『Clytie-クリュティエ- 1』












――――――ヒマワリか・・・。




「お好きなんですか、アルヴィスさん?」


 共に歩いて下校する途中。

 たまたま通りかかった店先に並ぶ黄色い花を見ながら呟かれたセリフに、インガは敏感に反応した。

 高校の1つ上の先輩であるアルヴィスを密かに想っているインガとしては、彼の情報ならば何だって知りたい。
 それこそ、彼の理想の恋愛相手像なんかは勿論、食べ物や洋服の好みから何から、果ては靴を履くときどっちから履くのかとか、風呂では身体のどの部分から洗うのかとか、どうでもいいような事まで、アルヴィスの事なら何だって知りたいのだ。

 当然、アルヴィスの好みの花だってチェックしておきたいのである。


「ん、・・・好きっていうか・・・」


 インガの問いかけに、アルヴィスは視線を花に向けたまま少し複雑な表情をして口を開く。


「・・・色々、想い出のある花なんだよな・・・」

「想い出、ですか?」


 アルヴィスが花の方を見ている為に、隣で立ち止まったインガからは、彼のキレイに整った横顔しか見えない。
 けれどそのせいで余計に強調されて見える、アルヴィスの長い睫毛の美しさにウットリしつつ・・・インガは更に質問した。

 確かに、ヒマワリはそれなりに鮮烈な印象の、派手な花だけれど。
 アルヴィスが好みそうな花とも、あまり思えない。

 彼の性格ならばもっと、素朴な花が好きそうだし・・・・イメージから言えば、繊細で可憐な花こそがアルヴィスには似合う気がする。

 ヒマワリは漢字で『向日葵』と書き、世界中で『太陽』のイメージが重ねられる夏の花。
 自分と同じ日に焼けない体質らしく、透きとおるような白肌のアルヴィスには、何となくあまりそぐわない印象の花だ。

 そんなアルヴィスが一体、ヒマワリにどんな想い出があるというのだろう?


「ああ、色々な」


 興味津々で見つめるインガの方に、アルヴィスが答えながら振り返った。


「・・・・っ、」


 アルヴィスと目が合い、インガは一瞬息を詰まらせる。

 ――――――まあこれは、彼の顔を間近で見たら大抵起こる現象であり、いつものことなのだが。


「・・・・・・・・・・」


 いつ見ても、・・・何度眺めても、彼の顔を見る度に。
 ズクン、と心臓が跳ねるような・・・・・・・・甘い疼きが、インガの胸を満たす。

 これが無くなる事は、きっと無いだろうとインガは思う。

 瑠璃色の光沢を放つ、しなやかな髪に、陶器のような白い肌。
 卓越した技巧が施された最高級のアンティークドールみたいな、その可憐で美しく整った顔(かんばせ)は、初めて彼を眼にした時からインガの心を奪って離さない。

 何より、アルヴィスの滅多に無いだろう希有な色合いの瞳が、インガを魅了して止まなかった。

 陽に透かしたサファイアのような、透明感のある深いブルー。
 猫めいた印象を与える、少し吊り上がったアルヴィスの両眼で見つめられると・・・インガはいつも、魂が吸い取られるかのような心地の良い眩暈を感じる。
 彼の真面目できっちりとした、美しく人目を引く外見と裏腹に素朴な性格も勿論惹かれる理由ではあったが、インガがアルヴィスに心奪われた最大のキッカケはこの瞳だっただろうと思う。

 ――――――彼の美しい顔を、自分の両手で挟み込み。
 好きなだけ、心ゆくまでアルヴィスの瞳の色を覗き込んで居られたら・・・・どんなに幸せだろうか。

 そんな願望が、インガの頭から離れない。

 勿論、そんな大それた事は。
 一目惚れしてから数ヶ月、ようやく口実を何とか見つけて一緒に帰れるようになっただけで、未だ告白も出来ない状態のインガに、実現できる訳も無かったのだけれど。


「・・・・・・・・・・」


 本当に、生きて動いているのが不思議に思えるくらい、キレイな人間だとつくづく思う。

 ―――――――外見だけじゃなく、心も、その生き方も。
 だからこそ、そんなキレイな彼が俗にまみれてしまう事になるのでは無いかと、インガは怖くて自分の想いを告げる事も出来ずにいる。


「もうすぐ、・・夏休みだろう? 休みに入るとな・・・・」


 そんな、インガの気持ちなど少しも分かっていないだろう目の前の先輩は。
 そのキレイな顔にちょっぴりの苦笑いを浮かべながら、自らの『想い出』らしき事を語り始めた。


「これは中学の頃からなんだけど、先輩とか何か色々、呼び出し受ける事が多くて・・・」

「・・・・・・・・」


 まあそうだろうな、と内心でインガは納得する。

 夏休みと言えば、インガ達学生には一大イベントだ。
 ひと夏の経験、なんて言葉もあるくらいで、やっぱり何て言うか・・・・勉強もそれなりにしなければならないが、恋愛だって充実させたい。

 本当ならば休み前から約束を取り付けて、休みの間に逢う算段を付けたい所だけれど、そうも行かない場合――――――、電話やメール、知り合いのつてを辿って、呼び出しをする事になるだろう。

 要は、付き合って欲しいと告白する訳だ。

 アルヴィスほどの容姿ならば、それこそ引く手あまた。
 そりゃあ毎年、呼び出しの数も半端じゃないだろうことが予測される。

 それなのにアルヴィスが未だにフリーなのは・・・・・ひとえに、彼の同い年の兄・ギンタのガードが堅いせいだろうと、インガは思う。
 インガがアルヴィスとなかなか距離を縮められないのにも、ギンタは多々影響しており、彼はなかなかに鬱陶しい(うっとうしい)存在だ。


「・・・・・・・・・・・」


 しかし、その『告白のための呼び出し』と、ヒマワリが何の関係があるのだろう?

 そう思いながらアルヴィスを見つめていると、目の前のキレイな顔の先輩は苦笑を深くしながら言葉を続けた。


「・・・・・それでな。大抵、『付き合ってくれ』と言いつつ、何処に付き合えばいいのかを言ってくれなくて、訳が分からない事になるんだが」

「・・・・・・・・・はあ、・・・?」





 すみません、僕はアルヴィスさんの言葉の意味がよく分かりませんが??




 内心、そう思いつつもインガはツッコミを入れる事が出来る筈もなく、黙って先を聞く羽目になる。


「だって、意味不明だろう? 付き合えって言うくせに、場所は言わないんだから」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「ギンタも、それは変だよなって言うんだけどな。でも大抵、そういった訳わかんないヤツが多いんだよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」





 ――――――それは、『付き合う』の意味が違うのでは??




 そう思いつつ、インガはアルヴィスの間違いを正さなかった。

 ある意味、自分以外の相手が告白した時はそう誤解して貰っていた方が好都合だからである。
 ギンタがアルヴィスの勘違いを指摘しないのも、恐らく同じ理由だろう。


「・・・・それでさ、それから何日か経つと。やたら貰うことが多くて・・・」


 アレコレと考えを巡らせていたインガに、アルヴィスはそう言いながら目線で花屋の軒先に置かれている品を示した。


「貰うって。・・・ヒマワリをですか?」


 そこでようやく、アルヴィスの想い出の品なる『黄色い花』が登場し。
 インガは、確認の言葉を口にする。


「そうなんだ。『俺の気持ちだから』って、ヒマワリをくれる奴が多い。・・・あと季節外れだけど、卒業式の時に先輩からとか、・・・俺が卒業する時にもくれたりする子が多いんだよな。なんでヒマワリなのか、良くわからないんだけど」

「・・・・・・・・・・・・・」


 俺が好きそうとか、そういうイメージなんだろうか・・・そう言って苦笑するアルヴィスを見つつ。
 インガは、そうじゃないだろうと心の中で思った。




 ――――――絶対に、ヒマワリはアルヴィスのイメージでは無い。
 夏を代表する、派手で鮮烈な印象を放つ花だけれど・・・決してアルヴィスと、イメージは重ならないだろう。

 そもそも、アルヴィスは『夏』というイメージではない。

 青みがかった黒髪と、透けるように白い肌・・・深い青色の瞳を持つ彼には、『青』や『白』――――そして季節に例えるならば、『冬』が似合いそうだ。
 どうしても夏というのなら、夏は夏でも暑苦しい灼熱の太陽が浮かぶ昼間では無くて・・・・青白い月が空に掛かる、夜こそ相応しい。

 何にしろ、目が痛くなるほど鮮やかで賑々(にぎにぎ)しい、太陽の花と呼ばれるヒマワリはアルヴィスとそぐわなすぎると思った。


「・・・・・・・・・・・・・」


 ―――――彼に贈るのなら、もっと可憐で繊細で。
 ・・・そう、百合とか薔薇とか、牡丹とか。

 夜にのみ真っ白な花を咲かせるという、月下美人なんかがアルヴィスにはピッタリだろうとインガは思う。

 どんなに美しく、誰もが見惚れるくらいに見事な花だとしても・・・・決して派手派手しい印象を抱かせるような花では、アルヴィスのイメージとはかけ離れてしまうのだ。


「・・・観賞用のヤツをくれるからさ、種を取って食べられる訳でもないし。貰っても俺、困るんだけどな。花はキレイだとは思うけど、そう興味あるわけじゃないし・・・」

「・・・・・・・た、食べる? ・・・・ああ、ハムスターとかの餌で良く売ってますよね、ヒマ種(たね)・・・」

「違う。ハムじゃなくて、食べるのは俺だ。結構、香ばしくてウマイんだぞ?」

「・・・・・・・・・」

「俺、歯で割って殻剥くの得意なんだ」

「・・・そうなんですか・・・」


 インガに向かって笑みを浮かべるその顔は、それこそ清楚な白い花のようにキレイで可愛らしく。

 そう、彼にはやっぱり、ヒマワリは似合わない。
 ―――――――たとえアルヴィス本人は外見を裏切り、中身は色気より断然、食い気が勝っているとしても。


「それにしても、・・・何なんでしょうね? 皆が贈るなら何か意味が、・・・・」


 言いかけて、インガは口をつぐむ。

 イメージにそぐわないのなら、意味があるから贈るのだろう。


 意味。

 花に込められる意味といえば、・・・・・『花言葉』だ。


 ヒマワリの花言葉は一体、何だっただろうか?


 伝えられなかった想いを込めての、花言葉なのだから―――――――それなりに深い意味がありそうだ。
 考えてみれば、花言葉に想いを託して意中の相手に、その伝えたい花言葉を持つ花束を贈る・・・そんなシチュエーションは口説きの常套手段(じょうとうしゅだん)だろう。

 例えば真っ赤なチューリップの、『愛の告白』という意味の花言葉などは有名だ。
 きっと、ヒマワリにも似たり寄ったりな意味の『花言葉』があるに違いない。



「・・・・インガ?」


 途中で黙り込んでしまったインガに、アルヴィスが不思議そうな顔をする。
 インガに話した内容から言って、アルヴィスは花言葉にまでは気が回っていないようだ。

 いや、そもそもアルヴィスは花言葉を気にするような性格でも無い。
 それを察知することが出来るほど、そっち方面にアルヴィスが敏感ならば―――――――もうとっくに、わざわざ個人的に呼び出されての『付き合って欲しい』との言葉を勘違いしている筈もないのである。


「いえ、何でもないです。・・・それより、アルヴィスさんはどんな花がお好きなんですか? ヒマワリはそうでもないんですよね・・・?」


 にっこり笑い返し、インガは話を逸らした。

 アルヴィスが気付いていないのなら、敢えて教える必要は無い。
 今更に、花を贈られた真意を知って、アルヴィスが絆(ほだ)される確率はかなり低いだろうが・・・・それでも、そんな危険な可能性は潰しておきたい。


「花か。・・うーん、そうだな・・・蜜が舐められるあのピンクとか白の、ボサボサした小さい花とか・・・タンポポとか可愛いんじゃないか・・?」

「・・・ピンクとか白でぼさぼさ・・・? えっと、・・・レンゲですか・・?」


 話を逸らされた事も気付かず、考え始めるアルヴィスの会話に付き合いつつ。
 インガは帰ったら、ヒマワリの花言葉を調べてみようと思った。




 ―――――――その結果を、アルヴィスに伝える気は毛頭無かったけれど。

 告白の時に想いを託す花言葉なんて、簡単に想像が付く。






「それから、・・・・うーんやっぱり、ヒマワリも好きかな。小さい頃は何か怖くて嫌いだったけど、想い出もあるし」

「・・・想い出って、・・・色んな人に貰ったから・・ですか??」


 話を逸らそうと咄嗟に振った、インガにとってある意味どうでも良い話題だったのだが。
 続けられたアルヴィスの言葉にふと引っかかりを覚えて、インガは聞き返した。

 アルヴィスにとっての、ヒマワリの想い出は意味不明な呼び出しを受けて、その後に何故か貰うことが多かった――――――などという内容の筈である。
 そんな想い出、好きな理由にはならないだろう。

 それなのに、ヒマワリの名を挙げたアルヴィスの顔は何処か懐かしそうで・・・・とてもキレイな表情を浮かべていたから―――――――インガは気になってしまった。


「あ、・・食べられる・・・からですか?」


 今までのアルヴィスとの会話から、思い当たる事柄を思い出し聞いてみる。

 外見からはいまいち想像出来ないが、アルヴィスは意外に、年相応の男子高校生らしく食欲旺盛というか・・・それなりに食いしん坊だ。
 特に、甘い物だとかおやつ系には目がない。

 しかし、アルヴィスはインガの言葉に首を振った。


「ホントに小さい頃は、種が食べられるとかも知らなくて・・・・自分の頭より大きな花のヒマワリは、すごく怖くて嫌いだったんだ。だけど、・・・・4つ年上の幼なじみがさ、俺にヒマワリくれて。・・・それから好きになったんだ」


 そして子供の頃を思い出しているのか、懐かしそうに少しだけ目を伏せて―――――インガに幼い頃の記憶を語り始める。


「小さい頃、俺、ぜんそくで。あんまり外とか出れなくて・・・・・でも遊びたいから外行きたいって、いつも駄々捏ねてたんだけど」

「・・・・・・・・・・」


 その話は、アルヴィスから以前聞いて知っていた。

 今は全くその兆候は無いけれど、中学にあがる頃まではしょっちゅう喘息の発作を起こして入院騒ぎだったという。
 アルヴィスの身体が、どことなく華奢で線が細い印象を受けるのは、恐らくその当時の患い(わずらい)のせいなのだろう。

 アルヴィスに、ギンタだけではなくそんな、年上の幼なじみが存在した――――――というのは初耳だったが。
 インガの穏やかじゃない心境も知らず、アルヴィスはちょっと照れたように頬を染め、話を続ける。


「それで、・・・外行きたいってワガママ言ってた俺にな・・・・『ほら、アルヴィス君に太陽あげるよ』って。コレくらいの小さなヒマワリ、くれたんだ」


 言いながら、アルヴィスは両手で小さく花のサイズを表現してみせた。


「・・・ミニヒマワリ、ですね・・」

「うん、・・・ああ、あそこに売ってるのと同じくらいのサイズかな」


 とても可愛らしい笑顔で、頷くアルヴィスが何故だかインガの胸を痛くする。


「それまで、なんか怖い花だって思ってたけど。・・・なんかそう言われると、ホントに太陽貰った気がしてさ、・・・嬉しくなったんだ。気分も結構なごんでさ、外に行けた気がして嬉しくなったの覚えてる」


 だから、好きっていえば好きな花だな。
 そう言ったアルヴィスに、インガはぎこちなく笑顔を返した。

 ミニヒマワリを抱え、嬉しそうにしている幼いアルヴィスはきっととても可愛かっただろうと思うのに、今はそんな事を想像しても少しも和む気分にはなれなかった。


「それは、・・・良かったですね」


 そう言いつつも、内心は突如沸いた不安に胸がいっぱいである。







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言い訳。
クリュティエは、神話の言い伝えでヒマワリになったとされる水の精霊(ニンフ)の名前です。
ヒマワリにまつわる、可愛いお話にしようと思ったんですが・・・微妙に出来ませんでしt(爆)
さりげなくインガが黒いですし・・・!(笑)
なので、タイトルを『クリュティエ』にしました。
・・・や、可愛いとは言えない言い伝えなんですよね、ヒマワリの神話って(笑)
ちなみに、アルヴィスが作中で話してる幼なじみは、もちろんファントムです☆
コレもベースは『君ため』設定ですから・・・(笑)