『Tears of doll』 ACT1 ―――――─まるで着せ替え人形だ・・・・・。 レスターヴァ城内の、自分に宛われた私室。 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 アルヴィスは酷く辟易した気持ちで、部屋に眩しい光りを差し込んでいる縦長の窓へと、視線を向けた。 薔薇色の濃淡で何やら複雑な模様が描かれたカーテンの掛かっている、その大きな窓は歩み寄れば下にある緑の美しい庭園が望める筈なのだが、今のアルヴィスがいる位置からでは差し込む光が眩しすぎて何も見えはしなかった。 「・・・・・・・・・・」 窓の外に救いを求める事も諦め、アルヴィスは踝まで埋まりそうな毛足の長いカーペットへと目線を落とす。 精巧な模様が彫り込まれた白い壁は、至る所が黄金と鏡で飾り立てられているから、視界には入れたくない―――――──その鏡達に、今の自分の姿が映り込んでいる筈なので。 「・・・・・・・・・・」 俯いたアルヴィスの目には、両脇に立つ者達の黒いロングスカートの裾と、前方に立つ男の底の薄い黒靴が見えていた。 アルヴィスの身の回りを整えているメイド達と、それを嬉々として指示しているファントムである。 「――――髪はせっかく長くしたんだから、ティアラが映えるように横だけ編み上げに。後ろは・・・・う〜ん、巻いても可愛いと思うけどサラサラ感が捨てがたいから、そのまま流して」 アルヴィスが顔を下向かせているから彼の表情は伺えないが、ファントムはすこぶる機嫌の良さそうな声でメイド達に何やら言っていた。 「顔は元々キレイだから、あんまりお化粧しなくてもイイと思うんだよね・・・・ちょっとだけ粉を叩いて、うっすらとメイクしてあげて。口紅も薄い感じでね」 「・・・・・・・・・・・・・・」 まだ、これ以上何かやるのか―――――と、ファントムの言葉にアルヴィスの眉が顰められる。 最初は、ゴワゴワに広がった変なロングスカートを履かされ。 その次に、胸元から下腹部辺りまでの、背中部分に紐が付いた堅い布の下着を着せられ、しかも思いっきり背中の紐を引っ張られ・・・・あわや窒息しそうなくらいにウエストを引き絞られた(それらの名称がパニエとコルセットという下着だという事をアルヴィスは知らない)。 その上から、オフホワイトのドレス――――七分丈の袖口と背中に編み上げがついており絶対に1人じゃ着ることも脱ぐ事も出来ないだろうデザインだ――――を時間を掛けて着せられ、今に至っている。 現在、天蓋付のベッドに腰掛けたまま、ファントムにARMを使って伸ばされてしまった髪を二人のメイドが何やら弄っている状態だ。 ただ座っているだけなのに、ギュウギュウに締め付けられた胸や腰が悲鳴を上げていたし、袖の編み上げ部分から幾本も垂れている紐が腕にまとわりついて鬱陶しい。 しかも紐の先がご丁寧に鳥の羽毛が絡みついた細工になっているから、余計に肌を擽って気になるのだ。 そして、目先にぶわっと広がっている白いスカートに至っては・・・・・視界に入るだけで何だか憂鬱になってきてしまうシロモノである。 ヒラヒラのぶわぶわと裾の広がったドレス・・・・これで色が赤ければ、自分が流金にでもなったように思えるだろう。 「・・・・・・・・・・・」 髪も、こめかみ付近の髪を何度も小さく掬われ引っ張られ、何だか生え際が痛みを訴えていて不快だった。頭も、何を乗せられているのかズシリとした重みを感じる。 「・・・・・・・・・・・・・・」 何にせよ。今の状態ですら、もはや我慢ならないくらいにはアルヴィスは苦痛を感じていたのである。 自分の立場や一応約束した事だというのを踏まえ―――――─抵抗するつもりは、無かったけれど。 何せ、好きにすればいいなどと、投げやりに言ってしまったのは数時間前の自分だ。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 顔を無理に上向かせられ、柔らかいフワフワしたモノで粉をスゴイ勢いで叩かれても、変な器具で睫毛を引っ張られ、更に怪しげな道具で何か付着させられても、唇に何か塗りつけられても・・・・・・・・アルヴィスは振り払いたい気持ちを仕方がないのだと必死な思いで抑えつけた―――――───。 やがて。 「出来たよアルヴィス君。キレイなお姫様の出来上がりだ」 楽しそうなファントムの声と共に、大きな手鏡が差し出される。 「・・・・・・・・・・」 見ろと言うことだろう。 決して見たい姿になっているとは思えなかったが、アルヴィスはノロノロとそれを受け取る。 自分に異常な執着心を持つ目の前の男は笑顔のままで、いつもあらゆる無理強いを自分に強いてきた。 どうせ、ここで拒否した所で強引に見させられるのは目に見えている。 諦めの境地で、アルヴィスは鏡の中を覗き込む。 「・・・・・・・・・、」 等身大の『お人形』が其処に居た。 真っ白に塗られた顔に、長く伸ばされた黒い髪。頭にはサイドを丁寧に編み上げられ、ふんだんに宝石をあしらわれた小さな宝冠・・・ティアラをちょこんとのせている。 ビラビラした服装といい、瞬きするたびにバチバチといいそうな大袈裟な睫毛といい、変に紅い唇といい―――――サイズが小さければ間違いなく女子供が抱いてそうな人形にそっくりだとアルヴィスは思った。 しかも、それが自分の姿。・・・・・泣きたい気持ちだった。 「・・・・趣味が悪い」 ボソリと言って鏡を返せば、目の前の銀髪の青年は意外そうに紫色の瞳を瞬かせる。 「え、すっごく可愛く出来たのに!」 「・・・・・・・・・・・・・」 趣味が悪い―――――と、アルヴィス自身はそう評価したが。 実際のところはかなりのモノだった。 元より小作りで繊細に整った目鼻立ちをした美少年であるアルヴィス―――――─その、完璧な配置を誇る各パーツを更に強調するメイクを施され、可憐さを醸し出す清楚なドレスで白い肌を包み、ARMによって一時的に伸ばされた豊かな黒髪が背を覆っている。 サイドを編み込まれた頭上に乗る、小さなティアラを見るまでも無く・・・・・そこに居るのは、最高級のビスクドールのように美しい、姫君としか思えない姿の少年だったのである。 「すっごく可愛いと思うんだけど」 「・・・・・・・可愛くない」 しかし、自覚のないアルヴィスはファントムの言葉を即座に否定し。 ファントムに顔を覗き込まれる体勢が嫌で、徐にベッドから立ち上がった。 「・・・・・・っ、」 踵の高い、華奢な靴を履かされているので立っただけでも爪先がジンと痛む。それを耐えて数歩前に進んだ。 が、足先まで覆うドレスのせいで床が見えず毛足の長いカーペットに先の尖った靴先が引っかかり、よろける。 「―――――─!」 慌ててもう片方の足で踏みとどまろうとしたが、ドレスの裾が絡まって、ままならない。 こんな実用性のまるで無い服装など、存在する意味あるのか・・・・―――――─そんなことを考えながら、アルヴィスは自分が無様に転ぶ事を覚悟した。 床は柔らかいから、あんまり衝撃は無いだろう。 でも、靴が変な形だから足を捻るかも知れない。 それに袖の紐が絡まって、手がちゃんと床に着けるだろうか。 ああ、下手に頭を打ったら―――――さっき沢山の針金みたいなのをプスプス髪に挿されてたからそれが刺さったら嫌だな・・・・・。 顔面から、いくのも・・・・ヤダな。 「―――――──」 襲い来るだろう衝撃を待ち、アルヴィスは一瞬目を閉じる。 が、いつまでたっても衝撃は訪れなかった。 「・・・大丈夫?」 すぐ傍で聞こえた声に、目を開いた。 「・・・ファントム・・・・」 いつの間に前に回り込んだのか、ファントムが自分の胸に抱き込むようにしてアルヴィスを支えている。 彼がアルヴィスを抱き留めてくれたから、転ばずに済んだのだ。 けれど別に、嬉しくは無い。 何故なら、その元凶は全て『彼』だから。 「慣れないとそういう靴、歩きにくいからね。歩く時は僕に掴まるといいよ」 しゃあしゃあとファントムは言う。 「・・・・・・・・・・」 履かせたのは誰だ―――――という皮肉は多分、彼には通用しないだろう。 ファントムは、誰の心だって理解しようとはしないし、する必要性も感じていない。 全ては自分の心の赴くまま・・・・・世界のモノを悉く、思い通りに動かす駒としか考えてはいないのだ。 理も必然性も重要性も何もかも無視して―――――─気の向くままに、全てをねじ曲げ破壊し尽くす事を至上の悦びとしている。 「ほら、ここに座って?」 仏頂面で何も言わないままのアルヴィスを気にする様子も無く、ファントムは彼を窓際の・・・・カーテンと同じ柄で統一された長椅子の方へと連れて行った。 そしてその前に立ち、満足げに座ったアルヴィスを眺める。 「・・・・うん、良く似合う。模様替えした、この部屋にもピッタリだね」 いっそこのまま、ずっとお姫様な格好して暮らしちゃう? などと軽口も叩きながら。 「・・・・・・・・・・・」 アルヴィスは上機嫌で話す、顔だけは神々しい程に美しい青年をただその目に映していた。 彼の戯れ言は、本気にすると憤死してしまいそうなくらいに甘く柔らかく・・・そして腹立たしい内容ばかり。 けれど、自分にはそれに逆らえる立場では無く―――――力も、無い。 臍を咬む思いとは、このことだ。 「・・・・・・・・・・・」 アルヴィスは彼の話から気を逸らそうと、考えを巡らせて・・・・ファントムが言った模様替えという言葉に引っかかる。 ―――――そういえば、この部屋は以前はもっともっとゴテゴテとした華美な作りだったなと思い返して。 前は壁の至るところに凝った彫刻やら絵画やらが填め込まれ、カーテンや床、そして調度品の数々全てが、目が疲れるくらいにゴッテリと金銀で飾り立てられていて・・・・・・・気が休まらないとファントムに零した気がする。 今のこの部屋も多少は装飾がゴテゴテはしているが、真っ白な壁は気持ちがいいし、壁と合わせたのかテーブルなどの調度品の数々も白で殆ど統一されており、少しは目に優しいものとなっている。 所々に置かれた長椅子やらベッドやらカーテンなどだけが薔薇色で揃えられていて、それが何となく可愛らしい印象なのが微妙な所ではあるけれど―――――以前よりは数段マシな部屋になっていた。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 それも、今アルヴィスがドレスを着せられているように、全てファントムの気まぐれからなのだろう。 彼の退屈しのぎに提案される思い付きのせいで、今のメルヘブンは簡単に形を変えさせられ歪められ―――――壊されていくのだ。 海も空も大地も、建造物も生きとし生けるもの全て、・・・・アルヴィスの運命も―――――───彼の思い付き、ひとつで。 ほら、今も。 気のない素振りでぼんやりと己を見つめるアルヴィスをどう思ったのか・・・銀髪の青年は少しの間、軽口を叩くのをやめると 「せっかく可愛く出来たから――――外に行こうか?」 徐にアルヴィスに向かって手を差し出してくる。 「おいで。イイモノを見せてあげる・・・・」 そう言って、端正な顔に甘く優しい笑みを浮かべアルヴィスを見つめた。 ―――――───きっと気に入るよ? 表情も言葉も柔らかいのに、アルヴィスは何故か背筋にゾクリと冷たいモノが走るのを感じていた―――――。 Next 2 |