『君のためなら世界だって壊してあげる』




ACT 19 『交差した道の行方 −12−』








  ボンヤリとしたハッキリとしない、意識の中。


 やっと、―――――掴まえたと思った。



 ホッとする場所。・・・安らげる腕の中。
 幼い頃に、何よりも大好きで安心できて、ずっとずっとこうしていたいと思った場所を―――――─もう一度、見つける事が出来たのだと思った。


 縋り付いて、訴えたかった。


 酷い悪夢を見たのだと。
 大切なものを、滅茶苦茶にされてしまったのだと。


 こんなに、こんなに―――――大切にしているのに。
 それが全て、嘘だったのだと・・・否定される夢を見た。
 二度と振り返りたくも無い、恐ろしい夢を見たのだと。



 縋り付いて。

 甘えて。

 抱き返して貰って。

 それは可哀想だったね。でももう、大丈夫だよと。



 優しく笑って。

 頭を撫でて。

 あの甘い声で・・・大丈夫だよと、言って欲しかった。






 ―――――─だけど。





 目の前の彼は何処か、困った風で。

 あの包み込んでくれるような甘い声で、『大丈夫』とは言ってくれなかった。




 ―――――─サラサラした銀色の髪。長めに伸ばした前髪のせいで、片方しか見えない柔らかに透き通った紫色の瞳。色素の薄い、キレイな顔。
 そのキレイな顔に浮かべる笑みを見るのが、とてもとても・・・大好きなのに。


 その顔で、あの甘い声で。
 大丈夫だよと、―――――・・・言って欲しいのに。





―――――昔の話・・・・でしょう・・・・・・・・・?




 目の前の、アルヴィスの中にだけ存在する少年は、異質な言葉を口にした。




―――――幼なじみの彼は・・・・『ファントム』は、・・・・・何処にもいないでしょう・・・・!?






 何処にもいない・・・・?


 アルヴィスは、その言葉を頭の中で反芻する。


 其処に、いるだろう・・・・?


 そう心の中で思いながら、また首を捻る。


 何故、自分のことを、いないなんて言うんだ・・・・?





―――――─『ファントム』は何処にも居ない!





 何処にも、―――――いない?



 じゃあ、・・・・其処にいるのは、誰?

 彼じゃないと言うのなら。

 やっと掴まえたと思ったのに――――今此処にいるのは、誰?














「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 アルヴィスは瞬きを、何度もなんども繰り返す。

 目の前の銀髪の人物を、確かめるように。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、」


 サラサラの銀髪は、やっぱり彼と同じ―――――いや、少しだけ色味が違う気がする。

 彼の方が、もっともっと色が薄くて・・・プラチナみたいな色合いだ。

 肌の色も・・・こんな健康的な感じじゃなくて、もっと白い。

 そして目の色が濃い、・・・水色。





 ―――――─・・・彼じゃない。






 徐々に、アルヴィスの意識がクリアになってくる。
 そして、目の前の人物の容貌を的確に脳が判別し始めた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 形の良い眉に意志の強そうな目元が印象的な、見るからに優等生然とした美少年。
 自分も数ヶ月前まで袖を通していた芥子色の制服を見る迄も無く―――――後輩の少年だとようやく、理解した。


「・・・・・・・・・・・インガ・・・?」


 突如。

 目の前に現れたかのように感じる少年の名を、アルヴィスは困惑と共に呼んだ。


「・・・アルヴィスさん・・・・僕が、分かりますか・・・・?」


 かつての後輩が、安堵したような表情で名を呼んでくる。


「・・・・・・・・・・・」





 何故、彼がここに居るんだろう?





 そう思いながら、アルヴィスは記憶を手繰り寄せようと額に手を当てた。






 ―――――俺は・・・・どうしたんだっけ・・・・。






「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 弓道場で弓を引いている自分。

 高校の制服を着ている自分。

 大学に合格し喜んだ時や、1人暮らししたいと言い出した時の場面。

 いきなりの喘息の発作に倒れ、ファントムと奇跡的な再会を果たした時。

 なし崩しにファントムの家で暮らすようになった時のこと。

 血を吐いて入院する羽目になったことや、その時の光景が、順序・関連性の類を全て放り出し無秩序に―――――─グルグルと走馬燈のように脳裏を巡るが、今の状態に至る直前の記憶が思い出せない。


「・・・・・・・・・・・・・・・っ、」


 自分の頭なのに、自分で思考がコントロール出来ない。

 酷く熱くて――――頭がグラグラして、思考が纏まらない。

 身体が、―――――───・・・・重い。


「・・・・・・・・・・・・・・」

「アルヴィスさん、手・・! どうしたんですか!?」

 ふと、インガが不意に慌てたような声を出して、アルヴィスの方へと手を伸ばしてくる。


「・・・・・・・・手?」


 意味が掴めぬままに、ぼんやりとインガの視線を辿れば―――――額を抑えていた手の袖口が赤く染まっていた。


「・・・・・・・・」


 不思議に思いながらアルヴィスは、グレーのパーカーの袖口を捲る。


「・・・・・あ・・・」


 真っ白な手首に、横一文字に走るパックリとした傷口。

 血が固まりかけているのか赤黒く変色し、裂けた肉の間を埋め尽くすように盛り上がっていた。
 傷周辺も袖に擦れたのだろう、既に変色し茶褐色のチョコレート色になって肌を染めていて汚らしく感じる。

 不思議と、痛みは感じなかった。

 結構、深い傷のような気がするのに。

 まるで、リストカットした後みたいだ―――――などと漠然と思って。

 アルヴィスはようやく自分が、手首を切ったのだったと思い出す。

 ほとんど、痛みなんか感じてなかったから・・・・・忘れていたのだ。






 あれ。でも・・・・何で切ったんだっけ・・・・?





「・・・・・・・・・・・・・・」


 アルヴィスが呆然と、そのまま自分の手首を見つめ固まっていると。
 インガが慌てたように手首を掴んできた。

「・・・・・・インガ・・?」

 呆然と、されるがままになっているアルヴィスに、インガが顔を顰める。

「――――血が出てるじゃないですか・・・!! どうしてこんな・・・!?」

 そう言って、焦った様子で手首の傷を見つめた。

「・・・・・わからない」

 どうして切ったのかなんて、思い出せなかったから。
 アルヴィスは、困った顔でそれだけを口にした。



 剃刀を手に、自分で自分の手首にその刃を押し当てて―――――そのまま力を込めた事は覚えている。
 けれどあまり、血は出なくて。
 ビリッとした、強い痛みしか、感じられなくて。




 だけど。どうして切ったんだっけ・・・?




「・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・アルヴィスさん・・・」

 それきり黙ってしまったアルヴィスを、インガは何故か痛ましそうな表情で見つめていたが、やがて気を取り直したように手首の状態を確認し出す。
 そして傷口の出血が殆ど止まり乾き始めている事を確認し、ハンカチを取り出すとアルヴィスの手首にきつく巻き付けてきた。




 ―――――痛くないから、そのままでいいのに。




「・・・・・・・・・・・・」

 そう思いながら、アルヴィスは大人しくそれを眺める。
 水色と紺のチェック柄のハンカチ。・・・・血に汚れたら台無しだろう。

「・・・ハンカチ・・・汚れてしまうな・・・・」

「アルヴィスさん・・・!」

 呟くように小さく言うと、インガが弾かれたみたいに顔を上げた。
 そしてアルヴィスの両肩を掴んで、必死な顔で訴えてくる。

「ハンカチなんか! どうでもいいですよ・・・僕が心配なのはアルヴィスさんの身体です!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「こんな・・・痩せて。具合も悪そうで・・・・病院に居なくちゃいけない身体なんですよね!? なのになんで、あんな場所に居て―――――─こんな、手首なんか切ったりしてるんですか!!?」

「・・・・・・っ、」


 コンナ痩セテ具合ガ悪ソウ病院ニ居ナクチャイケナイ身体アンナ場所ニ居テ手首切ッタリシテル―――――・・・・・・言葉の奔流。

 熱っぽく酷く痛む頭では、インガの言葉を把握しきれない。

 聞いている事すら億劫な程身体が怠くて、息が苦しい。

 けれど、痛いのだ。

 インガの言葉の、所々が―――――アルヴィスを切り裂く。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 熱くて。
 頭が重く思考も纏まらず。
 視界は白く霞み、耳も良く聞こえないけれど。

 ―――――痛い。


「貴方に、何があったんですかアルヴィスさん・・・・・!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「高校の時の貴方は、そんな風じゃなかったじゃないですか・・・・!!」

「・・・・・・・・・・・・・・そうだな、高校の時は・・・・こんなじゃなかったよな」


 また一つ。

 耳に引っ掛かった言葉に、アルヴィスは虚ろに口を開いた。




 今日やれる事は、明日もやれると信じていた。
 明日は、今日よりもやれる事が増えるのだと思っていた。
 身体は鍛えれば鍛える程に強靱になると思っていたし、肉体の限界は精神力で打ち勝つものだと―――――─そう思っていた。
 そして、その通りだったから。

 歩いたり走ったり。好きなように運動して、勉強して―――――そんなのが普通だと思いこんでいた。



 けれど・・・・・・・今は、違う。



 今日やれた事が、明日も出来るとは限らないし。
 明日の方が、今日よりも出来る事が減ってしまう事だってある。
 身体を鍛えるには、鍛えられるだけの体力やそれに耐えられるだけの体調でなければいけないし、・・・・・肉体の本当の限界には・・・・精神力も枯渇してしまうものだ。
 気力だけでカバー出来る部分など、たかが知れている。
 無理をすれば、悪化して。

 更なる悪状況を生むだけだ。

 足掻こうとしても、身体が言うことをきかない。
 怠くて、苦しくて、・・・・・・もうどうでもいいと思う自分が常に存在する。

 大切なモノ全てを放り出し、何もかも失ってしまえば―――――いっそどんなに楽だろうかと考える自分がいる。



 高校の頃なら、考えもしなかっただろう爛れた思考。




「・・・・・・・俺は、あの頃と違う・・・・」


 そう呟いて、アルヴィスはようやく思い出した。



 そう、違うのだ。

 違うから、―――――─子供の頃の、弱い自分に戻ってしまったから、・・・・『要らない』んだった。

 身体が弱くて、役立たずで、迷惑しか掛けられないから――――要らないのだ。

 要らないから、自分で自分を・・・・捨てようとした。




 だってもう、・・・・・・・・・・どうでもいい。

 ファントムとの思い出は、最初から全て幻想だった。
 自分を必要としてくれた者など、・・・・・最初からいなかった。

 同情して――――面倒を看てくれていただけ。



 それなら最初から、・・・・・・野垂れ死にさせてくれた方が、優しさだったのに。






「・・・インガ・・・・・」


 間近にある、深いアクアブルーの瞳を見ながら―――――アルヴィスは静かに笑った。


「・・・俺は、・・・・要らないヤツなんだ。だから、・・・・消えないと」

「―――――─!?」


 瞬間、後輩の整った顔が強張るのが見えた。

 全てを諦め投げ出そうとしている自分を、見下げ果てたヤツだと呆れているのだろうか。
 高校時代は、アルヴィスを慕い良く懐いてくれていて・・・・・出来が良くて頼りがいある後輩だったのだけれど。
 すっかり変わってしまった自分に、ショックを受けているのかも知れない。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 しかしもう、アルヴィスにはどうだって良いことのように思えた。
 本当なら、形だけでも―――――─・・・彼には昔のままの自分だけを知っていて貰いたかったけれど・・・・もう取り繕えはしないだろう。

 フォローしようと思うだけの、気力も今のアルヴィスには無かった。


「・・・・俺、は・・、・・・要らない人間なんだ・・・・・・」


 素直に己の心情を吐露する。
 だってそれが、―――――真実だから。


「だから俺、・・・・・・生きていても・・・・・・・・・・・」

「アルヴィスさんっ!!」


 自嘲気味にそう言葉を続けようとしたアルヴィスを遮るように、インガが急に掴んでいた肩を引き寄せ抱き締めてきた。


「・・っ、イン・・・ガ・・・?」


 息が出来ないくらいにきつく抱き締められ、アルヴィスは呻くように少年の名を呼んだ。
 彼の首元に顔を押しつけられるようにして抱き締められている為、インガの顔は伺えない。


「――――アルヴィスさん・・・・、」


 けれど、彼の押し殺したような・・・・低く真摯な響きの声はダイレクトに伝わってくる。


「・・・僕がいます。僕がずっと傍に居ますから――――そんな風に、泣かないで下さい」

「・・・・・・・・・・!?」


 言われて初めて、アルヴィスは自分の目元が濡れている事に気付いた。
 涙のせいで、押しつけられているインガのYシャツの襟もとが、湿ってしまっている。


「・・・・・・・・・・・・・」


 もう、すっかり涙なんて乾いてしまったと思っていたのに。

 まだ出るんだ・・・・・インガのシャツに顔を埋めたまま、感慨深くアルヴィスは思う。




 ―――――思い知った、筈なのにな。・・・・要らないんだって、分かってる筈なのに。

 悲しむだけ、哀れで。苦しむ程、・・・・自分が愚かなんだって・・・・分かっているのに。

 いい加減、俺も本当に女々しい・・・・・・・・・・。




「要らないなんて・・・・・・、言わないで下さい・・・」


 けれどインガが、訴えるように抱き締めながら言ってくる。


「貴方がいなくなるなんて、僕は嫌です・・・・!」



 アルヴィスの、―――――欲しい言葉を。



「僕がずっと傍に居ます。アルヴィスさんが自分で自分を要らないっていうのなら・・・・僕が貰います!!」



 自分の存在を、求めてくれる言葉を。



「僕には貴方が必要なんです・・・・・!!」




 存在していいのだと、力強く支える言葉を。

 その言葉は心地良くアルヴィスの弱った心を包み込み、・・・・・・身体と同様にしっかりと抱き締めてくれた。



「・・・・ほんとう・・・に・・・?」


 抱き締められたまま、アルヴィスは少しだけインガから身体を離し。
 銀髪の少年の端正な顔を見つめた。


「ほんとに・・・俺は、・・・いらなくない・・?」

「―――――本当ですよ」


 少年は大人びた顔でニッコリ笑うと、ハッキリ肯定する。


「僕は、アルヴィスさんが欲しいです。要らないなんて、絶対言いません」


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 グリーンがかった銀色の髪が、―――――少しだけ『彼』を思い起こさせた。

 けれどインガは、彼ほど肌の色は白くないし瞳だって紫じゃない。
 目の前のインガも、相当キレイな顔立ちの少年だけれど・・・・・・・彼の天使か悪魔みたいに思える美貌とはまた、印象が全然違う。
 笑顔だって彼は、本当に甘くて優しくて・・・・それでいて子供みたいに無邪気で―――――─。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 そこまで考えて、アルヴィスは視線を落とす。
 そして、無理に笑うように唇の両端を吊り上げた。




 ああでも、・・・そうか。




 ファントムの、あの笑顔はもう二度と見られない。

 だって彼は、アルヴィスの事なんか要らないのだから。





 今、俺を必要だって、・・・・言ってくれてるのは・・・・。





「・・・・・・・・・・・・・・」


 笑った顔のまま、アルヴィスは目の前の少年を見つめる。
 深いアクアブルーの瞳と、目が合った。


「・・・インガ・・・・・、ごほ・・っ!」


 呼びかけようとして、不意に喉元が苦しくなり。
 アルヴィスはインガに支えられた状態のままで背を丸め、激しく咳き込んだ。


「アルヴィスさん!?」


 驚いたインガが、慌てた様子で背をさすってくれた。


「ごほっ、ゴホ・・・・ッ! ゼェー・・・・・」


 しかし、なかなか咳が治まらずアルヴィスは胸元を片手で押さえながら、もう一方の手で縋るようにインガの服を掴む。
 こんな風に、身体はまるでアルヴィスの自由にはならない。
 いきなり身体を蝕んで、時と場所を選ばずにアルヴィスを苦しめる。

 コントロールの出来ない、――――厄介な身体。


「・・・・は・・・・っ、はぁ・・・っ、ゴホッ、ゴホ・・・・・・・ッ!!」



 苦しい。

 息が、・・・詰まる。

 苦しいのに。疲れてもう、咳なんかしたくないのに。

 後からあとから、肺の中全てを引っかき回すような勢いで、咳が込み上げてくる。





 くるしい・・・もう、・・・・いやだ。

 いらないカラダならもう、・・・・らくにして。

 いきができない・・・・だれか、たすけて。


 くるしいのはもう・・・いやだ・・・・・!





 我慢することに耐えられなくなっている身体と精神が、悲鳴を上げる。


「アルヴィスさん・・・!!」


 酸欠で霞む目に、アクアブルーの瞳が映った。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 きれいな色、だと思う。
 外国の海の、浅いところみたいな―――――─きれいな、水の色。

 酷く焦った顔をさせているのは、多分自分のせいなんだろうな、とアルヴィスは他人事のように思った。

 こんな風に、心配させて。
 しょっちゅう、手間を掛けさせて。
 そして彼も・・・・・去っていくんだろうと思った。

 欲しいと言ってくれたその口で、・・・・要らないと言うのだろうと。

 ―――――それならば。今、・・・・・・。


「・・・・離してくれ――――」


 咳き込みながら苦しい息の下、アルヴィスは訴えた。


「・・・俺は・・・・こんな・・・駄目な身体で。・・・いつかお前も要らないっていうだろう・・・」


 でもそれは、耐え難いくらいつらいから。


「―――――─今、言ってくれ。・・・・要らないって・・・・・」

「・・・アルヴィスさん・・・・」


 けれど目の前の少年は唇をギュッと引き結ぶと、そのまま笑みの形に両端を吊り上げ―――――─・・・・ゆっくりと顔を横に何度も振った。


「言いません。僕は・・・・アルヴィスさんが好きです。要らないなんて、絶対に・・・・言いませんから」


 そしてまた、支えるように背に回していた腕を引き寄せて抱き締めてくる。


「・・・・・・・・・・・・・インガ・・・・・・・・・」


「アルヴィスさんが大切なんです・・・」










 インガは、言葉通りにずっと優しくアルヴィスを抱き締めてくれていた。

 咳き込んでいる最中も、迷惑がることなく、ずっと傍に居てくれた。

 安心させるように、時折髪を撫で。

 宥めるように、背を優しく抱いて。

 自分で身体を支えられないアルヴィスを、そっと抱き留めたまま。

 咳が治まるまでずっと、―――――そうしてくれていた。

 身体の事情も、咳の理由も、何もきかずに。



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 そんな彼がとても心安らげる存在に思えて、アルヴィスは自分からインガに縋り付いた。


「アルヴィスさん・・?」



 ―――――離れたくない。



「・・・インガ・・・・傍に、いてくれ・・・」



 ―――――このまま、こうして。



「こうしてると、・・・・落ちつく」



 ―――――何処にも行かないと、言って欲しい。

 だってもう、・・・・・彼だけだ。



「俺の・・・傍に」


 縋るようにインガの胸に顔を寄せながら、アルヴィスは目を閉じる。
 そしてまた、ゆっくりと身体を起こし―――――至近距離で少年を見つめた。


「・・・俺を要らないって、・・・・・・・・言わないで・・・・?」


「アルヴィスさん、――――っ」


 間近にある、明るい海の色をした瞳が迷うように揺れる。
 その瞳をじっと見つめながら、アルヴィスは熱っぽく願いを繰り返した。


「・・・・・ずっとインガと、・・・・・・・・こうしていたい」




 ―――――抱き締めてくれている腕を、離して貰いたくなくて。

 このまましっかり、抱いていて欲しくて。

 一生懸命、強請った。

 そうでなければ、このまま闇へと落ちていきそうな気がしていたから、必死に。

 不安で心細くて、・・・・・怖かった。

 彼の優しい腕に縋っていたかった。



「俺を、・・・離さないでほしい・・・」


 懇願とも言えるアルヴィスの言葉に、目の前の少年は抱く腕に力を込め―――――─そっと、顔を近づけてきた。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 少年の端正な顔が、更に間近になり。

 彼の海色の瞳が、濃い銀色の睫毛に閉じられる。

 そして、アルヴィスの唇に少年のそれが重ねられ―――――─アルヴィスはその感触にゆっくりと、己の目を閉じた・・・・・・・・・・・・・・・。




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言い訳。
もう、なんか思い切りインアルっぽいですね(爆)
でも、何度も書き直したんですがイマイチに甘くなりません。
前提にファンアルなので仕方ないんでしょうか(苦笑)
アルヴィスが浮気者っぽいですが、まあ、具合悪いときは誰かに縋りたくなるよね!
それが、一番傍に居て欲しいヒトじゃなくても、優しくされると懐きたくなっちゃうよねそれが人情ってモンだよね!
・・・てことにしておいてやって下さい。
喘息の発作は、マジ不安になるし苦しいです・・・><  ←や、今回まだ発作じゃないですけど・・・(笑)