『君のためなら世界だって壊してあげる』





ACT7「君のために、できること」










 アルヴィスと出逢い、運命?を感じた、ファントムのそれからの行動は早かった。

 この幼い存在に、未だかつて無い強い執着を感じた以上、このままでハイさよならと別れるわけにはいかなかったのである。

 ファントムはアルヴィスを家まで送り届け、抜かりなく住所をチェックし、さりげなく家庭事情を探り出した。
 自分もそうだが、これくらいの年齢では、残念だけれどかなりの部分で保護者の意志で子供の運命など簡単に左右されてしまう。
 だから、まずはアルヴィスを取り巻く環境・・・延いては保護者の大人達の様子を知る必要がファントムにはあったのだ。

 幼いアルヴィスの足りない言葉からも多少は察していたけれど、やはりファントムと同じに両親は既に亡く、彼は親戚の叔父夫婦に預けられているらしい。


 そしてこの叔父夫婦が曲者(くせもの)で、かなり金銭面に汚いらしいとことを、ファントムは逢ってすぐに見破った。

 目の前の人物がどういったタイプで、どういう風に誘導したら上手く動かせるかを察する能力に長けているファントムだが、事こういった相手の性格を見破るのは得意である。
 何故なら、父方の親類に多く居る人間のタイプだからだ。
 要は、自分の持ち金を増やす為なら、プライドも常識もかなぐり捨てて何でも見境無くやってのける卑しい性格の人間である。
 ファントム的には、生きるに値しない『世界から消えるべき』人間達だ。

 だが。
 アルヴィスがそんな環境に置かれている、という事自体は酷く気にくわないけれど、逆にいうとそんな大人達であればファントムが手玉に取る事は容易い。
 自分が金持ちの子息であることを明かし、自分の機嫌を取っていれば旨い汁が吸える――――――といったことを示してやりさえすれば良いのである。
 こういった人種は、何故か自分たちより格上と見なす家の人間に、近づきたがる傾向があるのだ。

 ファントムはアルヴィスの家に遊びに行くたびに、その都度高価な土産を手に訪れ・・・愛想の良い無邪気さを装った笑顔で叔父夫婦を懐柔した。
 高級ブランドの果物だったり、老舗の和菓子だったり、有名店のケーキだったり、それはそれは多種多様な品物を持参して欲深な夫婦を陥落(かんらく)させたのである。

 幸い、家は(というか父方の祖父が)大変裕福であり、ファントムの資金は潤沢だった。
 望まない孫だったとはいえ、たった1人の初孫であるファントムに、父方の祖父は愛情の代わりに資金面だけは何不自由のない援助をしてくれていた。
 それ故、ファントムは何の障害もなくアルヴィスを育てる叔父夫妻に取り入る事が出来た。

 そして。
 そんなこんなのプレゼント作戦で、すっかり骨抜きにされてしまった叔父夫婦は、ファントムが好き放題に自宅にやってくることを無条件に許可するようになっていった。
 そうなればもう、ファントムの思い通りである。



 人生をツマラナイものにする要因だな、などとシニカルに分析していた自分の、人の心を読む特技もこの時ばかりは感謝した。



 ファントムは、自分の心の赴くままにアルヴィスに逢いに行き、自分の思うとおりに彼に教育を重ねた。

 彼が、ファントムしか見ないように。
 ファントムだけを頼り、信じて・・・・アルヴィスの1番近くに居るのはファントムなのだと教え込んだ。

 まだ幼く無垢な心に優しくそう繰り返し囁けば、心に刻まれるのにそう時間は掛からない。
 小さなアルヴィスは、素直にファントムの言うことをきき、慕うようになっていった。

 もちろん、叔父夫妻からのアルヴィスに対する虐待も完全に封じる。
 虐待が表沙汰になったら困るのは彼らだし、ファントムがアルヴィスを大切にしている以上、アルヴィスに危害を加えそれが露見することは即(すなわ)ち、ファントムの不興を買うことに繋がる。
 そうなれば叔父夫婦にも一切の利点がないワケで、アルヴィスへの虐待は自然と収まるという仕組みだ。



 2人は毎日のように一緒に過ごし、アルヴィスも懐いて、ファントムはとても充実した幸せな毎日を過ごした。


 けれどアルヴィスは酷い喘息を患っていて、時々寝込んだ。
 生まれつき身体が弱い上に、叔父夫妻が大して気を配ってやらないため、軽く体調を崩すとそのまま重度の発作に繋がってしまうのである。
 乳児期の栄養状態の悪さも、それに拍車を掛けているようだった。

 苦しさに、泣いてグズるアルヴィスが、見ていて本当に可哀想でファントムも胸を痛めた。
 父方の祖父にどんなに言われても頑なに医師になる事を拒んでいたくせに、ファントムはアッサリと医者になることを決意したほどである。
 アルヴィスの身体を、他のヤツに触らせるなんてとんでもない―――――・・・そんな理由も、多大に含まれてはいたが。



 いつでも彼の、傍にいて。
 お互いに子供だから、まだ無理だけれど、高校くらいになったら一緒に住みたい。

 ―――――勝手に、そんな楽しい人生計画まで立てていたファントムである。


 それくらい、ファントムはアルヴィスに執着していた。
 後から考えれば、子供ゆえの純粋な想いがあったからかもしれない。

 朝も昼も夜も。
 ずっとずっと、離れることなくアルヴィスと一緒に居たかった。
 他には何も要らないから、ただアルヴィスと共に過ごしていたかった。
 一緒にいられるだけで、とても幸せな気持ちになれたから。






 汚れた世界の中で、君だけがキレイ。

 世界は、相変わらず汚くて穢れきっているけれど。
 ―――――君がいるから、壊れないで欲しいと思う。

 壊したくないと・・・・本当にそう思うよ。







 だがしかし。
 ファントムにとって、予想外の不幸な出来事が降りかかってしまった。

 ――――――父方の祖父からの、留学命令である。

 身内としての愛情を示したことは無いくせに、父方の祖父は事ある度にファントムの教育には口を出してきた。
 近所の子供同様に幼稚園へ入園させようとしていた母方の祖父母を押し切り、3歳からI 国系のインターナショナルスクールに入学させ、夏には強制的に海外サマースクールに行かされたのも祖父のせいだった。
 お陰で、元々F人とのハーフである母方の祖母の影響で家でも日本語とフランス語、そして英語を話していた環境だったため、スクールに入ったことで英語を喋っている時間が増え。
 必然的に英語が母国語になってしまったファントムは、日本に住みながら日本語が上手く話せず苦労する羽目になったのである。
 まあ、やたらとI 国に傾倒し、そちらの文化を無条件に受け入れたがっている父方の祖父としては、喜ばしい傾向だったのだろうが。

 ともかく。
 そんな勝手な命令は受け入れがたく――――――当然、ファントムは反抗した。

 けれど留学が嫌ならば、今更に小中高大一貫校の、名門私立へ移れと言う。
 ファントムの資質に気付いた祖父が、本格的に自分の跡継ぎへと育てるべく、英才教育を今更ながら施そうと余計な事を思い立った為らしかった。

 どのみち、アルヴィスと離ればなれになってしまうのは避けられない現実が待っている。

 今まで―――――─、認めぬ女との間に出来た子供だから・・・そういう理由で、自分を孫と正式に認知していなかったくせにと思うと、言うとおりにするのは腹立たしい。
 跡だって、まるきり継ぐ意志など無いのだから、後継者教育などというのも馬鹿らしくて仕方がない。
 それでも従わなければならないのが悔しかった。

 しかし、悔しいけれど。
 自分の今の年齢では、社会的信用は得られないから―――――─大人の言うことには従わなければならなかった。

 優しい、母方の祖父母は自分たちで出来うる限りファントムの味方をしてくれるであろうが・・・・祖父の性格を考えれば聞き入れることはまず無いだろうし、またどんな弊害を祖父母達にもたらすか分からない。
 逆らうのは、百害あって一利なしである。

 だったら・・・・と、ファントムは留学を選んだ。

 距離的には、もちろん国内の学校の方が近いのだが、海外にはスキップ制がある。

 能力次第では、早めに学業を修了する事が可能なのだ。
 そしてファントムには、それを成し遂げる自信がある。

 祖父は、医師免許を取得するまで―――――と言った。
 ならば、それを取ってさえしまえば自由な筈である。

 だから、留学を選んだ。

 本気で勉強して、一刻も早く、アルヴィスの元に戻るために。















 別れを告げた時、既にすっかりファントムに懐いていたアルヴィスは盛大に泣いた。

 普段あまり表情を変えることのない意地っ張りな彼が、年相応にボロボロに泣いた。

 その顔がもう、あまりに可憐で可愛くて―――――そしてあんまり悲しそうだったから、ファントムの胸も本当に痛んだ。

 うっかり、嘘だよ何処にも行かないよ・・・そう言ってしまいたくなるくらい、悲しそうにアルヴィスは泣いていた。


 けれど、10才と6才の自分たちはまだ、保護者の言うことを聞かなくてはならない。







 ―――――─約束するよ。絶対にアルヴィス君を迎えに来るから・・・待っていて?





 鮮やかな濃いブルーの瞳を、赤くして涙ぐむ少年に誓いのキスをして。

 絶対に僕は、君を迎えに来るからと―――――約束をした。
















 それなのに―――――ファントムの唯一の大切な存在は。
 数年後に彼の保護者であった叔父夫婦の失踪により、居所が不明となり・・・・・その後、何年も行方知れずとなってしまったのである。


 だが、アルヴィスの行方が分からないからといって、ファントムが留学先から帰る事は許されなかった。


 当時ファントムは既に大学生として勉学に励んでいたのだが、仕方なく当初の予定通りにするしかなかった。
 気分的には、すぐにも帰りアルヴィスの行方を捜したかったが、スキップ制度を限界まで利用して単位を稼いでいた彼にはさほど時間の余裕は無く、祖父の反対を押してまで帰国することは叶わなかったのである。

 あの時ほど、留学を選んだ事を後悔したことは無い。

 ファントムは急く心を抑え、14才で医学大学院に入学、18才で卒業、臨床研修を2年やり・・・20才で医師免許を取得という超スピードで留学を終え、免許を取った。

 その間、1度も帰らなかった。
 常にアルヴィスの事は頭から離れなかったが、落ち着いてちゃんと行方を捜すためには、半端な日数のみで帰国しても意味は無いと考えたからだ。

 そして、免許を取得してすぐに帰国し、ファントムはアルヴィスを捜し始めたのだが――――――――――。
 依然として、アルヴィスの行方は掴めなかった。

 あのろくでもない叔父夫婦が失そうしてから、たらい回しのように他の親戚の家に預けられたらしいのだが、その後の行方が一向に掴まらない。
 何度興信所を変えて調査をしても、見つけられなかった。

 気分的に落ちつかなくて、すぐに本国でも国家試験を受けて医師免許を取る気にならず。
 ファントムは手頃な・・・それでも一応有名名門私立の医大だが・・・・に編入して、大学生として再び学生生活を送りながらアルヴィスを探し続けたのである。

 彼が見つかっていないというのに、とても医師として働く気にはなれなかったからだ。
 アルヴィスが居ないのなら、医師であるという意味の根底さえ揺らいでしまう。









 ファントムが帰国して、いつの間にか2年が経っていた。

 依然、アルヴィスは見つからず―――――──焦燥の念に駆られていた、その時である。




 大学の帰り道。

 何台も設置された自販機の奥で1人の青年が蹲っているのが見えたのは―――――─。










―――――─やっと・・・・見つけた。 









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