば・・・・・・・・少しは気分が晴れるだろうか。 「―――――夢の中なら、好きにやったって構わないだろう? さっきからすごく、苛々してて、・・・・・血が見たくて堪らないんだ・・・・・!!」 そんなことを考えながら。 ファントムは自分の血濡れの手で、男の髪を掴み引っ張り上げた。 「ファントムッ!!」 咄嗟にペタがまた制止の声を上げるが、ファントムの手は止まらない。 その様子を見て、ペタが傍らの壁に設置されているインターフォンに向かって叫んだ。 「警備のヤツ5名すぐに寄こせ!それから沈静剤と・・・・拘束衣・・・!!」 「・・・へえ・・・?」 ペタの言葉に、ファントムはまた唇の端を吊り上げた。 「僕に、何かするつもり・・・・?」 俯せに倒れている男の髪を引き掴み、額と鼻から血を流しているその顔を上向かせながら―――――──ファントムは悪魔のような笑みを浮かべる。 「・・・・いいよ? 今、ちょうどムシャクシャしてて―――――何もかも滅茶苦茶にしたい気分だから。相手してあげる・・・・沢山、痛いことしてあげるよ・・・・・・!!」 酷く傷付き息も絶え絶えな者の魂を迎えに来た、銀色の天使の如く美しい姿で。 ファントムは、その天与の美貌に楽しげな笑みを浮かべ。紫の瞳を冷たく細めた―――――───・・・・・。
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