『Bird Cage』 ACT2 「・・・・やっぱり、声がちゃんと聞こえないのは楽しくないからね・・・」 そう言って、ファントムはアルヴィスの口に噛ませていた猿轡のベルトに手を掛けた。 「舌噛んでも無駄だよ。どうせ死ねないし、痛いだけだ」 「・・・・・っ、」 軽い口調で忠告し、少年の口から猿轡を抜き取る。唾液の糸を引いて、器具が石畳へと投げ捨てられた。 「・・は・・ぁっ、」 口枷が苦しかったのか、アルヴィスが大きく息を吐く。 先程の無理矢理な追い上げが相当にキツかったのだろう、少年は未だグッタリとして頭を床に付けたまま目を閉じていた。 開かれた下肢はそのままに、小刻みに震えている。口の戒めを解かれた事にも反応しなかった。 強引に吐精させられた事がよほどショックだったらしく、死んだサカナのように、ただ力無くその身を横たえている。 けれど、それでも彼は美しかった。 汗ばんで黒髪が一筋頬に貼り付いている様も、疲労の影が覗く長い睫毛を伏せた目元も、未だ荒い呼吸を続けている濡れた唇も・・・口の端から伝っている透明な唾液ですらも・・・・酷く扇情的な眺めであり、美しかった。 「―――――──・・・」 ファントムはおもむろに、解放してすっかり萎えてしまったアルヴィス自身に手を伸ばす。 「・・・・・!」 びくっとアルヴィスが怯えるように目を開いた。 「・・・ちょっと、血が出ちゃったね。でも、気持ちよかったでしょ?」 先端に近いくびれ部分に伝っていた粘液を指先で掬い取り、それが薄赤く染まっているのを目にしながらファントムは楽しそうに笑った。 「―――――こんなに、出たもんね・・・・気持ち良かった?」 「・・・・・・・・・・・」 答えようが無いのだろう。アルヴィスは唇を噛んで何も言わなかった。 「ねえ僕聞いてるんだけど。・・・・気持ちよかった?」 少年が困るだろう事を承知の上で再度訊き―――――、ファントムは先程アルヴィスが吐き出した体液を、腹に塗りつけるように撫であげる。 「・・・・・っ、」 少年の身体が声もなく、びくびくとまた震えた。 半透明な白い液体は、きめ細かな少年の肌の上でヌラヌラと広がり、アルヴィスの腹に卑猥な艶を与える。 ファントムは指と手の平に付着したアルヴィスの体液を、少年に見せつけるように舌で舐め取った。 「ふふっ・・・アルヴィス君の味がするね」 「・・・・・・・!?」 苦みが少なく、まだ青臭ささえほとんど感じられない薄い蜜を味わいながらファントムがそう言えば、アルヴィスは言葉も返せないまま身を震わせ唇を噛み締めた―――――─悔しさと屈辱が入り交じった、複雑な表情で。 その顔を眺めつつ、ファントムは口を開く。 「じゃあ・・・次いこうか?」 再び少年の顔が強張るのを楽しげに見やり、ファントムは舌舐めずりしてニッコリと笑みを浮かべた。 「もっと気持ちが良くなる事をしてあげる。・・・アルヴィス君から僕にもっとしてってお願いしてくれるようになるくらい―――――気持ち良く、ね?」 「・・・・・・・・、」 少年の喉が、ひくりと嚥下するように動いた。 羞恥に赤くなっていた頬から血の気が失せ、青い瞳が絶望の色を浮かべて揺らぐ。 「なにが・・・・、」 何度も噛み締めたせいで赤く染まった唇が、喘ぐように言葉を漏らした。 「何がしたいんだ、お前は・・・こんな事して、何が、楽しい・・・・・?」 此処に連れてこられてから初めて、言葉を発する。掠れた声だった。 「こんな生き様を晒して生きるくらいなら、俺は・・・」 「―――――─死にたいとでも?」 「・・・っ、」 ファントムがアルヴィスの言葉を先回りして言ってやれば、少年は図星だったと見えて口を噤んだ。 愚かな事だ・・・と、ファントムは思う。 こんな事して何が楽しいのかとも、アルヴィスは真顔で聞いてきたけれど。 楽しいからに決まっている。 楽しくないのに、無理してこんな行為をやるほど飢えてはいないつもりだ。 ずっとずっと、欲しかった。 この手に入れたいと思っていた存在だった。 全てを奪い去りたい――――自分のモノにしたい。 初めて見た時に、頭で考えるより先に身体が欲した・・・・震える小さな身体を爪が喰い込む位にキツク抱きしめ、そのまま柔らかな首筋に歯を立てて、全てを喰らい尽くしてしまいたいような衝動に駆られた程。 それくらい、身体が欲したのだ―――――─アルヴィスを。 骨も肉も内臓も、全てを喰らい尽くして体内へと取り入れられたら・・・・・どんなにか満たされるだろう・・・・そう思った。 食べたいな―――――─目の前で震えている子供を見て、素直にそう感じた。 けれどもそれが、その強い衝動の正体が征服欲であることもファントムは自覚していた。 この子を自分だけのモノにする・・・・永遠に。 アルヴィスを征服する。支配する。 全てを奪い、心も身体も奪い尽くす―――――─そう、出逢った時から決めているのに。 「・・・・・・・・・・・・・・」 ファントムは静かな笑みを浮かべた。 死なせてなどやるものか。君は永遠に僕だけのモノ―――――。 「・・・駄目だよ。その願いは叶わない・・・永遠に」 ゆっくり、言い聞かすように答えてやる。 「だって、君は僕と一緒に永遠を生きるんだもの。・・・絶対に死なせてなんかやらないし、どんなことしたって生きて僕の傍に居て貰うよ」 「・・・・・・・・・・」 「今みたいにこうして鎖で繋いでるのもいいし、薬で身体の自由を奪ってもいい。・・ああ、肘と膝下から手足斬り取っちゃうのもいいかな・・・・――――アルヴィス君が、いう事を聞かないっていうのなら・・・ね?」 四つん這いになって、よちよち歩くのも動物みたいできっと可愛いよ。そう言ったら、ファントムを見上げる少年の瞳に浮かぶ絶望の色が、ますます深くなった。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 少年が黙り込む。 もう彼の口を無理矢理に閉ざしていた猿轡は、何処にも無いというのに。 アルヴィスはただ言葉も無く、顔面を蒼白にしてファントムを見上げていた。 「・・・ヤダなあ。僕の言うことを聞かなかったら、って言ったんだよ?」 アルヴィスがすっかり怯えてしまったらしい事に気付いたファントムは、ふわりと優しい笑みを浮かべる。 「だからこうして、アルヴィス君が大人しくしていてくれるんだったら、別に酷いことなんてしないよ?」 本気だった。ファントムには取り立てて苛めようという意志は無い。 ただ、快楽を知らないらしい少年に、未知の感覚を教えてあげようとしているだけなのだ。 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 それなのに少年は、キレイな顔を強張らせたまま弱々しく首を横に振った。 怯えを色濃く顔に貼り付け嫌々をするように首をふる姿は、いつもの気丈で誇り高い彼とはまるで別人で―――――年相応に幼く見える。 そんな少年を可愛らしく思いながら、ファントムは目の前の肢体に手を伸ばした。 「ふふっ・・・怖くないよ。アルヴィス君が悦んでくれることしてあげるんだから・・・・」 「――――!?」 そう言って少年の後ろで拘束されている腕を掴み、グイッと床に俯せにひっくり返した。 そして腰骨を掴んで臀部を後ろに突き出させるように高く持ち上げる。 「・・・な・・・っ、?」 片頬を石畳に押しつけるようにしながら、アルヴィスが不自由な体勢でファントムを振り返った。羞恥よりも、困惑の色の強い表情だ。 「え、だから楽しい事だよ。アルヴィス君が悦んでくれることをしてあげる」 細い腰を掴んだままそう説明してやれば、アルヴィスは何故かまた急に暴れ出した。 「・・・・やだっ! もうあんな事はっ・・・・・拷問なら拷問らしく、いっそ切り刻んでくれ・・・!!」 あんな風にされるのだけは耐えられない―――――そう懇願するような口調で訴えてくる。 必死の形相だった。 「手でも足でも目でも何でも! 切り落とせばいい抉ればいい・・・!!」 だからもう、さっきのような辱めだけは。 悲痛な響きの篭もった声で少年は繰り返しそう叫び、自由にならない身体で抵抗を試してきた。 懸命に体勢を戻そうと藻掻くものの両腕は後ろで拘束されたままであり、今のようにファントムによって腰を高く持ち上げられ、頭と両肩を床に押しつけられた状態では、身動きすら満足にするのは不可能なのだが。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 どうやら、先程の行為を、どうしても彼は受け入れられなかったらしい。 快楽を屈辱と受け取ってしまう程に、この少年の精神はまだまだ幼いのだろう・・・・そうファントムは結論づける。 「――――そのお願いは聞けないよ。拷問になんか掛けちゃったら、君の身体に傷が付くじゃない」 アルヴィスの懇願をアッサリと退け、ファントムは首を横に振った。 「・・・・・・・・・・」 何にせよ。 アルヴィスが暴れて、自分のお気に入りのキレイな顔がこれ以上傷付くのは嫌だったので、ファントムは少年の腰から手を離し、彼の両腕を拘束している鎖を腕が捻れるように少しだけ引っ張り上げた。 「・・あ・・・うっ!」 途端、アルヴィスが苦痛の呻き声を上げ、身体の動きを止める。 「駄目だよ。顔にまた擦り傷出来ちゃうでしょ? 大人しくしなくちゃ」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 「無理に動くと、肩が外れるよ。―――――外れたままでも、僕は構わないけど」 「・・・・・・・・・・」 そう優しく言い聞かせて鎖から手を離せば、少年はもう藻掻きはしなかった。 「いい子だねアルヴィス君」 「・・・・・・・・・・・・・・」 手で身体を支える事も出来ず冷たい床に頭と肩を押しつけ、膝を立て両足を大きく開いた体勢で、全てをファントムの目に晒して―――――──少年が再び強く唇を噛み締めるのが見えた。 Next 3 |