『君のためなら世界だって壊してあげる』




ACT 8−9 『交差した道の行方 −9−』








 ヌイグルミ・・・は、似合うんだけどアルヴィス君自身は別に好きな訳じゃないし。

 何か美味しいモノでも取り寄せてあげる―――――のも、あんまり食欲無いだろうから嬉しくないだろうし。

 お花も似合うけど喜ばないし、第一匂いや花粉が気管を刺激するから、却下。

 本は沢山持って行くと喜ぶだろうけど・・・・根詰めて読まれると安静にならないから、コレも駄目。

 となると、・・・DVDくらいかな。アルヴィス君、ゲームとかしないしね―――――。




 ショックを受け、体調も悪く。鬱々として寝ているであろうアルヴィスを思い、彼の眠る病室へ向かいながらファントムは何か気を晴らせるようなプレゼントは無いかと考えを巡らせた。




 意外と動物好きだから、ホントならペットとか飼ってあげれば気持ち的に和むかもしれないな。

 ・・・・だけど、動物の毛は呼吸器の患者には厳禁だしね・・・小鳥も駄目だし。

 そうだ、熱帯魚はどうだろう? アレなら問題ないし、病室でだってOKだ。

 うんとキレイな魚を揃えて、水槽だって水草から何から完璧キレイにして貰って。

 眺めてたら、気分も変わるだろうし・・・・・気に入るようだったら、家でだって飼ってもいい。




 龍魚とか、色鮮やかで優雅に泳いでるのが僕は好きだけど。

 アルヴィス君は、餌が生き餌なのとか嫌いだろうな。

 こう・・・小さくて。

 元気に泳いでるのを見る方が好きそうだ。

 色も、カラフルに揃えた方が喜びそうだよね・・・アルヴィス君の目の色みたいな青いお魚とか―――――目に痛いくらいの原色っぽい黄色のとか・・・・。

 一杯イッパイ、揃えてあげて。賑やかにして。

 そうしたら、・・・・・喜んでくれるかな。

 昔、お魚さんらしきモノの絵とか、描いてたし。






 ―――――─そうしたら。

 ごめんねって。・・・・・謝ったら、許してくれる・・・・?






 明日にでも。
 ペタに言って業者に持ってきて貰おう―――――──そんな事を考えながら、ファントムは病室のドアを開いた。

 いつもなら応接室側のドアから入り、一応アルヴィスの処置などをする建前上の理由から白衣を羽織り着替えた後に病室の方へ向かうのだが―――――──今日はどうしても、彼の顔が早く見たくて。

 昨日ほとんど眠れていないようだったから、恐らく今は眠っているだろうけれど。

 起きていたとしても、今朝の状況からいって喋ってはくれないだろうけれど。



 それでも、寝顔でいいから――――アルヴィスの顔が見たかった。





「・・・・・・・・・?」

 しかし入った瞬間、何かの違和感がファントムを襲って、足を止める。

「・・・・・・・・・・・・・・、」

 その部屋は、いつもと変わらず静かにファントムを受け入れた。
 病室内に置かれた調度品も、ベッドサイドの点滴スタンドも、サイドテーブルに設置された酸素供給の機械も吸入器も―――――朝のままの位置にある。

 けれど、ベッドに居るはずの人間の姿が、・・・・・・・・・・・・・・無い。

 外された点滴の針から漏れたのだろう薬液がシーツに大きく濡れたシミを造り続けており、その傍らでは酸素マスクがしゅーしゅーと酸素を吐き出しながら無造作に転がっていた。



「・・・・・・・・・・」


 ドクン。ドクン、ドクン。

 ファントムの心臓が大きく脈を打ち、全身が総毛立った。





 アルヴィスが、―――――・・・居ない。





「・・・・・・・・っ、!?」


 頭の中が真っ白になる。
 ファントムは反射的に、強張り蒼白になった顔で狂ったように周囲を見渡した。
 そして、床に点々と零れ落ちている茶褐色の痕を目にして―――――それが続いている洗面所のドアの方へと視線を向けた。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


 洗面所に、アルヴィスが居る気配は感じられない。

 だが、ファントムは何かに引かれるようにドアへと向かい―――──中を覗いた。


「!?」


 瞬間、目に飛び込んでくる黒ずんだ赤。
 それにまみれるようにして転がっている、剃刀に気付いてファントムはギョッと身を竦ませた。




 血。―――――何処を切った・・・・!?




「・・・・・・・・・・・っ、」


 目を血走らせて、洗面台の中を凝視する。


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 洗面台に付着している血液は、そんなに多くは無かった。
 剃刀を掴み念入りに刃の部分を確かめるが、深く刃を食い込ませたような痕跡も見当たらない。

 念のためにバスルームも覗くが、そちらにも出血の痕は見当たらなかった。


「―――――─・・・・」


 けれども、目の前に突きつけられた証拠がファントムを打ちのめす。
 剃刀を握りしめた指先から血の気が失せ、身体が冷えていくのが分かる。




 認めたくない。

 決して、・・・・認めたくない。

 出来ることなら、目を逸らしてしまいたい事だけれど。





 アルヴィスが・・・・・・・自殺を図った。





 そうでなければ。

 元々、体毛が薄く。まして恵まれた容姿にも自覚が無く、自らを飾ろうとする意識も薄いらしい彼が―――――─剃刀などを手にする理由が、無い。

 こんな風に、何処かを・・・・恐らく出血量からして手首辺りだろうが・・・・・傷付けて。

 そのまま、流れ出た血液も剃刀も放り出して、何処かへ行く筈が無い。




 彼は、死のうとした。―――――─ファントムを置き去りにして。





「・・・・・・・・・・・・、」


 青ざめた顔で目を閉じ、冷たくなったアルヴィスの姿が脳裏に過ぎり・・・・・・・・・ファントムは脳貧血を起こした時のような眩暈と、窒息にも似た呼吸困難を感じた。



 息が、・・・・出来ない。

 アルヴィスが存在しなくなったら、―――――1秒だって生きていられない。







 こんな穢れきった世界に―――――──僕だけ置いて、行かないで・・・・・!







「・・・・・・・・・・・・・・・」


 居ても立っても居られなくなり。

 ファントムは持っていた剃刀を適当にその場に投げ捨てると、血相を変え大股に再びベッドの方へと戻った。


「・・・ちっ、」


 とりあえずペタを呼ぼうとポケットから携帯を取り出そうとして―――――先程投げ捨ててしまった事に気付き、舌打ちする。

 常の彼らしくない乱暴な仕草で、ファントムはベッド脇のナースコールのスイッチに手を伸ばした。

 とにかく・・・とにかく早く、彼の居所を掴まなければ。

 気ばかり焦り、スイッチを掴んでボタンを押すだけだというのに、手が滑ってなかなか押せなかった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 チャイムが鳴って、応答されるまでの数秒間を焦れながら待つ。

―――――─はい、どうされま・・・、

「アルヴィスがいない。何処へ行った!?」

 詰め所のスタッフが喋り終わらないうちに、ファントムは一方的に詰問した。
 その口調では、アルヴィスの不在に気付いていないのだろうと苦く思いながら。

―――――─は? あのっ、・・・・

「いない!何処にもいないっ!誰か姿見てないのかっ!?」

 案の定、何も知らない様子にファントムは苛立ち、感情のままに怒鳴った。

 このアルヴィスが入院している特別室には、呼び出さない限りファントムとペタ以外は近づかないように言ってある。
 だから、彼らがアルヴィスの不在に気付く事は難しいかも知れない。

 しかし、抜け出す姿に気付いていないというのには怠慢にも程があるだろう。




 何かあったら、殺してやる―――――──!!




「アルヴィスが抜け出したんだ!・・・なのに誰も見ていないの!?」

―――――─あ、あの・・・・・!!

「・・・もういいっ、・・・いいからサッサと探せっ!!」

 慌てたように言いかける声を遮り、ファントムは力任せに壁へとスイッチを投げつけた。

 パキーン、と乾いた音がしてナースコールが壁に当たり破片を飛び散らせる。


「―――――───っ、」


 荒れた気分のままに、ファントムは点滴のスタンドを蹴り倒しベッドのシーツを引き剥がした。

 ガシャーンと、けたたましい音を立てて点滴スタンドが床に倒れ。

 複数のプラスチック製の点滴ボトルが床に転がり、それに取り付けられていた針付きの細いチューブが薬液を滴らせながら、蛇のようにうねりつつ宙を舞い、床に落ちる。


「・・・・・・・・・・・」


 ばさっ、と床にシーツを投げ捨て、そのシーツを踏みつけている事にも頓着せず。
 ファントムは、ふらりとクローゼットの方へと近寄った。

 そして、クローゼットの前に脱ぎ捨てられている、水色の患者衣に気付く。


「・・・・・・・左手首・・・、」


 拾い上げ、左袖の赤いシミを見て出血場所を確定した。

 そのまま患者衣を握りしめて、その場に身を屈め・・・ファントムは床へとへたり込む。

 洗面所の痕跡から見てそうだろうとは思っていたが、これくらいの出血で手首ならば・・・・失血死の心配はまず無いだろう。

 だが、安心は出来ない。

 アルヴィスは酸素の供給も点滴も勝手に外して、何処かへ行ってしまっている状態だ。
 只でさえ体力が落ちている所へ持ってきて、治療の為にステロイド剤を多量に服用している今の彼は免疫力が極端に落ちている・・・・・感染症が心配だった。

 出血自体は大したことが無くても傷口から雑菌が入る可能性があるし、外になんか出ていたら鼻や喉から空気感染してしまう恐れもある―――――─それを考えれば、少しも安心などは出来る状況では無いのだ。


「・・・・・・・・アルヴィス・・・!」


 自らの銀髪を掻きむしるようにして、ファントムは片手で顔を覆う。




 状況から判断して。


 アルヴィスは自ら手首を切り―――――──自殺を図った。

 自分の意志で、また点滴の針を抜き酸素マスクをかなぐり捨てて・・・病室を出て行ったのだ。

 あんな、・・・・身体で。

 熱もあったし、体力もかなり消耗している―――――─歩くだけでもフラフラだったろうに。






 ―――――─何故? 彼は何から逃れたくて・・・・出て行った?





「・・・・・僕、から・・・?」


 無意識に漏れた声は、酷く乾き掠れていて―――――ファントムは自分でその声に驚いた。

 そして、その言葉はファントムの胸を容赦なく切り裂き血を流させる。


「・・・僕から、・・・・逃げたいっていうの・・・アルヴィス君・・・?」


 銀色の長い睫毛を伏せ。ファントムは虚ろに低い声で呟いた。


「・・・僕から、離れたいって・・・本気・・・?」


 顔を覆っていた手をゆっくりと下ろし、ファントムはギラギラとした鋭い目つきで虚空を見つめる。





 逃 が さ な い 。





「・・・・・・・・・・・・・・・・・」



 身体の自由を奪ってでも。

 心の存在を踏みにじってでも。



 鎖でも薬でも、四肢切断しようとも―――――君を縛る為なら何でもする。

 自分の手元に居てくれるなら、僕は何だってする。



 君を失うくらいなら、僕は自分がどうなろうと構わないんだ。

 まして、―――――君と僕以外の存在なんかは、どうでもいい。



 もしも君が。

 僕以外の誰かを選ぶというのなら、僕はそいつを跡形もなく消してあげる。

 君が僕以外のモノになるなんて、絶対許せないから。

 殺すことに、何の戸惑いも無いよ。・・・・だってそれだけ大きな罪を、そいつは犯したんだから。

 僕が考えられる、最高に辛くて痛くて苦しい・・・・・地獄の責め苦を味わわせて。

 そしてゆっくり、――――息の根を止めてあげる。




 君のことはね。

 嫌がってても、泣き叫んだとしても、・・・・・手離すものか。

 逃げないように、勝手に命なんか絶てないように、――――君を永遠に閉じこめてあげるよ。

 身動きひとつ出来ないように、君を雁字搦めにしてあげる。

 僕がいなければ、何一つ出来ないお人形にしてあげる。




 君のためなら僕は、・・・・何でもするよ?





 だから。


 僕のために―――――・・・・僕の傍でだけ、生きていて。








「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ファントムの顔から、一切の表情が消える。
 いつもの柔らかな笑みが剥がれ落ち、常の彼らしい天真爛漫な雰囲気も削げ落ちて―――――─蠱惑的な印象を与えるアメジスト色の瞳だけが、剣呑な光を帯びていた。


「・・・・・・・・・・」


 握りしめていた患者衣をその場に放り、ファントムはユラリと立ち上がる。

 もちろん、アルヴィスを探しに行くつもりだった。

 病院のスタッフなどに、彼を任せてはおけないから。













「ファントムっ!」

 ペタが病室へ飛び込んだのは、ちょうどその時だった。

「ファントム、アルヴィスが居ないとは―――・・・・」

 意気込んでそう言ってくるペタの言葉を、手を上げる事で遮り。
 ファントムは不自然なくらい静かな口調で、言葉を発した。

「僕が悪かったんだよ、ペタ。アルヴィス君は僕が守ってあげなくちゃいけなかったのに、・・・僕が目を離したから」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「―――――アルヴィス君は僕のモノなんだから、間違った方向へ進もうとしているときは僕が教えてあげなくちゃいけなかったのにな。正しい方向へ戻すよう、・・・・お仕置きしてでも、ね?」

「・・・・・・・・・・・・・・」

 アルヴィスが失踪したと聞いて、さぞかし激昂していると覚悟して来たのだが・・・・むしろ穏やかな程の様子である。

「僕から逃げたいだなんて間違った事を考えちゃうような悪い子は、――――ちゃんと正しいことを教えて、きちんと閉じこめておかなくちゃいけなかったんだ。・・・・だから早く、捕まえないと」

 だが。
 口調はとても穏やかで優しげですらあったが、・・・・言っている内容はどこか狂気的だ。
 表情も、今は一切感情が浮かばぬ美しい能面のようだが、・・・・一皮剥けば残酷で冷たい―――――悪魔の笑みが零れそうな雰囲気がある。

 見つめていると心が吸い取られてしまいそうな紫水晶の瞳に浮かんでいる光は・・・・決して、口調と同じ穏やかさを湛えてはいない。

「外に出られるような体調じゃないからね―――――早く、見つけなくちゃ」

 言いながらファントムは、そのままふらりと病室を出て行こうとした。

 病院にいる時の定番ファッションである白衣では無く、ホワイトデニムのジーンズに同じく白のプリントTシャツ、オレンジと黒のチェックのノースリーブパーカーを羽織ったファントムは、その抜きん出た容姿を除けば極々普通の、大学生に見える。

 だが、目つきが尋常では無い。

 慣れているペタだからこそ普通に対応できるものの、―――――─今のファントムは大抵の者ならば目を合わせただけで蛇に睨まれた蛙の如くに、身を竦ませてしまうだろう。
 それくらい今の彼は好戦的なオーラを一身に纏い、来る者を拒まず血の海に沈めてしまいそうな、物騒な雰囲気を醸し出している。

「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 今のファントムは一触即発だ。

 下手に刺激されれば、また人間でも殺しかねない・・・・・・・そう感じて、ペタは額に汗を滲ませる。
 ペタにとって、守るべき対象はたった一つだ。
 それは、本来の己の上司であるファントムの祖父でも自分でも、ましてアルヴィスでも無く―――――─ファントムただ1人。

 ペタは彼の望みならば何だって・・・・それこそ犯罪に手を染めるような事だって一切躊躇するつもりは無いが、出来うるならば彼が法律を犯す事は避けたい。
 まして、法によって罰せられたり拘束されたりすることだけは・・・・彼の輝かしい人生を穢すような事柄だけは―――――何としても避けたい。

 明らかに精神バランスを崩している、今のファントムを外に出す事だけは阻止しなければ。


「・・・、ファントム!!」

 今、まさに病室を出て行こうとしている銀髪の青年を、ペタは必死の想いで呼び止めた。

「・・・・・・・・・・・なに?」

 邪魔をするなと言いたげな口調で此方の方を振り向いた美貌に、ペタは刺激せぬよう細心の注意を払いながら口を開く。

「今、院内のスタッフが総出でアルヴィスを探しております。・・・もちろん、外も」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「アルヴィスのあの身体では、そう遠くに行ける筈もありません。・・・ですから、見つかるのも時間の問題」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「ファントムまでが出歩かれますと、アルヴィスが見つかった後も探されている―――――といった状況になりかねません」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ファントムが院内にいらっしゃらなければ、アルヴィスの治療だって出来ませんよ・・?」

 ペタがそこまで言い募ると、ようやくファントムが納得したようにドアに掛けていた手を下ろした。

 自分が院内に居なければ、それだけアルヴィスの治療が遅れてしまう――――との言葉が利いたらしい。


「此方で、お待ち下さい・・・・次期に良い知らせが来ますから」

 もう一押し、とペタは更に言葉を重ねる。

「・・・・ほんとう・・・・?」

 己よりも、僅かに低い目線からファントムがペタを見据えてきた。
 全くの無表情だった秀麗な顔に、子供のような不安げな表情を浮かべて。

「待っていれば、アルヴィス君はかえってくる・・・・・?」

 口調も何処か、幼い感じだ。



 ファントム自身、かなり混乱しているのだろう。


 アルヴィスの容態を気にして、不安に駆られる気持ちと。

 自分から逃げて、何処かへ行こうとしているアルヴィスへの憤りと。

 そして――――このまま永遠に彼を失ってしまうかもしれないという、自身の根底を揺るがしかねない恐怖感。

 それらが鬩ぎ合い、ファントムを混乱させている。
 元来そういった感情が酷く乏しいどころか、皆無である彼。


 ファントムの精神の支えであり、最大のアキレス腱となりうる存在であるアルヴィスの不在は―――――──彼を狂わせ、・・・・崩壊させる。


「大丈夫です。ファントムの大切なアルヴィスは、すぐ戻ってきますよ・・・」

 ペタはそんな青年に近づき、宥めるようにそっと背中を押して、隣の部屋へと誘導する。

「ほんとう? ・・・本当の、ほんとうに? ちゃんと僕のところに戻ってきてくれる?」

「戻ってきますよ。アルヴィスは・・・ファントムの物ですからね」

 子供みたいに繰り返す青年に、いちいち応えながらペタはすっかり荒れ果てた病室の隣にある応接室へ、ファントムを連れて行った。

 今は少しでも、アルヴィスの不在を感じさせるような場所に、ファントムを置いておきたくなかった。













「―――――そうだよね。アルヴィス君は僕だけのモノなんだもの・・・ちゃんと、僕の所へかえってくるよね・・・・・」

 椅子に腰掛けたファントムは、無邪気とさえ取れる笑みをその美しい貌に浮かべた。
 サラサラとした銀髪を揺らし。
 その整った顔を楽しげに微笑ませ。
 蠱惑的に輝く形良いアーモンド型の瞳を、猫のように細めながら。

 ファントムは笑う。

「ねえ、まだかなあ? ペタ、・・・・アルヴィス君はまだ? 僕もう、待ちきれないよ・・・・」

 クスクス笑いながら、傍らに佇むペタを見上げて。
 繰り返し、アルヴィスを欲しがる言葉を発する。

「もう少し、お待ち下さい―――――」

 穏やかに見える、この自分の主の精神が。
 少しでも突かれれば、途端に均衡が崩れ―――――─激情が灼熱の溶岩流のように溢れ出し周囲を焼き尽くす事になる・・・・・・・・・そう悟りつつ、ペタも同じ言葉を繰り返すしか無かった。

 ペタの予想に反して、アルヴィスの行方は未だ掴めていない。


 このままでは、取り返しのつかない―――――─最悪の事態も考えられた。


「・・・・・・・・・・・・・・・」

 このままアルヴィスの行方が掴まらなくても、時間の問題だが。

 もし、もしも・・・・・・アルヴィスが蘇生不可能な状態で発見されたとしたら。




 間違いなく、ファントムは狂うだろう。




 アルヴィスが喀血し、生死が危ぶまれた時のファントムの消耗具合は著しいものがあった。
 あの時はまだ、ファントム自身が治療にあたるなど、まだやらなければならない事が山積みであり―――――気を張っていたせいか自棄に陥る事は無かったが。

 けれどもし、・・・・既に手の施しようが無い状態で、アルヴィスが発見されれば。

 ファントムがどんな状態になるのか、考えるだに恐ろしい。


「ねえペタ。・・・・アルヴィス君まだかなあ・・・・?」

「―――――もう少しです、お待ちを・・・」

 穏やかに、いっそ子供っぽい程の無邪気さでアルヴィスを問うファントムに。

 ペタは時間の問題で、その仮面が剥がれ落ち・・・狂気を宿した悪魔へと変貌するだろう彼のことを思いながら、先程と同じ言葉を繰り返し続けた。

 その通りになることを、切に願いつつ。

































「・・・・・どこにも、いかないで」


 妙に可愛らしい造りで、大きなベッドばかりが目立つ部屋の中。

 アルヴィスはそのベッドの上に座り込み、傍らで腰掛けるように自分の方を向いた『彼』にそう言って抱きついた。
 途端、『彼』は何処か戸惑うように身動いで、遠慮がちにアルヴィスの両肩を掴んでくる。
 やんわりと、引き離されそうな気配を感じ、アルヴィスはますます『彼』にしがみついた。


「・・・・やだ。一緒に、・・・・いたい」


 腕を離せば。

 身体が離れてしまえば―――――『彼』が居なくなってしまう気がして、必死に抱きつく。
 尚も躊躇うように肩に置いた手に力を込めようとする『彼』に、アルヴィスは疼くような肺の痛みを堪えながら懸命に訴えた。


「いっちゃ・・やだ。・・・だって、あの時みたいに見つけてくれたんだろ・・・? あそこで泣いてた俺・・・・探しに来てくれたんだろ・・・?」






 幼い頃、どこに隠れたって探し出してくれた。
 見つけ出して、・・・くれた。

 優しい『彼』。


 どこにいても、探してあげる。

 僕はアルヴィス君を絶対に見つけてあげるよ。


 だいじょうぶ・・・そう言ってくれた優しい『彼』。




 何故か、その『彼』が自分に逢いに来てくれたのだとアルヴィスは疑いもしなかった。

 目に映る『彼』は、昔のままの姿で。

 アルヴィスは既に成長した姿だというのに―――――不思議にも思わなかった。

 たまに変な心地がする事もあったが、・・・・すぐに頭に靄が掛かって分からなくなる。




 息が苦しくて、ぼうっとする。

 頭もクラクラして、―――――思考が纏まらない。



 けれど、銀色の髪の・・・・『彼』に縋る腕だけは、力を緩めたくは無くて。

 しっかりと、置いて行かれないように縋り付く。







 くるしいのは、いや。

 つらいのも、いや。

 げんじつはかんがえたら、とてもとてもつらいことばかり。

 いたくて、つらいだけ。

 しればしるほど、いやなことだらけ。



 だからおねがい。

 はなさないで。・・・つれていって。



 もう、・・・・・はなさないで。




 みつけてくれたなら、もう、はなさないで。

 おれを、あのころにつれていって。












「―――――俺を、・・・・離さないで」

 焦点が合わず、虚ろに自分を見つめたままそう言ってくる青年。
 うるうると揺らいだ、瞳の色がとてもとても、―――――美しかった。
 ずっと焦がれていた青。
 触れたいと願っていた・・・・・身体。
 話をして。
 笑いかけてくれるだけで、幸せを感じていた存在。

 その彼が、こんな間近に。
 こんなに・・・・吐息すら感じられる程、近くで。


 はなさないで。と・・・・訴える。

 今の彼が、常の判断力を失っているらしい事は分かっていた。
 彼が離すなと駄々をこねている相手が、自分では無いことも。

 けれど。

 縋るように抱きつかれ。
 救いを求めるように、見つめられていたら。


 そんなことはもう、どうでも良いような気さえした。


 このまま、こうして。・・・・想いを遂げて。

 彼を浚って逃げてしまいたいような―――――そんな気持ちになってしまう。


 ずっとずっと、・・・・好きだったから。

 誘惑に、―――――負けてしまう。



 貴方を・・・・僕のモノにしてしまってもいいですか・・・・・・?



「・・・アルヴィスさん・・・・」

 虚ろに見つめてくる青年を、見つめ返して。

 インガは躊躇いがちにその華奢な身体に腕を回した―――――─。






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言い訳。
トム様、結局現時点ではあまり暴れませんでした(笑)
や、・・・まだそんなに時間経ってないので。
今時点で暴れてたら、今後どうすんだよと考え直したので、今回はまだ大人しめです。
まあ・・・上の内容(インガとアルヴィスの様子)知ったら即座に大暴れしそうですが。
つか、殺人に発展しそうですけども(爆)
ファントム的に、まだ自分の気持ちが整理出来ない状態です。
アルヴィスを死ぬほど心配してる気持ちと、自分の元を去ったという怒りと、何故そんなに自分から逃げたがるのかっていう哀しみと・・・・もう、思いっきり傷付いてるんですが、普段他人を傷つけるばっかりで自分が傷付いた事ないから、全然耐性がありません(笑)
もう、ズタズタです。
分からないまま暴れて、自分も周りも傷つけてしまいそうですね。
精神安定剤(アルヴィス)居ないと、本当にもう駄目なヒトです(笑)
アルヴィスはアルヴィスで、―――――─結構壊れてきてますけども。
さて、次回。アルヴィスは本当にインガとカンケイしてしまうのか!?(笑)
まあ、ぶっちゃけアルヴィス初めてかっていうと・・・・いやいや、ネタバレなので言いませんg(笑)
次回は、インアルのラブホ編です・・・・♪