『君のためなら世界だって壊してあげる』






ACT3 「運命的な?再会-アルヴィス編-2」






 ゴボゴボゴボゴボ・・・・・・・

 何処かで、水音がしている。

 すぐ傍では、しゅーしゅーと何かの空気が漏れるような音もしている。

 息が、苦しかった。

 口元は温かく湿った空気に包まれている。

 何かが顔に貼り付いているようだった。

 暑苦しくて、息がしにくい。辛くて、顔を左右に振った。

 けれどもちっとも楽にならなくて、思わずそれを剥がそうと手を伸ばした。
 その手が、誰かに握られる。
 ヒンヤリとした、大きな手の感触。

「・・・・・・・・・・」

 ゆっくりと意識が覚醒して、アルヴィスは重い瞼を上げた。

「気が付いたかい?」

 目の前には、銀色の髪に紫色の瞳をした青年がいた。
 スッキリとした輪郭に、サラサラとした銀色の髪。キレイなラインを描いたアーモンド型の瞳、通った鼻筋、薄い唇・・・・・。
 アルヴィスが思わず見惚れるほど、整った顔の青年だった。

「・・・・・・・・・・・」

 無言で、瞬きを数回する。
 こんな顔。アルヴィスはこんなキレイな顔をした人間など、1人しか知らない。




 ファントム・・・・?




 たった1人の、幼なじみ。いつも遊んでくれた、年上の少年の名前。
 けれど呟きは口と鼻を覆った酸素マスクに邪魔されて、声にならなかった。

「ああ、そのまま!」

 握られた手を解いて、マスクを外そうと伸ばした手をまた、握られる。

「ちょっと重い発作だったからね・・・・酸素吸入して貰ってるんだよ。もう少ししたら点滴が効いてきて落ちつくと思うから、もうちょっとそのままでいて」

「・・・・・・・・・」

 発作、ときいてアルヴィスは道ばたで喘息を起こした事を思い出した。
 相変わらず息は苦しいけれど、さっきよりは断然マシになっていたし、とりあえず今は咳も出ていない。
 喋れる状態だと―――――思う。顔に貼り付いているこの、マスクさえ無ければ。

「・・・・・・・・」

 アルヴィスは無言で握られた方とは逆の手で、マスクを素早くずらした。

「! ・・・・ごほ・・・・っ」

 途端、冷たい空気が喉を刺激して激しく咳き込む。

「ああほら! まだダメだよせっかく落ち着きかけているんだから」

 すぐさま酸素マスクを元の位置に戻され、宥めるように頭を何度か撫でられる。

「・・・・・・・・」

 だが、アルヴィスにしてみれば多少咳が出ようが何だろうが、どうしても目の前の人物に問いかけたい言葉があった。
 此処は何処なのかとか、どうして此処に居るのかとか、目の前の人物に問うて分かるかどうかは不明だが、何故いきなりこんな状況に陥っているのかとか・・・・問いかけたい事は山ほどある。

 けれど、それよりも何よりも。
 目の前の、人物が誰なのかを知りたい。
 さっき、アルヴィスと名前を呼ばれた気がする。自分を、知っている?




 ファントム、なのか・・・・・?




「・・・・・・・・」

 グレーのパーカーの上に黒のジャケットを着込んだ姿の青年に、視線だけで問いかける。

「ここは、病院だよ」

 ジッと自分を見つめるアルヴィスにニッコリと笑いかけながら、青年が口を開いた。

「点滴した方がいいと判断したからね」

「・・・・・・・」

 ああそうか、病院に連れてきてくれたのか・・・・そうだよな、酸素マスクとか点滴なんて病院でしか有り得ない・・・・そう納得しつつ、アルヴィスは不満そうに眉を寄せる。




 一番知りたいのは、それじゃない。




「どうしたの?」

 アルヴィスの表情に、目の前の青年は怪訝そうな顔をした。

「まだ苦しいのかな? まあ今の状態じゃあ笑えと言っても無理だよねぇ・・・・僕は早く君の可愛い笑顔が見たいんだけれど」

 ちょっと困ったような表情を浮かべ、目の前の青年は軽い溜息を吐く。
 そして、何やら感慨深そうな面持ちでアルヴィスをジッと見つめ口を開いた。

「―――――それにしても・・・・今日は運命感じちゃったなあ!」

「・・・・・・・・・?」

 脈絡のない言葉に、何を言おうとしているのかサッパリ分からず、しかも異様に口が立つというか上手そうな(更に言えば軽薄そうだ・・・)青年に、アルヴィスは刻んだ眉間のシワをますます深いものにする。
 だが青年はそんなアルヴィスの様子に構わず言葉を続けた。

「ずっと探してたのに見つからなくて。一体何処にいるのかと途方に暮れながら君の事考えてたらさ・・・・・小さい頃の君の後ろ姿ソックリな子が、昔と同じように喘息の発作で苦しんでるじゃない。つい放っておけないとか思って近づいたら―――――───」

「・・・・・・・・・」

「君その人なんだもの、アルヴィス君」

 これって、運命感じちゃうよね! そう言って目の前の青年は嬉しそうに笑う。

「・・・・・・・・」

「12年振りだよ? キレイになったねアルヴィス君」

「・・・・・・・・」

 幼い頃に、いつも一緒に遊んでいた年上の少年。
 その少年と、目の前の青年の姿が完全に重なる。
 声も、顔も、身体も・・・今の彼は完全に大人の姿だけれど、間違いない。
 青年が言うとおり10年以上逢っていないし、こんな偶然などあるのかと思ってしまうけれども―――――─確信出来る。

「ふぁん・・・とむ、」

 アルヴィスは呼吸の苦しさも忘れ、マスクの中くぐもった声で名を呼んだ。

「ん? 君も運命を感じるって? そうだよね、ホント運命的な出逢いだよコレは! ああでもねアルヴィス君、僕といっぱい話したいって気持ちはわかるけど、ていうか僕も話したいけど! 今はまだ状態が良くないからもう少し落ちついてから話そうねvv 君の気持ちは良く分かってるからさ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 目敏くアルヴィスの唇の動きを見たらしい青年は、ニコニコ顔で自分勝手に訳の分からない話を始める。

「此処は僕の家が経営してる病院なんだ。だから君は安心してゆっくりと身体を休めるといいよ。そして、話せるようになったら今まで離れていた12年分たっぷり話そうね!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 面倒見は良いが、人の話を全く聞かずに自分の判断のみで都合良く解釈するこの性格。
 年上の幼なじみ―――――ファントムであると確信する。


 名前はまだ正式に告げて貰ってはいないが、ゴーイングマイウェイで超絶マイペースというこんな破天荒な人間を、やっぱりアルヴィスは1人しか知らなかった。



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