『Anything is done for you』





初えっち編 ACT3







 自分と恋人以外、誰もいない家で2人きりで過ごす。

 ―――――それはインガに、予想以上の精神への激しい動揺を引き起こすモノだったらしい。



 姉と2人暮らしで、普段からほぼインガが食事を担当しており、料理は手慣れたものである筈が・・・指先を切ったり火傷をしたり。
 アルヴィスにと、持って行った飲み物のグラスをひっくり返して零したり、およそ常の彼らしからぬ失敗をしまくった。

 挙げ句に、それほど動揺をもたらすくらい大切な恋人に話しかけられても上の空、・・・という失態まで演じてしまったインガである。

 それくらい、アルヴィスをいつも以上に意識してしまった。

 ――――――いつもは頭の片隅に追いやり、努めて考えないようにしていた部分を、だ。



 インガにとって、アルヴィスは。
 ある意味、憧れるあまりに神聖視して、女神のような不可侵の存在である。

 あんまり大好きで、インガにとっては完璧で理想的過ぎて、・・・自分の手で触れるのは恐れ多い―――――・・・そんな気がして。
 触れたいと思ってしまう反面、実際に邪(よこしま)な想いで触れてはいけないし、そんなことを考えるのすら禁忌だ・・・と、自分で自分を戒(いまし)めていた部分。





 それなのに。

 その戒め部分を――――――他ならぬアルヴィス本人が、簡単に突き崩してくれた。










 瑠璃色の光沢を放つ濡れ髪が張り付いた白い頬は、上気して仄かな薔薇色になり。

 同じく薄紅色に染まった目元には、長い睫毛が影を落としていたりして。

 薄く開いた唇だって、湯上がりで血の巡りが良いせいか、ほんのり赤みが増していて。


 もうとにかく、・・・・欲情して下さいと言わんばかりの状態を晒してくれたのだ。



 慌てて顔から視線を剥がそうとして、もっと下にと目を向ければ。


 片手で覆ってしまえる小さな顔から、細い首筋、骨張った肩・・・腕、肘から手首、そして指先までを、しなやかについた筋肉が薄い皮膚を通して浮かび上がり流れるようなラインを作りあげていて。




 ――――――これまた、目に毒だった。




 剥き出しになった白い肩、というのはとてつもなく魅力的で。

 思わず、背に腕を回してその華奢な首裏を撫でて感触を確かめ、・・・・細い肩を掴み薄い肉に内包された骨の形をなぞりたくなる。
 首筋から肩、そして腕・・・指先に至るまで全部に口づけてその美しいラインを辿り、堪能したいような欲求に駆られてしまうのだ。

 もちろん、首筋や鎖骨、うっすら分かる肋(あばら)や腹筋・・・形がハッキリ認識出来る腰骨の辺りはもう、言わずもがなである。


 アルヴィスが元々スレンダーな体型であることは、服の上からでも部活時の着替えの時でも伺えたし分かっていたが、流石にマジマジと、その身体を眺めたことは無かった。

 そんな不躾(ぶしつけ)なことは出来ないと思っていたし、そもそもアルヴィスの顔立ちの美しさに心奪われていたため、顔の下まで観察する余力が無かったというのが本音だ。


 けれど、あんな風に――――――下にスウェットを履き、首にタオルを引っかけただけの状態で目の前に来られてしまったら。

 どうしたって、目線は・・・彼の身体に向かってしまう。

 普段であればじっくり観察などは出来ないし、する機会も無かった、恋人のしどけない姿が晒されているのだから・・・・・・・不可抗力のようなものである。

 くっきり浮かんだ鎖骨や、薄い胸から臍(へそ)・・・下腹に至るまでのなだらかな起伏だとか。
 ちゃんと内臓が納まっているのかと、心配になるくらい細い腰だとか。
 翼が生えて来てもおかしくないような、肩胛骨(けんこうこつ)と背骨の形がハッキリ浮き出た、シミ1つ無い真っ白な背中だとか。

 挙げ句には、裸足の爪先にすら・・・・何だか過剰反応してしまう自分がいた。


 ――――――要は、非日常的光景にとことん弱いインガである。



 アルヴィスが、そういったことには鈍くて。
 全くインガの様子を勘ぐらなかったのだけが、救いだった。


 彼はあんまり落ち着きのないインガの態度と、常らしからぬ赤面している様子に。
 熱でもあるのか? と、1度額をくっつけて熱の有る無しを計って来ただけである。

 恐らく彼の中には、家族が出掛けた恋人の家に泊まる・・・・というのがどういう意味になるのか、そこら辺の意識も存在しないのだろう。
 そんな方法で熱を測られ、反射的に飛び退いたインガの動揺っぷりなど、まるで理解していなかった。

 インガに最初に言われた通り、制服が濡れていてそのまま持ち帰ったら半端に渇いてシワになってしまうから――――――今日はここで御厄介になろう、きっとそんな程度であり。
 必然的に、インガがこんなにアルヴィスを意識しまくっているのも、分かっていないから気付かない・・・といった調子である。








 食事中も、その後のテレビなどを見ている憩いの一時(ひととき)も。

 インガにとっては、とても楽しく貴重な時間ながら・・・それでいて酷く神経を使う一時となった。


 お陰で、さあ寝ようという段になった時には気を張りすぎていたせいか、すっかり身も心も疲れていたインガである。

 しかしそれはそれで、良いとも思った。
 これ程疲れていたら、一緒の部屋に寝ても間違いは起こさなくて済む。

 アルヴィスと一緒の部屋に眠れるのは嬉しいが、どうにも自分の理性が持つのか不安だったインガとしては――――――・・・ある意味、ありがたかった。






 だというのに。





「じゃあ、布団敷きますね。
 アルヴィスさんはベッドの方がいいですか? それとも布団の方が・・・」


 などと言いながら、インガが部屋から出て客用布団を持ってこようとした時。

 事態は予想外の方向へと、シフトしてしまったのだ。


「あ、いいよ敷かなくて」


 本を読んでいたアルヴィスが、インガの方を向いてそう言ってくる。


「え、でも・・」

「俺達なら、ここで一緒に寝れるだろ?」


 どういう意味かと戸惑うインガに、アルヴィスはベッドを指し示しながら、笑顔でさらっと爆弾を落とした。


「わざわざ布団敷かなくても、このベッド大きめだし2人で寝れるぞ」

「えっ!? ・・・・ぇぇえええ・・・・!!?」


 驚き過ぎて、意味のある言葉は何一つインガの口から出てこない。

 ようやく普段の白さを取り戻しつつあった頬にまた、血が上ってくる。







 寝るって、・・・寝るって・・・一緒に??

 一緒のベッドで、2人で、・・・寝る!??



 それってつまり、同衾(どうきん)ってことで。

 ・・・同衾って言えば、特別な関係になることも意味合い的に含まれるって言うか。


 え、特別な関係、・・・特別に・・・なっちゃっても良いってこと、・・・ですか??





 一瞬で、脳内が沸騰し、そっち方面の想像で頭が一杯になった。

 けれど、次の瞬間、インガは脱力する。






 ――――――そんなワケ無いよな、アルヴィスさんだし・・・・。






 今まで散々舞い上がり、そして撃沈した記憶が蘇って、そっと頭を振った。

 そう、アルヴィスがそんな意味で言い出すなんてことは、天と地が逆さになったって有り得ないに違いないのだから。
 期待するだけ、虚しくなるのがいつもの事である。


「俺、・・・いっつもギンタと一緒に寝てるからさ。
 なんか、布団に1人とかって落ち着かなくて・・・出来ればインガと一緒に寝たいんだけど・・・・」

「・・・・・・・・・・」


 ほら。実際の理由はやはり、そんなものだ。

 アルヴィスに、そんな艶っぽい理由など期待してはいけない。
 ガッカリするだけなのだ。


「・・・・・・・・・・」


 どうしても憮然としてしまう顔を隠せないまま、インガはむっつりと黙り込む。

 高校生にもなって独り寝が嫌だだなんてどんなお子様だよと、アルヴィス以外の人間が言ったならインガは冷たい目で見ながら、そう言い放つだろうに。
 ――――――いつも一緒に寝ているというギンタに今、どうしようもないくらい衝撃を受け、嫉妬してる辺りが自分でも救いようが無いと思う。

 だが、好きな人と一緒に寝れるなんて、どんな理由からだろうと嬉しいに決まっている。
 それこそ、身も心も一つに解け合いたいと願うほど・・・ゼロの距離感にとてつもない憧れを抱くほど・・・大好きなのだ。
 その距離が縮められるのなら、どんな理由からだって嬉しい。

 躊躇うのは、ただただ・・・・自分が衝動を抑えられるかどうかの不安からのみである。

 うっかり我慢出来なくて、手を出しかけて――――――それで嫌われてしまったらと思うと。
 一緒に寝られるのは嬉しいが、ココは心を鬼にして断るべきじゃないかと警鐘を鳴らす自分がいるのだ。

 アルヴィスに嫌われたらきっと、インガは生きていけないくらいのショックを受ける。

 君子(くんし)危うきに近寄らず・・・じゃないが、そういったリスクは避けるのが常套(じょうとう)だ。


 けれど。


 アルヴィス本人がインガの方を伺うように、上目遣いで見つめてきて。


「・・・・ダメか?」


 なんて聞いてきた日にはもう、・・・インガの諸事情だとか決意なんかは、風の前の塵(ちり)状態。
 あっさり吹き飛んで、1秒後には頷いている。


「いえ! 全然大丈夫です・・・!!」


 眠れないまま、ひたすら悶々とする気持ちを抑えつけながらアルヴィスの可愛い寝顔を眺めて、そのまま朝を迎えることになるんだろうなー・・・なんて予想が付いてたって、笑顔で了承だ。
 アルヴィスの願いを断ることなど、インガには考えられない。


「じゃあ、・・・一緒に寝ましょうか・・・!」


 ・・・・・自滅の道を辿ってるなあ。

 そう思いつつも、インガはアルヴィスに向かってニッコリ、引き攣(つ)った微笑を浮かべたのだった――――――――――。

























 セミダブルに近い大きさはあるものの、れっきとしたシングルベッド。

 本来1人用のベッドに2人で横になれば、どうしたって肩と肩は触れ合うし、ふとした拍子に足が接触する。
 第一、顔の位置が近い。

 これで意識するなというのは、至難の業(わざ)だ。


「俺、普段は布団だからベッドってなんか新鮮だな・・・」


 けれど、Tシャツにスウェット姿のままインガのベッドに潜り込んできたアルヴィスは、そんなことはまるで意識していないようで。
 普段は寝ていないベッドで眠れることを、無邪気に喜んでいる様子だ。

 嬉しそうなアルヴィスを見るのはインガだって幸せだが、・・今に限っては、そうも言っていられない。

 そんな余裕、無いのである。


「・・・・・・・」


 アルヴィスを視界に入れたら、大変なことになる気がして。

 でも、壁の方に身体を横向けアルヴィスに背を向けるのは、失礼な気がして。

 とはいえ、こっち向きにゴロンと身体を横向けているアルヴィスの方へ向き直る勇気は無く。


「・・・・・・・・」


 結果、天井をひたすら見上げながら仰向けに、脇(わき)を締め足を閉じ。
 両手両足を真っ直ぐに伸ばした、直立不動な体勢で寝るしか無いインガだった。

 しかし人間の視界は約180度あるため、そうやっていたってアルヴィスの姿はボンヤリと目の端には映っていて。
 むしろ脳内は、そのぼんやりとした映像を勝手に分析し、油断したら頭の中で勝手にとんでもない悩殺ポーズなアルヴィスの姿を創り出す羽目になるのだが――――――それはもう、実際は意識しまくっている存在なのだから致し方のないことである。


「なんかさ、・・・こうやってインガと一緒に寝るの初めてだから。
 ちょっとドキドキする・・・やっぱりギンタと寝てるのとは、違うな?」

「・・・・えっ、」


 だからこんな言葉をアルヴィスが口にしてきたら、それだけで途端に血圧は急上昇だ。
 元から意識しまくっていたのを、更に意識してしまう。

 ドキン、ドキン、ドキン。

 心臓は早鐘みたいに脈打って、シャワーを浴びたばかりの身体は余計に熱を帯びてくる。


「・・・・・・・・・・・」


 アルヴィスの口から、『インガと一緒に寝る』なんて言葉を聞いてしまったら――――――やっぱり、どうしたってこのまま心安らかになんて、眠りに就けそうも無かった。


「・・・・・・・・・」


 だって、『寝る』という意味は眠るって意味だけじゃない。

 とくにこうして、・・・恋人同士で一つ所で身体を横たえている場合はもう1つ、特別な意味がある。
 というか、どっちかと言えばこのシチュエーションなら『そっち』の意味で使われる方が多いだろう。


「・・・・・・ボ、・・ボクも・・・ドキドキします・・・」


 そう、正直に打ち明けつつ。
 インガは、話しかけられているのに相手を見ないのはやはり失礼かと逡巡(しゅんじゅん)した。

 礼儀の面からも礼を欠くことになるだろうし・・・そもそも本音を言えば、アルヴィスの顔を見たくないワケでは決して無いというか、――――――むしろ見たい。

 せっかく、大好きな恋人が傍に居るのだから。
 インガだって、初めて逢った瞬間から一目惚れだった、アルヴィスのキレイな顔を眺めたい。

 だけど、今の状態でその願望を叶えたら・・・・それだけで済ませられる自信が無かった。


「お前も? だよな、・・・やっぱり恋人同士だと・・・ちょっと気分違うよな」


 そう思ったら、アルヴィスがせっかく話しかけてくれているのに、やはり向き直る勇気は無い。


「・・・ね、・・寝苦しく・・・無いですか?
 ボクもう少し端寄った方がいいです・・?」

「大丈夫だ。インガこそ狭くないか?
 何なら、俺の方にもっと寄った方が・・・」

「い、いえっ!! だい、じょうぶです・・・!!!」

「そうか?」

「はい! ・・・」


 暫(しば)し、顔を合わせないまま不自然に会話が続けられる。


「・・・・・・・・・・」


 それでも、インガにはどうしようもなかった。

 触れ合った肩から伝わる熱、アルヴィスが僅かに身じろぎする気配や息づかい、髪が枕を滑る微かな音――――――・・・それらを感じているだけで、酷く興奮している自分がいるのだ。
 きっと、向き合ってアルヴィスと目が合った瞬間に・・・インガは彼を抱き締めてしまう。

 そう考えたら、アルヴィスの方へ顔を向ける勇気が出ない。
 衝動的に抱き締めたくなるほど大好きな彼だからこそ、その後のアルヴィスの反応が怖いのだ。


「・・・・・・・」

「・・・・・・・」


 インガが基本黙ったままで、アルヴィスの言葉に応えるだけだった為。
 アルヴィスが口を閉ざせば、自然、部屋には沈黙が訪れた。


「・・・・・・・・」


 多少気まずいが、このまま寝たふりを決め込めば何とか、今の窮地を免れることが出来るかも知れない―――――――そう思ったインガに、アルヴィスの声が掛かる。


「・・・なあ、インガ」

「・・・はい?」


 気持ちを落ち着けようと、意味も無く天井に填め込まれた正四角形のパネルの数を数えていたインガは目線を変えないままに返答した。

 そのインガの頬に、体温の低い指が押し当てられる。


「・・!?」


 反射的に、びくっとその触れてきた指の方角に顔を向けてしまえば――――――いつ眺めても陶然としてしまう、人形のような可憐に整った顔が目に飛び込んできた。

 どんな神業(かみわざ)を用いて切り込みを入れ、細工を施せばこれ程の美しさを湛えた形になるのかと溜息を付きたくなるような、吊り上がり気味の双眸(そうぼう)が間近にある。
 クッキリとした二重瞼(ふたえまぶた)と密に生えた長い睫毛、そこへ填め込まれた瞳の美しさに魅せられて、インガはそのまま動きを止めた。


「・・・・・・・・・・」


 自分に真っ直ぐ向けられている、その鮮やかな青色に・・・何も考えられなくなる。

 キレイなキレイな、・・・・インガが今まで見てきたモノの中で、1番美しいと断言できる青。
 この色に見つめられると、インガの意識はいつも無条件に囚われ、時間(とき)が止まる感覚に襲われる。


「・・・・・・・・」


 うっとりと、魅入って。

 剥いたばかりのゆで卵の白身のような、つるんと青みがかってさえいる真っ白な白目部分と、虹彩(こうさい)部分の境目ラインの美しさだとか。
 虹彩の輪郭部分から、中心の瞳孔までの絶妙な青のグラデーション具合とか。

 時折その瞳をバサバサ覆って上下する、長くて重そうな睫毛の見事さなんかをしげしげと、感嘆の想いを込めて眺めてしまう。


「―――――」


 不意に、耳元に声が届いた。

 届いたのは分かったが、それはインガの中で意味を成す言葉とならない。
 脳が視覚に占められているのだ。


「・・・・・・・インガ?」


 インガの頬に掛かったままだったアルヴィスの指先に、力が籠もったのを感じ。

 インガはようやく、我に返った。


「え、・・・あ・・・・えっとスミマセン・・!!?」


 不躾(ぶしつけ)に、ずっとアルヴィスをガン見してしまっていたと気づき、インガは慌てて謝る。

 アルヴィスに何か話しかけられていた気がするのに、・・・・無視してしまった。
 今度は申し訳なさ過ぎて、アルヴィスの顔が見られない。


「スミマセン、ボクちょっと、その・・・ぼーっとして・・・」

「こっち、」


 顔を伏せたまま、焦って弁解しようとしたインガにアルヴィスがぼそっと口を開く。


「・・・・ちゃんとこっち、向いてくれ」

「・・・・・・アルヴィス・・・さん、・・・・?」


 反射的に顔を上げれば、軽く眉根を寄せて少しだけ拗ねた様子のアルヴィスが見えた。


「せっかく一緒に寝てるんだし・・・インガの顔、見ていたい・・・」


 小さめの形良い唇が、ちょっぴり尖っている。かわいい。


「・・・・・・・・・」

「一緒に寝てんのに、顔見れないなんて寂しいだろ・・・?」

「えっと、それはですね、・・・」


 顔を見ていたいと言われドキドキしつつ、歯切れ悪く言い訳しようとしたインガに。
 アルヴィスはションボリした顔で、言葉を返してきた。


「さっきから、・・・ずっと俺の方見てくれなかった。
 俺はインガが好きだから、・・・寝る時だって顔見ていたいのに・・・」

「・・・・っ!」


 言われた瞬間、元から火照っていた筈のインガの顔が、更に赤くなるのを感じた。


 ――――――可愛い。

 どうしようもなく、・・・・可愛い。可愛すぎる。


 少し照れたような、拗ねたような物言いがまた、可愛さを倍増させていた。

 こんな可愛いお強請りをされてしまったら、・・・・・せっかく我慢していた衝動がまた、インガの中で暴れ回ってしまいそうだ。
 付き合ってるとはいえ、普段は余り気持ちを露わにすることの無い、アルヴィスからの『好き』という言葉は効果絶大である。


「・・・・・・だから、こっち」

「ア、アルヴィス・・・さんっ、・・・」


 グイッと、今度は両手を伸ばしてインガの顔を挟み、そのまま自分の方へと引き寄せようとするアルヴィスに。
 もう大分細くなってしまっている、インガの理性の糸がプッツリ切れてしまいそうだ。







 ――――――ダメだ・・・・!





 アルヴィスにされるがまま、彼の方へと向き直りながらインガは観念する。


「・・・・・・・・・・」


 このまま、視線を上げてアルヴィスを見てしまったら。

 あと数センチで、鼻先が近づいてしまいそうな距離で視線を絡めてしまったら。


 もう、・・・・抑えられない。


 こんな可愛い人が間近に居るのに、―――――――何もしないなんて無理だ。







「・・・・・・っあの・・アルヴィスさん・・・」


 間近にある、人形のような白い顔を見つめ。
 インガは意を決し、口を開いた。


「・・・キス・・して・・・いいですか・・・?」


 言ってしまってから、アルヴィスがどんな表情を浮かべるのか怖くなって。
 そのまま、思わず目線を逸らす。


「・・・・・・・、」


 アルヴィスが、息を呑んだ気配がする。

 インガの頬に触れていた指先が、ぴくっと震えた。
 視線を戻せば、困り顔した彼が見えるかも知れない。


「・・・・・・・・・・・」


 やっぱり、言わなければ良かったかとインガの胸に軽い後悔が過ぎる。


 ―――――キスは、今までだって何回かした。

 そもそも、告白の時だって・・・勢いだったとはいえ、しっかり彼に口づけてしまっていた。

 けれど、まだ数えるほどで。


 自然な雰囲気の流れで唇を重ね合わせられるほど、インガ達はまだ慣れた恋人同士では無い。



「・・・・い、」

「あ、あぁ・・・」


 今の冗談ですよ、と言い足そうとしたインガにアルヴィスの返事が被った。


「え、・・・・」


 予想外の言葉に、咄嗟に顔を上げれば。
 耳まで赤くして、恥ずかしそうに此方を見ているアルヴィスと眼が合う。


「・・・・・・いい・・ぞ、・・・?」


 おずおずとした口調で、頷いてみせる姿が壮絶に可憐だった。

 落ち着き無く、インガと目を合わせたと思ったら忙しなく視線を泳がせ、・・・そしてまたインガを見つめてくる。
 キスと聞いて、アルヴィスが酷く緊張しているのが手に取るように分かった。


「・・・アルヴィスさん・・・」


 その様子に。
 インガは、先程までの自分の動揺ぶりが、嘘のように消えていくのを感じた。

 ただひたすら、・・・可愛く思った。
 自分と同じように、アルヴィスだって緊張するのかと思ったら、・・・急に彼のことがもっともっと愛しくなってきた。

 こういった恋人同士の睦み合いを良く理解してないだろうアルヴィスが、インガの言葉に素直に頷いてくれるのも感動だ。

 インガとキスをするのは、・・・自分以上に未知の感覚で怖さだって伴ってるかもしれないのに。
 キスを許してくれるアルヴィスに、インガへの信頼を感じる。

 この可愛い恋人に、不安なんて与えたくないと強く思った。



 キスだって、それ以上だって―――――・・・愛情あるからこその行為なのだ。

 それがちゃんと、・・・アルヴィスに伝わるように彼を愛したい。



「失礼・・しますね・・・?」


 言いながら、自分の手をそっと彼がしてくれているようにアルヴィスの頬へと添える。

 そしてゆっくり・・・そーっと、唇をアルヴィスのそれへと触れさせた。
 バサリと音がしそうな勢いで、アルヴィスの長い睫毛が間近で伏せられる。


「・・・ん・・・っ、」


 唇が触れ合った瞬間。
 鼻に抜けた甘い声が漏れ、ぴくりとアルヴィスの身体が震えた。


「んっ、・・・」


 咄嗟に、インガの手がアルヴィスの細い肩を掴む。
 無意識だが、アルヴィスの身体が逃げを打つと思って、身体が勝手に反応したのだ。

 そのまま、唇を押しつけ。
 触れている箇所から、甘い痺れが全身に広がっていくのを感じながら――――――インガもうっとり目を閉じた。


「・・・・ん、・・う」


 アルヴィスの柔らかな唇に触れ、その弾力を味わうように何度も啄(ついば)む。

 肩を掴んだ手は華奢な骨の形を確かめるように、自分の方へとアルヴィスを引き寄せながら、Tシャツ越しに指先を辿らせた。


「・・・・・・・・・・」


 唇を触れ合わせるだけの、可愛らしいキスなのに。

 インガは頭の中が薔薇色に霞み、溶けていくような心地よさを感じた。
 アルヴィスと唇を合わせている――――――その事実だけで、幸せだと考える自分がいる。


「・・・う、・・」


 けれど、ふと。

 アルヴィスの身体が強張っているような?

 ・・・そう思った途端に、我に返った。


「あっすみません・・・!」


 慌てて、アルヴィスから唇と身体を離す。


 夢中になる余り、アルヴィスを押さえ付けて無理矢理にキスを続けてしまった――――――――そう思ったのだ。


「・・・・・はぁ・・・・っ、は・・・・!」


 案の定、アルヴィスは真っ赤な顔で荒い息をついている。

 大きな瞳に涙がうっすら浮かんで、ウルウルしているのが可愛らしくも壮絶に艶っぽかったが・・・呼吸が苦しげだ。


「えっ? あっ・・すみません・・・!」


 動揺しつつ、再度謝る。






 ―――――――ボク、そんな思いっきりしちゃってたのか!? マズイ・・・!!






「・・・いや・・ちょっと、息が、・・出来なく・・・て。俺こそ・・ごめ・・・」


 失態を肯定するようなアルヴィスの発言に、頭が真っ白になる。


「息が・・・!!? ボク・・そんなに・・・・・・っ、」


 インガの背中を、冷たい汗が伝った。

 あんまり、アルヴィスの様子が可愛くて。
 触れ合う唇の感覚に夢中になって、・・・・我を忘れてしまった。


「・・・すみません」


 それしかもう言えなくなって、インガは謝罪を繰り返す。

 目の前のアルヴィスは、何だか可愛くて艶っぽくておいしそうで。
 変わらず色々と、インガ誘惑してくれてしまっているが・・・・こんな無理強いをしてしまったらもう、迫ることなど出来やしない。

 インガは思わず、叱られた犬のような悄気っぷりで顔を伏せた。


「え? あ・・・違っ、・・・・そ・・・じゃなくてっ、」


 そこへ、少し狼狽えたようなアルヴィスの声が降ってくる。


「あ・・・と、その、えっと、・・・・」


 違うとは、どういう意味か。

 インガがじっと恋人を見つめれば、視線の先でアルヴィスは赤く火照った顔に更に血を上らせて・・・しどもどと、言葉を紡いでくる。


「だから、・・・息出来なかったのは・・・・」


 縋るような視線でインガを見て、困ったように言い募る様子が何とも可愛らしい。


「・・その、・・インガのせい・・じゃなくて、・・・」


 俺が勝手に息を止めてたせい――――――と、アルヴィスが、小さく消え入りそうな声で続けるのを聞いてしまったら。

 インガの手は再び勝手にアルヴィスへと伸び、その身体を抱き締めていた。


「・・・・すみません、」


 何度目かになる、謝罪をしながら。


「・・次はちゃんと優しくしますからっ・・・もう・・1回、・・・いいですか・・・・?」


 熱を持った耳朶へと唇を寄せ、キスを強請る。


 やっぱり、このまま眠りに就くのは無理だった。

 1度触れ合ってしまった唇が、肩に触れた手が熱を持って。
 もっともっとと、――――――アルヴィスを欲しがる。

 こんな可愛い様子の恋人を、このまま放置することは本能が許してはくれない。



「・・・・・・・」


 腕の中で、アルヴィスが僅かに身じろぎ・・・インガと視線を合わせてきた。

 長い睫毛に縁取られた鮮やかな青の瞳が、スッとインガへ向けられる。


「・・・・・ああ。俺も、・・・した・・い」


 その言葉が、耳に届くか届かないかの内に。
 インガの唇は、誘われるようにアルヴィスの唇へと重ねられた―――――――。












NEXT ACT4



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言い訳。
付き合ってるくせにキスですら、なかなか進めない2人(笑)
初々しさがコンセプトなので、焦れったいですけどインガが本懐遂げられるのはもう少し先みたいです☆
大好き過ぎるから、インガったらアルヴィスが嫌がるかもって思ったら先進む勇気無いんですよねー(笑)
でも、キスまでお許し貰ったらどんどん抑え利かなくなる子でもありますんで、その内勢いで・・・・!!(爆)
ディープキスまで出来たら、その後はもう怒濤の勢いで初エッチになると思われます(笑)