『君のためなら世界だって壊してあげる』 ACT5「嵐のDESTINY2」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 鞄から取り出した携帯電話の、勝手に切られていた電源を入れて見れば。 ディスプレイに表示された日付は確かに、覚えていた日時の3日後を示していた。 徐にメール受信操作をして―――――─途端に受信を知らせ震える携帯を握ったまま、アルヴィスはその数の多さに溜息を吐く。 「―――――・・・・はー、」 送信者の名前は全て同じ『ギンタ』。タイトルも、『今ドコだよ?』などと似通ったモノばかりだ。 とりあえず返信を・・・と思った途端に、再び携帯が震える。 今度はメールでは無い。着信だった―――――受信したメールと、同じ人間からの。 通話ボタンをピッと押して、アルヴィスはゆっくりと携帯を耳に当てる。 「・・・・・もしもし」 『アルヴィス!?』 途端、耳に刺さるようなクリアで大きな声で名を呼ばれた。 『お前いま何処に居んだよ!? 何回掛けても通じねぇし! メールもしたけど返ってこねーしさあ!!』 「ごめん・・・」 言われるのは当然なので、一方的に怒鳴られるのを敢えて大人しく聞きながら小さく謝る。 『なあお前、今どこ??!』 けれど、掛けてきた電話の主はかなりご立腹なようで、アルヴィスの謝罪は軽く無視されていた。 「―――――・・・えっと、」 とにかく、彼の質問に答えなければならないかと思いつつ、アルヴィスはどう説明するべきかを言いよどむ。 ちゃんと自分で説明内容を把握してから連絡を、と思っていたのだがタイミングが合わずに向こうから掛かってきてしまったから―――――─どう言うべきかが頭の中で纏まっていないのだ。 「何処・・・というか・・・・」 『アルヴィス、何日も自分の部屋戻ってないだろ! 俺、昨日も一昨日もお前の部屋行ったんだぜ!?』 アルヴィスが言いあぐねている間にも、電話の向こうの声は止まらない。 『なあお前、何処に居んだよアルヴィス!! 3日前にバイト探しに行ってくる、ってメール貰ってそれっきりだったから俺スゲー心配したんだかんな!!?』 「その、・・・ちょっとしたハプニングがあって。で、知り合いに偶然逢って・・・、それからそいつの家に行ってた―――――というか、まだ居るというか」 『はあーーー!?』 電話口で思いっきり叫ばれ、アルヴィスは携帯から耳を離す。 『3日も!? 3日も部屋戻らねぇで音信不通で、メールも返さずにかよ!!!?』 携帯を耳から遠ざけていても、声はしっかり聞こえていた。全然、納得していない声である。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 それはそうだろう。アルヴィスは、電話相手の青年の質問に、何一つ具体的に答えてはいないのだ。 数年ぶりに喘息の発作を起こした―――――─事は言いたくない。 病院に運ばれて緊急入院した―――――─なんて事も勿論言いたくない。 幼なじみと十数年ぶりに逢った―――――─事は良いけれど、電話の彼は、ファントムの事を知らないし。 言いたくない事やら混乱を避ける為に伏せた事実を都合良く端折ってしまえば、 「色々あったんだよ・・・・・で、知り合いの家に居る羽目になって。それでまだ、そこに居るんだ。連絡出来なかったのは、謝る」 と、説明はこうなる。 『色々って何なんだよ・・・』 電話の向こうの彼―――――兄弟のように仲良く育った青年、ギンタの声はまだ不服そうだ。 『とにかくお前、今日は帰ってくんだろうな!?』 「え・・・・いや、ああ・・・まあ、」 ギンタの質問に、アルヴィスの受け答えは歯切れの悪いモノになる。 『何だよ? ハッキリしないな?』 「ん、いや、・・・・何というか」 ギンタはまだ知らないのだ―――――─アルヴィスの借りたばかりのあの部屋が、既に引き払われてしまっている事を。 偶然に出逢ってしまったかつての幼なじみが、アルヴィスが眠っている間に身上調査をして、自分と一緒に住まわせるべく様々な手続きを勝手にしてしまった・・・・なんて、流石に言えない。 話が、ますますややこしくなってしまう。 「帰る・・・というか、帰れないと・・・いうか・・・・・・」 ああでも、帰らないといったら心配するに決まっているな。 彼の性格ならば、迎えに行くとか言い出しかねない。なんと言えばとりあえず納得してくれるだろうか。 いや、どう言っても納得はしてくれないような気がする。 いっそ、一度外に出て顔を見せておくべきか・・・・・? そんな事をグルグルと考え。 何時の間にやら着替えさせられていた、真っ白な上質のパジャマ・・・恐らくシルクだろう・・・を見下ろしながら鞄の傍に自分の衣服が置かれていないかとキョロキョロ見回す。 「じゃあ、とりあえず一端外で・・・」 着替えを探しながらアルヴィスが逢おうと言いかけた、その時。 不意に白い指が伸びてきて、携帯が取り上げられる。 「!?」 何時の間に部屋に入ってきたのか、銀髪の青年がベッド脇に立ちアルヴィスに向かって笑みを浮かべていた。 『アルヴィス?』 携帯から漏れるギンタの声に、アルヴィスも思わず座り込んでいたベッドで膝立ちになってそちらの方へと手を伸ばす。 「ファントム――――、」 しかしファントムは取り上げた携帯を更にアルヴィスから遠ざけ、黙っているようにと言うように人差し指を形良い唇に当てて笑いながら此方を見た。 そして携帯に向かって、一息に言い放つ。 「もしもし? あのね、アルヴィス君は今日から僕の処で一緒に暮らす事になりました。そう彼の養い親であるダンナさんにもヨロシク伝えておいて下さい。いずれ、ご挨拶に伺いますので」 『へ? アンタ誰―――――』 「じゃ、そういうことで」 ピッ。 何やらギンタが戸惑った声で言いかけるのにも構わず、ファントムは一方的に告げた後、勝手に通話を切ってしまった(しかもちゃっかりまた電源も落とした)。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「ダメだよアルヴィス君、説明は簡潔にしないと」 ややこしくなるよ? ニッコリ笑って言われるが、充分に今の発言のせいで事態はややこしくなったに違いない・・・・・・ファントムのせいで。 「―――――ダンナさんの事まで知ってるんだな・・・・何処まで調べたんだ?」 けれど、もはや常識では絶対に計りきれない元・幼なじみの言動に突っ込む気にもならず。 アルヴィスは諦めた口調で、話題を変えた。 「何処までって、全部だよ?」 ファントムはケロリとした口調で答え。 「君のことなら全て。僕が君の傍から離れてしまってから、今に至るまで―――――─全部」 ベッドから少し離れたソファに腰を下ろし長い足を組んだ。 イタリアンカラーのシャツに薄手のニット、ベージュ色のパンツを合わせた彼は、この無駄に豪華な部屋にも違和感なくしっくりと馴染んでいる。 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 見目が良いと、どんな場所にも似合うんだな―――――──などと変なことに感心しつつ、アルヴィスは彼の言った内容に考えを巡らせた。 『僕が君の傍から離れてしまってから、今に至るまで』 ファントムと遊んでいたのは、確かアルヴィスが小学校に上がる少し前までの事だった。 早くに両親を亡くし、親戚の家に預けられていた頃の事である。 その家になかなか馴染めずにいた当時、アルヴィスが唯一懐き信頼していたのが4才上のファントムだった。互いの家が近所だったので、ほぼ毎日遊んでいたような気がする。 けれどもアルヴィスが小学校に上がる少し前に、ファントムは家の都合だとかで引っ越して行き―――――───アルヴィスも預けられていた家の家族が、彼1人を残して借金の返済を苦に夜逃げしてしまい他の親戚の間をたらい回しになっていた時期が暫く続いた為、お互いに連絡は取れなくなってしまったのだ。 幼かったアルヴィスはファントムが何処へ行ったのか知らなかったし、ファントム自身も恐らく此方の事情は知らなかったろうから連絡の取りようも無かったに違いない。 やがて、アルヴィスはひょんな事からギンタの父・ダンナに拾われ、同い年の息子と共に高校卒業まで育てて貰ったワケなのだが―――――───流石に血の繋がりが一切無いのに大学までのうのうと行かせて貰うのは気が引けて、家を出て自分の力だけで大学に通おうと決断した。 そしてようやく、部屋を借りバイトも見つけて、さあこれから・・・・・という所だった現在。 まだ1人暮らしを初めて間もないし、バイトも見つかってない状況だったから一緒に兄弟のように育ってきたギンタが、アルヴィスを心配するのも当然なのである。 ダンナの事を知っている上に、勝手に借りたマンションも引き払ったなどと言っているという事は、全てそれらを調べたという事なのだろう。 「―――――良く、調べられたな・・・」 如何に幼い頃に慕っていた幼なじみだろうと、今のアルヴィスにしてみれば10年以上一緒に兄弟のように育ってきた青年の方が優先順位は上である。 勝手にプライベートを調べ上げられ部屋を引き払われ、尚かつ心配して電話してきた家族との会話を一方的に切られてしまった理不尽さを滲ませながらアルヴィスは皮肉を言った。 「ふふ、僕には優秀なオトモダチがいるからね」 「・・・・・・・・・」 けれども、目の前の誰もが振り返りそうな美貌の青年には一向に、通じた様子は無い。 「君の預けられていた親戚が姿消した後、ちょっと居場所がゴチャゴチャしててそのせいで消息が掴めなかったんだけどね―――――──アルヴィス君の学生証とバイト用の履歴書で、全部追うことが出来たんだ」 「・・・・・・・・・・」 そう嬉しそうに説明されて、アルヴィスは何と答えるべきか困惑した気持ちそのままに、複雑な表情を浮かべた。 調べるには、それなりの金額が必要だという事をアルヴィスは知っている。 それが、結構な金額だという事も―――――─テレビで見た事がある。 いくら可愛がってくれていたとは言っても、アルヴィスは単なる幼なじみでしかない。 それなのに、わざわざ手間とお金を掛けて調べ上げたのはどういう事だろう? ずっと探してた、と言っていた気がする。 10年以上も前に音信不通になってしまった幼なじみを、ずっと探していたなんて。 ―――――─何故だろう? 確かに、自分にとっては忘れられない存在ではあったけれど。 「なん・・・で?」 気付けば、疑問を口に出していた。 「どうしてずっと、俺なんか・・・・?」 もう一度逢えるなんて、思ってもいなかった。 「当たり前でしょ?」 アルヴィスの戸惑いながらの質問に、ファントムは笑みを崩さないままサラリと言う。 「だって、約束したよね。―――――必ず、迎えに行くからって」 「・・・・・・・・・・・」 「僕は君だけがとてもとても大切だから―――――─絶対に迎えに行くよ、って」 銀色の髪を揺らし僅かに首を傾げながら、ファントムはアルヴィスをジッと見つめた・・・・・。 Next 6 |