『君のためなら世界だって壊してあげる』






ACT4 「嵐のDESTINY」







 有り得ない。


 幼い時以来、一度だって起こした事の無かった発作が、突然起きるなんて。

 そんな自分をタイミング良く助けてくれたのが、知り合いだったなんて。

 それも―――――───小さい時に遠くへ引っ越して連絡が取れなくなってそのままだった幼なじみ、だなんて。




 都合が良すぎる。

 これは、夢・・・・・!?













「・・・・・俺は今・・・・・夢を見てるんだよな・・・・・?」

 半身を起こした途端、視界に飛び込んできた光景に、アルヴィスは呆然と呟いた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 最初に目に入ったのは、金糸をふんだんに使った分厚い布地の高そうなカーテンと、何だか光沢からして違いそうな、これまた高価そうなレースのカーテンが引かれた大きな窓。
 その窓際にある、優雅な曲線を描いた金色の支柱付ガラスの丸テーブルと、その台の上に置かれた一体何本あるのか分からない淡い色調の薔薇の花――――薄いピンクやら黄色のやら白いのやら、とにかく沢山――――が刺さったアンティークゴールドの花瓶。
 窓横には綺麗な木目の艶のあるチェストが置かれているし、上を見れば小ぶりではあるものの、シャンデリアとしか言いようのない煌々しくも控えめな照明が吊されている。

「・・・・・・・・・・・」

 覚醒したばかりの、ハッキリとしない頭でやたらと豪勢な部屋だなと思った。
 辺りを見回せば、部屋の隅の方には柔らかそうなクリーム色のソファが置かれその後ろにはシャンデリアみたいな飾り付のスタンドライト。
 そしてアルヴィスは、その部屋で一番面積を占めているだろう幾つもの枕が並べられたキングサイズのベッドに寝かされている。
 ベッドの右手にはシンプルながら重厚感のあるサイドテーブルが置かれ、繊細な作りのシェードランプの灯りが金のトレーに載せられた水差しに慎ましく映っていた。
 白とアンティークゴールドを基調とした、すこぶる品の良い部屋。
 けれども、どうして自分が此処にいるのかが分からない。

「な、・・・・んで・・・・・・?」

 不安から、つい疑問を声に出す。
 夢の中なら、早く覚めればいいと思いながら。
 軽くサラサラと肌触りの良い掛け物を剥ぎ、アルヴィスはノロノロとベッドから這い出ようと素足を部屋に敷かれた絨毯の上に降ろした。

「・・・・・・・・・・・」

 しかし、残念ながら掛け物のサラリとして一瞬ひやりとする感触も、素足がカーペットを踏みしめる感触も現実の物でしか無く。


 此処が何処なのか、全く分からない。
 何故、自分はこんな所に居るのだろう?


「俺は・・・・どうしたんだっけ・・・・?」

 アルヴィスは寝起きのハッキリとしない頭で、必死に記憶を探った。






 確か・・・俺はバイトを探して夕方に街を歩いて―――――───


 喘息の、発作が何年かぶりに出た。


 そこに、通りかかった誰かが介抱してくれて・・・病院、に連れて行ってくれて。


 その、連れて行ってくれた誰かが。



―――――───偶然にも行方知れずだった幼なじみで。






「・・・・ファントム・・・・」

 病室のベッドで気が付いたアルヴィスに、彼は確かこう言ったのだ―――――───




―――――──とりあえず、ゆっくり休んで? 目が覚めたら息は楽になってるよ・・・・・





「・・・・・・・・、」

 確かに、彼の言っていた通りに呼吸は嘘みたいに楽になっていた。
 だが、しかし。

「何処だ? 此処・・・・」

 ベッドに腰掛けたまま困惑気味に辺りを見回し、アルヴィスは1人ごちる。
 どう見たって、この部屋はアルヴィスが運ばれた病室では無いし病院とは思えない豪華さだった。




―――――─まるで、夢のような。




 実際に見たことがあるワケでは無いけれど、何処かの一流ホテルなどのロイヤルスイートのベッドルームだと言われたら信じてしまいそうなゴージャスさ。
 だが、幾ら考えてもそんな所に自分が居る事こそ、アルヴィスには説明が付かなかった。
 あれ程苦しかった発作も嘘みたいに治まっていたし、10年以上音信不通だった幼なじみが偶然通りかかった―――――─なんて状況も信じがたい。
 更に病院での出来事も何だか、真実味に欠けるようなアヤフヤな記憶しか無く。
 もう一度眠ってしまえば、これらは全て夢で、自分の部屋で目覚める事が出来るんじゃないだろうか・・・・なんて、根拠もなく思ってしまう。
 しかし、おもむろに自分の頬を抓ってみても―――――─痛さは、現実だという動かし難い事実を示していた。

「・・・・・・・・・、」

 現実逃避をやめてみれば、急にまた見知らぬ場所で寝かされていた事に不気味さを感じ始め、アルヴィスはベッドから立ち上がりこの部屋の出口は何処かとキョロキョロ辺りを見回した。

「――――どれが出口なんだ・・・・?」

 室内には真っ白な素材で出来た、金の金具と華美な装飾が施された扉が複数あり、アルヴィスは不機嫌そうに眉根を寄せる。
 これでは、どれが出口やら全く分からない。
 これだから豪華な部屋というのは苦手だ・・・・そう思いながら、恐らく一番大きなモノが出口に違いないと判断し。
 凝った額に入れられた絵画が飾られた壁の横にある、ドアへと向かった。

「・・・・・・・!」

 が、アルヴィスがその扉に取り付けられた金細工の取っ手に手を掛ける前に、ハンドルがゆっくり下がって此方に向かい開いてくる。

「あれ? もう起きてたんだ」

 驚いて一歩下がったアルヴィスに、柔らかな声が降ってきた。

「・・・・・・・・・・・」

 驚いて視線を上げれば、アルヴィスより頭一つ分高い位置にある端正な顔が優しげに微笑んでいる。
 どうやら、幼なじみとの奇跡的な再会はやはり、夢では無かったらしい。
 レースのカーテン越しに差し込む光が銀色の髪にキラキラと反射してキレイだな・・・などと、場違いな事を瞬間的に思った。

「気分はどう? アルヴィス君。クラクラとかしない?」

「・・・・・・・・・・・」

 咄嗟に言葉が出ないアルヴィスに構う様子も無く、目の前の青年は手を伸ばし首筋から頬に掛けてそっと触れてくる。

「・・・顔色がまだあんまり良くないね。血圧が下がってるかもしれないから、ちょっと座ろうか」

 自分の顔を覗き込み、そう言うと青年―――――ファントムは、まだ状況が把握出来ず呆然としているアルヴィスの肩を掴み、傍らのベッドに腰掛けさせた。

「あ・・・俺は、別に平気・・・・」

 腰掛けた時の感触で我に返ったアルヴィスは体調は特に悪くないと尻を浮かしかけたが、両肩に置かれたままだったファントムの腕に押し返される。

「座ってて。君は3日も眠ってたんだから・・・いきなり起きあがったら血圧下がっちゃうよ」

「でも、―――――──え?」

 自分の体調を心配するファントムに、大丈夫だと再度告げようとして。
 アルヴィスは彼の言葉に引っかかりを覚える。
 あんまりサラリと言われたし、自分にもそんな覚えは無かったから、うっかり聞き流しそうになってしまったけれど。

「・・・・・・3日?」

「そう3日」

 上擦った声で聞き返せばニッコリと微笑まれたまま、頷かれる。

「・・・・・・3日、って・・・・」

 確かに。確かに、発作を起こしたのは日も暮れかけた夕方で。
 今、この部屋に差し込んでいる光を見るに、少なくとも朝か昼で。
 という事は、発作を起こした翌日にはなってるかもしれない――――という事には、予想が付く。
 けれど、何故に3日??




 せめて半日か・・・・1日、だろ?




「・・・・・・・・・・・」

 混乱し、言葉もないアルヴィスに、かつての幼なじみは楽しげな口調で説明を始めた。

「重い発作だったからね。1〜2日、入院した方が良いと思ったんだよ。でもアルヴィス君、大人しく寝ててくれなさそうだったからさ・・・・・・ちょっとクスリ使って、眠ってて貰ったんだよね♪」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「とはいっても、そんな強力なヤツは使ってないんだよ? ちょっとウトウトしちゃうくらいで。うっすら意識はあった筈なんだけど・・・覚えてないかな?」

「・・・・・・・・・・・・・・」

 覚えていたら、今、こんなに驚かなくて済んだだろうと思う。

「・・・・そんなの使う前に・・・・・ちゃんと説明しろ。事後承諾だなんて・・・・・」

 アルヴィスは頭がクラクラしてきた。
 けれどこれは絶対、血圧が下がったりしてるせいでは無くて、ファントムの非常識ぶりにあきれ果てたせいに違いない。




 クスリ盛るって何なんだよ・・・・それ絶対、治療と関係無いだろ!?




「・・・・つか、3日?!」

 ファントムの非常識極まりない行為に憤慨しかけたアルヴィスだったが、不意にそんな事よりも重要な事実に気が付いて、ザーッと血の気が引いた。

「どうしてくれるんだ!? せっかくやとって貰えたバイト、イキナリ連続無断欠勤しちゃったじゃないか!!!」

 そうなのだ。アルヴィスがイキナリに喘息の発作などを起こしてしまったあの日、ようやく条件の良いバイトが決まった日だったのである。
 そして、次の日から早速、シフトに入れて貰える事が決まっていたのだ。
 それなのに、イキナリに無断欠勤。それも3日も寝てたというのなら、連続で。

「何考えてんだよ、3日って何だよ! 助けてくれたのは有り難いけど―――――──」

 もはや、アルヴィスの中に10年以上振りに奇跡的に出逢えた幼なじみ、などといった感慨深さなど微塵もない。
 幼い頃に沢山可愛がってくれてようと、散々迷惑とか掛けてたかも知れなかろうと、そんなのはどうでも良くなっていた。
 勝手な事を自分の意志も確かめずにしでかしてくれた幼なじみに食って掛かろうと、アルヴィスが大きく息を吸い込んだその時。

「―――――─・・・・、」

「それって、○○のこと?」

 全然アルヴィスの剣幕など何処吹く風で、穏やかな雰囲気を纏ったまま幼なじみの青年がノンビリと聞いてきた。

「あ? ああ、そうだけど・・・・」

 ○○とは、アルヴィスがバイトする(筈だった)店の名前である。
 何故、それをファントムが知っているのかと訝しんでいると、目の前の見目だけは抜群に良い青年はサラリと問題発言をしてくれた。

「それなら平気だよ。ちゃんとお断りしておいたからね」

「・・・・・・・・え?」

「だから、『アルヴィス君は此処では働きません』ってお断りしておいたよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「ね? バイトの事なら3日寝てようが何だろうが、心配はいらないでしょvv」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 もう、怒りの余りアルヴィスは言葉も無い。
 というか、この男の前ではとにかく返す言葉を無くしてしまう。




 なんでっ! こんなにも! 常識的に考えたら有り得ないだろう行動ばかりを起こしてるんだ、コイツは〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!




「―――――・・・・俺はバイトが無いと、借りた部屋の家賃が、払えなくなるんだが、な・・・?」

 怒鳴り散らしたくなるのを懸命に堪え、アルヴィスは肩を震わせながらファントムを睨み付けた。
 しかし、目の前の男には全然その険悪な雰囲気は伝わらない。

「ああ、それも平気だよ。その部屋なら僕が引き払っておいてあげたからねv」

「はあーーーーっっっ!!!?」

 今度こそ本当に抑えが聞かずにアルヴィスは叫んだ。
 そんなアルヴィスを甘く見つめたファントムが、更にトンデモナイ事を言い出す。

「君は此処で暮らせばいいよ」

「・・・・・・・・・・・・・・」

 サラサラとした銀色の髪。キレイなアーモンド型をした、涼しげな紫の双眸。高い鼻梁に、薄く形良い唇。繊細で、それでいて男を感じさせる顎から首のライン。
 無表情でいればゾッとする程の容貌の美しさのせいで、人間じゃないかのような冷酷さが漂うだろう顔の作りだが、浮かべている笑みは天使のそれのようにとても柔らかく優しげだ。
 思わず、言われたトンデモナイ内容をうっかり忘れ、見入ってしまいそうな幼なじみの笑顔。

「・・・・・・・・・・・・・・」

 ファントムの有り得ない行為に憤りすぎて、動揺しているせいなのか。
 それとも、充分知っていた筈の幼なじみのキレイな顔立ちにうっかりと魅入ってしまったせいなのか。
 はたまた本当に、3日間も眠っていたせいで血圧が下がりすぎたせいなのか―――――───。

 クラクラとする頭を抱え。アルヴィスはただただ、蠱惑的に微笑んでいる幼なじみの顔を言葉もなくただ見上げた・・・・・・・・。



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