紅玉を溶かし込んで染め上げたかのような髪と、妖しく輝く真紅の瞳。

 『彼』のイメージを色で表現するとしたなら、その印象的な髪と瞳のせいで、ただその一色しか思い浮かばない。

 鳩の血の色、と称される、最高級のルビー。
 柘榴(ざくろ)石とも呼ばれる、暗赤色のガーネット。
 樽の中で、何十年何百年と熟成された年代物の赤ワイン。

 それらのどれもに似ているとも思うし、それ以上に美しい赤色だとも思う『彼』の瞳と髪の色。





 雀ヶ森レンという男は、造形的にとても美しい人間だと思う。

 モデルになれそうな長い手足と、細身だが均整の取れた体つき。
 派手で人目を引く髪と瞳が飾るのに相応しい、整った顔立ち。
 物腰柔らかな態度と口調に似合った、甘い声音。

 黒のロングジャケットの裾を翻し、緩くウェーブが掛かった深い赤色の長髪を靡かせる様は、普段そういったことに一切関心の無い櫂でも格好良いしキレイだと思う。



 だが、それはあくまでレンの見た目の話であり。
 櫂が格好良いと思わず見惚れてしまうのも、ヴァンガードファイトをしている時の彼の姿に、ほぼ限定されている。



 自分勝手だし気分屋だし、群れるのは嫌いだと言いつつ1人で居るのは耐えられないとか言い出すし。
 日常生活も、食べることと寝ることと、服を着替えることくらいしか自分1人でやれないのでは無いか?と思うくらいには何も出来ないし。

 その上、いつも櫂に意味不明な自分ルールを持ち出してはソレを守らせようとウザイこと極まりない。

 生活破綻者ともいえるだろう彼が、そのスタイルを貫いて生きていけているのは、偏(ひとえ)に彼が持つ潤沢な資金と、何故だか彼に心酔し付き従っている忠実な僕(しもべ)とも呼べる人間が多く存在しているからである。

 ハッキリ言ってしまうと、雀ヶ森レンという男は『とても残念な男』なのだ―――――ヴァンガードファイトしている時、以外は。








「ねえ、トシキ。いつまで拗ねてるんですか? ほら、こっちにいらっしゃい」


 レンは、櫂と二人きりの時だけは櫂のことを『トシキ』と呼び、自らのことを『私』では無く『僕』と言う。
 ベッドに腰掛け、櫂のことを見下ろしながらそう言うレンの声は、酷く楽しそうだ。


「・・・・・・」


 床に座り込んだ櫂が無言で睨み付けるようにレンを見上げても、秀麗な顔に笑みを浮かべたまま、優しく見つめ返してくる。


「ほら、おいでトシキ。ここに1人で眠るのは寂しいです・・・トシキを抱いて寝たいんですけど」

「・・・・ふざけるな」


 短く吐き捨てるように拒絶しても、レンは少し困った風に眉尻を下げて苦笑するだけだ。


「おや、本当にご機嫌斜めですねトシキは。・・・僕は再びキミとこうして過ごせるようになって、すごく嬉しいのに」

「・・・・・・・・」

「本当ですよ。僕は、キミと離れてからずっと・・・ずっとキミだけを探していたんですから」

「ふざけるなと、言っている」

「トシキ」

「俺は貴様が大嫌いだ。探されて迷惑だし、こんな風に無理矢理連れてこられて甚だ不本意だ」

「それは、トシキが勝手に僕の前から居なくなるからです。あんなに可愛がってあげていたのに、突然居なくなってしまって・・・心配したんですよ?」

「煩い。俺はお前の傍になんか居たくなかった」


 いくら素っ気なく、冷たい言葉を放とうとも、雀ヶ森レンは困ったように笑うのみだった。

 第三者が聞いていれば間違いなく、櫂こそが優しいレンに暴言を吐く心ない人間だと思うことだろう。
 櫂を温かく迎え入れ庇護していたレンから、勝手に櫂が恩も忘れて逃げ出し、行方をくらましていたのだと。

 事実は、―――――全く異なるというのに。


「トシキ。相変わらず素直じゃないですね・・・そんなキミも可愛いと思いますけど、少しは本当のことを口にしたらどうですか?」

「俺は本当のことしか言ってない!」


 思わず激高し叫んだ拍子に、櫂の首元からジャラリ、と重たい鎖の音が鳴り響く。


「俺をこんな風に拘束して、犬みたいに首輪で繋ぐようなヤツを好きになると思うのか!?」


 後ろで両手首を拘束された状態で叫ぶ櫂を、レンはキョトンとした顔で見つめてきた。
 その表情には、悪びれた様子など欠片も無い。


「僕だって、縛りたくは無かったんですよ? トシキのキレイな手首に傷が付くのはイヤですし。でもね、・・・縛らないとトシキ、首輪取っちゃうから」

「当たり前だ!」

「だけどそうすると、トシキを繋いでおけません」


 言いながら、レンは自らの手に握った鎖の端をブラブラともてあそぶ。
 もちろんその鎖の先は櫂の首輪に繋がっており、レンは先ほどから鎖を引いて、何とか櫂を自分の居場所まで来させようとしているのだ。


「繋いでないと、トシキは僕から逃げて、またどこかへ遊びに行こうとしちゃいますからね」

「・・・人を犬扱いするなとさっきから・・・・」

「嫌ですねえ、トシキは犬なんかじゃないですよ?」


 ニッコリ笑って、レンは言う。


「トシキは、どちらかというと猫ちゃんですよね。ワガママでプライド高くて、飼い主の僕を時々困らせては手を焼かせてくれる、可愛い猫」

「・・・・・・・」

「とっても大切にしてたのに、フラフラと遊び歩いて、何処の馬の骨とも知れない野良犬や野良猫に懐こうとする困った仔」


 口調はとても穏やかなのに、彼の赤い瞳が徐々に狂気を帯びてきた気がして、櫂はぞくりと身を震わせた。


「―――――だから、俺は、お前のモノじゃない・・・!!」

「僕の、・・・モノですよ?」


 レンの、形良い唇の両端が吊り上がり、酷薄な笑みを刻む。


「トシキの、その柔らかな薄茶色の髪も美しい翡翠の瞳も、人形みたいなそのキレイな顔も・・・・白い肌も身体も、何もかも全て。全部、僕だけのモノです」


 静かに言い放ち、レンは手にしていた鎖を強く引いた。


「絶対にもう、手放さない」

「・・・うあっ、・・!」


 今までと違い、軽く引っ張って見せていただけでは無く、本気のチカラを込めた引き方だ。
 当然、櫂は首輪が引かれる力に従って、身体ごとレンが座るベッド傍まで引き寄せられ―――――両手を拘束されたままの不自由な体勢のせいで受け身も取れずに、ベッド下の床へと転がされた。


「おや? ごめんなさい少し痛かったでしょうか。でもトシキが悪いんですよ・・・僕に対して、あんまり悪い子だから」

「・・・・・、」

「僕がこんなに可愛がってあげているのに、逃げ出したりするし・・・・迎えに行ったのに帰らないなんて駄々をこねたり、あまつさえ2度と戻る気は無いなんて、心にも無い酷いことを僕に言ったりしたんですから」

「・・・・・・・」

「僕はトシキを愛してますけど、躾はちゃんとしてあげないといけないですよね? 甘やかしてばかりでは、トシキのためになりません」

「・・・う・・・っ、・・」


 レンは更に鎖を引いて、櫂の頭を無理矢理に自分の膝元まで引き上げる。

 首輪で気道が締め付けられ、櫂の顔は苦しみに歪んだ。


「ふふっ・・・トシキの苦しそうな顔って、そそられますね―――――すごく、セクシーだ」

「・・・っ、あ・・・、・・・」

「僕はどんなトシキの姿を見るのも大好きですが、・・・この白い肌にはさぞかし真っ赤な血が似合うでしょうね・・・」


 鎖では無く、首輪を掴むようにして、レンは櫂の顔を更に自分の方へと引き寄せた。


「トシキは、手も足もこの首も顔も・・・全てが美しい。いっそのこと、手も足も首も・・・切り取ってパーツごとに保存してしまいたいような気分になります。トシキは何処もかしこもキレイだから、白い腕や足がホルマリン漬け

になって、ガラスケースの中でユラユラ浮かんでいるのを眺めるのも素敵だと思うんです」

「・・・ぅ、・・キ××イ・・め・・」

「ああ、その翡翠の瞳が、眼球のみになって浮かんでいる様も美しいでしょうね・・・!」

「・・・・・、ぁ・・・」

「でもそうすると、トシキの今の姿は失われてしまいます・・・ジレンマだなあ・・・」


 いっそのことトシキが一卵性双生児で、酷似した姿の存在がもう1人居たら、1人は切り刻んでもう1人を生かしておけるのに―――――などと。
 櫂の苦しみを余所に、まるで世間話のような軽い口調でおぞましいことをレンは口走り続ける。


「手足を切り取ったり、その白い肌が血まみれになるのはとってもキレイで似合うから見てみたいですが、それではトシキと愛し合えなくなってしまう。それは、ダメですよね!」

「・・・・・・・・」

「僕は、僕の手でトシキが可愛く啼いてくれたり僕と1つになって悦んでくれる姿を見るのも、すごく好きですから」


 両手を縛られ、気道を締め上げられた櫂は為す術も無く、苦悶の声を上げるしかない。
 そんな櫂の薄く開いた唇をベロリと自分の舌で舐めてから、レンは少ない酸素を取り込もうとして喘ぐ口を、残酷に塞ぐ。

 そして、苦しさにビクビク震える櫂の身体を、もう片方の手で愛おしげに抱きしめた。


「ねえトシキ。もう、僕から逃げたらダメですよ? トシキが僕から離れてしまうくらいなら、僕はトシキのこと壊します・・・髪の毛1本爪の先までだって、誰にもあげない」


 呼吸を奪われ、脱力した身体を抱きしめて。

 雀ヶ森レンは、唇を離すと歌うように櫂の耳元へ囁く。


「―――――・・・誰かに奪われるくらいなら、僕は・・・キミのことを跡形も無く喰らい尽くす」


 ひとかけらだって、誰にもくれてやらない―――――そう言って、クスクス笑い声を立てる。


「ある意味、究極に『1つになれる行為』ですよね。・・・キミを丸ごと、僕に取り込んでしまうのですから」

「・・・・・・・・・」


 抱きしめた身体から、返事は戻らない。

 それでもレンは、嬉しそうに微笑んだまま、いつまでも彼を抱きしめていた――――――――――。











 紅玉を溶かし込んで染め上げたかのような髪と、妖しく輝く真紅の瞳。

 『彼』のイメージを色で表現するとしたなら、その印象的な髪と瞳のせいで、ただその一色しか思い浮かばない。

 鳩の血の色、と称される、最高級のルビー。
 柘榴(ざくろ)石とも呼ばれる、暗赤色のガーネット。
 樽の中で、何十年何百年と熟成された年代物の赤ワイン。

 それらのどれもに似ているとも思うし、それ以上に美しい赤色だとも思う『彼』の瞳と髪の色。




 ―――――けれど、やはり雀ヶ森レンを形容するのに、最も近しいイメージは―――――『真っ赤な鮮血の色』。













End