『Alviss in Wonderland』







 目が覚めたら、そこは大きな湖のほとりだった。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 アルヴィスは一瞬呆然として、思わず目を擦る。
 寝ぼけているのかと思ったのだ。

 寝る前は確かに、自室で。
 自分のベッドに入ったのを、覚えているし。
 何処にも出掛けた記憶だって、・・・・・無い。
 もちろん、夢遊病の気も無い筈だ。


 それなのに。



「・・・・・・・・・消えない・・・」


 目の前の湖も、座り込んでいる芝生も、消えてはくれず。
 見知った筈のベッドも部屋も、アルヴィスの前に現れてはくれなかった。



 ―――――夢じゃ、無いのか・・・・?



 内心の不安を抑えつけ。
 アルヴィスは、そーっと自分の頬に手を伸ばした。
 こういう時はやはり、抓るのがお約束だろう。
 それで痛くなければ、やっぱりコレは夢なのだ。

 いや、夢でなければ困る。

 現実なのに、こんな場所に自分が来ているとすれば。
 それはもう、・・・・・絶対に何処かの誰かがARMで仕組んだ厄介事である筈だから。

 アルヴィスは、頬を摘んだ指先に思い切り良く力を込め―――――───。


「・・・いっ、・・・痛・・・・・・・・っ!!?」


 そのままの姿勢で、苦痛の呻きをあげる。
 半端じゃなく、痛かった。
 これはもう、絶対に夢じゃない。

 思わず、抓っていた手でジンジンする頬を押さえ。
 アルヴィスは涙目になって、顔を顰めた。





「ふふっ、・・・相変わらず可愛いことしてるね、キミは・・・」


 そこへ、何処からともなく、声が降ってくる。


「!?」


 聞き覚えのある甘い響きの声に反応し、アルヴィスは素早く立ち上がった。
 そして、油断無く辺りを見回す。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


 広々とした芝生にも、鏡のように鎮まった湖面にも、声の主の姿は無い。
 一体どこに――――、と更に辺りを窺(うかが)って。
 アルヴィスは上を振り仰いだ。

 そして、木の枝に寝そべった異様な姿を発見する。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 その姿を見て。
 アルヴィスは一瞬、言葉を失った。
 けれども何とか気を取り直し、とりあえず疑問を口にする。


「・・・・・なんで、そんな格好をしている・・・・・?」


 夢で無いとするならば。
 こんな奇妙で面倒な事を仕掛けてくるのは、たった1人しかいない。

 その予想に違わず。

 声の主が、今アルヴィス達メルのメンバーが必死に戦っている敵・チェスの親玉で。
 幼いアルヴィスに呪いを掛け、忌まわしいタトゥを授けた憎き宿敵そのものであろうとも。

 やっぱりコレはお前の仕業かと問いつめるより、その前に。

 ―――――──パステルピンクとショッキングピンクの、ストライプな全身タイツを着込んで。
 更に同色の猫耳&尻尾を付けたふざけた格好を、何のつもりでしているのかが気になって仕方なかった。

 銀髪に白い肌、そしてアメジスト色の瞳。
 その色素の薄い容姿に、微妙に色彩的に似合わなくも無いような気がするが・・・・その前の問題だ。





 なんで、そんな自然界に有り得ないような派手な猫の姿を・・・・???





「え? だってボク、チェシャ猫だもの」


 木の上を振り仰いだまま、硬直しているアルヴィスを見下ろし。
 全身タイツ姿で、チェスの司令塔・・・ファントムは、その秀麗な顔にいつもと変わらぬ楽しそうな笑みを浮かべた。


「・・・・・ちぇしゃ・・ねこ? チーズ・・・?」

「―――――それは、チェシャ・チーズ(固いチーズ)のコトでしょ・・・。まあ、そのチーズに群がるネズミを捕らえてご満悦状態のにゃんこみたいに笑ってる・・・ってのが由来だから、あながち的外れでも無いかな?」


 でもボクは『チェシャ猫』だから。覚えてね―――――・・・そうファントムは戸惑うアルヴィスに言ってくる。


「・・・・・・・・・・・」


 そう言われても、『チェシャ猫』なるモノが何なのか。
 恐らく、ニヤニヤ笑った猫のことなのだろうが・・・・それがチェスの司令塔と、まして自分にどう関わってくるのかがサッパリ謎だ。


「あれ・・・・知らない? 『Alice in Wonderland』」


 眉間に深く皺を刻み、仏頂面で自分を見上げてくるアルヴィスに、自称『チェシャ猫』が苦笑して聞いてきた。


「ありす? ・・・・何処の国のだったか忘れたが、古くから伝わってる文献・・・・?」

「そうだね」


 頭の片隅に残っていた記憶を引っ張り出して、そう口にしたアルヴィスにファントムは大きく頷いた。


「そして、ボク達は今、そのお話の登場人物なんだ!」

「・・・・・・・は?」

「だから、ボクはこの格好。ちゃんと役目を果たさなきゃ、元の世界には戻れないんだよねー」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何だと?」


 すごく、事も無げにサラリと言われたが、内容がトンデモなかった気がして。
 アルヴィスはますます、眉間に深い皺を寄せた。


「・・・・・今、なんか元の世界に戻れないとか、不吉なコト言わなかったか?」

「ボクは不吉なコトだとは思わないけど。・・・まあ、戻れないのは事実だね」


 でも大丈夫。 ちゃんと、自分の役目を果たせば戻れるよ―――――なんて、甘い笑顔を見せるファントムだが。
 もちろん、アルヴィスがそれに釣られて笑顔になる訳は無い。


「・・・・っ、役目って何だ?! お前の仕業か!!??」


 怒鳴るアルヴィスに、ファントムは困ったように派手なピンク色の縞々尻尾を揺らした。
 仕組みは分からないが、ちゃんと動かせるらしい。
 いや、そもそも元々生えていたのかもしれない。ファントムならあり得る話だ。


「仕業っていうかー、ボクは単にアルヴィス君と遊びたいなって思っただけなんだけど・・・ね」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「面白いARM見つけたんだよ。・・・・好きな本の世界に、入り込めるっていうARM」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「だけど意外と、大がかりなARMでさ? なんか、ボクの練った魔力が大きすぎてメルヘブン全体巻き込んじゃったみたいなんだよねー」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「ボクは、キミとだけ遊べたらそれで良かったんだけど。・・・ペタは気狂い帽子屋になっちゃうし、ロランは3月ウサギになっちゃうし、もう散々なんだよね!」


 アッケラカンと言い放つ猫ファントムに、アルヴィスは低い声で確認する。


「―――――─つまり、お前が変なARMを発動させたせいで、メルヘブン全体がおかしくなってしまった・・・と?」

「ご名答!」


 何がそんなに嬉しいのか、機嫌の良い笑みでファントムは言った。


「・・・・・・・・・・・・・」


 そんなファントムの猫耳付きの頭を、蹴り上げてやりたい衝動に駆られたアルヴィスだったが、こんなのに構っている場合じゃないと考え直す。


「何て事だ・・・! 早く、ARMの力を解かないと・・・!!」


 メルヘブンの危機である。
 確かファントムが口走っていた文献は、ものすっっっっごく理不尽な世界を描いた物語だった筈で。
 そんな世界に、メルヘブンが丸ごと突っ込まれた状況なんて、冗談ではない。
 チェスが征服とか何とかの前に、メルヘブンが滅んでしまいそうだ。


「だからぁー、自分の役目果たしてお話終わらせないと、ARMの効果切れないんだってば」


 深刻に考え始めたアルヴィスに、巻き込んだ張本人であるファントムの声がのんびり掛かる。


「アルヴィス君はアルヴィス君の、お役目頑張らないとね・・・・?」

「そんなのお前の責任なんだから、全部お前がやってしまえ! というよりか、その迷惑なARM出せ! 破壊してやるから!!!」


 役目を果たさないと戻らない、なんてまどろっこしいコトはやっていられない。
 手っ取り早く、ARMを破壊してしまえばよいのだと、アルヴィスはファントムに手を伸ばした。

 しかし、ファントムはプラリと尻尾を揺らすだけで何も渡そうとせず、ニヤニヤしているだけだった。


「無理だよ。ARMは発動している間、消えた状態になってるし。そもそも、この世界に属した存在になってるボク達は・・・ARMを破壊出来るだけの力を持ってない。ボクは『チェシャ猫』として以外の魔力は無くなってるし・・・・キミに至っては魔力なんかゼロだろうしね☆」

「・・・・・な・・・んだと、・・・・!?」


 魔力がゼロになっている。
 そんな衝撃的な事実に、アルヴィスは絶句した。
 しかも、ARMが破壊出来ないとは。

 それでは、発動解除の条件になっているらしい、『物語通りの役目を各自が果たす』というのを為すしか無いではないか。

 ショックに打ちのめされているアルヴィスに、猫ファントムが更に衝撃の事実を口にした。


「ちなみに、キミはボクが主役に抜擢しておいたから。頑張って時計ウサギ掴まえるんだよ、アリス♪」

「・・・・・・・・・・・・・ありす?」


 アリス。
 ・・・・『不思議の国のアリス』の主役で、止せばいいのにウサギを追いかけて変な国へ迷い込み。
 理不尽な動物達に色々と迷惑を掛けられ捲って、挙げ句にハートの女王に首をはねられそうになる不幸な少女・・・だったろうか。


「アリス!? ・・・・・この俺が!!!?」

「なんだ、自分の格好気付いてなかったの?」


 ファントムの言葉に、慌てて自分の身体を見下ろせば・・・・。


「・・なっ、・・・な・・・なんだこれは・・・・・・!!?」


 淡い水色のヒラヒラしたワンピースに、真っ白なフリル付きのエプロンドレス。
 薄い生地のスカートの下にも、得体の知れないゴワゴワとしたレースが幾重にも重ねられた白いスカートを履いている。
 目に痛い、これまた白いハイソックスにワンピースとお揃いだろう水色の丸いフォルムのストラップ付き革靴。
 恐る恐る、頭に手を伸ばせば・・・・色は不明だがフワフワしたモノが付いている。
 感触からいって、形はスノウがしているリボンみたいなもんだろう。

 アルヴィスは今、『アリス』としてARMに認識されているらしい。


「いっ、・・・いつの間にっ、・・・・!?」

「どこからどう見ても、キミはアリスだよ。・・・アルヴィスとアリスで、なんか名前も似てるしイイよね!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ショックすぎて、ファントムの戯れ言に言い返す気力も無かった。


「頑張ろうよアルヴィス君。ボクも協力するからv」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 この事態の元凶である本人に言われても、ちっとも嬉しい言葉では無い。


 もしかして、もしかしなくても、自分はこの情けない格好で。
 逃げまくるムカツクうさぎを追い回し、変な芋虫と会話したり赤ん坊を抱いた訳の分からない貴族のおばさんと逢ったり、気狂いな帽子屋(ペタらしい)や盛ったウサギ(ロランということだ・・・)と妙ちくりんなお茶会をしなければならないのだろうか・・・・・!!!?


 しかも、挙げ句の果てに首を刎ねられたり・・・・・?


 たいして興味のない文献だったから、アルヴィスはラストを覚えていない。
 ラストはどうなるのだろう?

 首は刎ねられずに済むのだっただろうか・・・?



「―――――なあ、・・・・この話のラストはどうなる・・・?」

「さあねえ?・・・ボクも忘れちゃったなあ!」

「・・・・おいっ! 分かんなかったら、演じることも出来ないだろっ!!」

「いいんだよ、人物設定は出来てるんだから後はどう動いても。ちゃんとそれなりの物語になる筈さ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「ARMが手伝ってくれるのは、登場人物の能力設定と登場時の環境まで。・・・・あとは登場人物の思い通りに動けるよ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「運命は決まってないんだ! だから、油断したら死んじゃうことだってあるよねきっと」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 楽しそうに言い放つ、その無責任なニヤケ顔を殴りたいと思ってしまうのは仕方ない事だろう。


「大丈夫。もしそんな事態になったら、ボクが助けてあげるから」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 司令塔としての魔力があるのなら、宛てにするのは甚だ屈辱だが信頼に値する言葉だ。
 しかし今、ファントムだって猫としての力しか無いのだろうから。


「・・・・お前、どんな力あるんだ?」

「えーっと、・・・・・姿消せるだけ・・・・?」

「・・・・・もういい」


 げんなりとして、アルヴィスは項垂れた。

 ―――――・・・・要するに、これっぽっちも宛になどならない。
 自分で気を付けて、死なないように・・・・・不幸にも抜擢されてしまった役柄を演じるしか無いのだ。

 それしか、元の世界に戻ることは出来ないらしいのだから。
 そうしないと、自分の服もARMも戻っては来ないし、魔力だって戻らないんだろう。

 やるしか、方法は無いらしい・・・・・。



「時計ウサギは誰だろうね? ボクがイメージの大元なんだから、知らないヤツでは無いだろうし・・・チェスの誰かか、キミの仲間達だと思うんだけど・・・・・」


 一緒に探してあげる―――――・・・・此方の気持ちを逆撫でするように、そう楽しげに口にするピンクのしましま猫の、優美な顔を。


「・・・・・・・・・・・・・・・・」


 アリスであるアルヴィスは、恨めしげに言葉も無く、美少女然とした姿でただ見上げたのだった―――――───。








 NEXT 2

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言い訳。
続く・・・かどうかは、分かりません(爆)
今のトコ、キャストは
時計ウサギ=インガ
ハートの女王=ドロシー
気狂い帽子屋=ペタ
3月ウサギ=ロラン
くらいしか考えてません☆
あ、時計ウサギはギンタでもいいですかね(笑)
単に、アルヴィスとアリスの語感が似てるなーって、そう思って書いただけなのです・・・お許しを(笑)