『Anything is done for you』
初えっち編 ACT4
――――――キスをしていいか、と聞かれた瞬間。
心臓が飛び跳ね、頭の中が真っ白になって。
アルヴィスは思わず、逃げ出したくなるような衝動に駆られた。
インガのことは、大好きで。
キスだって、・・・何度もされている。
触れ合った唇からは、じんと痺れるような甘さが伝わって。
・・・その感覚は決して嫌なモノでは無くて、むしろ後からジンワリと何か満たされたような気持ちになれるのに。
――――――至近距離から囁かれたその声が、自分を見つめる眼差しが。
いつもと変わらぬ優しい声で、同じアクアブルーの瞳なのに・・・違う色を含んでいる気がして。
その違う色が、アルヴィスの中に今まで知らなかった『感覚』を生じさせる。
その感覚に、アルヴィスは酷く動揺した。
心臓がドクドクと脈打って、息が苦しくなり身体が熱くなってくる。
こんな感覚は要らない、知りたくない。
そう感じた瞬間、・・・・逃げ出したくなったのだ。
けれど。
逃げたら確実に――――この、年下の恋人を傷つけるだろうと同時に考えた。
インガの事を思ったら、アルヴィスは頷く事しか出来なくなる。
彼が意地悪しようとしたり、困らせたりするつもりで、そんなことを言い出したのでは無いだろうことだけは、アルヴィスにだって分かる。
いつだってアルヴィスのことを最優先してくれて、自分の欲求はほとんど口にしない彼だからこそ、・・・数少ない彼の『お願い』なら何だって聞いてやりたいと思う。
そもそも一緒に寝てるのに顔も見れないのは寂しい、こっちを向いて欲しいと望んだのは、アルヴィスだ。
単純に、好きな相手にくっついて眠りたいという欲求からの言葉だったが、キスだってその延長線上にあるモノなのかも知れないし。
―――――――そう、・・・だよな。
俺達、・・・そういうことする関係、だよな・・!?
何度も何度も心の中で、これが普通だ。
恋人同士は、キスだってするものだ・・・そう、心に言い聞かせて。
アルヴィスは、懸命に動揺する気持ちを抑えて目を閉じた。
「失礼・・しますね・・・?」
そんなアルヴィスに、インガがゆっくり近づいてくる気配がして――――――そっと唇が合わせられる。
「・・・ん・・・っ、」
その感触に、自然と鼻に掛かった甘い声が漏れ、慌ててアルヴィスは息を詰めた。
インガとのキスはアルヴィスを幸せな気持ちにさせてくれるが、同時に酷く緊張する時間でもある。
何故なら、キスされている間・・・・アルヴィスは、どうしていれば良いのかが分からない。
手と手が触れている場合、つまり握手や手を繋いでいる状態ならば、相手の手を握り返せば良いし繋いだままでいればOKだ。
けれど、唇と唇が触れ合っている場合は――――――どうすれば良いのか。
目は、・・・2回目のキスの時に閉じて欲しいと恥ずかしそうにインガに言われて以来、閉じるモノだと分かったし。
される瞬間まで、おとなしく待っていればインガの唇が降りてくるものだというのも理解した。
だが、そこからが問題である。
唇を押しつけられたら、アルヴィスはインガに何をしたら良いのだろう?
握手なら、握り返して離せばいい。
手を繋いできたのなら、そのまま握り返し、互いに繋いだままでいればいい。
でも、触れているのが唇だったら?
目を閉じて、インガの唇が触れてくるのを待って、それでまた離れていくのをそのまま待っているだけでいいのだろうか。
しかし、いくら考えても恋愛経験値が皆無なアルヴィスには結論が出ない。
分からない場合は、勉強だったら自分で調べたり、誰かに聞いたりするのが鉄則だ。
とはいえ、内容が内容だけに、・・・どうやって調べたらよいのか見当も付かないアルヴィスである。
図書館の本にあるとは思えないし、家にはパソコンが無いから検索しようも無いし、学校で調べるのは抵抗があるし―――――――誰かに聞くのも、やっぱり嫌だった。
そんなの誰かに聞いたら、自分とインガがどういったことをしているのかがモロバレになってしまう。
そんなの有り得ないくらい恥ずかしいし、バレた日にはインガにだって迷惑を掛けてしまうだろう。
かといって。
キスの相手であるインガに聞くのも、――――それはそれでアルヴィスのプライドが許さなかった。
だって、インガはアルヴィスの1つ年下。
自分の方が先輩なのだから、そういった知識だってアルヴィスの方があって当たり前。
いくら、最初にキスしてきたのがインガの方だったからといって、・・・アルヴィスが後輩のインガに教えて貰うというのは・・・・恥ずかしすぎる。
それでも、まあ――――――キスが一瞬ならば問題は無いのだ。
唇が触れ合って、一瞬で離れるのなら、アルヴィスだってこんなに悩まない。
しかし、それが長く続く場合、どうしたって障害の壁に突き当たる。
――――――果たして、息はどうしたらいいのか?
唇を触れ合わせているから、呼吸が出来ないのだ。
息を詰めているのにも限界があるし、せいぜい1分程度しか止めてはいられない。
キスの最中の息はどうしたらいいかなんて、恥ずかしすぎるし先輩としてのプライドがあるから口が裂けたって聞けない。
だけどかなり、切実な問題ではある。
インガとのファーストキスを済ませる前は、何となくキスの最中は息をしないものと思い込んでいたのだが――――――・・・一瞬触れて、それで終わりじゃない場合はどうなのか。
1番手っ取り早いのは、キスしている最中の、相手(インガ)の様子を伺うことだろうが。
それはそれで、・・・アルヴィスも最中はかなりテンパっている為に、それを気にしている余裕は無い。
そんなのに意識が向けられるくらい余裕があるなら、恐らく呼吸法だってアッサリ攻略しているに決まっている。
その内に苦しさの余り、インガを突き飛ばしてしまうか、酸欠でばったり倒れてしまいそうだ。
恋人同士のキスは甘くて、幸福感に満たされる素敵なモノだというけれど。
アルヴィスの場合そうなってくれているのは、最初だけで。
中間から後半に掛けては、単なる息堪(こら)えトライアルと化すのである。
それを考えると、どうしてもキスに尻込みしたくなるアルヴィスだった。
――――――も、・・もうダメだ、限・・界。
「・・・・ん、・・う」
つい、苦しげな声が漏れる。
インガには、気付かれたくないのに。
自分の方が1つ年上なのだし、恋愛面でだってリードしなくてはという気持ちだけはしっかり持っているのに。
実際は、付き合うのだって具体的にどうすればよいのか分からず、困っている状態で。
こんなキス程度でも四苦八苦してるなんてことは、――――――知られたくない。
「・・・う、・・」
しかし、そんなアルヴィスの想いとは裏腹に。
眉間に勝手にシワが寄り、喉奥からは声が漏れ出る。
思いっきり、苦しいと訴えている表情だ。
至近距離に居るインガが、気付かない筈も無い。
「あっすみません・・・!」
そう叫び、慌ててアルヴィスから身体を離してくる。
「・・・・・はぁ・・・・っ、は・・・・!」
違う、インガのせいじゃない――――そう伝えたいが、呼吸が整わずに荒い息しか吐けなかった。
「えっ? あっ・・すみません・・・!」
アルヴィスの様子を見て、インガが益々恐縮したように謝ってくる。
「・・・いや・・ちょっと、息が、・・出来なく・・・て。俺こそ・・ごめ・・・」
そのインガに、アルヴィスこそが慌てた。
情けないのはアルヴィスで、彼は何も悪くないのに。
「息が・・・!!? ボク・・そんなに・・・・・・っ、」
けれども、アルヴィスの言葉にインガがまた申し訳無さそうな顔をした。
「・・・すみません」
「え? あ・・・違っ、・・・・そ・・・じゃなくてっ、」
繰り返し謝ってきて、まるで捨てられた子犬のような顔になった恋人に。
アルヴィスの方が、狼狽(うろた)えてしまう。
「あ・・・と、その、えっと、・・・・」
違うんだ、インガは悪くない。
キスが下手くそで、息を続かない俺が悪いんだ。
・・・そう言ってしまえば済むのだろうが、それはそれで、言いづらい。
だがこのままでは、インガは自分が悪いと思い込んでしまうだろう。
それはダメだ。
「だから、・・・息出来なかったのは・・・・」
恥ずかしさを堪えて、アルヴィスはボソボソと口を開く。
バレてしまうのはかなり恥ずかしいが、それより何よりインガが傷付くのは嫌だった。
アルヴィスは恥を忍んで、喉から声を絞り出す。
「・・その、・・インガのせい・・じゃなくて、・・・」
その次に続けた、俺が勝手に息を止めてたせいだ――――――という言葉は。
消え入りそうなくらい小さな声になってしまって、インガの耳に届いたのかどうか、分からなかった。
「・・・・すみません、」
だがアルヴィスがゴメンと言おうとする前に、恋人の、何度目かになる謝罪の言葉をまた耳にする。
謝るのは俺の方だろ――――そう口を開こうとした次の瞬間、アルヴィスはインガに抱き締められていた。
「・・・・・・・・・」
「・・次はちゃんと優しくしますからっ・・・もう・・1回、・・・いいですか・・・・?」
そして耳元へ、そっと甘く囁かれる。
インガの少し硬質な印象を受ける、少年らしさの残った声がアルヴィスは好きだ。
でも今のその声は、ちょっぴり震えていて。
縋るような響きが篭もっていた。
「・・・・・・・」
アルヴィスはそっと、少しだけインガから身体を離し彼を見つめる。
淡くグリーンがかった銀糸の髪が、彼の僅かな身じろぎにすらインガの白い頬に、サラサラと滑り落ちる。
キラキラと輝くその髪の動きが、とてもキレイで。
「・・・・・・・・・・」
アルヴィスは無意識に、唇を綻(ほころ)ばせた。
初めて彼に会ったときから、――――――その色に心惹かれた。
色素の薄い銀糸の髪は、大好きだった幼なじみと色が良く似ていたから。
色白の整った顔だちや、育ちが良さそうな雰囲気も似ていると思った。
だから最初は、彼の瞳がなぜ紫じゃないのかと、内心で少し惜しく思ったくらいで。
けれど今では。
インガの瞳には、その澄んだ水青色の瞳こそが相応しいと思っている。
真っ直ぐな気性で正義感が強くて。
良い物は良い、悪いモノは悪いと・・・・真面目で、物事の善悪をキッパリと両断してしまうような潔(いさぎよ)さを持つ彼には、その透明な薄青色がとても良く似合う。
強い光を宿しキラキラと輝く、彼のアクアブルーの眼が、今は何より気に入っているアルヴィスだ。
真面目で、部の練習も熱心で。
何くれとアルヴィスに気を遣い、献身的な態度で尽くしてくれるインガの性格に絆されて、交際をOKしたアルヴィスだけれど。
こうして眺めれば、外見だってそれなりに好みだったのだと実感する。
長い前髪を半ばで形良くスッキリと分け、賢そうな額を露わにした面立ちはそれなりに整っていて――――――周囲の女子が、騒ぐのも仕方ないだろうと思わせる精悍(せいかん)さを伴っている。
少しキツめな印象を受ける大きな瞳に、通った鼻筋、意志の強そうなしっかりした口元・・・それらの1つひとつが、きちんと形良く整っていて――――――意識した事は無かったけれど、美少年だったのだと今更に気がついた。
どことなく育ちの良さを感じさせる物腰や漂う雰囲気は、なるほど影で王子と呼ばれているらしいのも納得である。
インガの顔と纏(まと)う雰囲気には、確かに正統派の王子様・・・といった趣(おもむき)があるかもしれない。
「・・・・・・・・・・」
その王子さま然とした顔が、とても不安そうな色を浮かべていて。
さっきも思ったけれど、まるで子犬のようである。
アルヴィスを見つめるインガは、飼い主を見上げひたすら主の機嫌を伺っている時の子犬そっくりだ。可愛い、かも知れない。
王子さま顔なのに、犬。
それも子犬・・・・ワンコと呼びたくなるような、可愛らしさだ。
しかも今、彼にそんな表情(かお)をさせているのは間違いなくアルヴィスで。
そう思ったら、・・・・すごく。
すっごく、――――インガの嬉しそうな顔が見たくなって。
彼に、とてもとても・・・飛びつきたくなった。
抱き付いて、擦り寄って。
インガを間近に感じて、・・・・それから。
どうすればいいか分からなかったけれど、とにかく彼の1番近くにいきたいと思う。
「・・・・・ああ。俺も、・・・した・・い」
だからイエスという言葉は自然に、アルヴィスの唇から零れ出た―――――――。
NEXT ACT5
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言い訳。
今回は、アルヴィス視点でお送りしました。
なので時間軸的には、全く進んでないんですよね話が(爆)
でも、1度アルヴィス視点で書いておかないと、アルヴィスがインガの事をどう思ってるのかわかりにくいだろうなーと思いまして!(笑)
インガだけじゃなくて、アルヴィスも鈍いなりにちゃんとインガのことが好きなんですよ想ってるんですよ・・ってトコをアピールしたかったのです。
とはいえ、全っ然、インガがキスの先までしたがってるっていうのは気付いて無いですけどねアルヴィス!!(爆笑)
次回はようやく、進展しそうです。
実はこの話、途中まではすっごいまどろっこしい展開なんですが、・・・後半いけば行くほど、かなり濃厚な話になっていくんですよね・・・(爆笑)
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