『君のためなら世界だって壊してあげる』






ACT2 「運命的!な再会-ファントム編-」






 一体、何処にいるのかなぁ?

 ずっとずっと探しているのに見つからない。
 けれど、諦めてしまう事はどうしても出来なくて。


 だって、約束したから。
 必ず迎えに行くと、約束したのだから。

 あの鮮やかな青色をした、大きな瞳が忘れられない。
 子供心に、この世に天使がいるとしたらこんな姿をしているに違いない・・・・そんな風に思ってしまったくらい綺麗な顔をした子だった。
 ぷくぷくとした白くて柔らかな頬に、瞬きすると音がしそうなくらいに長い睫毛、こぼれ落ちそうに大きな少し吊り上がり気味の瞳、あどけない小さな唇・・・・・子猫のような愛らしさに溢れた、自分だけの天使。



 あれから、10年以上経ってしまったから―――――───きっと、ものすごく、絶対に、相当な美形に育っていると思うんだけれど・・・・・。




「なかなか、見つからないモンだねェ・・・・興信所、変えようかな・・・」

 そんな事を口走りつつ、ファントムは日が暮れかけた薄暗い空を見上げた。
 ファントムが歩いている道には時間的にまだ人通りが多く、ぼんやりとしていれば衝突しかねない喧噪さに溢れていたが、行き交う人々を器用に避けて彼はゆっくりとした歩調で足を運ぶ。

「・・・・・・・・」

 通りの脇に立ち並ぶ建物に設置された、各種の看板を見上げ『興信所』と書かれた物が視界に入るたび、少しだけ考えあぐねるような顔つきをしつつ・・・・ジャケットを通して肌を刺してくる冷気に身を竦ませた。
 春先とはいえ、まだまだ日が暮れると肌寒い。
 これはいつも通りに、車で迎えに来て貰えば良かったかなと軽く後悔してファントムは傍らに丁度良く発見した自動販売機で温かい紅茶を買おうとし―――――─売られているそれらが全て、コールドドリンクな事に顔を顰める。
 しかし自販機などで売られている類の、ホット系のお茶は余り美味しくないしと思い直してファントムはアイスティーを購入した。
 寒かったから暖を取りたかったのだが、喉も少し渇いていたので。
 最近は小銭無くても携帯でお茶とか買えるようになったから便利になったよね―――――───そう思いながら自販機の傍で缶に口を付けていると。

「・・・・・・・?」

 すぐ近くで苦しそうな息づかいが聞こえた。

「・・・・・・・・・」

 ヒューヒュー、ぜろぜろという尋常じゃない喉鳴り・・・喘鳴は、明らかに喘息の発作を起こしている呼吸音である。
 息づかいの方に目をやれば、何台も設置された自販機の奥で1人の青年が蹲っているのが見えた。
 肩で息をしていて、かなり苦しそうだが後ろを向いている為に表情は分からない。

「・・・・・・・・・」

 呼吸音を聞く限り、すぐに収まりそうも無い発作のようだ。程度でいえば、中発作か。
 けれども、まあ、そういう酷い発作を繰り返すような患者であれば普通、サルタノールなどの発作を止める気管支拡張剤タイプのMDI(スプレー式吸入薬剤)を携帯してるものだろうし、平気だろう。
 持っていなければ間違いなく、病院沙汰だ。救急車を呼んで、ハイさよなら・・・という訳にはならないだろうから、面倒事は必至。
 面倒臭いのは嫌いなんだよね―――――アイスティーを飲みながら、ファントムはチラリと視線だけを蹲っている青年に向けた。
 未だ苦しんでいる青年の様子を見るに、彼はMDIを携帯していないらしい。

「・・・・・・・・・・」

 けれども自分が医学生であり呼吸器の勉強をある理由から熱心にしている事や、国内のものはまだ取得していないものの海外留学時に既に医師免許を取っていることなどは、言わなければ分からない事だ。
 それに、緊急時に治療を求められた時に医師が拒絶すれば罪に問われるが、名乗りでない事も別に罪では無い。




 それに僕、ここ(国内)じゃ正式に医者じゃないし学生だから、ね・・・・。




 喘息も侮ってるとホントに死んじゃうから、早く誰かが救急車呼んでくれるといいよね――――ならば自分が呼べばいいだろうに、そんな事は毛ほども考えず。
 そんな人でなしな事を思いながら、ファントムは飲みかけの缶を持ったままその場を立ち去ろうとした。

「・・・・・・・・・・、」

 立ち去ろうとしたが、足を止める。
 蹲ったままの青年が、少しだけ顔を上げたのだ。

「・・・・・・・・?」

 長めの前髪から、形良い鼻先と薄い唇、細い顎のラインが露わになる。白い耳朶と華奢な首筋が黒髪から覗く様に、ファントムは何か既視感を覚えた。

「・・・・・・・・・」

 自分がただ一つ大切に想っている存在である、幼い少年と目の前の青年の姿が重なる。
 あの子がちゃんと無事に成長していたら、丁度目の前の青年と同じくらいだろう。
 彼もまた、酷い喘息持ちだった。
 あんまり苦しそうで、可哀想で―――――───だから、医者になどなりたくないと思っていたけれどその考えを覆してまで、ファントムは医学の道を志したのだ。

 ただひたすら、可愛いあの子が、苦しまなくて済むように。
 自分が、治してあげられる為に。








「 ―――――──大丈夫?」

 気付けば、近づいて声を掛けていた。

「は・・・・ぁ、っ」

 青年が苦しそうに肩を震わせ、大きく喘ぐ。
 言葉も喋れないくらい、発作が酷いらしい。

「大丈夫?」

 幼なじみが苦しんでいた様子を思い出して、ファントムは宥めるように青年の黒髪を撫でた。

「MDI・・・スプレー式の吸入器、持ってないの?」

「・・・・んなの、持って・・・ない、」

 ファントムの問いに掠れた声で答え、青年がゆるゆると力無く首を振る。

「駄目だなぁ。喘息持ちの子は、持ち歩いてないとダメでしょ?」

「・・・・・・・」

 あの子もちゃんと、携帯してるかなあ・・・目の前の子みたいに発作起こして倒れたりしてたら心配だな。
 そんなことを思いつつファントムは青年の様子を伺った。

「うーん、・・・僕もMDIなんか持ち歩いて無いし・・・・」

 流石にやっぱり、救急車に付きそうのは面倒だし―――――─そう心の中で呟いて、ファントムはふと、自分が手にしている缶入り紅茶に目をやった。

「・・・そうだなぁ・・・・缶のアイスティーあるけど、飲んでみる?」

 軽い口調で言いながら、青年の顔を覗き込む。

「紅茶にはテオフィリンっていう気管支拡張剤と同じ成分が入ってて・・・・、」

 飲んだら少し落ちつくかも―――――──そう言いかけて、ファントムは驚きに息を詰まらせた。

「・・・・・・・・・、」

 長めの前髪と、酷く俯いていたせいで、青年の顔は今まで良く見えなかった。
 頭の形と、細い首から肩に掛けてのラインが・・・・・前髪から覗く細い顎や小さめな唇、白い耳朶が、何とは無しに探している『あの子』を彷彿とさせたから―――――──それだけの理由で、いつにない親切心を出しただけだったのに。
 苦しげに寄せられたキツク寄せられた眉、潤んでいる少し吊り上がり気味で猫めいた大きな瞳。通った鼻筋薄い唇・・・・・繊細に整ったその顔立ちは、見間違いようが無い。
 何よりも、苦しさからか幾分眇められてはいたものの、その色鮮やかに濃い青の瞳は・・・・ファントムがずっと探していた少年でしか有り得なかった。

「・・・・・・?」

 ファントムの様子を不思議に思ったのか、青年がその長い睫毛で煙るように隠されていた青い瞳で此方を見上げる。

「―――――─アルヴィス君?」

 信じられないという気持ちのまま、存在を確かめるようにファントムは幼なじみの子供の名を呼んだ。

「・・・・・・・・、」

 青年の表情が、ハッキリと変わる。
 だが、もう青年には限界が訪れていたようで、次の瞬間にはその綺麗な顔を苦しげにまた歪め、ファントムの腕の中へと崩れるように倒れ込んできた。

「・・・・・・・・・・・」

 青年の喉元に耳を近づけ、喘鳴が小さくなっている事を確かめてファントムは軽く舌打ちをする。脈も速いし、唇も血の気が無くなってきていた。 重度の発作である。
 もう一刻の猶予も無かった。
 先程までの面倒くさがりようとは打って変わって、ファントムは素早くジャケットから携帯を取り出し緊急ダイヤルをプッシュする。

「・・・もしもし? ウチの救急車、至急ここに回して。場所は・・・・・・」

 的確に用件を告げた後、ファントムは弛緩したままの身体を優しく抱きしめた。

「大丈夫だからねアルヴィス君。僕が君を助けてあげるから―――――───」


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